妖しきモノが守る者




 これからのこと、考えあぐねいて、凍りついていた、思考―――。


 空を仰いで、勇吹は言葉を失っていた。
 弟のこと、スカウトのこと、あの化物が言ったこと、いっぱい何か考えてる。
「・・・・。」
 妙に勇吹がそいつの肩を持つことも、そんでそいつが言うことを鵜呑みにするのも、・・すごく、気に入らない。
「・・・・(チェ)。」
 カルノは、イライラする気持ちを抑えるように、前髪を梳き上げた。
 でも、勇吹をこれ以上そのことで言及しないのは、
 ―――――綺麗な鳥みたいな・・
 勇吹が彼女をそう表現するのも、なんかわかるような気がするから。
 見えるモノが、悪いものばっかりじゃないって知ってるから、見えるから。
 教えてくれたから。
「・・・・。」
 こんな事態になっても、そう言ってくれる勇吹をあの化物は愛しく思ってる――――
「・・・@。」
 そこまで思いをめぐらして、癪に障る。
「(なんで俺がこんなこと考えなきゃなんねーんだよ。)」
 それもこれも勇吹が、黙り込むからだ。
 カルノは勇吹の方へと足を向けた。
「(・・・・めんどくせー状態にしやがって。)」
 ――――そして自分も。
 土を踏む音に勇吹が振り返る。その横顔にカルノはぶっきらぼうに呟いた。
「勇吹・・帰んねぇ?。」


 困ると、カルノは怒ったように言う。
「・・・・。うん、そうだね。」
 それはしばらく一緒にいて知ったこと。
 今はまだ驚きと焦りで上手く言葉が出ないけど、そうやって心配してくれたから笑うことが出来る。
「・・・・目とか、平気?。」
 前まで来て顔を覗き込まれた。
「え・・・?。・・あ、うん。平気。・・・変になってる?。」
 霞んではないけれど、ちょっとぎくっとして触れてみる。
「なってねーけど、平気そうじゃねぇ。」
 そう言われて、気持ちの方かと思う。
「・・・ん。ちょっと平気じゃない。」
 そっと掌を目元に当ててくれる。
 歳が上って、どういうことだろう、会いに来ないのはなぜだろう。
 俯いた瞬間、瞳孔が開いて目が見えなくなる症状が起きる。
「つっ。」
「・・・。」
 冷たい風がさえぎられたかと思う。
 目蓋に当てられていた掌を外して、そっと腕を肩にかけて、カルノはそっぽ向いた。
 温もりが伝える、まだ、そばにいてくれていると。




 ピ、ポーン・・と朝七時の時報が、目覚まし代わりのラジオから告げられる。
「・・・。」
 勇吹もカルノも、それぞれのベットの中で身じろいだ。


 Pippa's Song

 The year's at the spring
 And day's dew-pearled ;
 Morning's at seven ;
 The lark's on the wing ;
 The snail's on the thorn ;
 God's in his heaven―
 All's right with the world!
 さて、いきなり始めてしまいましたが、今日の特集は、マイ・ポエム、です。好きな詩、好きな詩集、もちろん歌詞でも、オッケー、
 この詩さえあれば、私は元気でいられるのよーってそう言うのってあるでしょう?
 さて、ラジオの最初に読んだ詩は、イギリス人ロバートブラウニング作「Pippa's Song」、
 日本でも明治後期に上田敏が『海潮音』で「春の朝」と題して、翻訳しています。
 けっこうエッセイとかで隠喩に使われてますね。

 春の朝
 
 時は春、
 日は朝(あした)、
 朝(あした)は七時、
 片岡(かたおか)に露みちて、
 揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
 蝸牛 棘に這い、
 神、空に知ろしめす。
 すべて世は事も無し。


 英語がわかるようになってから、もう3ヶ月になる。
 上田敏も海潮音もそう言えば、国語便覧に載っていた。
 勇吹は、ベッドサイドのオーディオに手を伸ばしてラジオを消した。
「・・・。すべて、世は、事も無し・・か。」
 そう言う意訳の仕方があるのだと思う。


 でも、今、世界で何か起きている。
 ・・それはナギの温もりの中で。


「考えたってしょうがねーけど、なんか起きてるよな。」
「ん・・。・・ナギさん、大丈夫かな。」
「・・・だから、人間じゃねーって言ってんだろ。」
 凍てついた時間が、・・溶解する。


-END-