深淵の謀




 勇吹は辺りを見まわしてみる。
 警察は現場検証をすっかり終えたようだった。ひとっこ一人いない。
 すすだらけのホテルを再び眺めやった。
「(スコットランドって、北アイルランド紛争に巻き込まれてなかったっけ。)」
 だとしたらテロとか考えられそうなもので、警察とか監視に当りそうなものだ。
 野次馬無し、そういうのがこの国の習慣なのだろうか。
「(・・そうならそれで別にいいけど。)」
 勇吹は眼を細める。
 アークの姿を、その言葉を思い出して、作為的な行為はなかったのか、どうしても考えてしまう。
「・・・。」
 だが事実を、ナギに尋ねる気にはもうなれなかった。
「(嘘聞くの、しんどいしな・・。)」
 溜息をついた。
 忘れた、が嘘なのは、カルノが言うからホントだと思う。
 そして、スプレー缶の話も嘘。これは自分が知っている。
「・・。」
 ナギがアークに一枚噛んでるのは間違いなさそうだった。
「(でも・・。)」
 けれどカルノもレヴィも言及しなかった。
 彼女に、思いやりを与えた。
 嘘をつかせないよう。
「(かなわないよなぁ。)」
 自分はもう少し聞きたかった。彼女のこと知りたかった。感づけない分、喋って欲しかった。
 勇吹はくしゃっと頭を掻いた。
 拍子に思い出す。掻く手を止める。
「・・みんな、なんですぐ、ナギさんが人間じゃないって、わかったんだろ。」
 あのコテージにいた人達みんなすぐ感づいた。
 自分は彼女に翼が生えてふわふわ浮いてくれるから、あ、人外かなと思うだけだ。
 羽根が無かったらどこが人間と違うのか未だによくわからない。初めて会った時がそうだった。
「・・。」
 気づいて、向けられたのは・・嫌悪?。
 感じ悪くなって、勇吹は、ぶつっと呟いた。
「一緒に酒飲むくらいいいじゃないか。」
 そういうのが、わからないほうが不思議だった。



 コテージの一室。
 あてがわれたもう一つの部屋は空っぽのままだ。カルノも勇吹もどこまで羽根を伸ばしに行っているのか。
 レヴィが軽い夜食会を済ませて、広間から戻ってきた。
「・・?。」
 ナギはベットサイドの床に、枕を抱きしめて座り込んでいた。
「・・レヴィ。」
 おかえり、と振り向いて、少し苦笑いした。なんでそんな笑い方をするのか、レヴィにはわかった。
 こんなところに来れば来るほど、ナギにとって・・勇吹は大きな存在になる。
 まして、そんな彼に嘘をついた今夜なら、殊更ナーバスになるのは無理もなかった。
「・・。」
「イブキを、傷つけたかな。」
 シュンとして、翼まで床に垂れていた。
「あいつは、感覚で動かない分、事実で動くから、全てのつじつまを合わせてきそうだ。」
「・・姫?。」
        よすが
 全ての縁のピースを持つのは勇吹だ。
「・・・。」
 少し息を呑んだ。
 けれど、どんな言葉も投げかけられなかった。その意味を追求すれば言葉を閉ざしてしまう。
 ナギの隣りの床に、レヴィも座り込んだ。そっと腕を伸ばし彼女を抱きしめる。
「・・恐い?。」
「うん。」
 ナギは応えて、・・その温もりに凭れ、委ねる。
「イブキには一番傍にいて欲しい人がいないから・・無茶ができる。」





END