葬送行進曲 リーブラの破片が消えていく。閃光がリーブラの艦橋の窓を叩いた。 彼は強かったのだ。 サーブルで直に手合わせをしたことがあるドロシーは知っている。 デスサイズが撒き散らしたチャフのせいで、かすかになっているが、計器には、ゼロと呼ばれるガンダムが機首を変える様子が表示されていた。全てのガンダムが残ったことになる。 「こちらリーブラ。」 ドロシーはカーンズが立っていた場所にいた。 「リーブラはまもなく地球圏軌道を外れます。兵士のMOIIへの受け入れを要請します。」 「<こちらMOII.。・・・・。>」 通信士が絶句した。 その姿に驚いた。 ホワイトファングのユニフォームに、連合の黒いマントを右肩にかけて纏う。それはトレーズが付けていた物と相似する。 金色の長い髪が黒いマントに映えた。 「<特佐・・。>」 レディ・アンを呼んだ。 「<どうした。>」 「<リーブラからの要請です。発信者はドロシー・カタロニア・・・カタロニア?>」 それはトレーズ前OZ総帥の名だ。 「<・・・ドロシー嬢。>」 「<ドロシー?・・ドロシーはまだリーブラにいるのですか?。>」 リリーナが反応した。 コンソールの前に行く。 「<ドロシー。あなたシャトルが>」 「無事ですわ。ご心配なく。ただ指示の出来る者が真っ先に去れば、無用の人命を落とすことになりかねませんから。」 「<MOIIへの受け入れは了解した。早く脱出しろ。もう空気がなくなる。それからそこは・・わかっているだろう?。>」 「ええ。もちろんですわ。もう参ります。最後に一つ。」 凄絶な微笑を浮かべた。 「私は連合の兵士を連れて行きます。が、コロニーのレジスタンスたちはコロニーに向かわせます。よろしいですわね。」 それは敵対する残党を作る余地を残す。 だが断ればOZ宇宙軍に逃げ場を用意しなかったホワイトファングと同じ穴の狢だ。 「<・・・・・了解した。>」 「ではそのように。」 ドロシーは立ち上がった。 「そう。カトル・ラバーバ・ウィナーは帰還してますか?。」 「<いや、まだだ>」 「私が腹部を刺しました。宇宙空間ですので内腑が出ているかもしれませんね。・・・それでは。」 ドロシーは後ろを振り返る。 寸分の隙も無く銃口を構えて見せた。 後ろにはコロニーのレジスタンス集団がいた。皆連合に家族や仲間を殺された者達なのだろう。 ドロシーの銃がうなって、その集団の先頭の銃を飛ばした。 銃を弾かれ痛みで手首を押さえる男が苦しげに呟いた。 「おまえは連合のスパイだったんだな。」 「まあ短絡的ですこと。」 空気が薄くなっていく中、ドロシーは微笑すら浮かべていた。 「私これでも、誰の指示も受けたことがございませんのよ。」 冷笑する。 そして銃を降ろす。 「戦争は終わりました。生き残った兵士たちが勝ち取ったものです。」 レジスタンスの集団に近づいていく。 「そして戦争で死んだものに哀悼を。」 胸に手を当てる。少し息が苦しい。だが父が戦死してから私は弱さを否定するため訓練と修練を積んできた。 これくらいならまだ大丈夫だった。 「これは私の父の遺品。」 でも前方の彼らはにわか集団だ。この部屋の人数からして二酸化炭素中毒を起こすのにもう10分もなく、全員が意識を飛ばしたら自分はもう彼らを助けられない。 「父を含め戦争で死んだ者に対しての私なりの礼儀です。」 ドロシーは集団の先頭に近寄る。 「さあ、はやく脱出なさい。MOIIは撃たないと言っていますが、撃ってくる兵もいるでしょう。私のシャトルが航路を確保します。そしてコロニーに帰りなさい。」 銃口の前に立ち、そして横切る。 黒いマントが翻った。 さながら喪服だった。 ドロシーの黄金のシャトルはMOIIとリーブラの間にしばし停止していた。 前方の画面にコロニーに向かうシャトルが4機発進する数値が出ていた。もう3機出る。 計器を睨むようにドロシーは立っていた。 後方にはホワイトファングの残党を撃とうとする戦闘機がいた。 だが立ちはだかる。 黄金のシャトルが。 モニターに映る、ドロシーのその姿が。 「<カタロニア将軍。>」 威圧感に戦闘機の一人がうなるように呟いた。 音声はつながっていた。 「<応答を願います。> 「撃ちたければ撃ちなさい。」 「<カタロニア将軍の・・・・>」 「どうせ敗軍の将です。」 ドロシーは戦闘機の音声を切った。宇宙の沈黙が操縦室に満ちた。 撃てるものなら撃てばいい。 ドロシーは駆け引きによる命のやり取りをしていた。 均衡を破ったのはMOIIの命令だった。 