始めの言葉





 地球側のモビルスーツが破壊されていく音がする。
 音と言うより振動だ。耳への負荷を減らすためにヘッドフォンをしていた。
 隣の補佐官と会話するのにマイク越しヘッドフォン越しだ。
「・・ガンダムは壊さない・・。」
 そうガンダムだけは別だった。
 ガンダムのパイロットたちが拒んだからだ。本人たちからその理由は明かされなかった。
 そしてレディアン特佐が最後まで戦ったパイロットたちを尊重し、それを了承した。
 今更有利な戦いをする者達ではないと微笑んだ。
 おそらくそれは地球圏のレディアン特佐の将来を見据えた形だ。なにか守衛集団を作るつもりなのだろう。
 応じるかはガンダムのパイロット次第だが。
 似たようなことがサンクキングダムの時にもあった。ノインたちが隠れて作っていた組織だが、最終的に私もその兵士たちを受け入れた。
「・・・。」
 ならばヒイロはすぐに行ってしまうだろう。
 リリーナは普段着から身なりを改めていた。薄い青のスーツドレス。
 提言と記者会見を行うためMO2の議場に向かっていた。
 が、踵を返した。
「元首。リリーナ様。」
「すぐに戻ります。」
 リリーナは走っていった。

 戦争が終わった。
 だからこの関係は無かったことにされてしまうかもしれない。
 ヒイロならする。
 そしてさよならを言われた自分だから。


 格納庫に出る。
 眼下にはガンダムのパイロットたちと、ハワードがいた。
 ガンダムの修理と調整のため、メカニックが往来する中、リリーナがすり抜けていく。
 重力が無いので、多少苦労しながら通路を蹴り階段を伝って、目的の通路に向かう。
 さすがにスカートなので対極線で飛べなかった。
 これから宣言を行う身だ。あまり不始末なことは出来ない。
 誰かがクィーンリリーナだと呟いた。複数で会話できるようマイクの声が共有される。
 周囲が気づいて、当然視線を集めた。
 一番手前にいたのはアルトロンだ。サリィポオが呟いていた。名前は五飛だ。
 機上の彼と目が合った。
「何をしにきた。」
 音声と、それから、ここはおまえがくるようなところじゃないと目が言う。
「五飛。」
 トロワの音声だ。少しだけ静止の声色が含んでいた。
 ヘビーアームズは最も向こうだ。
 機体の損傷は一番少ないそうだった。それは被害を最小限にする機上のパイロットのセンスだろう。
「すぐに済みます。」
 リリーナはおかまいなしに進む。
 ヘビーアームズにウィングゼロ、サンドロックとデスサイズ、アルトロン。
 それからパイロットたち。
 今更恐れることなど何もない。
 思いながらリリーナは泣きそうになった。
 そう、怖いのはこのあとのほう。
 操作通路に出た。
 サンドロックにカトルが乗っている。そのカトルだけアストロスーツを脱いでいた。ドロシーが腹部を貫いたと言っていた。その治療に当たっていたのだろう。
「よっ、お嬢さん、今日も相変わらず美人だな。」
 デュオが泣きそうな自分を知ってか陽気に声を掛けてくる。
「ありがとう、デュオ。」
 リリーナは自分を律して、微笑んだ。
 デュオが諸手を挙げて通路をあけ、その横を素通りする。
 カトルがデュオの元まで飛んでくる。
 カトルは不安げな面持ちだ。
 彼と彼女が話すことはコロニーと地球の縮図のようなものだ。
 デュオはカトルに肩を竦め、前方の二人を見やった。
「ヒイロ。」
 来ているのは知っていた。それこそ格納庫に入ってきたときから。
「・・・。」
 ヒイロがいる。
 生きてそこにいる。
 ヒイロは重機系のクレーンを操っていた。同時に端末操作。
 彼なりに重苦しいのか、アストロスーツを上半身分だけ脱いだ形になっていた。
