無力戦うための力を欲す。 行くかたのない寂寞に、玄武は一人部屋を離れる。 詮無いことを考えても時間の無駄だ。 だが、とりとめもなく馳せてしまう。 無力とはなんなのか。 戦力とは。 こういう時には太陰のような明快さが欲しい。 玄武は屋根に上がる。 すると突然、昌浩の大音響が響く。 「そ・・っ、そんなのできるわけないだろっ。」 この下は彰子姫の部屋だ。 「静かにしろよ。彰子が驚くだろ。」 「もっくんっ。」 「さーて、俺は夜風にでも当たってくるとしよう。」 暑い暑いと甲高い物の怪の声がした。 こちらに来るのか?と予測したら、案の定遭遇する。 「なんだ先客か。・・。」 昌浩との会話の余韻か随分軽い物言いだったが、そのあとの沈黙は自分の顔色を訝ってだろう。 「どうかしたのか?。」 「いや・・・なんでもない。」 「なんでもないというふうには見えんがな。邪魔なら場所を変えてやる。」 「・・・いや、変えるなら、我が・・。」 玄武は腰を上げた。 物の怪の視線が立ち上がる自分を追いかける。 騰蛇ならば上から睥睨されるところだ。 その眼差しは真摯で、昌浩を思わせる。 「・・・・。」 騰蛇に話したなら一笑されるだろう。 だが、この白い獣ならばどう、応えるだろう。 「騰蛇・・。無力とはなんだ?。」 「・・何も出来ないことだ。」 「感じたことは?。」 「いくらでも。」 最強の騰蛇がだ。 でももう空々しくは響かない。 「そして、打ちひしがれるしかないか。」 聞こえようによっては辛辣だ。だが、騰蛇は怒らなかった。 「俺達はな。」 長い耳をピンとそよがせて片目を瞑る。 「・・・。」 「ほれ、太陰が気遣わしげにしているぞ。」 後ろを振り向くと屋根の裏にぱっと隠れる影があった。 「じゃあな。」 とてとて物の怪が先に歩き出す。行き先は晴明の部屋の方だった。 少し気になったので尋ねる。 「昌浩に何を言ったんだ?。」 「別に〜。病気だったりすると心細くて余計家族とか恋しいんじゃないかなとか言いやがるから、添い寝でもしてやったらと。」 「・・・・。」 「陰陽師が傍にあれば、それが昌浩ならば、彰子は元気でいられるのだから。」 一石二鳥だろと物の怪は底意地悪く笑う。 「・・・。」 俺達はと言った。つまり人間は違う。 そうかもしれない。 人の生は短いから、立ち直ろうとする。 神将は生きることに鈍いとまでは言わないが、打ちひしがれる余裕があるのだろう。 「無力と言ったな。」 真顔で言った。 「ではおまえの憂鬱は戦力についてと見る。」 「・・。」 「力を欲することは悪いことじゃない。ただ大きすぎる力を持っても大して役には立たないんだな、これが。」 苦笑を交えて騰蛇は言う。 「・・・騰蛇。」 そうだ。今の答えは『騰蛇』の答え。 戦うための力を、だがしかしそれを騰蛇は疎む。 軽やかに白い獣の姿は屋根の向こうに飛び去る。 そこには太陰がいる。 案の定太陰の悲鳴が上がって、こちらに後ずさってきた。 飛べる太陰だから文字通り飛んでくる。 「太陰っ。」 小さな障壁を張って勢いを殺し、彼女の服裾を掴む。 体を支えてトンとゆっくり屋根に下ろした。 「我を巻き添えにして屋根から落ちる気か?。」 「・・・な、何よっ。案外冷静じゃないっ。」 顔を真っ赤にして太陰は言い返す。 「こっちは心配してるっていうのにっ。」 「・・・。それはすまない・・。」 「・・。」 素直に謝られても困る。まして謝らせるために来たわけじゃないのに。 「ちがくて、そうじゃなくて。」 でも、どんな言葉も今日一日無味乾燥で彼に響かなかった。 だからもうどんな言葉も彼女の頭には残っていなかった。 「・・・何も出来ないから、謝られても困るのよっ。」 「・・・。」 勢いとは裏腹のしゅんとした顔で、玄武を見る。 玄武は肩を竦めた。そして譲られた屋根に腰を下ろす。 「心配するほどじゃない。一先ず、これでいいのだと、思う。」 「・・そうなの?。」 倣うように太陰が隣に座った。 無力とは、思う相手に、その心全てを捧げる力。 ならばこれ以上に優しい心は無いのだと。 END [07/10/05] #小路Novelに戻る# −Comment− 新刊感想文なり。 手直しするかもだけど、こんな感じ。 |