MOIIから文書で全世界に発信される。 全ての攻撃の停止。いかなる理由においても、戦闘をしてはならない。 残存勢力に対しての攻撃を含むものだった。 MOIIにドロシーの乗るシャトルが着艦した。 だがドロシーはシャトルから降りなかった。 ドロシーが着艦したのは地球に降下するシャトルやポットの射出場でもあった。彼女がそこに着艦するよう命じたのである。 「・・・・・。」 音を伝えない宇宙空間に投下されていくポッド。それには肉体の残った戦死した者達が乗っている。 ドロシーは衣服を改め黒いレースのドレスに変わり、その上にマントを羽織っていた。 不動の姿勢でその様をいつまでも見つめていた。 あれほど大きいポッドが無音で滑り降下していく。 沈黙と言う名の葬送曲。 重い静寂だけがあった。 「・・・・・ドロシー。」 リリーナが後方から声をかける。 MOIIにて簡易の議場が作られ、戦争終結を伝え、対話による解決を求めてきたリリーナだ。 ドロシーはリリーナに向き直り、ドレスの裾を持ち上げうやうやしく礼をした。 「戦争が終わりましたね。リリーナ様。」 その声は事実を伝えるだけのもので、喜びは欠片も含んでいなかった。 死人が生き返るわけじゃない。 トレーズが生き返るわけじゃない。 ただリリーナも同様だ。安堵しているといった方が正しい。 「リリーナ様は兵士から与えられただけの未来で何をしてくれるのかしら?。」 「・・・・・。」 それには自覚がある。 リリーナは、自身の手を汚さずに済んだのだ。 銃を持ったこともある。だがレディ・アンに避けられた。 トレーズと兄は戦争の全て道連れにしていった。 ヒイロは、おまえが生きのびれば、と言った。 「・・ドロシー。あなたはどうしてリーブラに来たの?。」 「トレーズ様に、リリーナ様をお守りするよう言われたのですわ。」 この目の前のドロシーもまたそうなのだ。 「トレーズ・クシュリナーダが?」 「ええ。これからの未来にあなたが必要だからと。」 まるで同じシナリオを読んでいるようだ。トレーズと兄とヒイロ、三人とも同じ未来を告げた。 「もっともトレーズ様と私とでは描いた未来が違っていたようですが。」 ドロシーは微笑する。 「私の描いた未来では、あなたのまわりは戦争だらけ。戦争の火種を残そうとしただけ。戦争を続けていけば人間は疲弊していくでしょう?。うんざりするほどの戦争を起こしてもらうために、私はあなたを守ろうとした。」 悪意に満ちた言葉だ。 「・・・。」 「トレーズ様とミリアルド様は戦争の罪を全て引き受けて、あなたが平和を維持する未来を描きました。」 サンクキングダムに来た時から変わらない高慢な態度で囁く。 その言葉は戦争を賛歌するように響く。だがその言葉のどれをとっても賛歌などしていない。ドロシーは通常人が口の端にしたがらない戦争の醜悪な事実を言ってのけていたのだ。 「あなたは、あなたを守って死んでいった兵士達からもらった未来で、何をなさいますか?」 リリーナはドロシーを真っ直ぐに見つめて、簡潔に呟いた。 「その平和の維持です。」 「そう。」 ドロシーは頷いた。 そしてその平和を維持することの方が難しい。 「リリーナ様はそれでいいのですわ。」 兄がそう言っていた言葉をそのままドロシーは呟いた。 「・・・・・あなたは?。」 戦争が終わったから尋ねてみる。 ドロシーは軍籍こそ持たないが、兵士だった。 兄もトレーズもいなくなった今、自分が兵士の心境を尋ねられる者は、戦争を醜悪に言葉にしてきた彼女だけかもしれない。 「あなたは未来を、どう生きるの?。」 兵士が戦うことをやめて、その未来に何をすれば生きていけるのだろうか。 一人の少年の背が瞼の裏に焼きついている。 「・・・・・・今は、葬列を見送る者になりましょう。」 「・・。」 ドロシーは射出されるポッドに視線を戻す。その向こうに青い地球が迫るように近くにあった。 ポッドを抱き込んでいく。 リリーナが隣に立った。 「・・・。」 そっと両手を組んだ。 口ずさむのは祈りの言葉。 その声に耳を傾ける。 いつまでも聞いていたいと思った。 「お利口さん。」 「・・・・・。」 リリーナが反応して訝しげに顔を上げる。 あまり言われたくない類の言葉のようだ。 「どうぞおかまいなく。私は、祈ることが出来ませんから。」 戦争で手を汚した。 「ドロシー。」 その声は高慢なままなのに、優しくも悲しい言葉だった。 「だから皆、リリーナ様を受け入れるのです。」 誰かが祈ってくれるなら、 許そうと思い、生きようとすることが出来る。 