英会話のカセットの内容がワンレッスン進んで、テキストをめくると、一通の封筒をしまいこんだページが出てきた。
「・・・・・・。」
勇吹はウォークマンを停止させた。ページから封筒をつまみあげる。
必要なときまでそのままにしておこうと思っていた。
この中の写真には失って置いてきたものがあるから。
「勇吹・・・。探しているのは写真か?。」
何かを探してタンスの引き出しを開けていた勇吹が祖父の声で振り返った。
勇吹は少し驚いたように目を見開いて・・・けれどそれもちょっとの間だった。また寡黙になってコクンと頷く。
あの勇吹が、ここまで表情をなくすとは思わなかった。
「これに3人の写真が入っている。」
「・・ありがとう。」
封筒ごと手渡すと、勇吹はそれをズボンのポケットにしまいこんだ。
「・・・・。中は見ないのか?。」
「祖父さんが確かに入れてくれたんだろ。」
「確かに入っとるよ。」
答えると、なら、いいんだ、と勇吹は会話を終わらせた。無表情に横をすり抜ける。
「・・・・(勇吹。)」
そっけなさは却って、これから一人で立つという孤独に怯えている姿をありありと伝えて痛々しかった。
目を閉じればこの子がまだ笑っていた時が走馬灯のようによぎる。
大きくなったとは思う。けれどその背はまだ頼りになるほどではなくて。
――――― ああ、・・まるで、
「無理は、しなくていいんだからな。」
戦場に行く、孫を見送っているようだ。
―――― 俺が無理するなんてこと、したことないだろ。
泣きそうになるのをこらえて、心配するなよ、とそっけなくそう答えた。
勇吹は封筒から写真を取り出した。父、勇。義母の真理子。弟の勇歌の姿が写る。彼らを探すために用意した写真だった。
後ろへ重ねて送っていく。
「・・。」
息を、呑んだ。
俺・・・!?
「うああ・・・・・あぁっ。」
なんで、こんなのが入って――――!?
勇吹は両手で顔面をおさえた。目の前が暗くなっていく。
失ったもの、置いてきたもの・・・。
カタカタと、体が震えるのを抑えられなかった。
「うう・・・・・。・・ふっ、く・・・。」
床に落とした写真の一枚、それは高校の入学式に行く前に庭先で撮った写真だった。
一緒に功勇が写っていて、その時の風景を思い出すことが出来る。
ネクタイが大きくてからかわれて、そんな何気なくてあたりまえにあった生活。
服を強く握り込んで自分の肩を抱きしめ、うつむく。
・・・もう、
「(あんなふうに笑えない。)」
境内の修理や掃除もだいぶ終わり、神社は受験を控えた学生が、うちの天変地異を聞きつけて、あやかりに(なにを?と言う気がするのだが)来て、少しは活気付いてきていた。
いったん外に出していた亀が池にぱしゃんと飛びこむ。
神社の水はまだ冷たい時期だが、冬眠していない亀がいるので、池の掃除を祖父に言われてやっていた。
参拝客がいるので、例によって正装してだ。
・・・またぱしゃんと亀が池に飛びこむ。
「なんか・・元気だな。こいつら。」
あらかたきれいになったので、こんなもんかな、功勇は池からあがった。
近くにある大きな岩に腰を下ろして、足を拭いた。なにもこんな格好で掃除しなくてもと思うのだが、その辺あの祖父さんは頑固なのでどうしようもない。
勇吹もしっかり、着替えてやっていた。
「・・・・勇吹。写真見たかなー。」
ふうとため息をついて功勇はタオルを放り出して、岩の上に寝転んで、すっかり葉の落ちた森の間から広がる透き通った青空を眺める。
家族全員の写真を入れたのは、祖父と自分だ。
ともにあるつもりだと、伝えたかったから。
そして、勇吹が淋しくないように。
END
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