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 長い会議だった。
 地球の地域境界協定についての取り決めは思いのほか難航した。
 一部棚上げした部分もある。
 ロームフェラ財団代表を務めた経過がある以上参加せざるを得ない面もあるが、少し疲れる。
 深夜1時。
 24時間営業している欧州国際空港も、深夜ともなるとやはり人もまばらだ。
 特別通路となると誰もいない。
 3人の空港保安官を引き連れてリリーナは通路を歩く。
 旧日本の領土内に向かうチャーター機に乗るためだ。
「リリーナ。」
 母の優しい声がした。
 弾かれるように顔を上げると、そこには母がいた。
「お母様。」
 リリーナが笑顔になる。
 駆け寄った。抱きついて抱擁を交わす。
 来てくれた意味を自分は知っている。母も頷いた。
「今日はあなたのお誕生日だもの。こうすれば少しは長い時間あなたといられると思ったの。」
「はい。ありがとうございます。」
 抱擁する。
「・・・。」
 するとわかる。肩が同じ高さになる。自分と背丈があまり変わらなくなった母。
 もう守られる方ではなく守る方になっているのだと思う。
 でも、今日はこうして子供でいたい。
「お疲れ様でした。リリーナお嬢様。」
 お嬢様と呼ばれる。パーガンがいた。
 ふふっと笑う。歳のいった執事の相変わらずのフットワークぶりにだ。
 彼はリリーナの運転手をどこまでも引き受けてくれる。今日の操縦も彼が副操縦士であるはずだ。
 だが鼻にもかけず、いつものように二人を促す。そしていつものように先を案内してくれた。