「どうか、そのままで。」 どうか、変わらずに。 トレーズが願った未来が変わらないためにも。 リリーナは祈りを続けていいのだと思ったようだった。 もしくは私の言葉を全て取り上げても仕方ないと言ったところだ。彼女も私が何を言ったところでしたいことする。 今度は膝をついた。再び両手を組んで頭を垂れる。 どうかその祈りの声を、今は聞かせて。 許されようとは思わない心を、鎮めるために。 リリーナが去り、ドロシーは少し疲れて、マントをコンソールにかけ、シートにもたれた。 その時だ。こちらは何もしていないのに、すぐ後ろのシャトルのハッチが開く。 そして何食わぬ顔で人のシャトルに入り込んでくる。 「・・・・・・・・・・・怪我人がなんですの?。」 ドロシーは侵入者を横目に見やる。 「心配してくれたみたいだから。」 カトルはいつものように笑った。 その怪我は自分のせいだ。意に介していないからこちらも気にしてどうなるものでもない。 「・・・。」 リーブラでの決闘を思い出す。カトルは防戦一方だった。本気ならどの程度のものだったのだろう。 そう思うと女でも容赦なく勝ちを取りにきたヒイロ・ユイは彼より間違っていないのだろう。 「あなたが弱いからです。ヒイロ・ユイは私を負かしましたわ。」 いきなり比べられて苦笑した。 「ヒイロは強いから。」 「そうですわね。」 今更だ。 「君も強いね。連合の兵士を連れて帰ってきたんだね。それからコロニーの人達も返してあげたんだね。」 「・・・・。」 「OZ総帥の服なんか着て、ここは宇宙だよ。連合をとても憎んでいる人達が大勢いる。」 「今は地球圏、ですわ。」 涼しげに答えた。 「『人の心がそこまで成長しているか』どうかになりますが。」 「・・さすがだね。」 カトルは断りもせず隣のシートに座った。 離れていくポッドを眺める。 「ああ・・その通りなんだ。平和の犠牲の先の平和。本当に、皆が平和を望むようになったのだろうか。」 犠牲があったから、人は戦争を望まなくなる。 だがうんざりするほどの戦争は起こらなかった。 「人一人の一個人の犠牲なんて簡単に忘れられていく。」 窓の外を眺める。MOII側の地球は夜を迎え真っ黒だ。見えるのはポッドの光点のみだった。 「こうして戦争が終わって、父が遠くなっているのを感じる。忘れはしない。だけど遠いんだ。」 遠いというのは、何か許しがたい罪に思えた。 「それならまだ私にもやることがありそうね。」 罪と悔いるなら、力でねじ伏せる余地を残す。ならば私は力で応じるだろう。 「・・・・・。」 ただとドロシーは呟いた。 「その考えは、今はまだ気が早いというもの。私ですらまだですわ。」 「・・・・・うん。」 「論じ合える時間を作るくらいなら、用意されてるでしょう。」 「・・・・。」 「ヒイロユイが言っていたはずよ。」 あてつけられてカトルは再び苦笑した。 「・・ヒイロって饒舌だよね。」 寡黙に対しての皮肉だ。 決してヒイロは無口ではないのだ。無駄な言葉を言わないだけで。 結果ヒイロの言葉は印象的に残り、他者に影響を与える。 カトルは頬肘をついてシートにもたれた。視線もやらずに呟いた。 「ドロシー、君は強い男の方が好き?。」 そしたら完全に完敗である。 「?。」 ドロシーが怪訝そうにこちらを向いた。 何を言うかと思えば、と、言ったふうである。 カトルは嫌われるより愛想をつかされそうだなと思った。 とはいえ自分は無駄な会話の方が好きでもある。ヒイロとは反対だ。 このままくつろごうかなと思った。隣に座っている女性はおべんちゃらも嘘も言わないので気が楽だ。 「あたりまえです。」 「・・・・うーん。それは困ったな。」 腕を組み首を傾いでカトルがぼやいた。 ドロシーは怪訝に眉を顰めた。 「何を、かしら。」 「ちなみに僕は優しい人が好きなんだ。」 ぱっと振り返り、睥睨する彼女を真っ直ぐ見ながら言う。 「・・・・。」 ドロシーは毒気を抜かれて半眼になった。 癇に障るのを通り越して、あきれる。 視線を逸らし、肘掛に肘を置き、文字通り頬肘をついた。 「あら、それは困りましたね。」 ドロシーもとぼけることにした。 [09/9/3] ■如月コメント:後半になるとじわじわ連合色が薄れ、ロームフェラの名前が多くなってくる。 でもドロシーはロームフェラより人対人の時代の連合を背負える。 そんなこんなで書いた文章です。私なりの読解文。 ドロシーは難しいわー。 葬送行進曲というのはジークフリートの葬送行進曲からイメージをもらいました。 小説目次に戻る |