同じもの 大学の窓の外。梅雨と称された雨が降っている。 ヒイロはKIOの設計室にて製図をしていた。 端末が多数ある中、机を使って紙に書いているのだ。 訝った通りすがりの研究員が呟く。 「おい。ユイ。おまえそんなアナログなことをしているのか?」 「好きでやっているわけじゃない。」 ざーっとこすれる音が響く。 「端末ではやりつくした。だが登録されている数値では思ったような形が作れない。モニターに書いても自動的に線を修正されてしまう。」 「何のために修正されない線が必要なんだ?。」 「大気圏突入の際の負荷の軽減。」 「・・そんなもの当に考えつくされているだろう?。」 「わかっている。だがもう少しなんとなるはずだ。大気圏の降下なら何度か経験しているからその経験が役に立つ。」 「へー・・。おまえそんなに地球に行ってるの。」 「人並み程度には。」 すでに口癖だ。 製図の音が続く。 軽やかに小気味良く紙と鉛筆がこすれる音は心地よかった。 書いている内容はともかく、人間としての心の片隅に残っている感覚を呼び起こす。 「まるで音楽だな。」 「ああ。」 ヒイロも書いてて楽しいらしい。 磁気風とかも書き出してしまった。 研究員たちは彼が好きだった。 普段全く可愛げないが、時々ものすごく幼くなるので、しょうがないなと思わせる。 正直数値での作業のほうが得意だ。状況を体に合わすのはもっとだろう。 だが、体で感じたことを、具体的に紙面に起こすと理論と合わないことが出てくる。 難しいなと思った。 あらかた書き終わって、口元に手を当てる。 悪くは無い。もう少し何とかなりそうなところは誰かに聞いたほうがいいのだろう。 そのときだ。 「ヒイロ。」 名を呼んでから開け放たれたドアをコンコンとノックする。 「・・五飛。」 さすがに目を見張る。 しかも五飛は白衣を着ていた。医学部から来たのがわかる。 白衣の下はいつもの服ではないから印象が違う。白いシャツに黒いデニムボトムというシンプルさはチャイニーズの背の高さと足の長さから似合った。 「邪魔か?。」 「いや。これ以上は堂々巡りになる。」 「シャトルの設計か」 「ああ。」 五飛が机に来る。 紙面を見た。 紙面であることに関しては何も言わない。 ただ凝視している。 「・・おもしろいな。」 「ああ。だがもう少し思うところがある。これを反映させるプログラムも機械も必要だ。」 「なるほど。」 一目見ればわかるだろう紙面なので、ヒイロは五飛に尋ねる。 「・・それで、おまえはどうしてここにいるんだ。」 「L1病の培養株がここKIOにあったから、受け取りにきた。」 「地球で発生したのか?。」 「いや、まだだ。だが地球で流行るのが時間の問題になってきた。連合の体制下で人の出入りが少なかった分、予想以上に人や物の輸出入が増えている。対応策を練っている段階だ。」 「そうか・・。」 「俺はあの連中の中で宇宙を含めての理解に融通が利くほうだ。だからコロニーの医学研究所を回っている。」 「データだけならある程度渡せるが。」 「もらう。」 周りの研究員はなんでおまえがそんなもの持ってるんだよ・・と思っている。 でもヒイロだから目を瞑っている。 ヒイロはシャトルの設計図を丸めて筒に戻す。 「ここに俺がいるのは知っていたのか?。」 「たまたま通っただけだ。学内を見せてもらっている。秋には復学したいと思っているからな。」 「・・・。」 「おまえがどうしてここにいるのかは、なんとなくだが頷けるものがある。」 五飛はニヒルに笑って、肩を竦めた。 「俺とおまえは同類だ。」 驚いたことに、ヒイロの自室はまともなものだった。 特に本の量に驚いた。 適当に引き抜く。 「・・専門は航空だったな。なんだ、この植物学は。」 「いい本だからもらった。」 「ほう。」 一冊、脇に取る。もう一冊引き抜く。 ヒイロは端末に向かい、立ち上げる。 データと言っても膨大だ。違法コピー部分も含めてだからだ。 五飛なら理屈を通して使ってもらえるだろうデータだ。 下手に企業などに渡せば膨大な資金がその企業に流れるものもある。 必要だろう情報を拾い上げて、圧縮も含めて、ディスクに移していく。 「適当にこの辺読まさせてもらうぞ。」 「ああ。」 脚立があったので適当にそれを椅子代わりにする。 シャツのポケットから眼鏡を出して掛ける。書に目を落とした。 「おまえは中等教育機関にいたはずだ。復学というのはそのままそこに上がるのか?」 「・・ああ、今は。」 「通信か?。」 「ひとまずはな。大学を前提にしているから、おまえのように飛び級する必要性も無い。」 「専門は?。」 「データベースにアクセスしたんだろう?。復学していないからそこで止まっている。」 「自然科学とだけではわからない。」 「・・復学したら、データを送ってやる。今はこれを読ませろ。」 