代替







 一の姫にとってかわる日。
 父は諾否を問わなかった。
 私も否と言わなかった。


 章子は見えた庭の日向に、晴れ上がった空を思う。
「御簾を・・・上げてください。」
 視線はそのままに、傍の女房を促した。
 朝の身支度の手伝いをしていた三人の女房達は顔を見合わせた。
「中宮様・・。怪異が収まったばかりで、怖いではありませんか。」
「再び何かあるやもしれません。」
 その言葉に章子は振り返ると肩を竦めて笑った。
「いいえ。もう何も来ません。陰陽師がそう言いました。少なくとも此度のことは全て終わりました。」
 それに、と。
「もし次に何かあっても大丈夫。その時も陰陽師が守ってくれるでしょう。」
 それが一の姫の願い。
「・・・・・。」
 身代わりになれるよう父が命じたわけではなく、私が一の姫より優れようとしたわけでもなく、
 一の姫がいて、この運命を望むわけもなく。
 だが、それでも・・・代替に相応しい人間になっていた。
「陽気と言うでしょう?。私も具合がとてもいいの。だから、内裏の陰気をここから祓いましょう。」。
 その言葉に女房達は目を見張る。
 そして晴れがましいような顔をした。
「素晴らしいお考えですね。」
「ありがとう。」
 女房は御簾を上げる。
 章子はその下をくぐり、扇を開いて端近に寄った。
 陽射しは暖かく、庭の木の葉に露が光っていた。




 帝に嫁すことを定められ、羨望と嫉妬を一身に受けてきた一の姫。
 洗練された雅やかさを求められ、その立場から命も狙われる、生まれながらの妃だ。
 それが、一転、地下に落ちる。


 その転落の人生に、少しでも我が身を呪ってくれたのなら、私も代替として胸を張れた。



 身の内のわだかまりが、陽射しを受けて成りを潜める。
 章子は憤懣やるかたなしと、笑った。
 絶望の縁に居るはずの姫は、しかしそんなところにはいなかった。
 陰陽師に頼んで、私を守るという。
 運命を受け入れて、そこで生きる。
 漫然と過ごすのではなく、意思を持って生きる。
 一の姫は甘やかされた姫ではなく、自分の運命を自分の定めとして生きる姫だった。

 その生き様が語る。
 『代替ではない』と。
 一の姫の運命が一の姫の元にあるのなら、私の運命も然り。



 否を言わないものが、私の中にあった。
 それは、野心だろう。
 わかっている。
 代替で生きるには、この場は華々し過ぎる。





 一の姫が私を守る。
 絶望の縁にいるはずの姫が私を守ると言う。
 ならば、畏れるものに何があろう。






END
[06/7/1]

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−Comment−

章子に関するうにゃうにゃを。
彰子と接点がほしいよう。


「妙なる〜」
 みょうでなく、たえ。

 勢いよく拳を叩き込まれたり、
 その後沈む沈んでこいのやりとりがよかったですよv。うふっ。
 表紙を見て、内容を読んで、主人公は六合。

 彰子・・・狙われてる?。やだなぁ。まーつねづねそーだが。
 彰子だと、消化不良を起こすぞ。