Summer Time Blue ―――話がしたいのです。 会ってどうする、と問えば、とても簡潔に、だが決然たる声でそう答えた。 ヒイロはL1コロニーにて通う高校の学生寮にいた。付け放したテレビには月面基地の爆破が映っている。センチュリーディスカバリー社の傘下の工場の爆破のリプレイだ。 ベッドに体を投げ出して、窓の外を見上げる。 OZの持ち込んだ重機の廃棄ガスがコロニー中空をに漂う。 大気の浄化がまだ進んでおらず、抜本的に解決できる空気清浄化のダクトはまだ建設中だ。 占領により資金的にも資源的にもコロニーは疲弊していた。 だから戦後補償として地球側からの援助が行われる。もちろん決めたのは他でもないリリーナだった。 本当ならリーブラとOZの両成敗なところだ。戦後補償などという関係ではない。 だが本当にL1は疲弊していた。L2もだ。 リリーナは正当な援助行為だとしていた。必要なところに資金を使う。 金と言うものはこういうふうに使うものだと本当に感心してしまうほど、模範的な予算繰りだと思う。 「私はこうして無事です。」 テレビ桟敷で彼女の声がする。 「コロニーと地球が対立する理由はどこにもないのです。」 簡潔に。 しかも、言って欲しい言葉を。 だからこそ伝わる。 リリーナの言葉はいつも簡潔で、しかし的を得ているから、反論しようにも難しい。 反論できるとしたら、おそらくはトレーズかゼクスだけになるだろう。 だが正直奴らの言っていることは自分にも理解できない。自己完結と言えばそうだが、どこか次元の違う世界に漂う言葉を集めてきたような内容だ。 民衆にはまず無理だろう。 「・・・。」 その人が何故、武力を持ってようやく訪れようとしている平和を自ら壊すようなホワイトファングに加担しているのか、私は知らなければなりません。 リリーナは一息に言った。 世界チャンネルで響く音声以外の彼女の声を知っている。 話そうとすることを、 知ろうとすることを、 あきらめず、希求する。 「リリーナ。」 それは出会ったときから。 ヒイロは顔面を押さえて、思い出す。 知るために、話すために、彼女は自分に執着した。 だから、変わっていないと言ったのだ。 この記憶力のいい耳に残る彼女の声。 今日の授業には午後から行けばいいだろう。 ヒイロはそのまま寝入る。 この声が耳に残るうちは、焦燥が募るばかりになるのだが、夢は見なかった。 マーズテラフォーミングプロジェクト。 職員室前の掲示板にはそれについての講義が講堂にてあると知らせている。講師名はロビン。 その内容をを講義するそのロビン講師に呼ばれているのも、なんだか意味ありげだ。 「・・・。」 見た目も大人になったころの話だ。そのうちはこの能力を当てにされて、火星で労働者をやることになるだろうとは思う。 今はガンダムのパイロットだった自分を隠しておいたほうが無難で、目立たないほうがいいから高校生をやっている。 特待生制度はいくつかある。 あまり詐称して入るのはためらわれたので、編入試験にそこそこ実力を出して入った高校だ。 「午後登校か。何してたんだ?。この4日間。」 「コロニー会議の爆破があったところを見に行っていました。」 「・・・行ってなんになるんだ?。」 「いろいろ考えるためです。」 教師というのは考える子供に意外と無関心だ。だから使いやすい。 「いつも優等生な返事だな、おまえは。嘘もそれだけつけりゃどこでもやっていけるってもんか。」 「・・・。」 「まあいい。特待生の素行注意のために呼んだわけじゃない。こちらも用件があって呼んだ。」 特待生の素行注意だったら聞く気持たないだろう、どうせ、とぼやく。 「・・おまえ。大学に入る気はないか?・・ユイ。」 ひらりと一枚の成績表を出す。 「おまえが受けたのは卒業試験の問題だ」 「・・・。」 「編入試験は試験だ。だがやはり特待生となればその試験も難しくなるわけだ。俺たちの考えでは逆算でどの程度間違えるかで判断しようと思っていたわけだ。」 内心で舌を打つ。 成績判断が人によって評価される方法かと思ったからだ。