「ヒイロ。」
 こちらには目もくれなかった。
 さよならを言われた。
「おまえは俺のようにほうけている場合じゃないはずだ。」
 淡々と呟く。さよならは言った。
「早くおまえがやらなければならないことをやりに行け。」
「ヒイロ。」
「・・・。」
 もう、声をかけても応じない。
 やはり無関係にされてしまうのだ。
「ヒイロ。」
 声がかすれる。
 でもあふれる思いは止まらない。
「あなたが好き」
 音声が伝わる。
 ヒイロがヘッドフォンを押さえた。
「この場でいう言葉じゃないだろう」
 思わず体をリリーナのほうに向け、剣呑と言い返す。
「場所は関係ありません。」
 リリーナが怒鳴った。
「あなたは今日にでもいなくなってしまうでしょう。私には今しかないのです。」
 胸を押さえて、決然と言い放つ。
「そう、私はすぐに始めなくてはなりません。」
 この地球圏を戦争の無い世界にするためにその身を投じなければならない。
「だから勇気をちょうだい」
 もう一歩ヒイロに近寄る。
 無視を決め込めなくなったヒイロだ。リリーナを見据える。
「あなたがいて、私がいる。」
 最大の告白を。
「聞いて。私はこの言葉から始めたい。」
「・・。」
 ガンダムのパイロットたちが全員振り向いた。
 戦争が終わり、ここにある者達もみな新たに動き始めなくてなはならない。
 これは、はなむけの言葉だ。
 そしてその言葉は少女としての最大の力の源になる。
「あなたが好き。」
 好かれるためなら何だってする。その言葉の元に。
「・・。」
 ヒイロは目線を下に逸らす。返答に詰まって泳がしたのは明らかだった。
「おいおい・・。」
 デュオがやれやれと頭を抱える。
 あのヒイロが完全に追い詰められているのは見物だが、状況として自分だったら男としてすごく嫌である。
 この場で言う言葉じゃないだろうと言うのは至極もっともで、まともな感性を持たないヒイロがそう思うのだから、よっぽどだろう。
 マイクを押さえてカトルに囁く。だが囁いたのはまた別のことだ。
「始めなくてならないか。さすがお嬢さんだな。」
「ええ。この場の誰より早く、彼女がそれを決めた。」
「ああ。」
 彼と彼女の関係はコロニーと地球の縮図。
 それをヒイロもわかっているはずだ。
「・・・。」
「逃げるなよ。」
 ヘッドフォンに声がする。トロワだ。
 デュオもカトルも苦笑いする。よく言えるなぁと思う。まあ自分たちもヒイロに言いたい台詞だ。
「不鮮明な態度は誤解の元だ。」
 淡々としたいつもどおりの声の音声だ。
「・・わかっている。」
 ヒイロが応えた。
 トロワの発言に、ヒイロも割りと素直に返事をする。
「・・。」
 逃げる方法を考える。逃げたい・・が戦争が終わった以上逃げる必要が無い。
 ヒイロは一歩踏み出る。リリーナの横を通り過ぎる際、手を引いた。
「ヒイロ。」
「おまえがどうかは知らないが、俺は周りが気になる。」
 床を蹴って、慣性運動でリリーナを引っ張っていく。
「あ、逃げた。」
 デュオがぼやいた。
「まあ、ある意味ですね。」
 カトルも微苦笑した。
 内部通路につながる一番近いところの隔壁を明けてその向こうに彼と彼女は行ってしまった。
 進言をしたトロワに向き直った。トロワもヘビーアームス上にて機器パネルを操作しながらカトルの視線に応える。
「始めなくてはならない、か。簡潔だが、今、この場に最も相応しいな。」
「ええ。」
「だが問題提起でもある。」
 トロワが五飛を見る。手は完全に止まり、口元に手を当て、考え込んでいる。
 そう。
 始められるのだろうか、僕たちは。





