同じ気持ち





『バイバイ、デュオ』
 戦争終結の二日後、コロニーとの航路が回復したため、私は重傷者としてL1の病院に転送された。
 リーブラからの脱出。そして特攻するピースミリオンからMOIIへの移動。
 ヒルデの体は回復を遅らせていた。
 戦争直後、デュオの帰還に体を起こして迎えた。それもよくなかった。
 ヒルデは急な転送に手紙をしたためた。
 強いから、
 デュオは人を守るため、これからも戦い続けるだろう。
 弱い私は足手まといでしかない。
 だから、

 Say GoodBye Duo






 L1中央庁舎。
 対応したデスクには9月のカレンダーが掛かる。
「あちこち新学期だから、登校してこない生徒の情報があったら送るよ。」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
 ヒルデは市役所の応接室から出た。
 −戦災孤児保護対策本部−とドアの表札にかかっていた。
 ヒルデはここに、保護すべき子供の生活実態及び人格について報告しに来ている。
 特に報告の対象になっている子供は、ヒルデと同世代の子達だ。
 就職か、下宿か、寮か。とある家庭に預かってもらうか。
 もう大きいが、心はまだ子供のこの世代は行き場が極端に少ない。
 だからと言って、この事実を受け入れてしまうには少し悲しい。
 幸いヒルデの報告は、役所の人達に門前払いされず、受け入れてもらえた。
 最初の報告を担当の人は試験的にだが子供たちを家庭へと送り出してくれている。
 結果はまだ五分五分と言ったところらしいが、全く埒が明かなかった当初よりいいとのことだった。
 ヒルデは役所を離れ、近所の中学に足を向ける。
 スレた子供を捜しにいくのだ。大体居場所は決まっている。
「・・・・・」
 彼女の前に少年と少女が数名、待ち構えていた。
「あなたがヒルデ・シュバイカー?」
 一人の少女が代表して前に進み出た。
「ええ」
「ほっといていただけませんか?。」
「いやよ」
「プライバシーの侵害です」
 確かにその通りなのだ。
「・・また伺うね」
「まてよ。迷惑だって言ってるんだよ」
 ヒルデの前に別の、男子が歩み近づく。
「一人だけ、いいこぶってんじゃねーよ。気に食わないんだよっ。」
「・・・。」
 ヒルデは踵を返す。
「逃げるきか?」
「危ない時は逃げるの。私は」
 たたっとヒルデは駆け出した。
 自己中心の世界は閉ざされているもの。相手の気持ちを分かり合えないところだから。
 攻撃されたら私は太刀打ちできない。
 でもこのままじゃいけないから。
「待てっ」
 やば・・。追いつかれそうだ。
 コロニーの軸に近いこの区域の重力を利用して、上手に袋小路の壁を跳ねて向こうへ飛ぶ。
 もう少し走れば人通りの多い繁華街に出れる。
 軽重力から通常重力に移っても平気になるためのトレーニングの仕方を軍で習ったため、一応体の重さは差して感じない。
 まいたと思った。
「ヒルデ・シュバイカーだな。」
 繁華街まで逃げ切った瞬間だった。新手に待ち伏せされてしまっていた。
「やっばー・・。私の顔も有名になったものね」
 おそらくは街の公共施設に備え付けられたインフォメーションの端末で住民登録を見たのだろうが。
 さて、どうするか。
 ヒルデは踵を返した。また逃げるだけだ。
「まて・・」
 走りかけたヒルデと数人の男子の間に一人の少年が踏み込む。
 ヒルデは頓狂な声を上げた。
「えー・・っ。」
「なんだてめ。」
「・・・・・」
 ヒイロはそう叫ぶ彼らを振り向いた。
 きつい冷ややかな眼差し。
