心の領域心はそれほど広くはあれないから、 一つの想いが強ければ強いほど、あっという間にいっぱいになってしまう。 雨が降り続いていた。 夕べまでのごたごたが嘘のように、安倍邸は、今、ひっそりと雨音に包まれている。 「・・・・・。」 彰子は眠ったままだが、大事なさそうだった。 それに、陰陽師が傍についているから大丈夫だろう。 物の怪は簀子から雨を眺めていた。 「・・・。」 貴船の神は切なさを含ませて雨を降らす。 「涙雨、・・か。」 あの神は泣くまいが、その代わりの雨だろう。 優しい雨にまどろむ。 晴明も昌浩も、あるべきところ、あるべき姿に戻り、でも、同時に切なさを背負い込んだ。 心はそれほど広くないから、自分のことよりも、いつも人のことばかり考えていて、いっぱいにしてしまうのだ。 物の怪はひょいっと開放されている蔀戸に跳び乗った。 「昌浩。おまえも早く休めよ。」 物の怪は、蔀戸から顔を覗かせて、それだけ声を掛けた。 彰子の部屋に、彰子がいて、眠る彼女の傍らに昌浩はいた。 「・・・うん。」 振り返らずに応える。 陰陽師が傍にいれば彼女が持つ呪詛の苦しさを軽くすることが出来る。 「・・・・うん。でも、俺は大丈夫だから、もう少し。」 案の定の昌浩の言葉が返ってきた。 「・・・・。」 物の怪は蔀戸から飛び降りた。 座る昌浩の後ろに回り込む。 足を投げ出すように座り込んで、よいせと昌浩に背中でもたれた。 「・・・・もっくん?。」 「もっくん言うな。晴明の孫。」 「孫言うな。・・・・」 一応反論する。 けれど、この温もりに心底安堵している自分がいるのに気づく。 「・・・・。」 昌浩は深い溜息をついた。 正座を崩し、立膝に頬肘をつく。 睦月の末からこっち休まる日が無かったのだ。 物の怪を、紅蓮を、祖父を、彰子を、失いかけた。 「・・・・・なんかいつもと逆だね。」 自身だってそうだろうと、昌浩はそっと笑う。 「・・そうだな。彰子の気持ちがわかったろ。」 「ん、かも。」 何度も倒れて心配させていたのは自分だ。 「・・・・・。」 雨が降り続く。 あんなに嫌だった雨音が優しく響いていた。 物の怪の耳が昌浩の背を優しくあやすように叩く。 「本当に、少し休め。」 「・・・うん。」 「人のことで心をいっぱいにしすぎだ。」 ぱたんぱたんとその感触が心地よかった。 「・・・そんなことないよ。」 昌浩は苦笑いした。 傍に彰子の温もりがあって、 背中に、物の怪の温もりがある。 これだけ欲しかった。 それだけで幸せでいられる。 「・・・・。」 物の怪がここにいるのは。 彰子がここにいるのは。 彼らは知らないままでいい。 心はそれほど広くあれなくて、 最後の最後に、俺は、自分の思いを選んだんだ。 END [04/7/6] #小路Novelに戻る# −Comment− それは悪いことじゃないよと言いたくて、書きました。 雨が降る描写が多いですね。 雨は、結構好きとか、嫌いじゃない、と言ってしまうけれど、それはかなり好きってことなんじゃないかなぁと思ったりします。 雨女ですしね。 雨と言われて、真っ先に思い出すのが、北アルプス笠ヶ岳・笠新道杓子平までの下山中ですね。 傍の真っ白い崖からとうとうと雨水が流れ落ち、崖のような登山ルートは川になっていて、雨風は台風の影響を受けで強くなる一方で。 でも崖は真っ白で、空の雲霧も真っ白で、辺りは明るくて、振り返ると雨の雄大な景色がそこにありました。 雨に降られても、山はやめられないと思う一瞬です。 ・・・・雨に降られて、「散々だった」と思ったのは2回だけ。登山養成合宿ですね。 荷物は重いわ、なんでかスパルタの上級生(いえ尊敬してますが)に当たって登山における性根を叩き込まれるわ。 でもその1年後、旦那に養成合宿でその雨の性根を仕込んだりして(相当むごい目に合わせました)・・・雨女ですから。 ブログに書いた「儚き〜」を読んだ直後の感想です。 Web拍手に結城先生がコメントをくれて、おおうっと前後不覚に陥りました。 嬉しいですよ〜。 ↓ 最後に章子は昌浩の背中を押して、想いを出放すシーン。 それがいくら強くて優しい行為だとしても、なんて切ない。 主上が秋への思いがあって、「あきこ」をそう思うのならそうなのでしょう。 さてさて感想箇条書き。 脩子姫も可愛らしい。内裏の姫達は、昌浩の味方。 紅蓮も、やっぱり怒るか、とわかってるじゃないですか。 天空はいかついじーさんで好き。晴明も回れ右したってのがね。おもしろい。 そして、ご当人達。 、、、、、、、、私的主観、進展無し。どーゆうことが進展したことになるかは割愛するがっ(わかるだろ〜(TT)じたばた) まーさーひーろー、章子様に「おたわむれを」って言葉が言えるのなら(つーかその言葉の方がよっぽどこっ恥ずかしいぞっ)、彰子にもっと迫れ!。 以上、叫びでした。 ますます、少年陰陽師が好きになっちゃいましたよ〜。短編集が楽しみだー。 |