 通路扉を抜けると重力が働き、通路に着地する。
 ヒイロは手を離した。
「議場まで送る。」
 それだけを言うと先立って歩き出す。
「・・ええ。」
 リリーナは横に並んだ。
「・・・。」
 ヒイロが無造作に差し出した。思わず受け取る。
「?。」
 部品のような手のひらに乗る大きさの立方体だった。
 例えるなら重さも大きさもテニスのボールだろう。
「ゼロのフライトレコーダーだ。」
「・・。」
「おまえの兄との最後の通信だ。」
 言われてヘッドフォンを首に掛けるように外し、フライトレコーダーを耳に当てる、再生スイッチらしいところ押すと音声が聞こえた。
 ノイズがカットされて兄とヒイロの会話がよく聞こえた。
「・・。」
 ヒイロがゼクスと言う。
 それには静止の声音が含んでいた。
「・・。」
 そっと耳からレコーダを放す。
「・・私にはやはり兄を思う資格はないのかもしれません。」
「?。」
 そういう反応になるとは思わなかった。立ち止まって怪訝に振り返る。
「兄は生きていると思います。だから大丈夫。」
 手のひらのその声を包むようにする。
「それより私はあなたが止めている声の方が嬉しい。」
 花がほころぶように笑った。
 ヒイロは目を見張る。
 リリーナはなおも続ける。
「これはノインさんに渡します。私には資格が無いでしょう。」
「・・・。」
 その言葉にはほんの少し偽りが混ざる。本当は持っていたいのだろう、だが資格が無いと言う。
 包み込むのは兄を愛した人への思いもだった。
 そのリリーナを美しいと思う。
「ヒイロ。」
 視線が合っているのでおもむろに尋ねる。
「・・ヒイロはこのあとどこにいくの?。」
「ゼロを片す。」
「そういうことじゃないわ。」
 リリーナがむくれた。
「・・そういうことなんだ。戦争が終わって生きているとは思わなかった。」
 ヒイロがまた歩き出した。
「・・。」
「だが戦争が終わったなら、俺が戻るのはコロニーだ。」
 言外に地球には行かないというのだ。
 彼があの青い星を望郷することは無いのだろう。
「星の王子様みたい。」
 自分にはセオリーがあるが、これまでの会話には無い。
 当然脈絡も無い。
 だが呟いた。
 ヒイロは再び立ち止まる。
 振り返る。視線が合う。
「・・・ならば。」
 近づいていいものか迷う。触れてもいいものかも迷う。
 だが感情に体は素直なものだ。近づいて距離が狭まったから、彼女のそのヘッドフォンを外し、指先でその髪をすくう。
「ならば、おまえは俺の唯一の花だ。」
 例えに例えで返された。
「・・・。」
 その意味にリリーナは息を呑む。
 確か勇気をもらいに来た。
 そしてその通りにヒイロはくれる。
 頬が上気した。
 だから繰り返す。
「・・あなたが好き。」
 赤面に耐えられなくて、そっと胸に寄り添う。
 シャツの肩布を引いて、彼の首筋の素肌に頬を寄せる。
 ヒイロも肩を抱く。
「おまえに戦後の全てを託した。おまえにならできる。」
 ヒイロ特有言い回し。暗示のようなものだ。
「・・・うん。やるわ。あなたが守った未来だもの」
 その言葉は片方は止まり、片方が動き出すという事実で、お互いが傍にいることにはならない。
 でも一対の二人は気づきながら、今はそれを選ぶ。
 特殊ガラスの向こう青い地球が、圧倒的な質量で二人の時間を包み込んだ。




[09/06/27]
■如月コメント:昔書いた小説でははちょっと辻褄が合わないので、辻褄合わせて、でも言いたいことは同じな話。

小説版エンドレスではヒイロのウィークポイントがリリーナだと、デキムが知っていると言うか決め付けていて、
それでここにはリリーナ・ピースクラフトがいるんだってデキムが叫ぶんだけど、
ヒイロは平然とバスターライフルのチャージをするんだよねぇ。

なんでデキムが知ってるかとしたら、MO2で二人になけなしでも絡みがあったから、かしらんと思って書いた話です。


リーブラの動力をゼクスが破壊するシーン。
日本語だとアニメも小説も「ゼクスっ」で終わるけれど、
英語だと、「Zechs stop it!」になる。
静止の声音だけじゃなくて、意味が補足されている。
おお・・。これだけでヒイロが変わるよ。

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