 彼の視線を受け止められる奴はそうはいない。
 同等の強さを持った瞳か、対して問題にしない性格の持ち主に限られて来る。
 男子たちは後ずさりした。
 やがて踵を返し、何も言わず、走り去る。
「ありがとね。ヒイロ・ユイ」
 切らしていた息を整えて、ポンとヒルデは、ヒイロの肩を叩いた。
 ヒイロは睨んだわけじゃなかった。
 あの子たちには、ヒイロのこういう純粋で真っ直ぐな視線は心の内を見抜かれそうできつかったんだろうなと思う。
「別に」
 礼に無関心なのかヒイロはヒルデに背を向けた。
 ヒルデはヒイロの傍に駆け寄った。
 ピースミリオンにたどり着いて医務室に運ばれる際に垣間見ただけだが、ヒルデはガンダムのパイロットの顔ぶれを覚えた。
「そうそう。結局言いそびれちゃったから。・・戦争・・終わらせてくれてありがとう。」
「それが俺の任務だっただけだ。」
 ヒルデは一緒に歩き出した。周囲は大通りに出て、人波も多くなってきていた。どうやらヒイロは大学に向かっているようだった。クリアファイルから講義要綱が見えた。
 会話になる面白そうな話題あったかな。
「(・・・ガンダムのパイロットか。)」
 話しにくいなぁと心の中で思う。
 彼女は彼とどんな話をするのだろう。
「・・・・。」
 L1の病院に転送されたとだけ聞いている。
 リーブラの情報を盗み、リリーナの所在を伝えた女。
「・・・・。」
 助けたのはその借りを返しただけだ。こんなものでは安いが。
「・・・・何をしていた。」
 リーブラに潜入を試みれるような奴が、今更子供に追いかけられている。
 ヒルデは目をしばたたかせた。
「え?、あ、私?。あ、うん。戦災孤児の実態調査をやってたの。」
 ひらひらと手を振りながら、まさかヒイロから話しかけられるとは、と戸惑ってしまった自分を苦笑う。
 社会でやっていくためには話しかけられもするかと思った。
「・・口で言うとかっこいいけどね。」
 ヒイロは顔をこちらに向ける。彼なりに関心がある話題のようだ。それはそうだろう。彼はガンダムのパイロットなのだ。
「・・・・・ひとりでか?」
 そう聞いてくるヒイロにヒルデは気を取り直して、答える。
「ううん。学校のサークルでやっているの。有志を募ったら協力してくれる人結構いたんだ。やっぱりこういう仕事って一人じゃ無理だもの。」
 ヒイロは黙って聞いてくれていた。反論したり同情したり、人それぞれそれなりに意見があがるものだ。
「ヒイロが一緒のコロニーと言うのは心強いわね。でも知らなかったー。」
 ボランティア活動の時、名簿をよく見るのだが、ヒイロの名前は見たことが無かった。
「住民登録の名前が違う。気づかなくて当然だ。」
「そうだね。」
 ヒイロ・ユイとは名乗らないだろう。
「ま、ね。リリーナとは比べ物にならないけれど、私なりにやれることをやるだけよ。」 
 デュオが笑ってくれるやり方で、何かしようと思って、考え付いた福祉活動だ。
「・・・・おまえになら出来るんだろう」
 自分は考え付かない。
「・・・。」
 笑いもしないが、なんとなく、その言い方は心を軽くさせてくれた。
「ヒイロにそう言ってもらえると嬉しいわね」
「デュオのためか?」
「そうだね」
 ヒルデは肩を竦めて笑った。
「・・・・。」
「ヒイロ。どう?。これから市民会館の会議室で集まりがあるんだけど。付き合ってよ。」
 不向きではないはずだ、と誘ってみる。なにせガンダムのパイロットなのだから。
 ヒイロは考え込んでいた。
 ポンとヒイロの肩を叩いた。
 ダメ押しのくどき文句。
「リリーナも喜ぶと思うよ。」
 ちょっと心強くなった午後だった。











