※現代パラレル物です。それを了承する方、読んでくださいです。如月深雪拝※



Lost tales
 Lost episode


 喪失を恐れながら過去を抱く。






 株価が暴落し、バブル経済が終わった。
 ただまだ楽観的ではあった。

 空白の十年。


 影を落とし闇が広がり、やがて無数の鬼を生んだ。
 前の戦争からはまだ半世紀しか過ぎていない。
「・・・・いっそ見放してしまうべきだな。」
 だが鬼ならばそれを狩るのは、己の仕事だった。
 戦争と世情不安。この千年、それの繰り返し。 
 冥府の官吏、小野篁は神弓の矢をつがえなおした。
 息は乱さない。
 矢を放つ。
 彼の後ろにはあまたの鬼の骸。そして放たれた矢の先へと同時に駆けていく。
 冥界の穴は塞いだ。黄泉路を逆へと辿り地上へと進んでいく。
 溢れ出た鬼を追いかけていく。
 たくさんの戦争があった。大勢の人を見送った。
 そしてその中で死なず・・消滅しないで来た。
 この心は消滅することを恐れたことは無い。
 だがこの体は強く消滅などしなかった。
 そして失うものもなかった。

 無敵の精神と頑強さと、無主物であることは、己に相応しかった。



 だが、今回・・・消滅する可能性を感じた。
 だから、心で強く願う。
 誰が死ぬものか・・と。



 魂が在った。それは時期に生まれる魂。
 千年に一度生まれるかどうかの魂。
 それが鬼になるか、人になるか、最上の者になるかは、その魂の守人しだい。
 前の守人は言わせてもらえば凡人だった。
 そしてそれが最良だった。
「何も起こらないことがつまらないという感じだな。」
 眼前の鬼達を見据えた。
「だがそれは大抵の者には面倒なだけだ。」
 矢をつがえて鬼を消滅させていく。
 だが、減る兆しは見えなかった。
 この時代の闇もまた深かった。
 息は乱さない。
 この息が切れるときは自分はいない。
 それは今は避けたい。


 会いたい人がいる。


 剣を出し、
 己の心の言葉を忘れ去るために、一閃した。
 息は乱さない。格好悪い。
 証券会社が並んでいた街は殺伐としていた。
 今は23時だというのに煌々と明かりがついている。どうにもならない経理処理に追われて終わらない仕事をしている者達がいるのだ。
 走りながら、目的のビルにたどり着く。
 既に大量の鬼が群がっていた。
「・・・・これは既に食われたかな。」
 冷たいものが心の臓を冷やす。
 顕れるとすれば、不死の鬼だ。
 だが爆発した。鬼達が弾き飛ばされる。
< ――――っ >
 続けざまの呪文。
「・・・・・おまえは。」
 小野篁は口元で薄く笑った。
 ビルの前に一人の青年が立っていた。
 彼は小さな”魂(コン)”を抱えていた。こちらを振り向いてその顔をほころばせる。そして回れ右してビルに入っていく。
 かつて守人であっただけはある。
「(今度もそうとは限らないがな。)」
 だが、可能性は高かった。
 実年齢はまだ1歳になるかどうかのはずだった。
「・・昔も今も世話を焼かせてくれやがる。」
 彼もまた”魂”だった。
 後をつける。
 5階のオフィスには一人の女性が残っていた。
 その女性は強かった。光源を抱えている人だった。
 その光は鬼には触れられないものだった。
 そっと魂を寄り付かせると、その光源に吸い込まれていく。
 安堵の溜息を青年はついた。
 魂は魄を形成し、そして光源に守られた。
 母体というどんな呪文にも勝る結界だった。
「・・・おい。」
 振り返る。
 20歳前後の姿をした青年は苦笑を返した。
 彼の祖父は尊大で、どうしても衝突するのだが、彼とは記憶に無い。
「戻るぞ。おまえも大して変わらん。」
 その魂の質が。
 そこの母体に吸い込まれていった魂と同じく上等だと言えばいいのだろうか。
「おまえに歪まれるとあとあと面倒だ。」
 こくりと頷いた。
 そしてもう一度、呪を唱えた。閃光が放たれる。
「赤子の霊力は無尽蔵だな・・。」
 ビル一体の鬼の気配が閃光によってずたずたにされていくのがわかった。
 そして彼は瞬き一つ、消える。
「・・・・一応釘を指しておくか。」
 魂を再び追いかけた。





