通勤時間には少し早い西鉄線を大宰府線へと乗り継いだ。
「(眠いなー・・。)」
 博多のホテルを出たの5時だ。
「(カルノはまだ寝てる時間かな。)」
 あくびをかみ殺しながら、勇吹は電車の窓にもたれた。車内は観光客で溢れかえるにはまだ早く空いていた。
「(・・本当なら修学旅行でくるはずだったんだよなー。)」
 そう思うと落ち込んでいくのだけれど・・・・・見ないでいるよりは見たほうがあとでいい感じに卑屈にもなれる気がした。
 学生なんだから学生らしいことしてやる、ちょっとくらい、いいじゃないかと。妙な意気込みで来たのだが、それにしても朝は早すぎたようだった。日はもうだいぶ延びて明るい。終点の大宰府につき下車した。
 参道はすぐに改札から伸びているようなものだった。ロータリーとちょっとむこうには観光バスが入るバスターミナルがある。
 そこから参道は続いていた。
「・・・・。」
 神社の位置は地図で確かめずとも良かった。
 山と渓谷社出版の『歩く地図』の参道の案内をカバンから取り出す。参道のスポットを調べながらおもむろに歩き出した。
 意外にももう参道の店は開いていた。
「もう買えます?。」
「焼けたところだよ。ひとつ?」
「あ、はい。あの、もう、神社は開いてますか?。」
「開いてるよ。あと一時間くらいしたら観光バスが入ってくるからね。」
 梅ヶ餅を一つもらった。くわえながら参道を進む。
 大宰府の土産と言えばあとちくわだ。焼きあがりの香ばしい匂いがした。
 菅原道真関連のおきものや有田焼。いろいろな博多の土産がそうざらえの道だった。
 案内所を最後に出店は終わり、鳥居をくぐり左手に折れる。
「・・・。」
 あれ、今、梅の咲く時期・・だっけ。
「(・・そっか、早いんだ。)・・。」
 春を予感させるようにツンと香る。紅梅に白梅、庭園はもう満開になっていた。
「(へー。ちょうど良い時に来たかも。)」
 なんとなく得をしたような気持ちになった。
 過去と現在と未来を表すと言う三つのアーチ状の橋を転ばないようにわたって、山門をくぐった。
 境内にはテレビ局が来ていた。どうやら朝の生中継で梅を特集しているらしい。でもそれもちょっとの間で邪魔にならないように避けているうちに片付けて忙しなく帰ってしまった。撮影のため人払いをしていたのかカウンターには誰もおらず、赤い袴をはいた巫女さんが境内を掃いていたのだが、彼女もどこか中へ入ってしまう。
「・・・・。一人・・・か。」
 勇吹は賽銭を放り入れて、お参りを済ませる。お参りしながら、このお宮の縁起を思う。
 ここには天神、雷神、疫神と様々な神格を持つ者がいる。
「・・・・。」
 そして境内の中央にあるおみくじを引いた。
「げ。」
 『凶』
「(・・ここ学問の神様だったよなー。)」
 学生に対してあまりにも酷い仕打ちである。・・・確かに学問どころではない状態にはなってはいるが。
「(わざとかな。)」
 ・・・そう、ずっと、見られてる。
 俺がここに入ることを許すように招いていた。
 誰もいない境内。
 シンと、空気が誰の体温も宿さないため酷く冷える。


 ふわっとかぐわしいまでに梅の香りが濃く薫る。
「・・・・・。」
 勇吹は振り返った。
 お宮前の紅梅にウソが舞い降りる。その子を指先に紅梅から人影が延びる。
 神気が満ちた。禍禍しいまでの。
 今の勇吹に通じる悲しみに充ちた神の気。

