暗く闇へ延びる廊下の上で
俺がぶっ叩いて、でも言いくるめられて、
それは、彼女と同じ、始まり。
「君の手足を形にするために。」
「・・・・。」
「 だから、少し動かないでもらえるかな?。 ・・・Wait a miute, will you?。」
勇吹はそう言って髪の毛になってしまった俺の左手に触れた。
「直せんの?。」
「 May be 」
ポォ・・・と彼の額が淡く白く光り出す。
・・・・・たぶんね、ねぇ。
その割には自信ありげだ。謙遜だろう。
「(・・・なーんでもいいけどよ。)」
寝転んだまま、俺は勇吹を見上げた。
それよりも、目の前にいるから、少しだけ、こいつが何なのか考えてみる。
「悪かったな化け物で」
「あんたは人間に見える」
普通・・・言わねーよな。
あんな風に言い切れねーよ。俺だって、俺みたいな奴が、現われて殺しに来たら、化け物って呼ぶぜ。
「(変な奴ー。)」
・・・・・・・それにしても、彼の光はなんだか暖かった。
日本の冬は寒くて、昨夜の雪もあって病院の廊下が冷たい分、余計にそう思う。
「・・・・。」
化け物にも降りてくる光。
「(さすが神様系って感じ?。他の奴とは一味違うぜ。)」
神聖騎士団も神様系には違いないが、なんだかそれとは違うのだ。
どんなことをするのだろうと思っておもむろに左腕の方に頭を倒した。
「・・・・・・え?。」
ふとした瞬間に髪の毛だっだ左腕が光でぼやけて、・・・・光の粒子になっている。
「んげ。」
しゅるんとその光の粒は集まり、普通の腕を形作る。
日本語で、勇吹がこれが俺の得意技、だと言っていた。例の神霊眼の力だと言ったのだろう。
起き上がって握りこぶしを作ってみる。香港で水圧の槍に刺されてから、握力の低下していた左手だった。
握力はある。指先も動く。
「(ちゃんと使える。)・・・・・。」
俺は、目を半眼にした。
「・・・変な技。」
声のトーンまで一段下がる。
「あのな・・、君に言われたかない。」
英語でわざわざ言うので、言いたかったらしい。
確かに、そりゃそうだ。
「能力、使うと泣くのか、おまえ。」
出来あがったばかりの左手の、人差し指を伸ばして、気になった彼の目じりを押さえた。
「え・・・。」
勇吹が驚いて少し身を引いた。
すくいとった涙をぺロッとなめてみる。
「・・・・なんだ。普通の味じゃん。」
しょっぱかった。
「俺も、なんで涙が出るのか、わからないんだ。実は。」
ほら、と思う。
自分のことを知らないのは俺だけじゃない。
勇吹が、今度は右手の方を、手に取った。
・・・・光が暖かった。
「・・・・・。」
悪魔を飲み込んで、体力的にずいぶんと疲労したのかもしれない。
眠かった。
俺は、左手だけを使って、傍の壁へと身体を持ち上げて、背をもたれさせる。
「え・・、カルノ?。」
こんなふうに、眠るのは久しぶりだった。
起きたと時、何も壊さない気がした。
「カルノ?。」
・・・・・・・・また、少し勇吹の事を考える。
とりあえず、傍にいても鬱陶しくない奴かもしれなかった。
ボケナスのくせに、結構魔法が使えて頭良さそうなのがムカつくが・・・今までまとまらなかった思いを言葉でうまく言い表してくれる。
ローゼリット。
おまえの言葉たちが、俺の中で動き出して、意味を成していくよ。
***
助けてくれたのは、他の誰でもなく彼だった。
彼の咄嗟の優しさは、それが本当の性分なのだと知る。
「え、カルノ。寝ちゃったのか?。」
右腕がまだ途中なのに。
「・・・・(デモノイーター・・・・。融合するのって、疲れそうだものな。)」
考えて、勇吹は大雑把に形を整えて、一度神霊眼の力を出すことをやめる。
床が酷く冷たいから、カルノをちゃんとしたところに寝かせてやりたかった。
「(これ、病室・・・かな。)」
背後にあったドアを振り返る。
でも、病院の部屋はどれも似たり寄ったりでよくわからない。ノブに手を掛けて、ためらう。
「(・・・今更・・・。)」
開けるのが怖かった。
中で、どんな惨劇になっているのか知れなかった。
こくんと息を呑んで、ドアを押し開ける。
「・・・・。」
・・・・・・暗い。個室の病室のようだった。電気をつけようと思ったが、どこかでショートしたらしく点かなかった。
ヒーターは聞いていた。部屋の中は十分に暖かい。
窓から入る街灯の光で、かろうじて部屋を見渡すことが出来た。
「あれ?。」
この部屋を使っている人を探すが、ベットの上には誰もいなかった。
「・・・・・空室?。」
それに一瞬期待する。・・けれど、それを打ち消すように異臭が鼻についた。2、3歩、歩み入り、すぐに何かがつま先にぶつかった。
「うっ。」
勇吹は後ずさった。
男の人だった。床の暗がりに倒れて、白目を剥いている。
喉が裂かれて、そこから気管と食道が引きずり出されていた。顔には恐怖が張り付いて、まだ新しい涙が光っていた。
「っ。くそっ。」
俺の犠牲者。
勇吹はベットの上から、バサッと、毛布を引っ張った。血で濡れそぼつ彼の身体を覆う。
「う・・。」
吐き気がした。冷や汗も止まらない。その残酷な死体に対して、すまなさを思うよりも、気色の悪さがどうしても先に立つ。
唇の端を噛んだ。本当は・・・・、こんなこと思いたくない。
「・・・・。」
勇吹は恐る恐る顔を上げ、布団をめくった。男の人の顔だけ出して、
そっと、掌でまぶたを閉じさせた。
声を微かにふるわせながら、神道式のやり方で祈る。
彼がこの世で迷わないよう。
「(・・・ごめん・・なさい。)」
・・・・・・勇吹はシーツ越しから彼の両脇をつかんで、引きずるように外へ連れ出した。部屋の暖房のせいで、腐敗が進んでしまうからだ。
上着の袖口が赤く染まっていく。
男の人をドアの横に寝かせて、毛布をしっかりと掛け直した。
勇吹はきびすを返して、カルノの傍に戻った。
カルノはすっかり眠ってしまっていた。微かな寝息を立てている。
「(よくこの状況で寝れるよな。)」
けれど、少しは心が落ち着いていく。今は、カルノを元に戻そうと、思う。出来ることをしようと思う。
勇吹は上着を脱いだ。すっかり血で汚れてしまったからだ。もう着れないなと思う。
カルノ脇の下に腕を通して抱き上げようとした。
「(・・・温かい。)」
男の人の額は冷たかった。
「カルノ。」
手の震えを止めるように呟いて、勇吹はカルノの肩口に額を埋める。
彼の首筋から脈を感じた。息もしている。
生きている。
そして、俺も。・・・・・こんなふうに誰かの生きていることを感じたことなんてなかった。
「(殺しに来たくせに・・・、変な奴だよ。)」
悪魔を前にして混乱する俺を叱咤してくれたよね。追いかけてくれたんだよね。
「神は永遠に俺を断罪する。」
でも・・・、君が、傍にいてくれてよかった。
END
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