山蘭の花が咲き誇る。
 ただその白さが、切なかった。



 泰然と咲き誇る花に目を奪われた。白い花はあの物の怪の色だ。
「…」
 心を決めかねていた。
 白い花は昌浩の心の影をいっそう濃くする。
 猶予はない。
 あの山蘭が散るころには、全てが終わっている。
「孫!」
 簀子に陰陽寮に住む妖がやってくる。
「今回のことも、お前が頑張ってくれたんだろっ」
「俺達一生懸命集めたんだぜ!」
 得意げだ。
 布袋に入っていたのは山欄の蕾みだった。
「高いところの蕾みだぜ!」
「お礼だ!」
 ゆっくり乾燥させて薬になる。
 香も取れる。
 これらは時間をかけて作るもの。
「…ありがとう」
 彰子にあげようと思った。
 彼女ならきっと役に立ててくれる。
 出来上がったときに自分がいなくても。
 彼女は強いから…けれど弱いから、出来るだけのものを置いていこう。
 心は残せないから。



 直丁に納められた小刀を取ってくるように頼んだのだが、戻ってこない。
「直丁は何をしているんだ」
「これでは自分達で取りに行ったほうが早かったのでは?」
 陰陽生達の口について出るのは影口のほかならない。
 例によってあの直丁は具合が悪いので、半ばあきれてもいるのだ。
「私が見てきましょう」
 あわせて言うより直に叱る方がいいだろう。
 藤原敏次は席を立った。

 もう二月だ。彼が陰陽寮に来ることになってもうすぐ一年。
 もう少し慣れてほしいものだ。



     ◇ ◆ ◇



 昌浩は簀子を再び歩き出した。
 陰陽生達は聴講だけでなく、実技があるらしい。届けられた小刀を持ってくるように指示された。
 昌浩はたどり着いた塗籠の妻戸を開ける。
 物品在庫の一番上に真新しい包みがあった。
「これだね」
 かすかな霊力を感じる。中に入っているのが清められた小刀だからだ。
 昌浩が相槌を求めた相手は六合と太陰。
「これくらい自分達で取りにくればいいのに」
「…みんな、ここに入りたての時はやってたんだよ」
「最初がそうなら後の人に思いやりを持てないのかしら」
 太陰は納得いかないようだった。
 昌浩は本調子でない。それは誰が見てもわかるのに、あんまり陰陽部署の者達はかまっていないようだった。
 父と次兄は天文部署で長兄は暦部署だ。直属の上司に彼の身内がいないせいかもしれない。
 包みをを昌浩は取り上げた。布を取ると木箱が出てきた。
 木箱の蓋を開ける。

 「マズハ一人」

 声がした。
 背筋を冷たいものが走る。
 箱には小刀が十本納められていた。漂う気は霊気だ。
 だがこの霊気が災いだと昌浩の感覚が訴える。
「…っ」
 そして箱から霊気がみるみる膨れ上がった。
 溢れたかと思うと、ぶわりと膨らんで閃光を放った。
 その圧力に昌浩を弾かれる。
「っ…ぐ」
 物品の山に叩きつけられる。
「昌浩っ」
 瞬時に太陰の風が昌浩を取り囲んだ。
 六合が銀槍を現させた。その霊気をなぎ払う。
 が、刹那、ひるむどころか妖は顕現した。
 形になった掌でなんと銀槍を手に受けてつかむ。
「っ」
 六合はその強固さに目を見張る。
 その妖はにんまりと笑った。
 猿のような風貌。だが狩衣を纏い、人間の格好をしている。
「…『猿真似』か」
 六合は呟いた。
 妖はその呼び名を不愉快そうに聞いた。
 霊気を帯びて小刀が浮かび上がる。
 六合ではなく昌浩に向かって飛んだ。
 風が弾く。

 「砕!」

 妖が呪いを唱えた。
 太陰は風を送ろうとして凪ぐのに気づく。
 術のせいだ。更に妻戸が閉じられて完全に風が無くなってしまう。
 間髪おかれず小刀が浮かんだ。昌浩目がけて飛ぶ。
 それを太陰がかばおうとした。
「太陰っ」
 だが昌浩はその彼女の体を抱え込んで、床に逃れる。
 そして六合の方に突き飛ばす。
「昌浩っ」
 昌浩は動けない。小刀に袖を突かれて、床に縫いとめられていた。
 妖が飛ぶ。昌浩の上に覆いかぶさった。
 頭をつかまれ床に強く押し付けられる。
「昌浩っ」 
 昌浩は昏倒した。

