叶今日は髪の手入れに一日を使う。 彰子は巻いておいた布を取り、毛先から櫛を丹念に入れ始めた。 「・・?。玄武・・・と太陰?。」 細く開けていた蔀戸から、一つの覗き込む気配がしたかと思ったら二つになったので声をかけた。 「ほら、ばれちゃったじゃない!。」 「・・・太陰が押すからだ。」 言い返しながら玄武が顕現した。太陰もそれに倣う。 「姫、すまない。」 「いいの。どうしたの?。」 「髪を手入れているのが見えた。姫の髪は人間にしては綺麗だから、どのようにしているのかと思った。」 「ありがとう。でも普通にしているだけだから。」 髪を梳きながらお礼を言う。太陰が身を乗り出した。 「ねえねえ、彰子姫。私にもやらせて。」 「やめておけ。」 「なんでよっ。」 速攻で玄武に制止されて太陰がいきり立つ。 「・・・もう少し待ってね。」 彰子は苦笑いした。 まだ髪が絡まっているところもあって、そんな状態も省みず太陰は櫛を入れそうだから、玄武が渋い顔をしてるのだろう。 痛そうだし、髪も切れそうと、自分も思うので、太陰に待ってもらうことにして、二人に彰子は円座を勧めた。 「・・・・。」 けれどちょこんと玄武は彰子の傍らに座り込んだ。 「毛先を解せばいいのだろう。」 「あ、うん。」 玄武は髪が絡むところを指先で解いていく。 「・・・・ありがとう。」 実は結構助かる。 太陰は太陰で、そういうのは私向きじゃないと、彰子の目の前に両足を抱えるようにして座った。 二人ともいつもと変わらないそぶりだった。 けれども、本当は気落ちしているのを彰子は知っていた。 物の怪も・・、朱雀も・・天一の姿も見えない。 訳は知らない。けれど、いつもいたのにいないのは調子が狂うし、・・なによりも淋しい。 玄武と太陰は経緯を知っていて、焦燥をつのらせているようだった。 こんなところに来るのも、たぶん気を紛らわせたいのかもしれない。 太陰が彰子を見つめて、ポツッと呟いた。 「彰子姫って、不思議な人ね。」 「?。」 「んー・・、飾らないし、意外となんでもやろうとするし、なによりも安倍の家に住んでいられる度胸もあるし。・・・お姫様って、もっとひ弱で利己的だと思ってたもの。」 「他のところの姫がどうなのかは、私も実はよく知らなくて。だから、こんなものなのよ。」 彰子の答えに玄武がじっと見つめてくる。 「彰子姫は、父親似か?。」 「ううん、おばあさま似と聞いているわ。」 「あ・・いや、性格のことだ。」 「どうかしら。・・どうして?。」 「度胸とか、細かいことを気にしないところとか似ている気がするが・・・。」 ふむ、と玄武は考え込むと、二の句をついだ。 「彰子姫は入内できなかったことを安倍のせいにしないだろう?。」 「あたりまえだわ。自分のせいだもの。」 「左の大臣もそれを理解して、異母姉妹を入内させるという策を講じ、そして彰子姫を安倍に預けた。最善の行為をとれることは良いことだが・・・、普通はそうはいかないものだ。」 「・・・。」 「姫を守り切れなかった、又は、災厄を除去できなかったとして、喚きちらして、安倍を役立たずとして切り捨てたかもしれん。」 「・・・ただでさえ安倍のことを理解してくれる人って少ないものねぇ。」 太陰が溜息をつきながらぼやく。 「羨望と畏怖は混在するものだが・・左の大臣も姫もあまりそういうほうには考えてないように思える。」 「・・・そうかも。」 彰子は苦笑いした。 怖いと思ったことはない、安部の人達を。 むしろ摂関家の方がよほど怖いのではと思っている。 「安倍の人達は優しいわ。」 そしてそれは甘さの中にあるのではない。・・・本当の優しさ。 「・・・・昌浩も。」 不思議なのは、私じゃない。 「・・・。あ。」 三人とも同時に顔を上げた。 妻戸が開かれる。 「・・・まるで、春の陽だまりだな。」 感心している風情の勾陣が戸に寄りかかって立っていた。 「おかえりなさい。勾陣。早かったのね。」 「ああ。」 「昌浩は?。」 「帰ってきている。彰子姫が髪を洗っているから、先に部屋に行ったが。」 「もう少しかかりそうなのよね。」 太陰が早く櫛笥ずりたそうにしていた。 「朱雀がいれば、早いのにね。」 「そうなの?。」 「あったまるから。」 肩をすくめて淋しそうに笑った。 「どれ。」 勾陣が近くにあったもう一つの櫛を取った。 「あっ。勾陣だめっ。私が先なんだからっ。」 「ああ?、順番待ちか?。」 「そうよっ。」 「・・・・いつからそうなったんだ?。」 玄武がせっせと手を動かしながら、呟いた。 彰子は勾陣を見上げる。 「・・・こんな格好でよかったら、昌浩呼んでもらえるかしら。」 単衣に打掛を肩に羽織ったありようだった。 「・・・・・普通、それを気にするのは貴女ではないのか?。」 嗜めるように勾陣が呟いた。 玄武はやはり彰子姫は変わっていると思った。 