※現代パラレル物です。それを了承する方、読んでくださいです。如月深雪拝※



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 開かれたドアの向こうの2年生達が振り返っていく。
 3時限目の休み時間。
 理事長の長女である藤原彰子が一つ上の学年の階の廊下を通り過ぎていく。
 私学の入学案内などにも載っているから、彰子は学園の顔でもあった。だから彰子が知らなくても、彰子のことを知らない人はあまりいない。
 視線に緊張しながら、目的のクラスに向かう。
「・・・・。」
 他学年の階は未知の領域だ。知らない顔ばかりなのと、習っていることも違うので共有出来るものがあまり無いためだ。
 その領域に幼馴染みの安倍昌浩はいる。
 家で会う時には思わない、昌浩との歳の差を学校では感じてしまう。
 辿りついてひょこっと覗き込むと、昌浩は席でクラスメイト二人と笑っているのが見えた。
 数対の視線がこちらに向けられる。昌浩と話している友人の片方も気がついて、彼に促されて昌浩が振り返った。
 目を丸くして、昌浩はおもむろに立ち上がった。
 彰子はぱたぱたと手を振った。
「彰子。どうした?。」
 傍に来ていつもと変わらない調子で聞いてくれるからちょっとほっとする。
「あのね。昌浩、英語の辞書持ってる?。英和。」
「うん。持ってるよ。1限英語だったから。いるの?。」
「うん。5時間目。英作文の小テストがあるの。電子辞書持ち込みダメだって言うから。」
「え。ああ、そうか。彰子の学年から電子辞書OKになったんだっけ。」
 もちろん昌浩達の学年もOKなのだが、それ以前に辞書を買ってしまっているので、二つも同じのを持つというのに躊躇いが生じて持っている人は疎らだった。
「うん。なのにテスト持ち込みは不可だって。それを今日の朝言うんだもん。学年合同テストだから他のクラスの子にも借りれなくて。」
「いいよ。ちょっと待ってて。」
 てけてけとロッカーに向う。英和辞典を引きぬく。
「はい。」
「ありがとう。」
 昌親兄が使い込んだ辞書だ。汚れているというわけではなく、整然と書き足されているのだ。
 おかげで昌浩はかなり重宝している。
「放課後、図書館で待ってて。俺、6限まであるから。」
「うん。わかった。」
 彰子は嬉しそうに頷く。
 休み時間があと2分を切って、彼女はぱたぱたと足早に去って行った。
「・・・・。」
 仲睦まじいのは、幼馴染の特権とか、
 兄みたいな存在だとか、
 いう奴もいるが、おおむね、この二人の間をクラスメイト達は遠巻きに見ていた。
 恨みもしなければ妬みもしない、という奴である。
 彰子は理事長の長女で校内でも屈指の可憐さを誇っていたが、本人に自覚が無いので、ひけらかす以前の問題だ。
 ちょっとはひけらかせよ、そしたら面白いことになりそうなのに・・と生徒達は思っていたが、期待できる愛憎劇は無さそうだった。
 それに、じゃあ昌浩が見劣りするかと言えばそうなのだが、彼は初対面で接した時より後の方、きっかけしだいでいい奴だなぁと思わせるものがあるので、いい奴の傍に可憐な子がいるのは正しい姿であろうと思われた。
 ・・・・・・が、だがしかしという思いも、無きにしもあらずんば。
 昌浩は踵を返して、クラスメイト達の生温い笑みにぎょっと後ずさる。
 始業チャイムが鳴った。