評価など、点数だけにしてればいいものを。 「が、結果は。パーフェクト。満点ってやつだ。」 知っている、答え合わせなど必要ないほどわかりきっていた。 「おまえ・・正直この学校で学ぶことなんか何もないぞ」 「・・・。」 「この学校に好きな女がいるとかで選んだとかならわかるが、おまえの場合クラスメイトと打ち解ける雰囲気も無ければ混ざるようでもない。・・本当にこの高校に何しに来たんだ?。」 「特に理由はありません。」 「失敬だな。本当に。」 「歳相応に学生をしていないと、社会的に不利だから。」 「ほお。」 「俺は目立つことを避けるつもりです。」 「・・なら残念だったな。おまえは目立ちすぎるよ。それだけが理由なら大学に行け。大学なら、おまえが子供で優秀で特待生をやってても、分野によっては優秀なやつがいくらでもいる。むしろ大学で特待生やっているほうが目立たないだろうな」 「・・・目立つんですか?」 「すごくな。・・なんだ、そこが無自覚なのかよ。」 講師は初めて楽しそうに言った。 「・・・。」 「とにかくだ。この学校に特別な思い入れがあるわけじゃないんだな。」 講師は肩を竦めた。 そして声が真剣なものになる。 「なら時間を無為に過ごすだけだ。」 成績表を丸めて、ゴミ箱に放る。 「おまえがどういう生き方をしてきたかは知らないし聞かない。ヒイロ・ユイの名が、住民登録と違うのも瑣末なことだ。」 戦災孤児をやっている以上、名前の呼ばれ方も、住所も変わってくるだろう。 「俺は教師だから、おまえを性質の悪いガキだと思っている。それでもガキには違いないから進むべき方向性を紹介したいと思っている。」 押し付けがましさも、偉そうさも感じなかった。真剣に自分のことを考えてくれているのはわかった。 「大学に行け。ユイ。大学に行けば、まず学生の身分ってやつが解消される。個人情報保護と言う名の公然の秘密も手厚い。親権者の同意、そういった手続きが不要になる。大人として認められる。俺はあまりおまえに嘘をついてもらいたくない。」 決して早く大人になれと言っているわけではない。 煩わしい身分の解消を言っている。 確かに一理あった。 「・・目立つのは困るので、特待生Aの制度を利用して入ります。大学はKIO。」 「・・知っているのか?」 「特待生制度についてならいくつか押さえています。」 「あとは入るかはいらないか、本人の意思しだいかよ。・・ったく、それだけ優秀なら出来ることがあるだろうに。」 ぶちぶちと文句を言う。 「・・・。」 俺は自分のために動くことを望まない。人の命を奪っておいて価値がないからだ。 それは違うとリリーナの声がする。 わかっている。この能力で出来ることはある。 「問題解決能力はずば抜けてるんだ。もったいないぞ。」 そしてもうすでに作っておいたデータを端末に呼び出して大学に転送した。 選抜試験はあるが、9月から大学生と言うことだ。 L1でもっとも大きな図書館に来ていた。 閲覧室にて、古い書を紐解いている。 やはり地球の方が本は多いなとあらためて思う。 データ化しているとはいえ、地球であの蔵書数に比べるとやはり少ないのだ。 特に歴史に関するものは繰り返し焚書が行われているので、真実を伝えるものは無いと言っていいかもしれない。 それでもヒイロは分厚いノートに興味のある昔の論述を写す。そこに考察を書く。 土曜日の午後は大学生が多かった。 隣にはL1の文系の大学がある。授業が終わったころで、こちらに流れてきている。 向こうから見知った顔が歩いてくる。 ヒイロは一瞥するだけだ。 ロビン講師は高等学校の先生だが、その大学ではマスター課程にある。 学校では背広を着て着やせするが、今のように半袖のYシャツだとそれなりに背と肩幅があり、大きい。 彼はクリアファイルをを肩に担いで、自分に気づいているヒイロの傍に来る。 「なんだ。おまえ。暇ではないんだな。」 「・・・暇だったことは一度も無い。」 「あえていうなら授業中か?。」 「授業も俺にとっては学ぶ場だ。」 外のせいか態度が手のひらを返したように横柄だ。