二つの次点下流から風が起こり川の逆流が起きる。太陰が魚を追いたててみせるというのやってもらうことにしたのだ。騒ぎを逃れるように魚が上流へと向きを変えた。 「やったっ。」 しばらくして水面は穏やかに流れ始め、次第に通常の流れになっていく。 昌浩は飛び石をして、釣りをしていた場所に戻った。岩の上の成親に叫ぶ。 「兄上!。そっちに行ったよ!。」 「おう!。さっぱりだ。」 威勢のいい返事が返ってくる。 「ええええ。・・兄上、それって下手。」 「皆まで言うな。」 垂らしている釣り糸はうんともすんとも言わなかった。 呑気な兄の台詞に弟は肩を竦めた。 出雲から京に戻る行程の中途。あと五日も歩けば着く。それでも取った中一日の休憩を成親と昌浩は釣りに当てていた。 初夏の陽気で少し暑かったが新緑に囲まれた川は、まだ春の冷たさを残した飛沫を上げていた。 昌浩は自分が試しに仕掛けた藁を束ねた罠の様子を伺う。底に敷いておいた布の端を引いて藁をすくい上げてみる。 「ニ、三匹、あ、ドジョウも入ってる。」 「・・・。」 そこに来て成親は渋い顔をした。 「竿が悪い竿が。」 「あーにーうーえー。娯楽入ってるでしょう?。」 笹に魚をくぐらせて木に引っかける。 「だいぶ獲れましたし、もういいですよ。」 「おう、待てや。もう少しやらせろ。」 「竿が悪いんですか?。」 ひょいひょいと石を渡ってくる。成親の隣りに腰を降ろした。村人に借りた竿だ。悪くは無いと思う。拝借して、先の疑似餌の様子を見て、ひょいっと投げてみる。ちょいちょいっと揺すった。 成親は立膝に肘をついて、そんな昌浩を眺めた。 「・・・。」 屈託無く笑う顔に、年の離れた弟だ、と思う。 昌親は二つ差なだけで気心も知れていて、ともすれば友人のようでもあるが、昌浩はまだしばらく子供扱いだろう。 「(対外的にはな・・。)」 安倍の中では既に次点なのだ。この弟は。 自分も昌親もこの歳にこれだけの重責を負ってはいなかった。 道兼から道長へ大きく政局が移った時、祖父がやはり台頭していた。 「(・・・定子様から彰子様へ。)」 藤原氏の政局はまだ揺れている。道長の息子が次の世の父になれる保証も無い。 そんな中で安倍の家は昌浩を中心に能力集団としての地位を固める所存だった。 祖父晴明が数々の布石を打っていた。慈悲深く、そして容赦無く・・・この弟のため。 既に、昌浩はたくさんの戦闘をこなし、くぐり抜けている。 「(まだ、気づいていないんだなぁ。)」 この子は今だ屈託無く笑うのだ。 「・・・。」 もしかしたら、『これからも』かもしれない。 安部家の面々がそれを守りたいから。 「あっ。」 昌浩は一声を上げて返ってきた手応えに、くんと勢いよく竿を引いた。 ぱんっと魚が打ち上がった。 「・・・釣れるじゃないですか。」 昌浩は成親に半眼を向けた。 「可愛くないなぁ。」 「可愛くてどーするんですか。」 手近に用意されているだけの笹に魚を引っかけた。 竿を返してもらうとと、成親は再び川の流れに垂らす。 昌浩は糸だけを取って、その先端に疑似餌をくくる。岩にはいつくばってそれを放った。 「・・うわっ。」 放った勢いで濡れた岩をずり落ちそうになる。成親は昌浩の狩衣をつかんだ。 「・・・危ないなぁ。」 「うう。ありがとう兄上。」 「・・・もうちっとこっち寄れ。」 「うん。」 そろそろと成親の傍に寄る。 「・・・。」 昌浩も元服して、最近兄貴ぶっていなかった。 兄弟とのこういう時間が好きだけれど、自分も昌浩も忙しくて・・・。 ちゃっぷんと再び魚を釣り上げて嬉しそうにする弟を見ながら、 もうしばらく兄でいれるかな思った。 END [05/2/12] #小路Novelに戻る# −Comment− ポスト晴明、というタイトルが先に思い浮かんだりした話です・・・。 結城光流ラブ同盟の2005春祭に出品。 |