調度一条今内裏の中宮の対屋には、去年の冬、入内の時に用意された調度があった。 彰子は土御門殿からの移動を終え、着替えを女房に手伝わせていた。 「(そう・・本当なら、ここが・・・。)」 彰子は物思いに耽る。 持たされた扇をはらりと開いた。 用意を整え、彰子は部屋から出て対屋の上座に座った。 その周りに女房達が座る。 彼女達は主上の女房だ。今回の移動は主上の指図によるもので、彼女達を遣わしてくれた。 「主上にお伝え下さい。此度の参内をお許しいただいたこと、中宮が感謝していたと。」 「かしこまりました。お伝えいたします。」 涼しげな声と笑顔で、心にもない会話が続く。 ここにいる者達は、定子側の女房のようだった。 恐らく歓迎されていない。 「・・・。」 だから重い体を押して着替えて、青ざめた顔に頬紅を塗り、背筋を伸ばす。 この場合はこうした方がいい。 自らを突き放した慣れ親しんだ感情で、その動作に行きつく。 懐かしさより、恐ろしいほどまでにこの身に馴染んでいるのに気づいて、愕然とするも、表情には出なかった。。 女房の一人が呟いた。 「おいたわしいこと・・。そのように、こわいのは大変可愛げのないことです。」 「・・・。」 兆発だ。 彰子は何も言葉を発せず、泰然と受け流した。 だが、中宮側の女房が一斉に身を強張らせて、目を剥いていた。 「・・失敬なっ。」 中宮側の女房が声を詰まらせながら呟いた。 「これは失礼いたしました。」 向こうは平然としたものだ。 「・・・っ。」 相手の迫力に負けてしまい、声を発した女房は口をつぐんだ。 「(・・・それじゃ、いけないのよ。)」 扇の内側でやんわりと彰子は思った。 応酬されて言い返せないようではダメだ。 言い返せないなら、言ってはならない。 そもそも憤って動揺してはならない。 まだまだ向こうに比べて、新米の女房がこちらには多いようだった。 「今日はもうお下がり。お勤め御苦労様でした。」 彰子は彼女達を促した。 「・・・・。」 兆発にも中宮の声色は変わらず涼しいままで、物言いをつけた女房は一瞬鼻白んだ。 が、それ以上何も言わなかった。 そして惚れ惚れするほどの所作で、定子の女房達は中宮の対屋を出て行く。 出ていったのを見計らって、あとに残った中宮の女房達が、口々に言い募った。 「お怒りにならないのですか?。」 「あのような言葉。諌めねばつけ上がります。」 「・・・・。」 彰子は扇を閉じた。女房達はハッとした。 中宮は、涼やかに微笑んでいるのだ。 「怒るようなことではないわ。」 彰子は微笑んだ。 冷淡なほど涼やかに。 女房達が下がり、彰子は御帳に入った。 脇息に頬肘をつく。 指先に絡めた瑪瑙の冷たい感触が、体を幾分楽にしてくれる。 「・・・・・。」 置かれた調度に視線をやらずともこの身にしっくりくるのは、どうも気のせいじゃない。 ここは私のために用意された場所。 彰子は目を伏せ、自らを見つめていた。 作られた私の真の顔。 凍てついた私の本当の心。 かつてと思うには、まだそれほど時は過ぎていなかった。 これだけは持っていこうと決めた匂い袋が無い。 それだけが、私を、否定した。 [06/5/3] #小路Novelに戻る# −Comment− 彰子サイドかと思いつつ書き出したら別の話になり、なんか他にも話が二つ生成。 |