ここではロビンなのだろう。 「ほんとおまえは大学向きだよ。仕事人って感じでもないしな。」 邪魔したなと、それだけ言って、少し向こうの開いている机に座る。 持っていたファイルには冊子が覗いていた。 マーズテラフォーミングプロジェクト。 彼は関心を持っているらしい。 「・・・。」 目の前の本の中で興味のあるものは拾い集めたので、彼の元に行く。 一応生徒なのだから関心を持ってもおかしくは無い。 覗き込めば見たこと無い書類がある。 「興味あるのか?。」 ロビン講師に尋ねられる。 「人並み程度には。」 「ほお。」 「何を調べている。」 「調べているわけじゃない。今度おまえ達に話す内容を考えている。難しく言うのは簡単だ。だが、それでは伝わらない。」 見れば考え方がフロートチャート化されている。 あわせて修士論文も書くつもりなのだろう。レポート用紙もある。 図々しくもぱらっとヒイロは書類をつまみ上げ、読んでいる。 ロビンはそれを許容している。 一見何事にも興味がなさそうに見えて、学ぶことに余念がなく、 博学さや身体能力を持て余しているようで、実際にはまるで足りないと思っているようだった。 「土星の輪が見たい。」 だから口に出してみる。こいつならば聞いてくれるだろう。 「・・?。」 案の定だった。レポート用紙から顔を上げる。 「出来ればそうだなぁ。せめて木星の辺りから見たいよなぁ。」 ぼやくように言う。 「見に行けばいいじゃないか。」 「・・簡単に言うな。・・って言い返すのはおまえが初めてだ。」 椅子にもたれた。 「ぶっちゃけ金がかかりすぎる。時間もな。具体的に考え始めると想像もつかないところがでてくる。」 「・・・。」 「様々な技術を共有させなければならないんだが、戦争を糧にしてきた今、まだ難しい。」 絡み合う損得に囚われてしまう。 「だからおまえらに期待するんだ。」 45になろうとする教師の言葉だ。 「火星に少年労働者を焚きつけて送り込むつもりか、と言う者もいる」 「・・・。」 「それから兵士が行けばいいってな。奴らは訓練を受けているから多少のことでは大丈夫だろうとか。」 ヒイロからレポート用紙を受け取る。ひらっと眺める。 「そういうのとはどうも違うのだがなぁ。」 ロビンはため息をついた。 「・・・。」 それがリリーナのおかれている現状かと思った。 「まあ論文にするのは、地球に下りて海が見たいっていうのとあまりかわらない。俺は教師で、生徒が希求すれば応えなくてはならない。そこでなにが出来るか教えることが出来なければならない。たとえば養殖だとか、船舶を操ることとかだ。対象が火星だ。俺は学生たちにイメージを持たせるつもりだ。」 おまえには大体話すことは話しちまったがなと笑う。 「まあ、とにかく現時点では手段がない。火星に行けるのか、または暮らせるのか。」 ヒイロに尋ねる。 「火星でカナリアの声が聞きたいって言って、おまえ飼えるか?。」 「・・・。」 「飼えないだろ。おまえ自身だけならなんとかなっても、相手はそうもいかないこともある。そういうことさ。」 想像できないとしたロビンだが自分にはある程度想像が出来た。 カナリアが歌えなくなるところまで。 「俺はもう歳だ。」 ふっと笑う。 「正直若い奴に頑張ってもらわないと俺が生きているうちに土星どころか火星にすら行けないだろう。」 ヒイロが完全に黙ってしまった。 おもむろにその手が動いて、次の書類を見る。 「・・・。」 彼、ヒイロ・ユイは少年代表におそらくは、なれる。 ヒイロが隣に腰を落ち着けて、完全に周りを置いてけぼりにして、何か書き綴っている。 彼が持つノートはもうだいぶページが進んでいた。 知識を総動員しているようにも思えた。 見れば、火星の生活環境の現状と改善方法、シャトルの設計、資源などだ。 「・・・。」 だが手を止めた。 彼なりの限界を感じたようだ。 「惑星探査がいる話だな。それから現状では技術より、資源素材が無い。」 これまでの資源はモビルスーツを作るため、より頑丈な素材が求められ、その採掘及び開発が主流だった。 