痛み痛みは―――、 彰子は夢から覚め、今度こそ目を覚まして、露樹の手伝いをし、昌浩と朝餉をいただいた。 今は、出仕する昌浩を待っている。 そう、・・いつもの通り、門まで見送るために。 「・・・・・。」 簀子に佇んでいた。 今朝見た夢は、悪夢と言えるだろう。 重い溜息をつき、柱に手を置いて彰子は視線を庭に落とした。 「(悪夢だなんて・・・。)」 なんて、醜悪な感情。 彰子は瞑目する。 命運ならば、と晴明に呟いた。そして厳しく否定された。 昌浩の思いを無駄にすると、冷ややかに凍てつくような声音で。 彰子は思い直して、確かにその事態は、恨まれることから逃げだせるということでもあるだろうとも考えられた。 恨みを、受ける。 それは彰子が負ったもの。 ひたすらに受けるだけ。 「・・・・。」 だがしかし、恨みを受けるだけならば、なんと容易い事だろう。 章子が晒されている恐怖に比べれば。 分かち合えない痛み。 「彰子。」 再び呼ばれて、彰子は目を開けた。 不安げな面持ちで昌浩が立っている。 「・・・・。」 それは彼の痛みにも同じことが言えて、 つきり・・と胸が痛んだ。 「昌浩。」 「・・・どうかしたのか?。」 「・・・・庭に、昌浩がいたかと思ったの。」 「?。」 「今朝の夢、・・夢の中で目を覚ましたから。今がうつつかどうか確認してたの。」 軽い口調なのに、どこか重たいものを感じて昌浩は首を傾げる。 「うつつだよ。・・・どんな夢?。」 「・・・。内緒。」 あいまいに覚えているならその通りに言えばいいが、 はっきり覚えているから、逆に誤魔化せない。 それに誤魔化しても昌浩は気づいてしまうだろう。 門まで来ると物の怪が待ちわびていた。 「おい、昌浩。日が昇ってるんだから早くしないと・・・。どうした?。」 「うん。わかった。・・・彰子、あとで聞いてもいい?。」 昌浩の問いに彰子は苦笑いをした。 「だめ。」 「・・・・じゃあいずれということで。いってきます。」 「いってらっしゃい。」 昌浩は手を振って、物の怪に目で合図する。 彰子も物の怪を促さなかった。 ぱたぱたと駆けていき、築地塀から隠形した六合がひらりと飛び降りて後ろについた。角を曲がって昌浩は見えなくなる。 「・・・・。」 お座りをしたまま、物の怪は顔を上げて彰子を振り返った。 「・・・どうした?。」 「・・・・。」 彰子は裾を整えて、物の怪の隣りにすとんとしゃがみ込んだ。 うつむいて、重い息を吐く。 「・・・私がここではない場所にいる夢を、見たの。昌浩には言えないわ。」 自嘲気味に笑った。 思い立って物の怪は尋ねる。 「・・・・・土御門殿とかか?。」 彰子はこっくりと頷いた。 「昨日のお話の影響かしら。」 やるせない表情で首を傾いだ。 「悪夢だと、思ったわ。・・・酷いでしょ。現実に章子様がいらっしゃるのに。」 「・・・。」 物の怪は、彰子の視線を追った。 土御門殿の方だった。 「・・・。」 現実に恐怖に晒されている章子。 それは全て彰子が負わせたもの。 「同じだけの痛みを感じれたらいいのだけれど、私は結構頑丈だし、恨まれるくらいならなんともないの。不平等だわ。」 視線を反らせたまま、物の怪は剣呑に目を細める。 「・・・・同じだけの痛みなんて言うな。昌浩が悲しむ。」 「・・晴明様も同じことをおっしゃってたわ。」 視線を感じて、物の怪は再び彰子を見上げる。彼女は可笑しそうに微苦笑していた。 物の怪は彰子にひょいとすくいあげられる。膝の上に抱え込まれた。 彰子は物の怪を抱き締めて、その感触を確かめるようにわしゃわしゃと毛並みに指を通した。 「おあっ。」 物の怪の抗議の一声を黙殺して、その後頭部に、額を押しつける。 「・・・私が出来ることはなんだろうって、まだわからないけれど、でも悲しむ顔をすることじゃないってことはわかる。」 「・・・。」 「私の罪は消えない。」 物の怪の動きが止まった。 そうして聞いていてくれているのがわかった。 「・・・・・消えないけれど、そうやって悔いているより、出来ることの方が多いと思うのは私だけ?。」 言訳に聞こえないように、でも上手く言い表せなくて彰子は饒舌になった。 「私は出来ることを探し続けると思う。悔いてばかりじゃなにも解決しないもの。章子様に恨まれて、その命が望みだと言われても、私はそんな形では、終わらせない。章子様のためにならないし、誰のためにもならない。」 「・・・『おまえを恨むという章子』にとって、おまえの言い分は身勝手に違いない。」 「・・・・。」 物の怪は身じろいで彰子の腕から降りる。ちょっこんとお座りをして、彰子を再び見上げた。 彰子は、物の怪の二の句を待っていた。 「だが、おまえが言っていることは将来において正しい。おまえにとっても、章子にとっても。もしおまえにとってということがどうでもいいなら、昌浩にとってと思えばいい。」 「・・・・ありがとう。もっくん。」 「もっくん言うな。」 いつもの声色でそう応えてやると、彰子は自嘲気味に笑っていた顔を、笑顔にした。 「うん。」 物の怪がそう諭してくれるのが嬉しかった。 彰子は物の怪を見つめた。 そんなふうに心を軽くしてくれる言葉を言ってくれる物の怪が、ほんの少し眩しい。 「いつも聞いてくれてありがとう。もっくん。」 どうしていなかったのか、それを聞いたりはしないけれど、 どうでもいいわけじゃないけれど、 その痛めている心を分かち合えないけれど、 ただ、そうだ・・・伝えたい言葉がある。 「・・・・もっくんがいてくれてよかった。」 真摯な眼差しと言葉に、微かに息を飲んで、物の怪が目を丸くした。 「・・・・おうよ。」 しばしの沈黙のあと、片目をすがめた。 胸中では、これは昌浩が元気になるわけだな、と一人ごちる。 「じゃあ。そろそろ後を追う。」 「うん。わかった。いってらっしゃい。」 彰子は駆け出した物の怪に手を振った。 痛みは分かち合うものではなく、 痛みは、癒されるものだろう。 END [04/11/14] #小路Novelに戻る# −Comment− ありえた未来にの彰子側を書いた時に分割した話。 ああ、12月が待ち遠しい・・・といいつつ忙しさが日々こくこくと増してくる年の瀬に時間を作れるか、それが問題だ。 Dr.コトー診療所・・・泉谷しげるに泣かされて、当然あきおじの回想に泣かされて、子供たちに泣かされて、時任三郎に泣かされて、旦那に相変わらず淳くんには泣かされないなーと言われつつ、鑑賞しました。 フジテレビは北の国からの変わりに、しばらくこのスペシャルドラマを続けるのかな。続けて欲しいな。 |