夜の深み




 いつここを出たっていい・・・
 ―――――ケレド・・ヲ渡シタクナイ。


 ――――誰を?。
 それは、彼女だった。
 どこにも行かないよ・・けれど、彼女は逝ってしまった。
 ――――渡したくない?
 天に・・渡してしまった。
 誰を、彼女を。



「・・・・・。」
 目覚めて、見なれない真っ白な天井は心の空虚を余計にかき立ててくれた。
 ・・愚かさを付きつけられるような夢。
 カルノは、言葉の意味を、想いの在処を探らぬまま・・、それをいつものこと。
「・・。(もの壊さなかっただけましか。・・・それもここじゃ誰か防いでやがるのかもな。)」
 カラカラになった喉を抑えながら、何か飲もうと客間と言われた部屋を出る。
「・・・・。」
 ダイニングキッチンに行き、真新しいグラスに、冷蔵庫からコカコーラを取り出して注いだ。
「・・?。」
 ひんやりとした風が、流れてくるのに気付く。
 窓が少しだけ開いていた。その先に視線をカルノは送った。
「勇吹・・。」
 奴はベランダにいた。手摺に腕をを乗せて寄り掛かる様にして、そこからの景色を眺めていた。
 時計を見やると、2時5分。都会の夜の闇を染める明かりが人の寝静まるのを待って、ほの暗くなる頃だ。
「(・・なんて時間に起きてやがんだよぅ。)」
 面倒くさそうな顔をカルノはした。
「(まぁた、いろいろ考えてやがんのかよー。勘弁してくれ。)」
 今日の夜に、こっちまでいろいろ考え出す羽目になる。
「・・。」
 勇吹が『ここ』を選ぶということ。
 元からあったナギへの信頼、と、
 レヴィへの共感から。
「(・・・。チッ。)」
 奴の立場からして、よぎる言葉がある、――マインドコントロール。
「・・ああ、もう。」
 カルノは流しにグラスをガンと叩きつけるように置いた。
 それと同時に、からからと窓を引く音がした。カルノは振り向いた。少し責めるように。
 逆光で表情が良く見えなかった。
「あ・・。ごめん。起こした?。」
 申し訳なさそうな声で、勇吹が謝ってきた。
「・・別に・・・。なんて時間まで起きてんだよ、おまえ。」
 勇吹も何か飲んでたらしい。たぶんお酒だろう。
「昨日の今日だろ。寝れなくってさ。考えることも多いし。」
「ほらみろ、やっぱり。」
 うんざりとカルノは勇吹から視線を外す。
 苦笑いして、勇吹もキッチンに来て流しにグラスを置いた。
「・・カルノ。」
 ・・呼ばれて振り向くと、勇吹は少しだけ、言うのをためらって・・でも尋ねてくる。
「これからもさ・・付き合ってくれる?。」
「・・。」
 ・・いつここを出たっていい。
「いらないって言うまで。」
 ―――ケレド・・ヲ渡シタクナイ。
「なに、口説き文句?。」
「ちゃかすなよ。・・。」
 かすかに勇吹は息をのむ。
 長い睫毛の向こうの目に。見透かす視線で心を射抜かれる。
 カルノは勇吹の眼に触れようと指先を伸ばして、その左目蓋に触れた。
 軽くなった症状。
 悪いことじゃない。別にいいさと心で呟く。
 勇吹が誰につこうと別に。
「おまえがいらないって言うまでな。」
 触れてた手を離してそれをひらひらと振って、カルノは立ち上がると、あくび一つした。
 寝室とあてがわれた部屋へと行く廊下への戸を開けた。勇吹もカルノを追う。
「言わせない自信あるくせに、よくゆうよ。」
 溜息の中に少しだけ、非難を混ぜた声になった。
「・・・・・。」
 聞き覚えのある、その声・・。
 言い負かされてくれるのは、あんたの余裕ね。
 カルノは左腕を伸ばして戸を閉める。勇吹を追い詰めるような形になった。


 ――――誰を?。
 それは、彼女だった。
「カルノ?。」
 誰を、彼を、今。


「痛っ。」
 勇吹が背を打ち付けて、更に強い大きな音を立ててしまった。
 レヴィとナギを起こしてしまったかもしれない。
「・・・・。」
 けれど、二人は起きてこない。たぶん仲介など考えてないからだろう。
 少しの沈黙を置いてカルノは口を開いた。
「そんなものねぇよ。」
「でも、俺が、今更おまえをいらないと言うはずないのくらいわかってるだろ。」
 彼女に似てる彼の返事。
「・・。」
「そういうこと・・、覚えといてよ。」
 少し頬が紅潮しているのはたぶん久しぶりのアルコールのせいもあったかもしれない。
「俺もなんで君がこんなことくらいで怒るのか、わからないけどね。」
 淋しさを苦笑いにして肩をすくめた。
 そして、お互いの間を指差した。
「こういう距離があるからかな。時々君がわからなくなるよ・・・。」
「なければそんな顔、しないの?。」
 勇吹が軽く息を呑んだ。
 かたっと、さっきと違って小さな戸の軋む音。
 二人の間が狭まる。
 くしゃっと勇吹の左肩下、上腕の辺りの服をつかんだ。
「・・・。」
 カルノは頬を寄せて頭を傾ける。
 そっと勇吹にキスをした。
「え・・。っ・・。」
 ビクッと目を見開いたまま動かないから、少し押し上げるように強く触れて、



 ああ、そう言えば、勇吹に、
 まっすぐ故郷に帰れと言った事がある。


 天へと―――


 ―――神様に一番近いなら・・、
 ・・ドウカ、同じ結末ダケニハナラナイデ。