 11月末。福祉活動のボランティアはこれで三回目になる。
 最初の回に渡された日程表の主に人を運んだり、重機を使う作業がある回に、参加した。
 それでも、自由意志に任されて強制ではない。
 今回は6階建ての高齢者医療施設に人を運んだ。
 老朽化した施設からの大掛かりな転居だった。
 物資を運ぶのはヒルデやその仲間たちでも可能だが、そういう作業は人手もいるし、荷物を運ぶ以上に力と気遣いがいるからだ。
 あらかた終わったので、ヒイロは切り上げてアパートに戻ろうと階段を下りていく。
 ヒルデが上がってくる。
「ヒイロ。もう上がる?。」
 いちいち絡む。そういうところはデュオそっくりだ。
「助かったわ、ヒイロ。」
「別に大したことじゃない。」
「ほんと、アテにしただけのことはあるよね。」
 それなりの大人でもヒイロほど何度も往復出来ない。ましてや階上だ。
「さすがね。」
 苦笑しながら肩を竦めた。
「まだこういった施設が増えるらしいの。だからまたお願いね。」
「・・アテにするならデュオにしろ。」
 本当のところ遠慮したい。怖がらせてしまうからだ。
 今日のもほとんど意識の無い重症患者のみだ。
「期間中アテに出来るならね。」
 ヒルデは気にしたふうも無い。
「そうそう。ヒイロ一人暮らししてるんだよね。料理するわよね。これいる?。」
 紙袋を見せられる。
 根菜に、魚。果物、と。いやに生ものが多い。
「施設の人の家族がくれた物。皆で分けたから。」
 コーヒーとか缶詰は何とかなるが、意外とこういうものはあげやすく食べにくい。
 特に老人医療施設で食事制限がいる者もいるのであまり見せびらせない事情もある。
「・・・いらん。」
「食べ物に横着すると、背が伸びないわよ。」
 成長期の子供に平等に訪れる苦悩である。
「・・・」
「たとえだからね。」
 相手が相手で、ある意味殺されそうな発言なので、一応撤回しようかしらと思ったりする。
 ヒイロは特殊工作員の部類だ。小さくなくてはならない。大きくなることなど求められていなかったはずだ。
 それにモビルスーツに乗るなら小さい体のほうがいい。小さく柔軟なほうが居住性に神経を注がなくていい。
 しかもガンダムの乗り手だ。
「わかっている。」
「・・ちゃんと聞くところがデュオと大違いね。」
 素直と言うか真面目と言うか、いいと思うことは参考にしてきちんと取り入れる。
 くすっと笑った。
 そして、もう一度今度は自嘲気味に笑った。ヒイロからすればデュオの名前が出たからと思われているだろう。
だけど違う。
 この要るかどうかは本当は偽装だ。
「じゃあね。」
 ヒルデはそのまま事務室に上がっていった。


