君がため




 傍にいたらだめだよ。
 ・・・。



 動静を見守りつつも、、
 事態については感慨もなく、勇吹の痛みも、自分には感じなれたものに過ぎなかった。
 ただ・・―――
「イブキ、開けて。」
 鍵がかかっていたから、ノックする。
「・・・あ、うん。」
 錠が外され、戸が開いた。軽くその戸を蹴ってさっさと入る。
「ごめん、部屋、占領してて。」
 勇吹は、苦笑う。
「・・・。」
「何?。」
「・・・・別に。」
 ふいっと視線を外した。
 ――ただ、勇吹は慟哭のせいにして、人間関係や生活に支障をきたすようなことをしなかった。
 鑑みるに、それだけは、自分とは大違いで。
「(こういうの、大人とか、強いとか言うんだろうな。)」 
 カルノは、片手に持ってたトレーを応接のテーブルに置いた。
 テーブルにはカフェオレが乗っていて、ソファに座っていたらしかった。
「何、持ってきたの?。」
 勇吹はトレーを指した。
「水と、薬。」
「・・・・何の?。」
「睡眠薬。シェーラが飲めとさ。寝れてないんだろ。」
「うん・・・そりゃね。」
 夢見悪くてさ、と、肩を竦める。
 カルノは、水差しから水を、コップに半分くらい注いで、セロファンを破って錠剤を落とした。
 コップを取り上げて、勇吹に持たせる。
「飲めってかい。」
「ああ。」
 言って、カルノは踵を返した。
 ベッドに上着を放る。
 シャワー浴びてしまおうと思った。
「・・・・。」
 口もつけずに勇吹はテーブルにコップを戻した。
「ごめん。こういうの嫌いなんだ。」
「・・・。」
 そう言うから、カルノは応接の傍に戻る。
 コップを取って、軽く水を飲んだ。
 軽くでも、コップ半分の水だからほとんどなくなってしまう。
「毒じゃないぜ。薬。」
「・・・・飲んでみせないで。そんなふうに。」
 勇吹は近づいてコップを取り上げた。
 こんなことしてほしくない。本当に毒のあるものを、飲んでみせるようなことをしそうだった。
「その薬が毒だなんて誰も思ってないよ。ただ・・、飲みたくないんだ。」
 コップをトレーに戻した。
「・・ふーん。」
 カルノは手を伸ばし、後ろから頬に触れた。勇吹が振り向く。
 頬に手を当てて、くんと上を向けさせた。
 勇吹の軽く開いた唇に、自分のそれを重ね合わせる。
「っ・・ん・・。」
 瞠目して勇吹は凍りついたように身を強張らせた。
 目を細め、
「・・・。」
 ぺっと口の中に、移しやった。
 口の中に残しておいた薬を。
 今の勇吹なら少量で効く。
 浅い眠りをするから、夢を見るのだから。
「・・ふっ。・・・・う・・ん。」
 口の中を舌で弄って奥に錠剤を送り、喉に手を当てて嚥下を促す。
 勇吹がこくんと飲みこんだ。
 放す・・・放したとたん、勇吹に突き飛ばされた。
「何、すんだよ。」
 口元を押さえながら、尋ねられる。
「飲まないから。」
「やめろよ。好きな奴、いるくせに。」
 声に少し怒気が含んでいた。
「・・・・。」
 どうして知ってるのか、と思う。ああ、知らないんだなとも思った。
 現在進行形で言うから。
 それよりも、その物言いがらしくなかったから、気になった。
 勇吹はうまく伝えるけど・・、それは、思っていることを全部伝える手段じゃない。
 カルノはリアクションを返さなかった。勇吹の二の句を待った。
 でも、何も言わなかった。何も言わず、ただ口を結んで、目を細めた。
 心臓がことんと揺れる。
 勇吹も、こんな目をするのだ。
「・・・。」
「・・う。」
 がくんと勇吹はよろけた。そのままソファに座り込んだ。
 水の中でふやけた薬は、すぐに溶けたようだった。
 まだ寝たくないのか、勇吹はカフェオレのカップに手を伸ばした。
 傍に立ってカルノは、見えないように、その両目を右手で覆う。
 勇吹は軽く息を呑んだ。
 目から右手を後頭部に移して、くいと胸に引き寄せる。
 ・・その物言いは、自分を拒絶する言い方じゃない。
 むしろ逆のような気がする。
 俺と勇吹は違うから。
 一人にされるより、触らないで欲しかった俺とは違うから。
「・・・カルノ。」
 勇吹は目を見開いて、戸惑っていた。
「・・・やならやめるけど。」
「・・・。」
 それは、いつもと違う優しさで。
 温度のある優しさで。
 勇吹は目を閉じて、トンと胸に額をつけた。
「俺の、傍にいたらだめだよ。」
 そう言いながらも、勇吹はカルノの腕を握った。
「・・。」
「いつか謝らないとね。カルノが好きな人に。」
 そして、
「・・・・いつか君を・・・。」
 返さないといけないね・・・。
 言う前に勇吹は意識を手放した。

「何?・・・。・・。」
 尋ねた時、腕に重みが増した。
 薬が効いたのだ。
「・・・・・。」
 抱き上げて、ベッドに降ろし横たわらせた。
 部屋の電気を消し、ベッドランプの明かるさを落とす。
 何を言おうとしたのだろう。・・謝るって、何を?。
 悲しさとは違う、この感応させられた切なさは、感じたことが無かった。
 額の髪を梳いた。
「・・・・。」

 傍にいたらだめだよ。

 ・・・・おまえの気持ちは違うだろ。
 屈んで、そっとキスを落とす。
 今も、欲しい温もりを望む分だけ。
「それはいらないということには、ならないぜ。」