世界の全てを享受する
            かいな
 彼を揺らす腕




 春先の細かい雨がカルノを、髪から肩から濡らしていた。街灯の白い光が霧に沈むようにぼうっと光っている。 
 夜10時、工場が並ぶ通りはもう何の気配はない。
 そう・・、もう。
 息を整えカルノは、通りを右に折れた。先は袋小路になっていて、暗い。目を凝らした。
「・・。」
 何か蹴っ飛ばした。水溜りの中をからんからんと転がっていく。
 それは魔法を使うときの杖で、この路地裏に倒れてうめいている誰かのものなのだろう。
 使えないが殴るくらいは出来るだろうと、手持ちの武器としてカルノはそれを拾い上げた。
「カルノ?。」
 暗がりから勇吹の声がした。続いてパタパタと傘をつたって水溜りへ落ちる雨音。
 街灯の下に猫を抱っこした彼が出てくる。
 この場の争いの原因。
 たぶんちょっとからかいに来たのだ。平和ボケした日本人だし、普通にしてると勇吹は本当に普通だから、その力量を舐めたのだろう。
 けど、見る限り仕掛けた側の惨敗のようだった。完膚なきまでに叩きのめされている。
 勇吹の人となりは、見た目からは想像できないところがある。
 引き際を考え、逃げも隠れもする。けど、負けず嫌いで強がりでも気張る。
 そして、案外容赦無い。
 使い魔は拘束され、人間は倒れて動けない。あまりの無様さに、屈辱は計り知れないものがあるかもしれない。
 ・・大きな怪我は無いようだった。
「(なんだ。)」
 少し切れている息がばかばかしくもなる。
 あー、だから雨は嫌いなんだ。
 ・・カルノはバス停の方を親指で差して、勇吹を促す。
「早く、ずらかろうぜ・・。」
 朝になるまで人通りは無いだろうけれど、用心に越したことは無かった。
「うん。ごめん。・・。」
 勇吹は苦笑った。
 猫が彼の肩越しの宙に向かってナーオと鳴く。
「・・・・?。」
 その背後で何か動いた。
 少しカルノは息を呑む。
 勇吹のその身に、胴回り20センチ、長さ15メートルはあるかと思われる白い大蛇が絡みついてきたからだ。
「助けてくれたんだよ。」
 勇吹は、白蛇に笑いかけた。
 蛇の喉元を左手で支えて、右手の指先で頭を撫でる。
 居心地良さそうに蛇神は勇吹にじゃれついた。
 ミューと再び猫が小さく鳴いた。その首根っこを蛇神はくわえあげる。
「飼主?・・。・・ありがとう。」
 猫には飼主がいるらしかった。送り届けてくれるそうだ。
 しゅるんと蛇神は消えた。
 見送って勇吹はこちらを振り向いた。
「・・探してたの俺だったよな。確か・・。」
 彼はもう一度小さく、ごめんと誤った。
 カルノの濡れそぼつ体を気にして傘の中に入れた。



 ***



 ホテルの部屋と同じフロア(階)の公衆電話で勇吹は事後報告の電話をかけていた。
 もう夜の12時を回っていて廊下には当然だが誰もいない。
 傍の自販機コーナーの冷蔵の振動がやけに耳についた。
「・・はい・・ええ、俺は、大丈夫です。・・今日はもう終電なくてホテルに泊まりました。」
 この時間によく見つかったなと、ナギのちょっとあきれた声が返ってきた。
 連絡を終えて、受話器を置いた。
 溜息をつく。
 なんだかすごく後味が悪い。
 魔法使いと相対し、使い魔を強制排除した。
 それはいい。何時だってちょっかいだしきた輩にはこのくらいのこと仕返ししている。
「なんか・・俺、実力を計ったよな・・。」