 アパートの自室にヒイロは戻る。
 受け取ったが、どうしようかと思いつつ冷蔵庫に入れる。
「・・・・。」
 ヒイロはそこで目に留めたものに、黙り込んだ。
 一通の封筒を取り出す。
 ひらっと開く。手紙ではない。
 コピー用紙3枚。
 一枚は普通に役所の端末から呼び出したものに過ぎない。
 ただ集計された手書きの2枚はヒルデなりに分析されたものだ。
 行政がした孤児達のL3への大量移住。
 大量移住というと語弊がある。一見すると少年たちの行き先が苦労して決まったかのように見える。
 日付を分けて巧妙に、だがトータルとすると数が多いのだ。
 こういうことをされると腹が立つのよね、と添え書きがある。
「(何をやっているんだあの女は。)」
 ヒイロは溜息をついた。









 年明け三日。コロニー間シャトルのターミナルはニューイヤーの移動で混雑していた。
「チケット予約してあるんですけど。」
 ターミナルのカウンターにてヒルデが尋ねる。
「この格安航空券ってキャンセル待ち扱いになるの?。」
「いえ、そんなことは。」
「・・でもいいわ。じゃあ、それでこの値段でよろしくね。一時間ほど待てばいいかしら。ごねてもしょうがないし。」
「はい・・。一時間ほどお待ち下さい」
 やれやれ、急に時間が空いたわ、と思う。
 紅茶を売店から受け取って、待合のシートに座る。
 カウンターがあわただしく動いている。
「(えええー・・)」
 搭乗手続き停止中になってしまった。
 なにかの端末トラブルだろうか。
 ヒルデの目が半眼になった。
 そもそもチケットもきちんと取っていたはずなので、その可能性は高い。
 どうしようか、返金してもらってL2に帰るのをやめようか、と思う。
 その時だ。
「・・うわ。」
 ヒルデはその時点でシャトルが動くと思った。
「・・えーと。じゃあ。」
 ヒルデはいそいそとチケットを取り出した。
 その封筒にさらに別のものを入れる。
「(来るかなー。来るといいなー)」
 適当に思う。
 空港管理の制服を着たヒイロがカウンターのシステムを直していくのがわかった。
 大学が隣接しているからいるはずだった。
「(・・コロニーに戻ってきていたのね。地球から)」
 リリーナを撃ったと思った。
 やめなさいよね、と剣呑な顔になってしまう頬をぺたぺたと打つ。
 でもリリーナも平然と受け止めたのだろう。
 デュオがそうだ。
 私が撃っても気にも留めない。
 撃ったということだけが心に掛かる。
 自虐的よね、お互いに、と思った。
 ヒイロがこちらに来た。
 チケットを持っている。
「わあ。ありがとう。ヒイロ。」
「紛らわしいチケットを買うな。」
「そう?。学割効かせて、格安航空券にしてみただけど。ついでにキャンセル待ちの割引も。」
「・・・・。」
 それが紛らわしくなくてなんだと言うのだと思う。
「L2に行くのか?。」
「そう。サークル活動の話が聞きたいって。L1での学校の出席日数の時間あわせもあるから、なんだかんだ忙しいったらないわ。」
 それでも学業単位はきっちりとっているのだから大したものだ。
 そう思うと自分もあまりかわらない。
 出席日数より点数や成果で示す。
 既に2年分の単位を取得していた。
 1年後には学位が取れる予定だ。そしてそのまま研究員として残る。
 ヒイロから搭乗券を受け取る。
「じゃあこれ交換ね。」
「・・・。」
 もとある感触にしては多めだ。
 中を確認する。
「・・。」
 クーデターに便乗しようとしているのは間違いない。テロリストの個人情報。
 一瞥して封筒に戻し、前回に続いてヒイロはため息をついた。
「諜報活動か。」
「人聞き悪いわね。勝手に情報が集まってくるだけよ。」
「・・」
 珍しい種類の人間だ。
 情報が勝手に入ってくる上に、分析も出来る。
 自分は探せば分析できるが、情報を仕入れる作業は必要だ。
 ヒルデの場合、アクションの段階を一段回早めることが出来る。
「私は、あなたたちのように強くはないけれど。」
 ヒルデは微笑んだ。
 ヒイロは沈黙する。
「私はね。こういうことが出来るからしているの。それで巻き込まれてどうこうなろうとどうでもいいの。出来ることからしていくつもり。・・ヒイロだってそうでしょ。」
「・・・・。」
「ヒイロ?。」
 それは戦争の最後で気がついた。弱い分ヒルデは知っていたのだろう。もしかしたらデュオが言ったか。
 女だからというのもあるかもしれない。
「ねーえ。ヒイロ?。」
 ぶんぶんと手を顔面で振る。
 よせと言わんばかりに手を払う。
「いい女だな。」
 いい性格をしている。
「・・ヒイロもいい男よ。」
 言われてもお互いあんまり嬉しくない言葉だ。
「さっさとデュオに会え。」
 その方が計画的に物事に当たれる。
「さよならなら言ったもの。」
 ひらひらと手を振って、取り合わない。
 ヒイロが憮然とした。
「・・・そういうことか。」
 身に覚えがある。嘆息した。
 自分こそ、そのつもりだった。ヒルデはそれを実行しているだけなのだ。





[09/09/3]
■如月コメント:ヒルデの立ち位置を。これからそれなりに重要。

ヒイロとヒルデって絡みなさそうだけど、L1にいるんだからどこかで会うでしょうという感じかな。
小説では、リリーナがヒルデを見て、ヒイロみたい、という印象を持ってるしー。
ヒイロに福祉活動させたいから会わせた。
紳士たるもの(ヒイロは自分を紳士だと思ってないだろうが)福祉活動は重要よーという観点から。フォレストガンプね。

ヒルデはL1の学生だったと勝手に推測。一応デュオとL1で会ってるし。
ここの学生はみんな軍に志願している、と、ヒルデがしゃべっているし。

もともとの同人誌から、福祉活動をヒルデがしてるってところだけ抜き取り、だいぶ改変。
前のはOVAが出る前(とゆーか同時進行的)だったので、いろいろ違うところが出てきたので。

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