つまり重いのだ。 重ければ重力の制約をとことん受ける。 軽くて、しなやかな強度があり、熱に強い。今のところそんな素材は無い。 「そりゃそうだ。だからもう既に行っている。」 「ああ。」 行く大学だ。 ひとまず気が済んだらしい。 ヒイロは目の前のノートを片付けて立ち上がった。 「失礼します。」 少しだけぞんざいな態度を改め、ヒイロ・ユイは図書館を出て行った、 教師ってのはいいもんだよなと、ロビンは肩を竦めやった。 週明け、学年末考査の短縮だった。 飛び級の書類審査は通っていた。 ところどころ怪しい自分の学歴を通したのだ。ロビンの腕はなかなかだった。 選抜試験は7月末。選考学科別二次試験は次週8月の頭。 そのための参考書を取って休み時間を過ごす。 クラスメイトが何人か寄ってくる。 「ヒイロ君。」 「大学に行くって本当?。」 「・・ああ。」 「来たばかりじゃないか。」 「そうだな。」 関係ない、と思った空間だ。 それはあきらめにも似た、切捨て。 でも関係なくはなかった、いつだって。 「あと2年じゃない。学校にいても。」 「わかっている。」 ガラガラと試験担当の講師が入ってくる。 「こらこら。無理から進めたのはロビン講師だ。」 「なんかー先生みんなして、贔屓してるよなー。」 「贔屓してどこが悪い。俺たちは教師の前に人間だ。」 教卓からのぼやきに生徒が笑う。 この高校の先生はみなこんな感じだ。悪くは無い。戦争が終わったからかもしれない。 ヒイロはクラスメイトに応える。 「行くのがKIOというだけだ。学生には変わらない。」 「ヒイロって・・とことん勉強が好きだよね。」 「・・そう見えるのか?。」 「見える。」 「・・・。」 「・・・まあ、KIOなんだろ。近くっちゃー近くだ。だから会っても無視するなよ。」 「機嫌による。」 「あー、酷。」 試験予備チャイムが鳴る。 「ほら、散れ。席に着け。」 講師の声が飛んだ。 夢を見た。 白い女の子と白い仔犬の夢。 少しだけ久しぶりだった。 自分に・・二・三ヶ月先の予定があるからだろうか。 そしてリリーナの声が遠いからだろうか。 ヒイロは頭を傾け窓を見た。 窓に映る自分の姿を見た。そしてその向こう、薄明かりの灯るコロニーの朝を見た。 己に将来の夢を見る価値があるのだろうかと、問う―――。 7月末週末。 大学の一次試験あと、昼食を取っていたヒイロだ。 昼なら昼食だろうと踏んで、ロビン講師がやってきた。 「ユイ。午後、俺の所属している研究室に来ないか?。」 「・・・部外者が入れないだろう?。」 「まあ、その辺は俺の顔を立ててもらうさ。」 L1にあるもう一つの大学。TOだ。 旧『東京大学』。 L1コロニー当初のコミュニティ、リトルトキオとしての機能を果たしていたころの名残だ。 その後、航空学科他、理系が分離した。京都大学系の流れも受け名前をKIOにしたのだ。 文系の大学は旧学名を名乗り続けていたが、ほんの20年ほど前にTOにした。民衆がそうとしか呼ばないからだ。 頭文字の意味はいろいろなアレンジがある。が、どの誰もKIOもTOも、頭文字をとった言い方しか言わない。 「・・。」 大人しくついてくる。 KIO自体は宇宙区間と隣接している施設が多いが、試験会場は一般市民のホールだった。 文系の大学であるTOはコミュニティに深くかかわり、重力が安定している箇所に大学がある。 試験会場からも近かった。 大学の敷地内に入り、研究室棟に行く。 ロビンはとある研究室に入った。 「おはよう。」 昼でもおはようである。 「おはよう。ロビン。でも学生は困りますよ。ただでさえみんなぴりぴりしているんだから。」 ヒイロが明らかに少年の部類に入ると言っている。 見た目で苦労するタイプだよなぁと思ったりする。 「そんなに見つからないのか?。」 「見つかりません。」 「あー。でもまあ見せるだけならいいだろ。どうせこいつは特待生で9月から大学だ。」 「・・・そう。」 それでも渋面だ。 気にした風も無く遠慮も無くヒイロも入る。 ロビンが自分の席にいく。軽い端末操作で他の研究生が開いている画面と同じものを呼び出す。 