 雨が一段と激しくなってきた。雷まで鳴っている。
 ザバァッーと水滴が窓を打って、ガラス面を流れ落ちる。
 ・・カルノは部屋の中で髪にドライヤーをあてていた。ノックして止める。
 シンッとしたところにもう一度ザバーッと雨が窓をたたいて、酷くなってきたなと思わせた。
 中々勇吹は戻ってこない。そう言えば買出ししてくるとかなんとかユニットバスのドア越しに言っていたような気もする。一度戻ってからまた出たのだろうか。
「・・・・あーあ。」
 カルノはああも気安く蛇神とじゃれ合う勇吹を思い出して、複雑な気持ちで溜息をついた。
「(精霊・・に好かれるって、そーいうのありか。)」
 魔法使い達はどんだけ苦労して召喚していることか。
 ・・・・俺だって。
「(・・汝ヲ揺ラス腕。)」
 操った様子はなく、蛇神が見かねて、すごく優しい力を勇吹に差し伸べてあげたような感じだった。
 何かが違う・・。自分を含め魔法使いどもとは、力の種類が違う、勇吹は。
 何が違う?。
 神聖さや、純粋さ、それとも単に持って生まれた体質か。
「(・・でもそれだけじゃ、誰かを好きになんてならねーよ。)」
 ナギという化け物もそんなんで勇吹を見てるとは到底思えない。
 じゃあ・・と聞かれるとうまく言えない。
 けれどその条件はなんだかわかるような気がする。
「・・。」
 ガウンの襟の合わせを整え、ユニットバスからブラシを持ってくる。
 ドレッサーに向かうのに椅子にかけられた勇吹のコートが邪魔だったのでベットに放った。
「・・。」
 ポケットからMarlboro Lightsの緑のパッケージが落ちた。
 カルノは拾い上げる。
 マッチあったな、と備え付けの灰皿に視線をやった。
 封を切っているところで、トントントンとノックがした。ドアが開いて、勇吹が自分を呼んだ。
「カルノー風呂から出てるー?。タオル持ってきてくれないか。」
 ドアの向こうを覗けば、戸口に頭から濡れている勇吹がいる。仕様がないので、パッケージを灰皿の上に放り、出迎える。
「傘は?。」
 ユニットバスからバスタオルをつかんで勇吹に手渡し、日本酒と軽く食べる物と飲み物の入ったコンビニの袋を受け取る。
「・・。あ・・うん、役に立たなくてさ。」
 勇吹が歯切れの悪いしゃべり方をした。
「・・?、・・一本もらうぜ。」
 拾い上げ、トンとパッケージの底をたたいて、一本くわえ、手に箱をそのままに紙のマッチを手にとって擦った。
 マッチ薬の匂い。カルノは掌の中でその小さな炎を近づける。
 その一連の仕草を勇吹は眺めて呟く。
「・・カルノって吸うの?。」
「あればな。」
 紫煙を燻らせて、カルノは事も無げに答える。
「初めて見た。」
「別に癖になるほどうまいもんでもねーし。こんなのかっこつけだろ。」
 本当に軽く含む程度だ。でも却ってそれが吸いなれてる感を受ける。
 ぽんとカルノは投げて、勇吹に返す。 
「・・火災報知機平気かな。」
「・・灰皿あるから平気なんじゃねー?。」



 
「(・・。)」
 ベッドサイドの台のデジタル時計がやけに明るくて、その数字が1:00ちょうどになる。
 風が強く、ヒュウ・・ゴウと電線を揺らしている。雨もまだ止んでいない。
 カルノは眠れなくて、ついには身体を起こした。
 深い溜息をつきベッドから降りて、灰皿とその上のパッケージとマッチを取って戻る。
 自分側のベッドランプだけつけた。
「・・。」
 シュッと火をつけて、フィルタを口に含む。
「(使える分・・使えないと後悔するな・・いつも。)」
 魔法なんて使いたくないけれど・・焦りは募るばかりで。
 白煙を混じえて、カルノは深く長い息を吐いた。
 左の指先にフィルタを持ちかえ、肘を膝の上に乗せ、再び吹かす。
「(世界一の魔法使い・・か。)」
 不思議となれるわけがないとは思わなかった。
 ただひたすらなりたくなかった。
「(けど・・。)」
 勇吹が強くなっていく。知識つけ、経験を積み、未熟さを克服するために努力を惜しまない。
 理由も理由だった。
 俺を倒せる唯一の存在になるために・・なんて。
 ・・自身のアベレージを下げるのは簡単だった。
 けれど、そうもいかない。・・このまま行けば勇吹が厄介ごとに巻き込まれていくのは目に見えていた。
 こんな『光』を世界が放っておくはずがない。
 ・・そう、勇吹を守るなら、世界中の誰にも負けてはならない。
「(・・んで・・だよ。)」
 思考が結論を急ぐ。煙草を持つ手で額を抑えた。
 勇吹だって自分自身は自分で守るつもりでいる。
 今日だって俺は必要なかった。
「・・。」
 勇吹も・・彼女も強くて。
「(けど、傍にいない。)」
 だから、それがてめぇらの勝手だって言いたくなる。
 信じない。強いから平気なんて。
「・・。」
 こんな夜は自分で自分を過去へと追いやる。
 そうしながら彼女の声が聞こえる。煙草を吸った時だから、怒鳴り声だ。
 身が穢れるから、と言い、身体を本当に壊すからと心配して。
 ・・本当のところ、あんまり吸わないのは、彼女が怒るからじゃなくて、心配するからだ。
 でも今日は雨の音も風の音もどうしても気になってしまうから手持ち無沙汰を紛らせたかった。
「(・・。)」
 どうして『ある』んだろ・・。
 それも勇吹の服から・・、別に吸うこと自体を悪いとも思わないけれど、考えてみるとおかしな話だった。
「・・。」
 カルノは余計に疲れを覚えて、ベッドサイドの壁に深くもたれた。
 ・・いつも後になってから気づく。
「(・・吸ってねーな。勇吹。)」
 見たこともない。
 ・・・・・・身が穢れるとはよく言ったものだった。
 息で術を使う奴が煙草なんか吸うはずがなかった。
 勇吹も現状がもどかしいのだ。
 俺が、嫌気が差してあのマンションを出たように、こんな煙草一箱爆弾みたいに持って、抗って・・やめて。
「(きっと、火災報知気はいい訳にしたんだな。)」
 少しだけだけど一緒にいて気づいた勇吹の悪い癖。
「(・・・・。)」
 そして自分自身もずいぶん変わったと思った。
 そんなことに気づける自分がいる。
 彼女を失ったからそんなことになるの?。
 