「つまりだ。これはお近づきになりたいんだな。」
「な。」
「な。」
「これはな。」
「・・・・・。」
 彰子は電子辞書を弾いて、広辞苑の画面上に「わかってるわよ」と打ち込んだ。
 図書室の六人掛けのテーブルで、『宙の名前』という本を開いて昌浩を待っているところだった。
 電子辞書を開いて調べながら、今度はこの星を見ようとルーズリーフに書き出して、天文部に入ろうかなとか考えながら時間を過ごしていたのだ。
 けれど6時限目が終わりほどなくして、一人の上級生がやってきた
 彰子の隣に座り込んだ上に、なにやら招待状のようなものまで差し出してきた。
 不躾なのは仕方なかった。確か他の理事の子息で高校2年生で、彰子と対等意識が有る。
「せっかくですが、行きません。」
 彰子はやんわりとした口調で直球を返した。
「他に予定が?。」
「・・・・。」
 昌浩と出かけることになっていた。けれどそれをこの上級生に言う必要などない。
「ないなら・・・いずれ理事になるんだし、今から付き合いは必要じゃないか。」
「・・家のことはわかりません。」
 などと答えているうちに、好奇な眼差しで、わらわらと学校に棲息する雑鬼達が寄ってきた。彰子が恋愛沙汰になるのを期待しているのは生徒達だけじゃなく、彼らもだった。
 ある意味、いかに防衛するかも、気になるところである。
 雑鬼達、お気に入りの彼が。
 電子辞書で雑鬼達に答えてパタンと閉じる。
 相手は上級生でぺらぺらとなんのかんの言い返してくるので、まだ13才の自分は当然に言葉が足りなくなってくる。
 悪意のある捨て台詞のような言葉が浮かんでくるけれど、なんとなく自分の心まで悪意に染まりそうなので躊躇われた。
 それに付き合いは大事なのもわかっているからあまり険のある言い方は出来なかった。
「・・・・。」
 ひょこっと昌浩が図書室の入口から顔を覗かせた。
 室内を見渡して自分の姿を探す。
 彰子はおもむろに電子手帳と本をバッグに片付けて立ち上がる。
「じゃあ。」
「返事もらってないけど?。」
「・・・。」
 まだ言うの?、と思いながら軽く会釈して、足早に立ち去る。
 こんなのにつきまとわれる自分に腹立だしかったし、上手くかわせないのも情けなかった。
 こんなことで昌浩を胡散臭く思わせてはならないのに。
「お待たせ・・・行きましょ。」
 苦笑いして、彰子は昌浩の手を引いた。
「彰子?。」
 けれど逆につかまれる。
 怪訝に思って昌浩は彰子の顔を覗き込んだ。
 泣いてはいないけれど、泣くまいとしてこらえてしまうから、わからなかった。
 こんなふうな顔をしてるってことは、なにか自分以外の誰かのことを言われたのだ。
 昌浩は顔を上げる。斜に室内を眺めやった。
 彼の視線を受けて、ばっと雑鬼達が指差した。
「・・・・。」
 上級生だった。テーブルになにか封筒も乗っていた。
「いじめた。」
 雑鬼の一つが声を上げる。
「いじめた。」
 二番目も続く。
 ひょんとその後頭部に張りついた。
「お嬢、いじめた。」
「俺達のお嬢、いじめた。」
 さざなみのように声が広がっていく。
「・・・・。」
 誰が俺達のお嬢だ、と心の中で呟く。
 上級生が立ち上がろうとした。が、額を抑える。肩をきごちなく動かした。
 雑鬼達の嫌がらせだが、本人は眩暈、筋肉痛としか受け取ってないだろう。
 一つの丸鬼が浮かれ調子でこちらに跳ね飛んでくる。
 昌浩は促すように彰子の肩を抱いて、図書室を出てドアに背中をあわせた。彰子を引き寄せる。
「彰子。フリして。あと、肩貸して。」
「え、あ、うん。」
 彰子はしゃんとして昌浩に耳を貸す。その肩に丸鬼が飛び乗った。
「かくかくしかじかで、やっこさんは今週末の土曜日に理事会の子息令嬢集めての食事会を催したいそうだ。年齢制限有り。」
 丸鬼は彰子の肩で身振り手振りを加えながらころころと話す。
「前から言われてたんだけれど、ずっとお断りしてるの。コンパみたいで、なんか嫌で。」
「ほお。」
 昌浩は思いっきりささくれだった気分でぶつっと呟いた。
「思う存分やれ。」
「・・昌浩。」
「と言いたいところだけれど、これであの人が重病になったらおまえ達を祓わなきゃならなくなるから、・・・・10秒たったら、解散。いいな。」
「10秒は好きにしていいってことだなっ。合点っ。」
「え。」
 雑鬼の威勢のよい、返事に冷や汗を昌浩はかいた。
 図書室内を覗き込む。
 瞬間、雑鬼達が上級生に群がった。
 いーち、
「げ。」
 彰子と昌浩は目を合わせて、頷きあう。
 図書室前から駆け出した。
 にー・・、
「大丈夫かしら。」
 駆けながら彰子が昌浩に尋ねる。
「大丈夫、大丈夫。10秒くらいなら出ても智恵熱くらいだよ。あいつらいくら群がっても無害だから。」
 昇降口に辿りつく。
 雑鬼達が解散したのを感じた。





END
[04/8/27]

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−Comment−

 まだ続きを書くかも。保留中。
 ただ単に廊下を歩く彰子が書きたかっただけだったりして・・。あー、絵が書けたらなー。


『野分』
 うう、今回つぼに入りまくり、嬉しいシチュエーションありまくりすぎ。
 槇原敬之の新アルバムも買って二乗で幸せ。

 七人みさきを全部撃破する話は初めてだ。痛快です。
 シリアスな決意を新たにしてるとか、最後の一体を倒す瞬間とか、紅蓮のためだったり彰子のためだったり、あーもー昌浩かっこよすぎ。

 ねぎらえ・・か、勾陣いいなぁ。諸手を挙げておろおろする物の怪がこれまた。
 宅配便の鴉・・・・。鳥便か?
 天后と青竜がなんか・・・普通で可愛いぞ。天后が騰蛇のことを見直してる感じも嬉しい。

 新刊・・楽しみだぁ・・。彰子ファンとしてはものすごーく期待していたりして。