「・・・。」 「俺とおまえは同類だと言ったはずだ。」 こういう方面に見出せば、同じ様に進む。 兵士然り、学問然りだ。 「それに俺は元々こちらのほうが専門だ。」 「学問が?。」 「ああ。所詮武道など限界がある。」 「・・・。」 確かに同感だった。 「・・どの道、今は地球にいる。そのうちに古書はあらかた読むつもりだ。」 「そうか。」 ヒイロが返した言葉は少しだけ憮然としていた。 一言で言えば、ずるい、だ。 「・・おまえも地球に来たらいいだろうが。」 五飛があきれた声で言った。 「行く理由だってあるだろう?。」 「・・・」 「護衛なりなんなりしていろ。うっとうしいぞ。」 焦燥を知られている。 「リリーナを認めないんじゃなかったのか?。」 「俺はリリーナ・ピースクラフトを認めない」 矛先を返すが、更に返される。 「だが、違うのだろう。」 彼女はもうピースクラフトではない。 完全平和主義を唱えてもいない。 それに、兵士を排除したことなどない。 ふんと鼻白む。 2年前のモスクワの警備記録を見た。 避けられたのはレディアンだったからだ。 リリーナ・ドーリアンの養父はレディアンに殺されている。 「・・。」 そのあとでサンクキングダムの再興だ。笑わせてくれる。自身の平穏なんて考えていないだろう。最初から完全平和主義から遠い女だ。 その点ではあまりゼクスと変わらないだろう。 「・・・・」 ヒイロを横目に見る。 ヒイロはあの女ごとバスターライフルで吹っ飛ばそうとしたのだ。 だがそんなことは問題にすらしない。 兵士を排除するどころか、この完璧な兵器に執着した。 「見込まれたものだな。」 「・・・・・。ああ。」 ヒイロなりに傾いだ体勢を戻す。端末作業に戻った。 五飛も黙々と書に向かう。 本の印字と紙の匂いが、心地よかった。 [09/07/21] ■如月コメント:『同類』の私なりの解釈文。 この五飛を理解するのがまた難しい。 ヒイロと似てるところを理解するのに10年かかった・・。 五飛は医学系に進むと思うんだな。つまりヒイロと同じ理系。 サリィがやっているからというよりは、サリィがやっていることそのものに興味が行きそうだ。 小説目次に戻る 加味 「ちーっす。あれ、客か?。・・珍しいなーヒイロ。おわっ。」 勝手にアパートを見つけて、勝手に入ってきておいて、勝手に驚いているデュオだ。 「なんだって五飛がいるんだよ。」 「用があるだけだ。」 「なんだよ、用って。」 「医学用データをもらいに来ている。」 「あーそうか。問題になっているもんな。じゃあさ、ついでにヒイロに作ってもらったら?。通信系のデータの圧縮プログラムソフト。ローカルで、回線のパンクがやたら発生してるからさ。」 「・・・・おまえが作れ。」 ヒイロの無愛想な声が一段と低くなる。 「やー出来の悪いのが頒布しちまって、手に負えんのよ。」 五飛とヒイロが同時に顔をしかめた。 「おまえのせいか。」 五飛が呟く。 「当座当座で作っていったからなー。でも動いているんだぜ。大目に見てくれよな。」 「・・・。」 「それはこちらでなんとかする。ヒイロ。試作を送るから、チェックを頼む。」 「わかった。」 五飛がそういうのでヒイロも引き受ける。 面倒ごとを持ち込まれたが、放っておけるものじゃない。優先順位も上のほうだ。 「プロトタイプを提供するメインの企業はどこにすんの?。零細も助けてやれよ。」 「そこを紹介しろ。探すのが面倒だ。」 「おっけー。」 デュオは気軽だ。 応えて、五飛はノートに戻る。 「んだよー。せっかく久しぶりに会ったんだから、コーヒーくらい飲もうぜー。」 「今ひとつやっかいなことを押し付けただろうが。これ以上はごめんこうむる。」 平たく言えば、ぞんざいである。 ヒイロにいたっては不愉快そうである。 「まあいいや、勝手になんかいただくぜー。」 そう言ってリビングのほうに行った。 勝手に冷蔵庫を開けている音がした。 「・・・。」 本当にお構いなしだ。 どうやってここを突き止めたのか知る気にもならない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・靴を脱げ、デュオ。」 「はあ?。ええ?。・・・あ、そういやそうだっけ?。」 適当にオレンジジュースの缶を頂戴する。ぽんと手の中で遊びながら、ぽいぽいっと玄関に向かってブーツを放った。 飛んだブーツはうまいぐあいに揃って立った。 その時、五飛が仏頂面で分厚いノートをぱたんと畳んだ。 ヒイロに向かって呟く。 「おまえ。この続きは?。」 「・・・面倒くさくなった。」 ヒイロにはどこのことかわかる。 「始めたら手を抜くなっ。気になるだろうがっ。」 「面倒くさい。」 「今更面倒を厭うなっ。」 確かに、その通りである。 デュオが心底いやそーな声で答える。 「うわ。