ねえ、だから、絶望は無いのだと、 知っていて―――― Epilogue... 花屋のお姉さんが、カルノに軽く会釈をした。 勇吹は前回マンションの最寄りで買ったのだが、カルノが南原神社の最寄り駅のここで買ったというのでそこに来ていた。 新緑の季節、花も盛りで、いろんな種類が入荷されていた。 赤紫のカサブランカを選ぶ。予算は5000円ぐらいと言い置いた。 「添える花はいかがいたしましょう。」 「適当でいいです。」 「真紅の薔薇はどうてすか?。」 「いいんじゃないですか?。」 「蘭とカンパニュラも綺麗ですよ。」 「あの・・、カスミ草とかしか浮かばないんですけど。俺。」 聞かれても、花の名前など知らないので非常に困る。 最近の花束の傾向として、カスミ草より、いろいろな花でアレンジメントするんですよーと、花屋のお姉さんが教えてくれる。 そのために買う人の感性を混ぜるのだそうだ。 ので、薔薇は真紅で、カンパニュラの白に薄紫の縁取りのを混ぜて、蘭は黄色と赤いのを。 後ろで、イライラし始めているカルノの姿が目の端に映った。 頼んでおいて、外に出る。 カルノがぶつっと呟いた。 「これって差して、金置いておしまいだったぜ。俺ん時。」 「・・・へぇ・・。そう。」 カルノの言に、勇吹はなまぬるく笑う。 「花なんか、なんでも同じだろ。」 「だからって赤い薔薇ばっかりの花束持つ、自信も神経も俺には無いの。」 「ああ?。」 「顔の話。カルノだったらそりゃ様になるだろうけれど。」 「あほか。男に花が似合うも似合わねーもねーだろ。」 などと喋っていると、出来たみたいで再びお姉さんに呼ばれた。 包装は赤紫の、リボンもそれ系の色で、艶やかに綺麗にまとめられていた。 結構無茶苦茶な色を選んでしまったような気もしていたのでちょっと驚いた。 「ありがとうございます。」 自然にお礼が出る。 勘定を済ませながら、花束を覗き込む。 見ていて飽きない・・、それにつぼみや長持ちしそうな花が入れられていて、飾った後、長く楽しめそうだった。 「上手いですね。前に、彼が買ってきたのも綺麗だったし。」 「ありがとう。」 お姉さんは、はにかんだ。 店を出る。 勇吹は花を肩に担いで、カルノを促した。 「お待たせ。行こうか。」 「・・・・。」 後姿を一瞬見送って、後に続く。 さっき勇吹が、様になるならないを言っていたが、 「ふーん。」 たくさんの種類の花々は勇吹に似合っていた。 カルノは腑に落ちない気がしたが、妙に納得してしまってもいた。 「なに?。」 「別に。早くいこうぜー。映画だって見るんだからな。」 「はいはいはい。」 勇吹達は南原神社へ、赤と白の花水木の街路樹の歩道を歩き出した。 龍雷がアメリカに渡って一週間後、一通メールが届いた。 住む所が決まって、これから戸籍上のことや軍部のことなどはこれからで、そんなことが書かれていた。 彼との関係はこれで終わりということにはならないらしい。かなりの深度で裏世界に通じている人材は貴重で、レヴィは手放す気は無い様だった。 恩を売ってもいるが、どちらかと言えば彼の才能を買っている感じだった。 龍雷も了承しているらしい。 「・・・・・。」 勇吹は、南原神社の階段を登って行く。カルノは野暮とか言うので花束を持たせて、先に会館の方へ行った。 若葉の季節、青々とした木々に、赤い社殿は美しかった。 木漏れ日に手をかざす。 「綺麗だな。」 この神社の主の様に。 拝殿に辿りつき、勇吹は振り仰いで目を閉じた。 自分を呼ぶ声に耳を済ます。 その神気の在り処を探した。 「・・・・。」 鳳凰の御霊を感じ取ると、勇吹は目を開けた。 赤い煌きが彼を取り巻く。 自分の周りだけ、切り取られたように異世界が生じていた。 「鳳凰様。」 鳳凰の大翼が垂れていた。 両手を広げて、その抱擁に応じる。 < 無事か?。 > 「はい。事無きを得ました。ありがとうございます。」 覆い被さり囁く。 < 姿を見て、安堵した。 > 頬を摺り寄せる。 「俺のことはかまわなくていいんです。だからどうか、これからも、この町で。」 鳳凰は勇吹を見た。そして神社の方を見て、再び勇吹を見る。 < ・・・。わかった。 > 鳳凰は短く答えた。 溜息か、春風が強く吹いた。 「・・・っ。」 勇吹は舞い立つ砂埃を避けるため軽く手で顔を庇う。 常緑樹の落ち葉が境内の石畳をカラカラと擦った。 風が止み、神気が失せていく。 手順も何も踏んでないし、なつかれて帰ってもらうのに手間取ると思ったが、そうでもなかった。 手を下ろして、ふうと溜息をついた。 現世への回帰。辺りに喧騒が戻ってくる。 会館の方へと踵を返した。 「・・・・。」 ハッと顔を上げた。 「・・・・和沙さん。」 視線の先に和沙がいた。 肩で息していて、急いできたのがわかった。 「義経。」 「・・・・。」 カルノが言っていた野暮の意味がわかって、確かに野暮だと自答しつつ、更に神様にまで気を使わせてしまったのもわかった。 一人ごちる。 普通のスクールライフに未練が無いと言えば嘘になる。 けれど、もう、戻れないのだ。 「・・・・。」 勇吹は歩み寄った。 来てくれた彼女に、・・・この両者に生じたせつなさを、ごまかすようなことを勇吹はしなかった。 手を伸ばして、抱き寄せる。 関わるな、と言われて、 狭めることが出来ない距離に気づいた。 だからそんな私の心より、 関わり合いになりたい性分なのに我慢しなきゃいけないのが、 今はただ悲しい。 貴方が可哀相で悲しい。 「今度は邪魔しないんだな。」 「・・・・。」 会館の玄関の壁にもたれて境内の様子を伺っていたカルノは、やってきた和樹に怪訝に眉を寄せた。 「・・・しょうがねえだろ。冗談通じねえくらい、マジなんだからよ。」 「そ。真面目。だから姉貴振ったんだけどな。」 「は・・・?。」 「は、じゃねえよ。フリやがったの。それなのにああやって手、出せるんだぜ。普通出来ねーと思わねぇ?。」 「・・・あいつの性格なんだろ。これ、イブキから。」 くいっとカルノは和樹に花束を押しつける。 「だろうな。サンキュ。」 受けとって、覗き込む。 「この間は薔薇ばっかりだったじゃん。」 「イブキからつっただろ。俺が選んだんじゃない。あれもこれもと欲張りなんだよ、あいつは。」 「・・・そりゃ、大変だな。おまえ。」 「・・なにが?。」 「守るの。」 「・・・。」 それでも守るんだろう、と思う。 カルノは憮然としたが否定しなかった。和樹は肩を竦めやる。 「・・・・俺、そろそろ準備があるんで、勇吹によろしく。」 「・・・。・・カズキ。」 踵を返したが呼ばれたので、振り向くと、何かが飛んできた。パッと受け取る。 「後悔しないで済んだ。」 言われて、和樹はにやりと笑う。 「そりゃ、よかったな。・・これなんだ?。」 視線を掌に落とした。 透かし彫りにされた五芒星、に鳳凰とムカデが絡む。鳳凰は左上から、ムカデは右下から伸びて横向きのS字を描いていた。 五芒星の右上左上が皮紐でくくられた、ペンダント。 「魔除け。おまえの周り、なんかいろいろちょろちょろしてんだよ。」 「・・・・それはどーも。」 くんと、強く、翡翠の填め込まれたペンダントを握り締める 「さよなら。」 「さよなら。」 和沙は勇吹から離れて、踵を返した。 番組 仕 舞 熊 坂 二人静 八 島 船弁慶 市倉和樹 能 南守聡彦 船弁慶 南守和沙 兄頼朝のため、源氏のため戦場を駆け抜けた義経。 ただひたむきに。 それを無知だと言うのなら、言えばいい。 ただ私は、 「ありがとう・・・。・・・私、『静』やれるよ。」 しずやしず・・・・・、 それでも貴方が、愛しいのだ、と。 END |