 


 浅い眠りがあまり良くなかった。夢を見る。
 兄が北海道へいく日の夢だった。
 自分の進むべき方向について考えると、兄のことを思い出してしまうからだと思う。
 家を継ぐ・・ということは言うよりも見るよりも当の本人は大変なのだ。
 歯科医師資格の取得だけでも相当の努力が必要なのに、継げば医師としての能力、信頼、人柄、そして経営力・・そう言った期待を問われていく。
「(・・よく愚痴を聞いてたな。)」
 夜遅くまで勉強して、歯科大は普通の医科大より学費がかかるから、後に続く俺達のことを考えてバイトもしていた。
 皆が勉強熱心だと自分にいうけれど、それは兄の背が俺の前にあるからだ。
「・・・。」
 あの夜を境に、俺の進むべき方向は絞られようとしている。引かれたレールを歩くのは思うほど楽じゃない。
 ・・兄の強さがほしかった。・・ずっとこんなふうでも、頑張って逃げない。
「・・。」
 傷つけるだけの理不尽な強さしかまだ、俺は持っていない。
 ただひたすら帰りたいと思い、孤独と不安に苛んでいる。
 ・・・夜の暗さよりも濃い闇が夢を覆う。
 半ば布団におぼれるような気持ちになった。
 浮をつかむ。そこで勇吹は目を覚ました。
 


 つかんだのはカルノの腕だった。
 なんでこんなところに彼の温もりがあるのかわからないけれど、今は夢の中に戻りたくなくて、彼の袖口を握りつづけた。
「・・。」
 カルノは肩口に顔をうずめて、耳朶に触れ、勇吹の覚醒を待つ。
「え・・。」
 重みと、吐息が触れてくる。
 勇吹は目を開けて、気配のする右側へ首を倒した。
 視線がぶつかる。
 カルノは一瞬薄く笑って、謀を目蓋の内に隠し勇吹の鼻筋に触れ、そのあごを指先ですくいあげた。
 信じられないものが触れてくる。
 ・・目を見開いて、勇吹はカルノを突き飛ばした。
 口元を抑える。
「なに・・すんだよ。」
 尋ねる声が震えた。好きだからとかそういう気色の悪い答えならおぞましかった。
 ・・けど返ってきた言葉は、至極単純で。
「別に、・・たまってんだよ。」
「・・がだよ。」
「ナニ。」
「そんなにはっきり言うかよ。」
 言うのもかまわずに、カルノは勇吹をベットへと倒した。
 ただでさえ着崩れやすい浴衣で、乱すのは簡単なはずだった。
「・・っ。・・おまえ俺で解消する気かよ。」
「悪いな。」
 呟いてカルノは、勇吹にもう一度唇を重ね、抑えつける。
 カルノの掌が下肢を滑っていく。
「んっ。・・やだっ。」
 カルノを押し退けようとする。ばれるから。
 このシチュエイションで簡単に硬くなっていて、そんなこと知られたくない。
 けど・・触れられて気持ち良くて、抗いきれない。
「・・っつ。」
 カルノのガウンをつかむ手が震えた。
 揺すられて、辛い。
 もたない。
「・・・・はっ・・あっ・・。」
 下肢が跳ねる。カルノの手を思いきり濡らした。
「・・。」
 あまり、『これ』、しない方なのに。
 恥ずかしくて、カルノから顔を背けた。
 カルノは屈んで、勇吹のうなじにキスを落とす。伝って、耳朶の裏を吸った。そして呟いた。
「煙草ぐらいで力が使えなくなるなんて本気で思ったんだろ。」
 勇吹は、瞠目した。
 見抜かれている。どうしてはぐらかされてくれないのだろう・・いつも。
「試そうぜ。ほんとにそうなるか。」
「・・。やっ。」
 濡れた手が奥へと押し込まれる。
 伝わってくる感触に、勇吹は仰のいて背筋を引きつらせた。