 特別通路から出る。チャーター機はすぐそこで駐機場を歩く。
「・・・。」
 リリーナが目を見張る。
 見間違えないシルエット。
 これだけが彼を捕まえられる、自分にとってもっとも有効な方法だった。
 チャーター機の向こうから歩いてくる。
 この空港の整備士の格好で。
 去年同様忙しくしている自分だ。自嘲気味に微笑う。彼に必要のない手間を取らせている。
 でもリリーナはそっと一歩出る。二歩・三歩と駆け足になった。
 先を歩いていた母が立ち止まり自分を呼んだ。
 そして保安官が訝った。銃を抜こうとして、それをパーガンが制した。
 リリーナは目先に走る。
 チャーター機の向こう。 空港の駐機場をオレンジの照明が仄かに照らしていた。
 リリーナは5歩手前ほどで走るのをやめた。
 ヒイロは走りもせず落ち着き払って、リリーナの元まで歩いてくる。
「だいぶ遅いな。」
 あきれた風情だ。リリーナは苦笑いする。
「待った?。」
「そうだな。」
 口では言うが別に険はない。
 小脇に抱えたものがある。
「手渡せと言うから、持ってきた。」
「聞こえていたのね。」
「唇が読める。」
「・・・。」
 絶対に伝わると確信を持って言い放ったのは自分だ。
 でも唇と言われて、ちょっとドキリとする。エージェントとしての言葉だろうけれど。
 ・・もう幾度かキスを交わしているから。
 ヒイロはおもむろに差し出した。
 レポート用紙定型のノート。青紫のカバーがかけられている。カバー表紙右上には青と白で星のような花が布を固めてアクセント装飾されていた。
「ハッピーバースデー、リリーナ。」
「ありがとう。ヒイロ。」
 素敵な一冊だった。抱き締める。
 この間、書くのが好きだと言ったからかもしれない。
 そうやって知らないところを埋めていきたい。
 リリーナはヒイロを正面から見る。彼もそう思ってくれているのがわかる。
 だからリリーナは再びもう一歩踏み込んだ。
「・・っ。」
 弾かれる。リリーナは額を押さえてすぐその犯人を知る。
 弾いたのがヒイロの被っている帽子のつばだった。
 恨めしげにそれを見てしまう。
「・・。」
 意表をつかれた。でも失敗に終わって、リリーナのその渋面にヒイロは思わず吹く。
 渋面から怒った顔になる。
「笑ったわね。」
「笑わずにいられるか。」
 喉の奥でまだ笑っている。
「もう。」
 耳まで真っ赤だ。
 キスしようとしたのだ。人目も親の目もある前で。
 ね目上げてくるリリーナの視線をヒイロは可愛いと思う。
「・・・。」
 そう怒ってもリリーナは綺麗だ。
 やおらヒイロは帽子を取る。
 つばを指先でつかんで、彼女の左側頭部側影を作る。更にその薬指と小指でリリーナの頬をすくう。
 リリーナは一瞬目を見張る。人目があってもいいのだと。
 ヒイロがそっと唇を重ねてくれる。
「・・。」
 肩の高さが揃わないことに気がついた。
 今日は私の誕生日。2年前と変わったものと、まだ同じものを感じとる。
 そっとヒイロは離れた。
 そして帽子を被りなおし、踵を返して、来た道を戻る。
 その姿が闇に溶けるのを待ってリリーナも踵を返した。
 ノートを抱きしめて歩く。
 母たちの姿が大きくなる。
 パーガンが制してくれたことは気づいた。
「・・・ごめんなさい。勝手に警備から外れて。」
「そうですな。あやまるところはその辺りでしょうな。」
「パーガン。」
 そうなのだ。彼のことを謝る気などない。
「彼は相変わらず、お元気にされているようですね。」
「はい。」
 パーガンの優しい言葉にほっとして笑顔の返事を返せた。
「では中に入ってくださいませ」
 促される。
 リリーナは二の句を告げないでいる母の手を微苦笑しながら取った。
 タラップを上がり、機内の個室に入る。
 リビングのような個室の座席は、昼間なら礼儀上母の向かい合わせに座るが、少し眠れるように進行方向に向かって、今日は隣に座った。
「・・・。」
 ボーイフレンドならこの子には何人もいる。
 ただ今はこうして外交官としてほとんどの日を費やしているため、接点は無いはずだった。
 まして今日の相手はこんな深夜に平然としたもので、まともであるわけがない。
 小型ジェット機は程なくして飛んだ。
 母に尋ねられる。
「・・恋人ですか?」
 聞かれるだろうと思っていた。
 母娘の間に沈黙が落ちる。
「・・恋人・・なのかもしれません。」
 この子にしてはたどたどしい返事だった。
「でも一緒にいないから、まだよくわかりません。」
 それでもそのノートを抱きしめるのをやめない。
「たぶん、彼もそうだと思います。」
「・・・。」
 現実的な感想だった。あきらかに恋をしているのはわかるが、冷静に自分の感情を把握しているようで、少しほっとする。
 母は話題を変えた。相手の人となりが見えてこないからもう少し聞いておきたい。
「何をいただいたの?」
「・・・。」
 カードが入っているだろうか?。
 こそっと開く。
 開いたとたん、ちょっと目を見張る。
 ヒイロの字。
 ノート一冊分、全て手書きにて、書かれていた。
 母は唖然としている。今の時代に手紙で字を書くことはあっても本一冊分に相当する文章を手書きで読むことはほとんど無い。
「・・・・」
 本・・だろうか。
 目次を見ると本というより教科書に近い。
 タイトルはアフターコロニー。
 リリーナはページをめくっていく。
 開拓史から政治史。それから経済史に文化史が章立てられていた。
 ただ少し読み進めていくと、とても読みやすいことに気がついた。
 パタンと一度閉じる。
 急いで読んでしまうにはもったいなかった。
 そしてこれが教科書ならばと、一番最後のページを開く。

  もう一つの大学で資料がいくつか見つかった。それをまとめてみた。
  理解されるように書くのは難しい。

 リリーナはくすっと笑う。
 ヒイロにとっては論文の方が簡単なのだろう。専門の人向けに難しく書くのは彼にとってたいしたことじゃない。
 だが、これは広く読んでもらうことを意識して書かれている。
 この内容のデータの方だろう。ディスクがある。私はこれを頒布してもいいのだろう。
「・・・。」
 そっと指でなぞる。更にその下の文を。