「・・・。」 モニターを見てヒイロはすぐに理解する。 「俺たちのゼミは歴史の部門も担当している。」 「OZの焚書だろう。」 「なんだ知ってやがるのか。」 「ロストした文書を探しているのか?。それとも作っているのか?。」 「もちろん両方だ。」 「・・・。」 ヒイロは座席を引いて腰をおろした。 自分の力量を図るためだろうと思った。別に付き合ってやる必要はないが、失われたデータに興味が無くもない。 ヒイロの手が動き出す。 「痕跡を探すことは出来る。だが構築しなおすのには時間が要る。」 「・・時間ならある。平和になったんだ。」 「・・・。」 ヒイロの手が止まらない。 他の研究室の職員は手を止めている。 「・・・・。」 沈黙しながらも凝視する。 ロストした情報がこんなにあるとは思わなかった。 これを取り戻そうとしてる研究室なのだ。 「・・・厳重にロックしてあるものもある。それを解除してもいいのか?。」 「いや・・それは大学に聞いてから。」 「わかった。」 ブラックボックス以外を拾いにかかる。 ヒイロと同じアプローチ方法でアクセスしていく。案外あっさりと出来ていく。 そのまま、4時間ほど経過した。端末の応答が悪くなってきた。今日はこのくらいだろう。 「・・・。」 他の研究室の職員は沈黙してヒイロが集めたデータの整理にかかっている。 「ありがとう。」 ロビンが立ち上がった。 ヒイロも立ち上がる。 「完成したら見せてくれ。」 一言そう言い置いて出て行く。 「うちに来たらいいのに」 「ま、不向きじゃないだろうな。俺はどっちでもいいぞ。」 「・・・・行くのはKIOだ。」 「そうか。」 彼の実力の一端とその性情の激しさを垣間見た気がした。 もう夕方の6時だ。帰りしな、ロビンはヒイロを旧東京大学を模した立派な門の前まで送る。 「正直、おまえを宣伝するようなことだけはしない。・・これだけ若くて優秀なんだ。マスコミのくだらない事件日照りのネタにされたくないだろ。」 「ああ。」 「それに俺もあまりおまえに頼りたくない。甘えてしまいそうだ。」 自嘲も込めての呟きだ。 そして感慨深げに言った。 「おまえ、報酬はいいのか。」 「そんなもの最初から払えないだろう?。専門機関に頼めば、現通貨で軽く1000かかる。」 どれだけ世情に通じているんだと思う。 「完成したら、見せてもらえればいい。」 「・・・それがおまえのスタンスなんだな。」 彼のような人物が今の地球圏には必要だった。 今のコロニーには特許があふれている。一般の人が自由に使えない医薬品や技術が数多くある。 手持ちの技術を特許として持つのはいい。だが法外な値段を付けるのは頒布に時間がかかる。 歴史を学べばわかる。 個人の利益をむさぼって、ライト兄弟の航空会社は失墜した。 「おまえにはカーチスみたいになってもらいたいな。・・まあ、教師のぼやきだと思ってくれ。」 肩を竦めた。 「・・・。」 教師というものはこういうものなのだろうか。恩着せがましさも含めて、相手に望むことに躊躇いがない。 そう疑問に思ったので、尋ねる。 「ロビン。」 「ん?。」 「好きな女がいることが学校にいる理由になると?。」 きょとんとする。確か大学の話を持ち出したときにした、たとえ話だ。 「ああ。なるとも。」 「生きる理由には?」 「・・・なんだその重い命題は。」 おまえ人の話のそこで引っかかるのか?と唸る。 大学の話のネタに過ぎない、好きな奴がいるからこの高校に来た云々など一番問題にしないところだ。 「それは好きじゃなくて愛しているというほうか?」 「・・・・。」 愛した・・は正確ではない。だが守るも傍にいるわけじゃない。 「・・結論から言うぞ。それは当然だ。人間がサルやっているときからそうだ」 「・・・。」 「生きる理由にはなる。だが、おまえが何をしたいかは別だ。その女がしたいことが、おまえのしたいことだというのは、おこがましいってやつで・・女が可哀想だ。」 「・・・。」 ヒイロは口ごもる。可哀想なのか。 「とにかくおまえは大学に行け。