 「直丁デコノ霊力。
 陰陽寮ニハ更ナル強イ者ガイルヨウダ。…ソノ皮ヲ被ラセテモラオウ」

 妖は昌浩の脳天めがけて小刀を振り下ろす。
 六合の銀槍が弾く。
 だが、圧倒的な霊力を持ってして、妖は光球を作り、六合に向けて放つ。
 銀槍で砕く。
「…これは…っ」
 この妖のものでない。
 箱は霊力を帯びていたがもっと微弱だった。
 これは、昌浩の霊力だ。



 簀子を行き塗籠にたどり着く。
「・・・?」
 何の音だ?。
 ギシリ・・ギシリ・・と、おおおよそ箱を開けている音には思えなかった。
「(簀子の軋みか?)昌浩殿」
 妻戸を敏次は開けた。
 暗がりの中にうごめくものがいた。
 妻戸は開かれて春の日差しが中を照らし、室内を明らかにしていく。
 直丁の姿はそこになく彼の両脚だけが見えた。
 振り返ることで現れた二つの光は、恐ろしい風貌の真中の瞳。
「っ・・」
 言葉は声にならなかった。
 昌浩の体は化生によって床に押し付けられギシリギシリと不気味な音を立てている。



 かたんと妻戸が開かれる。
 日差しと風が戻った。
「昌浩殿?」
 藤原敏次だった。
 彼は中の様子を見て取った。
 見る力の弱い彼でも、昌浩の霊力を写し取ったこの妖なら見ることが出来る。

 「オオ、オマエハ、陰陽生カ」

 凍りついたように動かなくなった敏次に妖は嬉々と笑んだ
 その掌を伸ばし顔面に触れる。
「…オン」
 敏次は術を呟くが形にならない。
「…」
 だが敏次が襲われるのを二人の神将は黙って見過ごす。

 そう…妖の姿は敏次の前から消えた。

 そして神将達にはまだ見えていた。
 静かな動作は六合の怒り、沈黙は冷めた感情の表し。
 敏次を模したのがこの妖の愚。
 もう敵ではなった。
 音もなく銀槍を振り翳した。
 妖は事態を把握していないようだった。なぜ弱くなったかわからない。

 「何故ダッ」

 考えさせはしない。答えにたどり着く前に消す。
 槍は脳天を貫いた。
「よくも、昌浩をっ」
 太陰の鋭い風がその胴体を切り刻む。


 妖は甲高い叫喚を陰陽寮に発して、消える。


「…撃退したのか」
「あんたじゃないわよっ」
 敏次の言葉にすかさず太陰が吼える。
 まとめて張り倒そうとする彼女の腕を六合はつかんで制する。
 陰陽生が倒した…そういうことにしなければ陰陽寮での秩序が不確かなものになる。
「昌浩を手当てしなければならない。人にすぐ来てもらったほうがいい。昌浩をここで連れて帰るわけにいかない」
「…やっかいねっ」
 人がすることなんて、なんて回りくどい。
 痛いなら痛い。さっさと帰る。消えても誰も不振がらない。
「昌浩殿」
 蒼白だったが藤原敏次は昌浩の許にきて膝を折る。
 手をかざして息を確かめる。袖に刺さった小刀を引き抜いた。布越しに血の感触を感じる。
「昌浩殿…。昌浩殿」
 肩を揺する。
「う…」
 反応があった。
「大丈夫か」
 更に問いかける。
 が、返事はなかった。
「…」
 敏次は昌浩を抱え上げた。
 その時複数の足音が聞こえた。陰陽生達だった。
「敏次殿…今の物音は」
 妻戸が更に開かれる。覗き込んで息を呑んだ。
 小刀を落とした、というふうではなく壁に床に刺さり凄惨な有様だった。
 安倍昌浩を抱え上げた藤原敏次に問う。
「これは…」
「妖がいた。退治たと思う。刀を持っていた。これを納めた者に問い合わせたほうがいいだろう」
 そして部屋から出る。
「あとを頼む。昌浩殿が目を覚まさない」
「わかった」