 新宿郊外。
 鬼が消滅したのを受けて、安倍の面々が集結しようとしていた。
 黄泉路から出て都内で奴ら神将が駆け回っているのは感じていた。
 安倍晴明が庭にいた。
 赤子の魂を抱えて、傍らの金髪の神将に渡していた。
 顔には安堵が浮かんでいた。
 報告を受けたのか、凶将騰蛇がどこからか戻ってきた。
「・・・。」
 神将がいなくなったの見計らって晴明に語りかける。
「少しは使えるようにするんだな。」
 声に息を呑み、目を見張る。
 だが返した言葉は可愛げがない。
「・・・言われなくとも。あれが後継なのだから。」
 相変わらず一言返さないとすまない性質のようだ。
「・・・・あなたが昌浩を?。」
「俺は何もしていない。」
 そして闇に向おうとする。
「まだ、黄泉路は開く。」
「承知。50年前の戦争を経験していますから。」
「長生きだな。おまえは。」
「お互いに。」
 その長寿を誰かに・・・愛した人に分け与えられたら、いい。
 その時だ。
「晴明。」
 凶将騰蛇だ。本性のまま、出てきた。
 腕には齢一歳の子供がいた。
「昌浩が部屋を脱走しようとするから・・。冥官。」
 気づかないのも無理は無い。気配は殺していた。
「・・・昌浩・・・奴に用があるのか?。」
「俺はないぞ。」
 愛想無く言い捨てる。だが一歳の子供にとっては、何の効果も無いのもわかっている。
 闇に向うも、じたばたしている子供は目に映った。
「・・・。」
 子供は光だ。
「なんなんだ?。」
 振り返って手を伸ばす。
 その瞬間だった。
 がぶっとその手を噛んだのだ。
 一歳児に噛まれると・・・それはそれは痛い。実はものすごく強い。
「(怒)。」
「・・・・怒るなよ。」
 凶将がぼそりと呟いた。
「・・・今、噛み癖があるんだ。」
「早く直せ。」
 ぐーっと噛んでこちらを見ていた。
 その人が関わり合いになりたい人か推し量る。
「・・・。」
 これには守りたい者達が大勢いる。
 それは自分とは正反対で。
 昌浩は十分噛んで放した。
 しっかり歯型がつけられた手で、その前髪を撫でる。
「本当に欲深いよ。おまえは。」
 否。彼ほど無欲なものはない。
 強欲な人間ならいくらでも知っているし、地獄へと向わせた。
 ただ彼は守りたい者達が大勢いる。
 それは自分とは正反対だった。
 だから強欲だと言ってしまう。
 そしてそれはただの嫉妬に過ぎない。
「俺は行くぞ。」
 その柔らかい髪を撫でて、再び闇へと向う。
 昌浩が、うー、っと、不満げに唸ったのが聞こえた。






 闇の中で走っていた。
 あふれ出た鬼を狩る。
「・・・・は・・。・・・っ。」
 息をつきそうになって、飲み込んだ。
 自身への不甲斐無さをぶつけるように、鬼達を消滅させた。
 各地に起きている経済不況は日本を奈落の底へと沈めていく。
 下げ止まりとか抜かした奴が、一番信用なら無いだろう。
 俺が政治にいるならこんなことにならない。
 ああ、全く持って不愉快だ。
 この自由で便利な時代ならいくらでも方法があるだろうに。
 せせ笑うように噴出した鬼達を、だが形成させもしないで、両断する。
 これであらかたは済んだ。
 次の噴出までには結界が効くだろう。
 だいぶ・・力を使った。
 次までの猶予にこの霊力を回復させねばなるまい。
 此岸の川岸にたどり着く。
「・・・・・。」
 一人の女性が座り込んでいるのが見えた。
 うーっと呻いた子供の祖母に当たる。
 あの青年と同じ顔がこちらに気づいて、目を見張った。
「・・・え・・・あの・・大丈夫には見えません。」
「・・・・・。」
 なんとも間の抜けた質問だった。
 そう思いながら、膝が崩れていくのを感じた。
 慌てたように手が伸ばされて、支えられた。
 それを恥とは思わなかった。
 彼女は母で祖母で、慈しむ事をしてきた一人。
「早く、手当てを・・。私では貴方を運べない。誰か来ることはありませんか?。」
「・・・・。」
 もう声を出すことも出来なかった。
「・・・確か牛頭馬頭が来たのは二日前だから、もうすぐ来ますね。」
 かろうじて頷いた。
「あちらから来られるから・・・。」
 そっと膝に頭を乗せられて額から前髪を手で払う。
「・・・・あなたが5歳くらいの子供だったら、運べるのに。」
「・・・っ。」
 それは置いてきた自分の子供のことを思ってだったのだろう。
 だが、それは今の自分にとっては禁句だった。
 こんなところで、その言霊を言われるとは思わなかった。
 言質を取られ、願いに対して心が応じる。
「・・・・・その血統は・・・・ほとほと俺を困らせる代物らしい・・・・な。」
「・・え。・・・・・・・。」
 だがもう答えない。
 理由も話したくない。
 彼女は目を見張っていたが、伴侶が陰陽師で・・・言霊について知っていた。
 そして子供になった自分を抱え上げた。






 牛頭馬頭に引き渡され、冥界の自室で療養した。
 それが運命というものなのだと閻羅王太子が言う。
 運命など、その言葉自体が嫌いだった。
 目を細め彼はそれを許容すべきだと言った。
「会わない。」
 この姿になったからと言って、会う理由にはならなかった。
 自分は鬼で、輪廻から外れている。
 今更係わり合いになりたいとは思わなかった。
 係わり合いになって心に留められるは嫌だった。
 ・・係わり合いになって失うのが怖かった。
 そして、そのまま。






 だが、いとも簡単に始まった。
 少年の甲高い声で、
 能天気なそれで。
「あ、篁だ。」

 ならば、ありえたはずの十年を取り戻す。

 沈黙の後、蹴りを入れたのは言うまでもない。




[2008/11/19]

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