『 閑話休題 』 台所での二人のやり取りが聞こえて、レヴィはクスクスと笑った。 「・・甘えてるなぁ。」 「イブキは鈍いけど、その分、態度がささくれだってないから、居心地いいんだな。」 「姫も?。」 「そうだよ。」 でなきゃ、足繁く通って一緒にお酒飲んだりしないよ、と人差し指を軽く唇に当ててナギは軽くウィンクをしてみせた。 しばらくもしないうちにこの部屋の戸が叩かれる。 「ナギさん、レヴィさん、ちょっと夜食買ってきますね。」 ドア越し勇吹がそう言ってきた。入ってこないあたりが、勇吹らしい。 クスッとナギは笑って部屋の戸を開けた。 「ああ。気をつけてな。」 ドアが開いたので、勇吹は慌てたようだった。部屋の中のレヴィにペコッと頭を下げる。 「何か買ってきますよ。」 「そーだな。・・じゃあ、あったらでいいから、シードル買ってきてもらおうかな。」 「わかりました。・・・え、と。」 ポンと軽く財布を渡す。厚くなっているのはこれから何かと物入りなせいだ。 「適当に使っていいよ。」 「・・とりあえず2000円もらっときます。」 落としたら怖そうな財布だと笑った。 勇吹はバックポケットから自分の財布を出してしたためる。 「行ってきます。」 「行ってらっしゃい。」 これを言うために顔を見せた。 それだけで勇吹が少しづつ元気になってくるのがわかるから、それが嬉しい。 トントンと靴を履きなおして外に出る勇吹を見送る。 「イブキは姫に大切にされそうだなぁ。」 部屋の戸口越しでレヴィはぼやいて、含みのある様子で肩を竦めた。 「なんだそれは。」 「勝手な憶測。」 見ていて妬けてしまう。 ・・・・彼女は人外の者。 勇吹は決して魔物に対して全て博愛の精神があるわけではない。 それは聖騎士団の報告からもわかる。トカゲを容赦無く作り変えて笑うことだってする。 選択する。それは勇吹の感受性からではなく、今まで生きてきて人との関わり合いから経験して培ったものだ。 そして、イブキは姫を魔物と言わない・・イブキだけが。 カタンと台所の戸が開いて、カルノが出てくる。 「・・。」 すごい嫌そうな顔をして、カルノは横をすり抜けて、靴を突っかけた。 「イブキを追いかけるのかい?。」 「うっせーな。勝手だろ。」 バッタンと盛大に戸を叩きつけて出ていく。 「?。」 言葉の割に少し急いでいるようだった。 部屋に戻って、窓をカラカラと開けた。 春まだ寒い風が吹き込んでくる。身体半分道路の方へ乗り出してみる。 「イブキが電話してる。」 ナギが指差した。 「え、どこで?。」 「ほら。」 前の道路を少し行った所の公衆電話に勇吹の姿を見つけた。 うくくっと喉の奥で笑いを堪えながら顔を見合わせて、窓を閉めた。 「こういうの、なんか悪くないね。」 レヴィは呟いた。 夜風の冷たさが人の温もりをわからせることもある。 今夜はそんな夜だった。 勇吹は傍のガードレールに寄り掛かった。上着のポケットに両手を押し込んで、靴の裏のアスファルトを踏みしめる。しゃがんでしまいたい気持ちだったけれど、ずっとそのまま立ち上がれなくなりそうな気がした。 舗道にはもう人の気もなく、さっき使っていた電話ボックスが、一層明るい。 久しぶりに聞いた・・祖父さんと兄貴の声。 「バカモノ・・か、そうだよなぁ。」 あんなふうに怒るのは、敷島家の長男筋には多いらしくて、 至極まっとうなことを言い、家を支えていく力を思う。 本当に・・、気付けば本当に敷島家はまだあるのだと、・・わかって、 すぐにでも帰りたくて、逢いたくて・・たまらなくなる。 俯くのは嫌だったから、勇吹は空を振り仰いだ。 桜が街路に植わっていて、その割に夜はまだ寒くて、こんな時の空気はいろんな音を伝える。 時折通る、ヒュンッと唸って遠ざかっていく車、遠く救急車のサイレン、クラクション。 信号機は既に黄信号の点滅に変わっていた。 ・・上からカルノが顔を覗きこんできた。 「あ・・カルノ。」 買い物に出てから少し時間が経っていた。 それはわかっていた、だから来てくれるかなとちょっと期待していた。 …来てくれたから笑った。 「・・『あ・・』?。」 すっとぼけやがってと、憮然とした表情になる。 勇吹の隣、ガードレールの向こう側にカルノはガシャッと寄り掛かった。 肩越しの温もり、 それが今夜の温もりの全て。 END |