うざ。俺、勉強嫌い。」 「シェークスピアの原文を休みの課題にするガキに言われたくない。」 五飛が応えた。 「それ書いたの7つだぜ。真面目に読んでるわけねーって。」 自分のことはひらひらといなす。 「・・・・・。」 教会の惨劇と名づけられたレジスタンス活動がある。 コロニーの解放ととともに、明るみになった。そして最近になってコロニー史に追加された事件。 デュオはそこにいたことになる。教会の名前がデュオのファミリーネームだ。 午後が過ぎていき、もう夕刻だ。 作業をまとめ上げて、ヒイロは五飛にディスクを手渡す。 「謝謝。こちらもなにかあれば送らせてもらう。」 「ああ。」 部屋を横切ろうとすると、ベットで寝ているデュオがいた。 「どうするんだこれは。」 「・・・知っていることを全部吐かせてから帰す。」 ヒイロは無表情に答えたのだった。 目が覚めたら、夜だった。 端末の音は聞こえず、だが明かりはついていて、その書斎にヒイロはいるようだった。 デュオは明るい部屋の方のドアに寄りかかる。 ヒイロが本棚に寄りかかって、先程五飛が開いていたノートに何かを書いていた。 「わり。ベット占領しちまったな」 「・・別に。」 ぼそっと呟いた。 鉛筆の文字をつづる音が聞こえる。 デュオが上から覗き込んでくる。 「ふーん。天文学か。五飛ってこういうのが好きなのか?。」 「らしいな。」 「おまえは?」 「別に。知識の一つというだけだ。」 「だろうな。おまえが好きなのはお嬢さんだもんな。」 「・・・・・。」 学問の話だろうが、と思う。 「・・・・・地球で何をしていた。」 「んー。まあ商売になりそうなもんを探してな。ぶらぶら。」 「嘘をつけ。」 「本当だって。・・まあなぁ、大きい案件なら、そうだな。ガンダムを作れと言ってきた。」 それが今のデュオの本性だ。 「今回は潰したけど、そのうち異口同音で言ってくる奴らがいるだろうな。たぶん俺ら全員に言ってきやがるぜ。」 軽口が続く。 「俺嫌だぜー。老けた末路が技師みたいになるのは。教授(プロフェッサー)とか博士(ドクター)とか。」 「・・・。」 ヒイロも心底嫌そうな顔をする。とるのは学士までにして、教える側のライセンスはインストラクター(講師)までにしようと決意する。 「ま、そのうちカトルに言っておくぜ。あいつは技師無しで、しかもゼロを作ったときてる。」 「・・・ああ。」 ヒイロは鉛筆を置いた。 立ち上がる。本を本棚に戻し、ノートを戻し、部屋を出る。 隣のリビングの明かりをつけ、キッチンにいく。温めるだけになっている鍋を火にかける。 「お、なんか出るの?。」 デュオは嬉しそうにした。 「大人しく座っていろ。」 それからコップを三つ。 一つはスープをいれるため。もう二つはコーヒー用だ。 ヒイロはコーンスープベースのチャウダーをコップに移す。それからホットドック用のパンに大量のポテトサラダと青菜とハムをはさんで、スープのコップに乗せた。 「とりあえず胃を温めろ。ベットで泥のように寝られるのは迷惑だ。」 無造作に手渡す。 「ありがとさん。」 「まだある。食べられるなら、もう少し食べるんだな。」 「ああ。そうさせてもらうぜ。」 言いながら、スープを口に含んだ。 懐かしい味だ。 ヒイロがいる場所だからというのも加味されている。 「おまえ、うまいな。メシ。」 「おまえが横着しているだけだろう?。」 「俺はいーの。順調に背だって伸びてるし。」 けらけらとデュオは笑った。 「・・・。」 人種が違うのもあるが、本当に、何を食っていればそれだけ背が伸びるのだろうと思う。 ヒイロはコーヒーが入ったので、コップに注いだ。 「他にはなんかあったかなー。おまえが持ってきたテロリストの情報か。コロニーの方がやばい気がしたけど?。」 「わかってる。が、よくないのは地球だ。」 「ふーん。ま、でも五飛がいるからいいよ。それにトロワと入れ替わりだしな。俺。」 「トロワは地球なのか?。」 「ああ。動物を休ませるためだってさ。やっぱり宇宙だと移動の際の無重力がストレスになるみたいだ。」 「・・そうか。」 「その辺も少し研究してやれな。」 「・・・考えておく。」 ヒイロはコーヒーを一口飲んだ。 尋ねれば答える。だが尋ねなければ答えない。徹底している。 会話は苦手である。 叩けば湯水のように出てくるこいつの持つ情報を、今夜だけでどれだけ吐かせられるだろうか、とか思った。 [09/9/3] ■如月コメント:2・1も好き。だがしかしもう書くことはないですが。(そこ暴露してどーする)(せめて雰囲気だけ・・え?) デュオって立ち位置おもしろいんだよなー。トロワに迷惑かけてないの実はデュオだけ。 (してやられたのは3回あるけど) (記憶喪失のときも面倒見てるし、ブラインドターゲットの時は追跡妨害工作手伝ってるし) |