結局、勾陣に止められて、昌浩にも部屋にいるように伝えに行ったらしい。 単衣に水滴がついて肌を透かすからということだった。 「(勾陣・・て、もっくんに似てるかも。)」 なんとなくだ。ちゃんと人を見ているところとか、烈しさの中の穏やかさとか。 髪が乾くようにせっせと急いで梳いた。 それに約束通り、太陰が髪を梳いてくれて、だいぶはかどった。 彰子は遅くなった夕餉を食べ、夜着に着替えて、昌浩の部屋に向かった。 「・・・。」 部屋から細く明かりがもれていた。 よかった、起きてる。 彰子はそっと覗いた。 昌浩は文台に向かい、頬肘をついていた。 紙をめくる乾いた音が微かに聞こえる。 邪魔かもと思った瞬間、妻戸がくいっと勝手に開かれた。 勝手にではない。姿を消している神将がいるのだ。 彰子は振り仰いでその名を呼んだ。 「六合。」 「・・・・入ればいい。まだ寒い時分だ。・・・それに。」 顕現はせず、声だけがした。 「もう休ませた方がいいと思っていた。」 「え・・・。あ・・・・。」 六合が振り向いた先に、彰子は昌浩に視線を向けた。 合点がいった。 昌浩は気づかず、うとうとしては顔を起こすのを繰り返していた。 「(・・・安倍の者以外で、これほどの見鬼か。)」 六合は、そっと感歎していた。顕現せずとも違和感無く視線のやり取りができることに。 「・・・。」 彰子は部屋の中に入り、そろそろと近づく。 昌浩は完全に寝入ってしまったようだった。気づかない。 彰子は傍らにしゃがみこんで燈台の明かりを吹き消した。 そして立ち上がると、部屋の奥に行って、大袿を広げて茵を整えた。 「もう・・・六合が怒られちゃうのよ。」 それは物の怪がよく言っていた言葉だった。 「・・・。」 戻って・・、彰子は昌浩を移動させるべく両脇に両腕を入れた。 「・・・え。」 六合の気配が部屋から出ていく。 手伝ってくれると思ったのだが・・・閉められた妻戸を眺めやった。 「・・・。」 その時だった。衣擦れの音がする。 昌浩の右手が持ち上がって、彰子の右腕に添えられた。 視線は臥せたままだったけれど、昌浩の瞳は開いていた。 「(・・・そっか。)」 ああ、六合は気を使ってくれたのだと思い、彰子はすとんと座り込んだ。 ・・・・そうやってみんな私に良くしてくれる。 ・・・不思議。 「(私からすれば、安倍の人達が・・昌浩が良くしてくれるほうが不思議。)」 昌浩の夜着の合わせ目から生々しい傷跡が覗く。 同じような傷を、かつて昌浩に、私は穿った。 「(約束も・・破ったこともある。)」 たとえ不可抗力でも。 ことんと彰子は首を垂れて昌浩の後頭部に頬を寄せた。 「(けれど、もう一度約束させてくれた。)」 だから、私が出来ることはなんだろうと考える。 まだわからないけれど、 それは、私が、悲しい顔をすることじゃない、ということだけはわかってきた。 「・・・・。」 戒めだ。 私がしたことは、忘れない。 「(けれど、考えてばかりでは元気がでないから、あまり考えないようにしているのよね。)」 忘れるということ、と、考えないようにしているのは同義だろうか。 「・・・・。」 つらつらと物思いに耽っていた。 「・・・・彰子さん。」 とうとう昌浩が丁重な物言いで彰子を呼んだ。 肩が心なしか強張って、カチコチになっていた。 「・・・・。」 なんとなくそのまま彰子は寄りかかっていた。 それでも、物の怪の温もりの半分にもならないだろうけれど、 少しだけでも。 [03/8/21] #小路Novelに戻る# #Side.M# −Comment− 今回は彰子側。たぶん昌浩側をちょこっと書きます。青龍がまだ出てないし。 感想文は難しい。溢れる感情をどうやっても文に集約できない。 読解文を書く方が楽だ!。しかも小説にしたほうが読みやすい! という感覚で書きました。 彰子の所業。・・・言いつけを守らなくて足手まといになって、操られていたとしても昌浩に致命傷を負わせて、そんで不可抗力とは言え、蛍の約束も一回流れている。(この言い草でも私は彰子ファンだーっ。) 昌浩!、もっくん!、悩むな、大丈夫だ!、彰子は元気にやってるぞ! 約束はまたすればいいんだ!。 上記が溢れる感情。 ちょっと頭を冷やして、焔の刃を研ぎ澄ませ、ネタばれ感想。 彰子、抱きしめちゃってるよ、昌浩。うきゃっ。 そのイラストが二枚もあるん。少女小説読んでいて、こういう肝心な(肝心なのか?)イラストを載せてくれるのって見たことない。 あさぎ先生がすごいのか、書いてと言える結城先生がすごいのか。それとも角川・・。 「笛竹」の感想も。 彰子流言いくるめ、があって、嬉しかった。可愛いよう〜。 もっくんが彰子の腕から抜けようと、じたばたするのも。 青龍の風呂掃除に感心する紅蓮というのがなんかくすぐったいぞ。 六合と紅蓮の主語無し会話も。そっか〜風音、生きてるのね!やーん嬉しいよう。 |