 ―――きつい・・。
 指先から感じる狭さが気持ちをはやらせる。
「・・。」
 けれど自分を押し留める。
 勇吹の身体はまだ誰かを受け入れるようになっていないから。
「・・・あ・・。」
 身の強張りを解くように抱きしめて、肌に唇を滑らせていく。
 温もりを感じさせていく。
 久しぶりのセックスだった。
 ・・もうしばらくしないだろうと思っていた。
 まして、男相手になんて考えもしなかった。
 けれどこの劣情は抑えられそうにない。
「ん・・・・カ・・ルノ。」
 勇吹は非難のまなざしを向けた。
 人が温もりに弱くなってるところに、こんなのってない。
「・・あ・・。」
 手首をつかまれて身体を起こされる。空いている手があごを支えて再びキスする。
 入り込んだ指が届く限りの奥を突いた。かき混ぜられる。
 流されていく。
 前戯にこれだけの時間をかけられる余裕を自分はカルノに与えてる気がした。
「あ・・あ・・。・・んっ。」
 感触に耐え、痙攣を起こし始める。
 俺の身体を引き離そうとした手が腕をそのままつかんで、勇吹は両膝をヒクつかせて折り曲げた。
 洩らす声も吐息も、男なのに勇吹は甘かった。。
 左手の指先で顎を支えて、上唇を舐め、舌を滑り込ませて絡める。
 ・・そんなキスもしたことないのか、すごく不器用で、
 抑えている衝動が急き立てられていく。
 カルノは股から指先を引き抜き、勇吹の頬に当てた。
 濃い目のキスを勇吹にする。
「う・・んっ・・。」
「・・勇吹、イカせて。」  
「え・・。・・っ。」
 カルノはガウンを脱ぎ捨てた。
 そして逃げる勇吹の腰を追いかけて、引き付けて、
「カっ・・、嫌だっ。」 
 その先端が触れる。
「やっ・・あっっ。・・ああっ。」
「はっ・・あ。」
 カルノが息を吐いた。
 勇吹の身体は貫かれた。
 お互い下肢を揺らした。勇吹は衝撃を弱めようとし、カルノは激しくしようとして。
 なんで・・っ、なんで俺で、そんなになるの。
「カルノっ・・痛っ・・、痛いっ・・やめろよっ。」
 勇吹が泣き叫んだ。
「・・嫌だ。」
 カルノは拒絶した。
 きつい・・この感じだった。
 それは彼女を抱いたときと同じだった。
 求めていた感触を得る。
 それなら勇吹にとってはこれは酷い行為だ。
 代替なんて事をしている自分に気づく。
「カルっ・・ノっ。」 
「・・ごめん。」
 でも今は感じさせて。