 ―――――その身を奉ぜよ

 その姿は宮内の祭神に重なった。扇を開き怨霊神は勇吹の身を言霊で縛する。


「・・・・・やんねぇよ。」
 日本語は(特に古語は)わからないがそう言うことに決まっていた。
「え。」
 イラッとした声が後ろから聞こえてきた。
 侵入者が破る、神とのシンクロ。
「・・カルノ。」
 じゃりじゃりと玉砂利を踏みつけてこっちにくる。ぐいっと腕を引っ張られた。
「いちいちかまうなよ。こーゆーのにっ。あーもー面倒のかかる奴だな。」
 面倒・・って、あんまりカルノに言われたくない。
「・・ってゆーか、・・いつの間に来たの?。」
 言うに事欠いてそれをまず聞くかよとカルノはますます不機嫌になる。
「・・さっきだよ。ったくラッシュにぶつかるは散々だったんだぞ。こっちはっ。」
 まくし立てるようなカルノの文句に、そんなに大変ならホテルで寝てればいいのにと思う。けど言わない。
 カルノは不貞腐れてるのに、自分は顔がほころんでしまった。
 嬉しかったから。
「・・・・大丈夫。バカなことはしないよ。」
 そっと捕まれた手を解いて、ぽんと彼の胸を拳で叩いた。
 自分を心配してきてくれたのは間違いないから。
「・・・・・・・。」


 勇吹はお宮の鈴を鳴らした。
「・・・私は貴方をたぶん知っています。・・菅公。」
 神気が収縮し人の形をなす。
「貴方の思いもわかるような気がします。でも、この身体はあげられない。」
 顔を上げて笑った。
「俺はまだそこまで人を憎みきれてないから。」
 道真は扇でその表情を隠した。言葉の真意を探る。
 ―――――・・・
 カルノが勇吹をかばうように前に出た。
 ―――――堕ちたら君も私のような強い怨霊になれよう
「・・・・・・。」
 嘲るような言葉だったが、少しだけ羨望のこもった言い方だった。
 そして、掌のウソを飛ばした。
 勇吹の手にまとわりつきあわててその手を空に突き出してやると、小さな足が幻ではなく現実に触れて指先に留まった。
 ―――――ウソは凶を吉に変えてくれると言う・・・・
 ふわっと梅の香が揺らいだ。


 花の香は空気になじみ、溶け込んでいく。
 勇吹はさっとウソを飛ばした。花の芽のある庭園へと行くのだろう。
「・・・・。」
 もう用はねぇと言わんばかりに、カルノがさっさと踵を返した。
「来てくれてサンキュ。」
 勇吹は追いかけて肩を並べる。
 ふんとカルノは不機嫌なままだ。
 ピィッピィッと観光バスを駐車させる笛の音が聞こえてきた。人の声。カウンターにも巫女さんがスタンバイする。
「ここなんなんだ?。」
「今から1200年前の人のお宮だよ。菅原道真。当時の中央都市京都の官僚。・・・その優秀さを妬まれて、罠をかけられ、罪も無くここに左遷させられてしまった人なんだ。」
 そして死んだ後、彼は怨霊と化し、都を恐怖に陥れる。
 自分に謀略をかけた藤原氏一族を雷で撃ち殺し、親王を病にかけ死亡させた。全国に天神信仰があるのも道真に対する脅威を物語る。
「・・・・・同情してんの?。」
「するよ。そりゃね。」
 でもさ、と、カルノを振り返って笑った。
 まだ嬉しくなってしまうから、怨霊にはなれない。
「・・・・・・・危なっかしいやろーだな。」
「お互いさまだよ。身を盾にすることが平気な奴に言われたくないね。」
 言われて、カルノは罰の悪そうな顔をした。
「・・・・ちぇっ。・・・・あーあ、なんか食おうぜ。」
「ん。庭に売店があったよ、そこで食べようか。観光客が入ってくる前にさ。」
 食えりゃーなんでもいいという。花よりも団子な奴だなとらしかった。
「あ。おみくじ結んどかなきゃ。」
 なにせ凶。くわばらくわばらだ。
「・・・・。」
 勇吹は立ち止まった。
「あれ。」
 あらためて広げてみる。
『吉』
「・・・。Thank ・・ありがとうございます。」
 それは同じ境遇の彼からのエール。
 彼が現代にいたら、Good luckと言ってくれたに違いない。

END