  アフターコロニー197年4月9日
  ハッピーバースデイ、リリーナ。
 そしてヒイロユイと署名されていた。

 中表紙に戻る。
 中表紙の前にもう一枚ページがあった。

  for リリーナ。

 簡潔にそれだけを。
 それだけで幸せだった。





 リリーナが眠っている。
 青いノートを抱きしめて。
 そんなに嬉しいのだろうか。
 ヒイロユイ。一度だけ聞いたことがある。
 それも同じ日。リリーナの2年前の誕生日だ。
「・・。」
 確かにあの日以来娘は変わっていった。
 パーガンを呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「ええ。少し聞いておきたくて。」
 母としてなのか、養育者としての言葉か。
 両方だ。それから大統領候補の母としての思いも含まれる。
 相手は選ばないといけない。
 リリーナはその思いを知っているだろうか。
「・・そうですね。」
 ドーリアン夫人はリリーナを優しくも厳しくここまで守ってきた人だ。
「彼は何者ですか?。」
 具体性に欠ける質問だ。地球の人か、コローにー出身者か。職業・地位・門地も含めてだ。
 パーガンの返答はだが簡潔だった。
「ガンダム01のパイロット。」
 ドーリアン夫人は目を剥いてこちらを見た。
 パーガンは目を細める。
「不服ですか?。」
 不服などと思わないでくださいとパーガンが目で言っている。
「・・。」
「プリンセスが2年前お探しになっていた人が彼です。戦争が激化する中でプリンセスが唯一心のよりどころにした相手でした。」
「・・・。」
 あの戦時下で、リリーナは自分の出生を知り、渦中に身を投じていった。
 心身を案じながら、もはや養育者として何も出来なかった。
「01のパイロット・・。」
 それはブリュッセル大統領政府をガンダムのライフルで撃った者の呼称だ。
 そこには娘がいた。
「・・・信じられない、まさか。」
 コロニーを盾に取られて自爆したのも01のパイロットだ。
 平和論者を乗せた機を撃ったのも。
 訝るものが拭えない。
「一度お会いになられればわかります。」
 EVEWARSで戦争の最後にミリアルドピースクラフトと戦っていた相手。
 その戦争の最後の最後まで戦っていた者。
「いえ・・今はまだ。・・少し怖いわ。」
 まだ2年・・。戦争が終わって1年。
 クーデターも起きた。小規模だが紛争もある。
 ガンダムを駆る者達は皆、不利な戦いに臨んでいく者たちだった。
 それは姿は勇ましく映った。
「・・。」
 だが個人となると別だ。その性情を恐れる気持ちが拭えない。
 まして恋人など。
「そうですね。私もそうでした。彼は強すぎた。」
 心も体も、そして眼差しが。
「しかし人と人の関係が常からそうであるように、会ってから判断なさるとよいかと思います。」
「・・わかったわ。」
 パーガンは援護するほうにまわっているということが。
「次期大統領候補とガンダムのパイロット」
 対極の二人だ。しかも超人的な。
「しかしおそらくお二人は違う関係を築きたいのでしょう。あまりお会いにはなってはおられません。」
 リリーナが青いノートを抱きしめて眠っている。彼を抱くことが出来ない今はそれが精一杯なのだ。
 老執事からすれば、彼らは戸惑いながら成長していく若者の一人として映る。 
「個人的感想ですが、彼は誠実ですよ。」
 誠実とは、はたから見た者の言葉だ。本人は露とも思っていないだろうし、当てはめられたくないたぐい言葉だろう。
 パーガンが微笑んだ。
 リリーナのボーイフレンドたちは、貴族社会に胡坐をかきながらそんなものを自分自身の誇りにして驕る。
「誠実でなくてなんでしょう。」
 あの戦時下で信じられないほどの高い技術や強さを持ちながら、・・プリンセスから思われながら、今もまだ彼は自分を勘定に入れないでいるのだ。




[09/06/19]
■如月コメント:ヒイロリリーナでマッキーテイストを書くとは思わなかった。どの歌かわかるかなー。

さて老執事パーガンってテレビじゃあんまりしゃべらないんだけど、小説ではものすごくしゃべっている。
しかも運転手に操縦士に、ハッキングに、おまけに剣の腕もある。リリーナにとって唯一ヒイロのことを話せる人かもしれません。
大統領云々に関してはケネディ大統領のジャクリーンの影響・・。
あと宮沢賢治ー。雨ニモマケズを言えるようになったぞー。

ガンダムWの小説。なんでこんなに設定細かいんだー。嬉しい悲鳴。ほんと今更だけどおもしろいー。
エンドレスの小説ではあとがきに、この小説がビデオ3本分に相当しているって書いてあるもんなー。
オペレーションメテオの真意なんて設定大好きだ。

10年前に買った本が、10年後におもしろい小説になるなんてことがあるとは思わなかった。
ノベンタ夫人の手紙の意味にちょっと感動ー。



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