     ◇ ◆ ◇



 昌浩が目を覚ます。
「大丈夫か?」
 見覚えのある部屋。宿直の部屋だった。手当ての途中か袖を上げられていた。
「…敏次殿。」
「…気分はどうだ?」
「平気…。」
 昌浩はうめいた。
 体を起こそうとして頭に痛みがあるのか、額を押さえてうめく。
 敏次は昌浩を制し、ゆるく布を絞って熱をもった額にあてる。
 それから三角の布で腕をひとつ巻き、軽く圧迫するように傷を覆う。
「敏次殿」
「無理をするな。塗籠にあんなものがいるとは思わなかったんだ。すまない」
「…何かいたのですか?」
 これは嘘だ。何かいたことを認めたら物忌みをしなければならなくなる。
 明日は立后でそれどころではない。
「まだ調査中だ。今日はもう帰るといい」
「…はい」
 不本意だが今日は体が持ちそうにない。うなづいて体を起こす。
「送ろう」
 敏次はその体を支えてくれる。
「…。いえ」
 だが昌浩はその手を軽く押しやった。そして断られて怪訝そうにする敏次に苦笑いする。
 嘘つきに気を使うことなんかない。
「ここで大丈夫です」
 藤原敏次は相を読む。決めかねていることを読まれてしまいかねなかった。
 昌浩は無意識に拒絶している。
 彼は一人で立ち上がった。
「…」
 敏次は訝るが、さりげなく制された手がそれ以上の手伝いを許さなかった。 
 軽く触れられた手は知らない手。笑った顔は知らない少年のもの。喩えて言うなら孤高の拒絶。 
「…」
 理由の見つからない間違い探しをしている間に昌浩は身なりを整えた。持って帰るものはないのでそのまま帰るだけだ。
「ありがとうございました」
 いつものようにかしこまって昌浩は一礼する。
「…」
 妻戸から敏次は見送る。いつもとかわらない小さな背中。
 さあっと簀子に山蘭の花弁が舞い落ちる。
 安倍昌浩はその向こう。
「…相」
 自分でも意図せずに呟く。
 敏次は瞠目した。今しがた呟いた自分の言葉に驚く。口元を手で押さえた。
 眼差しを向けてももう、その姿はない。
 動揺で息を呑んだ。




 消し去ろうと頭を振る。
 山蘭の花びらがそう思わせるだけだ。





 だが、あれは死相だ。










[06/10/11]

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−Comment−

初・敏次。
続きます。こっちのほうが明るい。けどいつか、時間しだい〜〜。
本当は推進委員会に4Pで同人誌に載せてもらおうかなぁと思った話です。でも暗いのでパスしました。
だから原稿にするとしたら4Pぎちぎちの文ですね。いつものとおり3段の。
あ、山蘭は、コブシです。原稿だとルビをいれるところ。

さてさていろいろ感想です!!。

まずはアニメ!。
全体評価は○。ただ地方テレビなのがね・・。私はばっちりみれるがな!。(第一話は千葉にいて千葉テレビが映らないところにいた。でも日向に埼玉テレビで撮ってもらった)
関西テレビ万歳!。ああ、しのぎく国体見たかった。野球決勝。
アニメは今後クリーンナップされていくことを望みつつ、OPEDクオリティは、んーっ◎vってくらいよし!。歌もよし!、紅蓮と昌浩の意味深さがよし!。
彰子がかわいいのもよし!。くるくる神将は美麗。キャラ個性が出てます。朱雀と青龍がかっこいいわー。

んでニュータイプロマンス!。これ買い得!でした。
クリアファイルのミニミニ彰子昌浩が!。
同人誌の小説も暁降ちはもってません。(確か再録誌で買わなかった)ラッキ〜。
内容はおこちゃま昌浩。
おこちゃままさに今この時期なのでかわいさ倍増(今も乗りあがっためきょと箱がつぶれて泣く)。
ゲームの設定では足先までのキャラ紹介がグッド!
(アスカガあったのも〜〜〜(^−^))
絶対買いましょう!!

そして「真実を告げる声を聞け」
展開待ち。もゆらがそうなるのはやだ〜〜。