 ***



 シュッとマッチを擦る音がした。
 勇吹は目が覚めて、少しだけ身体を起こす。
 ガウンに着替えさせられていて、寒くなかった。
「・・。」
 そうか、気を・・失ったのか・・。
 何度もイカされて、揺すられて・・。
「(・・くそ・・。)」
 癖になったらどうしてくれんだよ、と彼の姿を見ながら思う。
 彼の手元で、鈍く赤い光が灯る。
 布団を除ける音にカルノは少しだけこちらを振り向いて、また窓辺にもたれて、虚ろな部屋の暗がりへと視線を戻した。
 あのな・・と勇吹は頭が痛くなった。
「(・・なんでそんななんだよ。)」
 清々してろよ・・とぼやきたくなる。
 勇吹は体を起こした。ベッドランプをつける。
「・・・。」
 たぶん・・傷ついてはいなかった。
「(そこはまー・・スケベ大国日本人・・しゃれになってねーな。)」
 なんていうか・・だって好きじゃなかったらこんなことできないから。
 都合良く考え過ぎなのかもしれないけれど。
 何度もイカかされても、カルノは自分を中傷する言葉も言わず、ちょっと痛かったけれど優しかった。 
 あんなセックスされたら怒れない。
 軽い眩暈を起こす。それに耐えて、ガウンの帯を締めなおした。
「(一本・・二本・・、五本目か。)」
 灰皿の吸殻を数えた。
「・・。」
 カルノの右手から吸いかけの煙草を手に取った。怪訝そうにカルノは顔を上げた。
 窓フレームに寄りかかる。・・少し躊躇ったけれど、勇吹は口に含んでみた。
 軽く吸う。スーッと煙が喉を通っていく。
「・・。・・。」
 息を吐くところで咽た。
 肺が酸素でないものを拒否したからだ。
「・・やっぱ向かないや。やめとこ。」
 そう言って、勇吹は煙草の火を灰皿で揉み消した。
 それからフレームに投げ出されているマッチとパッケージも灰皿の周りに片付ける。
 カルノも再び取ろうとしなかった。
「・・・。」
 視線が合う。勇吹が微笑うから、カルノは息が止まりそうになる。
「・・。」
 勇吹は窓枠に投げ出された脚に掌を乗せた。少し彼に体重をかけながら背伸びする。
 ・・何で笑えるのなんて思う間なんて与えない。
 キスするよとちょっと断っておいて、頬を近づけ、彼の唇に自分のそれを重ねた。
 カルノの息が伝わってくる。長いキス。
 そうして、勇吹は目を閉じて待つ。
 カルノが気づくのを。自分を暴くのを。
「・・。」
 襟にカルノは指先を滑らせ、肩を剥いだ。右手でそうし、体を引き寄せ触れる。
 ・・・勇吹が嫌じゃないって言ってくれてる。
 それだけはわかる。
 どうしてなんて思うけれど仕掛けておいて、そんなこと尋ねるくらいなら最初からやらない。
 キスを終わらせて、勇吹は両手をカルノの首にかけた。
 カルノは、窓辺から降りてその両脚を開かせる。
「はあ・・・。・・・うっ・・ん・・。」
 壁際に押し付けて、身を重ね合わせた。
 何度か揺すり上げる。
「・・・・・・、カ・・ルノ。」
「・・。」
 表情を見せないようにカルノの頬に唇を寄せ、勇吹は耳元で呟いた。
「・・カルノ、一度だけでいいから、俺の名前呼んで。」


「・・イブキ。」
 

 世界の全てを享受する
            かいな
 君を揺らす腕



***



 朝目覚めたら空は天気で、煙草はさっさとごみ箱に入れられていた。
「・・。」
 勇吹はもう着替えていて、昨夜買ってきた日本酒を持って何かしている。
「かしこみかしこみ。」
 そう言って拍手を打った。
「・・なにしてんの?。」
「あ・・起きた?。ああ、これ?。お酒を清めて、お神酒にしてるんだ。」
「・・・。・・ああ、そう。」
 解せないが、それも寝起きのせいのような気がして、カルノはシャワーを浴びることにした。
 ホテルのチェックアウトを済ませて、勇吹は街中の神社に向かった。
 蛇神にお酒を振舞うためだ。
 鳥居をくぐるとどろんぱと蛇神が現れた。
 勇吹の胸にその大きな頭を押し付けて擦り寄った。勇吹も両手のうちに蛇神を抱きしめて応える。
「ありがとうございます。昨日は助かりました。」
 くるるとその言葉に蛇神は嬉しそうなオーラを顕わにする。
 そして、しゅるんと消えた。
「・・猫はなんでいたの?。」
「知らせてくれたんだよ。壁の向こうに魔法使いの方々がいることを。呪文とか唱えると異様な空気になるだろ。それに逐一反応してくれてさ。巻き添えも食いそうだったから抱きかかえてたんだ。」
 勇吹は拝殿に向かい、社務所に行く。
 社務所は神社を管理するところだ。少し年配の神主が出てくる。
「これ奉納します。」
 そう言ってお神酒を渡し、芳名録に住所と自分達の名前を書いた。
 用を済ませて、拝殿に戻りお参りを済ませて、参道を引き返す。
 歩きながら勇吹がぼやいた。
「住所、あのマンションで書いたけどよかったのかなぁ。」
 なんか落ち着いてないからその辺がよくわからない。
「いいんじゃねぇの。」
「・・それじゃま、そういうことで。」
 肯定を受けてにやっと勇吹は笑うと、駅へ向かう道を歩き出す。
「・・・げ。」
 ・・それ俺の住所もそうってことになってないか?。
「・・。」
 カルノは溜息をつき、前髪をかき上げて勇吹の後についた。




END