2000年12月31日23時。北守神社の境内は、新年を前にお参りに来る人達で賑わい始めていた。
「・・。」
 勇吹は慣れた手つきで表着の袖を襷で結わき上げた。池の端のかがり火に薪を足す仕事にかかる。
 傍に用意しておいた薪の束を一つ崩した。
 1本、2本と持って、どう突っ込もうかなーと一人ごちる。
 薪が燃えて急に崩れないように燭台とのバランスを考え、尚且つ炎の高さの維持させなければならない。
 火の傍にはけっこう人が寄ってくるからである。
 寒いから温まろうとするし、神社の雰囲気を灯し出すのは、やはり炎だからだ。
「こんなものでしょう。」
 Vの字に4本、横に2本差した。炎が安定した動きで燃え移っていく。
 勇吹は余った薪を戻し、周りに落ちた灰を箒で掃いて1箇所に集め、火消し用の水の量を確かめた。
 行事の運営における仕事は、ほとんど方々への配慮である。そんなこんなで今日も朝から忙しかった。
 お神酒の用意、かがり火の薪の運搬など力仕事から、拝礼の執り行いや、札所への案内。
 受験前だけに、同級生も来ていて、ちょっとした同窓会みたいにもなったりもする。
 でも年内はまだマシだった。あと一時間後からもっと忙しい。
「ま、賑やかで、いいけどね。・・。あれ。」
 火につられてやってきたのは人だけではないようだった。
 勇吹は手を差し出して、エスコートする。
「ちょっと気が早いんじゃないかな。でも、新世紀だし浮かれもするよね。」
 せっかくだから自分も小一時間ほど休もうか、と思う。
 おもむろに懐から携帯を出した。短縮で、呼び出そうと思う相手に電話する。
 3回ほどでコールは途切れた。
「あ、カルノ?。悪いけどお神酒一本と杯を3つ持ってきてくれないか?。」
 しばし沈黙の後、おまえ朝から何リットル飲んでるんだよっと、という言葉が返ってきた。
 勇吹は苦笑いした。
 この場合、お酒は『升』が単位と言ったら、言い訳になるだろうか。



 参拝客に混じって、カルノは北守神社の階段を上っていく。
「(・・新しい世紀の始まり・・か。)」
 12月31日という日はなんだか不思議な日で、何かが胎動しているような感を受ける。
「(期待、かな。)」
 新しくやってくる新年への期待が胎動する日。
 などと戯れに考えながら、階段の上まで来る。勇吹を探して、境内の左手、絵馬掛所の前にその姿を見つけた。
「げ。」
 カルノは苦虫を噛んだような声を上げた。
「あ。」
 勇吹がこちらを振り向いた。駆け寄ってくる。
「カルノ。サンキュ。」
「・・おまえな・・、何背負ってんだよ。」
「なにって、失礼だよ、カルノ。」
 といいつつも勇吹もにやにや笑っていた。
 勇吹の身体に、胴回り20センチ、長さ15メートルはあるかと思われる白い大蛇が寄り添っている。
 もちろんこの場では自分たちにしか見えないモノである。
 蛇神は気にした様子も無く、その顔をふわふわ浮かべている。
 勇吹は、白蛇に笑いかけ、カルノに説明する。
「来年は巳の年だからね。」
 蛇の喉元を左手で支えて、右手の指先で頭を撫でた。
 クルル・・と居心地良さそうに蛇は勇吹にじゃれついている。
 映画『ダイナソー』のクリーチャーよりリアルな蛇である。
 あきれて、カルノは呟いた。
「・・勇吹、おまえってさ。あんまりそういうの警戒しないよな。」
「『妖怪』だからね。英語で言うと悪魔と言うより、精霊かな。全部が悪い奴じゃなくて、コミカルで面白い奴もいっぱいいてさ。」
 カルノから一升瓶と枡と杯を受け取り、絵馬の飾られている裏側の石の椅子に勇吹は腰を下ろした。
「ふーん。」
 少しだけ障ってみようかなとカルノは手を伸ばす。
 逃げないかな、とも気にしながら。
「あ・・。」
 ゴロゴロとその伸ばした掌に白蛇は頬をすり寄せてくる。
 思ったよりなめらかで柔らかい感触が返ってくる。
「そうそう、カルノおまえも聞いてよ。どうしようかなって思うようなことが書いてあったんだよ。蛇神様が教えてくれたんだけどさ。」
 蛇神が絵馬の一枚を差した。
 そこには、

 『御緑がありますように』

 とあった。
 カルノが首を傾げると、英語でこの絵馬が意味するところを勇吹は教えた。
「想う相手と付き合えますようにって書きたかったんだよ。」
 勇吹は隣の絵馬の同じような文章の一文字を指した。
 『縁がありますように』
「前者は日本語では、Green、なんだよ。」
「字の形は対してかわんねーじゃん。」
「まあね。でさ、蛇神様が新しい付き合いの芽が出ますようにって解釈するってさ。」
 勇吹は、通訳すると、枡に酒を汲んだ。
 そして、蛇神に差し出す。
 蛇神は喜んで、その枡をくわえ、例によって浮かれ調子でぱっと姿を消した。
「枡、持ってっちまったぜ。」
 一応大酒飲みの勇吹のために持ってきた枡である。
「瓶ごと持ってかれなくてよかったってとこじゃない?。」
 振り向くと、勇吹も杯に注いで、御相伴預かっている。
「どいつもこいつも酔っ払いって感じだよな。」
「誉め言葉と聞いておくよ。」
 カルノの毒づきは別に皮肉じゃない。どちらかと言えば逆で、ちょっとは酔っ払えと思ってるくらいだった。
 朝から大変だったから、休めばいいのにと言うと、まー年末年始が過ぎたらねと事も無げに答えられた。
 それはそうなのだろう。
 目の前の絵馬掛所からカコンカコンと板のぶつかり合う音がして、カルノは足をそちらの方へ向けた。
 絵馬の意味はずいぶん前に勇吹に教えてもらっていて、参拝客は他に何を願い事にしているのだろうとちょっと思った。日本語は所々しか読めないけれど。
 勇吹はカルノの分の杯を注いだ。
「・・。」
 お酒はあまり好きでないけれど、勇吹と一緒にこうして飲んでるのはなんだか悪くなかった。
「おまえは何か願い事した?。」
「・・、んー・・。叶ってるからいいや。」
「ふーん・・。」
 へらっと笑う勇吹を、カルノは少しつまらなそうに見る。
 そんな願い事が勇吹にはあったみたいだから。
 勇吹が杯を持ってきて、呟いた。
「こんな特別な日に、一緒にいたい奴といれてる。」
「・・。・・・・。」
 絵馬の影にちょっと押しやられる。
「イっ・・。」
 勇吹が軽く唇を・・、頬を寄せてくる。
「・・。」

 人目があったからすぐに離れたけれど。
「・・・・・・・タチ悪ー。」
 ・・しばらくしてカルノが呟いた。周囲を気にしてバツが悪そうである。
 悪びれた様子も無く勇吹は笑うと、今日何度目かの杯を差し出した。
「21世紀到来の夜に。」


 さて、―――貴方は、誰と過ごしたい?。



 END