選択する大学はKIOでいいんだな。」 生きるか死ぬかの結論を求めたりするようなら、その進路に執着する理由がいまひとつつかめない。 「学科は航空で。」 「・・・・・はいはいはいはい。分析できてて結構。しっかりしろよ。夢のない男に女はついてこないからな」 「・・・」 ヒイロの眉間にしわがよった。 目下大学に行く選考試験より、それが今一番問題なのである。 回れ右して、そのときがつんと立派な門扉に顔をぶつけてしまう。 「・・・そっちのカウンセリングのほうがよかったかー?。」 目立つことが無自覚だったのも。 「いえ。もう結構です。」 無造作に額を押さえて、応える。 完璧な彼をここまで弱らせる女がいる。生きる理由でもあるらしい。 至極一般的な、当座の質問をしてみる。 「美人なのか?。」 「・・地球圏で誰よりも。」 薄暮に重なるように、ヒイロは微笑した。 一週明けて、8月になった。 KIO大航空学科の選抜試験は受けてきた。 なかなか手ごわかったが、間違いは無かった。 添削を終えて、机から離れる。 この部屋の本もだいぶ増えてきた。 前に買っておいた本棚を組み立てて、そこに整理していく。 とりあえず分野別と優先順位で並べていく。 マーズテラフォーミングプロジェクト。 おまえの助けになればいいとも思っていた。 だがそれは可哀想だという。 ならば俺は火星で何がしたいのだろう。 人の限界に挑めるだろう。俺はこの日常でこの力をもてあましている。 労働者なることで助力をし、その限界に挑めるだろう。 ヒイロは本棚に額をくっつける。 ふと一つ心に思い当たる。 やがてそれが結実していく。 ああ、これかもしれない。 この地球圏は狭くて、リリーナと一緒にいられない。 引く手あまたのリリーナを人々の手から奪い去るには。 「・・・。」 なんだかしっくりきた。口にする。 「俺とリリーナとの生活のために火星への道が欲しい。」 リリーナを火星につれて行く。 ならばそのためにはいろいろな課題をクリアしなくてはならない。 自分は今すぐでも火星に行ける。 だがリリーナは無理だ。 だからある程度の環境を整える必要があるだろう。そしてそれは後続する人のためにもなる。地球上の環境を良くする研究にもなるだろう。 あながち大学にいくことになったのは研究の近道だった。進めてくれた教師に感謝する。教師と言うものがそういうものだというのも初めて感じる。 「リリーナ。」 いられるものなら自分はリリーナと一緒にいたい。リリーナの傍にいたいという問いにも答えている。 その道を選んでも彼女は傍にいてくれるだろうか。 ついてきてくれるだろうか。 それはわからない。 カナリアの歌が聞きたい。 夢を見る。 眠りの中の夢も、 将来に見る夢も、 俺の中では同じ次元にある。 将来を夢見れば、眠りの夢がそれを否定する。 夢見る価値が無い、と。 たぶんこれからもずっとだ。 夢を見る。 夢を見続けることに、『耐える』。 そのために、リリーナの声が傍に欲しかった。 [09/07/7] ■如月コメント:タイトル「身分」から変更。あらかさますぎて違うものを想像させるぞこれは、と思っていたので。 ガーネット上の小説の設定のための文です。偽造捏造のオンパレードですが、ノークレームでよろしく。 私はヒイロにこうなってもらいたいんだーいっ。 ヒイロの学校生活の台詞の雰囲気もブラインドターゲットより。CDドラマだと、しゃべるねぇ。 あとリトルトキオについて。 ガンダムWがトルーパーガンダムと言われたりするので、揶揄り。 トルーパーのOVAのアメリカでの街の名前からピックアップ。 知ってるかなー・・と思いながら書く。 あのリトルトキオという響きが大好きなんですわ。 だから昔の同人誌でもKIOという言葉を使っています。 私の宇宙空間。 全て架空ですが、ロマンです。馳せれるところ多々です。 日食のダイヤモンドリングが見たい!!!。ぜひNHKはハイビジョンで撮ってくれ〜〜〜。 ボーイングじゃなかった(最終的には・・だけど) どこで勘違いしたんだろう・・。あれ? 小説目次に戻る |