Prologue... 東西の清濁をあわせのむ街、 上海―――浦東。 「・・。」 スモッグのかかる夜、ランドマーク東方明珠はゆらめいて輝く。 メトロから上がってきて、カルノは待ち合わせの場所であるその塔を見上げた。 「・・。」 青白い光に、眺めて少しは体温が下がるかと思ったが、そうは行かないようだった。 なんて・・暑い。 カルノは、シャツの襟を崩した。首にかけたシルバーアクセサリーさえも鬱陶しくてはずす。ズボンのポケットに突っ込んだ。 春先の暑さにうんざりしながら、カルノは時計を見た。 勇吹との待ち合わせの19時まであと30分弱ほどだ。 ナギは待ち合わせ過ぎるかもとも言っていた。 用先の仙人達ののんびりさ加減は尋常ではないので、無理もない。 早々と行き過ぎて真面目と思われるのもなんなので、外灘でも見に行こうと思う。 新設された中華街を抜け、浦東大道の大通りに出る。しばらく歩くと、外灘の眺めが黄浦江の堤防の向こうに見えた。 カルノはポケットから、もう一度アクセサリーを出した。 掌ほどの大きさの銀細工。首にはかけずに眺めやる。 久々にいいカッティングのペンダグラムを見つけた。 透かし彫りにされた五芒星、に鳳凰とムカデが絡む。鳳凰は左上から、ムカデは右下から伸びて横向きのS字を描いていた。 五芒星の右上左上が皮紐でくくられて、ペンダントになる。 普通の人が持っていたらただのペンダントだろうが、自分が持つとちょっとしたアイテムだった。 魔除けにもなるし、精霊との意志疎通の補助具にもなりそうだった。 東洋の秘術を秘めた骨董は数多くあったが、西洋かぶれした細工は上海ならではであろう。 カルノは嬉々として、ちゃりんと指先で細工を回した。 「・・イブキ。」 背後に・・ずっと後ろのメトロから上がってくるのを感じとる。 なんだあんまりかわんねえじゃん、と回れ右した。 自慢してやろう。他にもいろいろあったから、行こうと誘おうか。 「・・。」 浮かれながら、・・今日何度も感じた焦燥が胸をよぎる。 東西の清濁をあわせのむ街、上海。 最初は拒んだ街を見上げた。この辺りは高層ビルが多い。 外観も雰囲気も、ここに住む精霊達も、ここは香港に酷く似すぎていた。 「・・。」 深く息を吐く。 思っても無駄なことを、考え方によってはおこがましい想いを。 いればいいのにと思う。彼女がいて、勇吹もいて―――。 「ふー。・・暑いな。」 メトロの階段を上りきって勇吹は呟いた。 夕方になっても気温は思ったほど下がらないようだった。 身を包む空気にすぐに汗が出る。勇吹はリュックに引っ掛けておいたペットボトルを手にとって水分を補給した。 「・・。・・?。」 真直ぐこちらに近づいてくる人がある。 メトロだから人が行き交うのは当たり前なのだが・・、半袖の白いYシャツ姿、長ズボンに、黒いグローブ。背の高い青年だった。 「(・・手足ながー・・・。)」 肩幅もあった。メトロの明かりに照らされて顔がわかる。髪を後ろに撫でつけているせいか目が細く見えた。 ペットボトルの水がちゃぷんと揺れた。 その手が伸ばされて顎に触れたからだ。 「・・一起来。」 黙して息だけを呑んだ。 知らない人だ。けど向こうは自分を知ってるのかもしれない。 「・・敵ですか、味方ですか?。」 中国語はわからないので、英語で無難な質問をしてみた。 「・・。」 青年は・・能力者だろうか。 「(魔法使い?…。)」 この状況を把握できない。 「・・不是。他・・不是」 不意に声がした。一瞬どこから声がしたのかわからなかった。 「っ・・。」 最初目が四つあるように見えた、・・額に目があるようで。けど違った。顔が・・、二つある。 額の目は元の顔を侵してゆく。 あまりの異様さに勇吹は息を飲んだ。 「・・是迩的疏忽。」 その顔は勇吹の顔を眺めて、首を振った。 そしてにゅううと引っ込んだ。 普通の人には見えない代物だったのだろうか、青年は何事も無かったかのように呟いた。 「・・人違いだった。すまない。」 すっと顎から手を離した。 「あ、いえ。こちらこそ。」 いきなり日本語だったので驚いた。 日本鈍りの英語だったかな、などと思っているうちに、青年は踵を返した。 振り返った先にカルノがいた。 思いっきり訝しんだ顔になっていた。 逆に青年はカルノを見、少し息を呑んだようだった。そして勇吹を振りかえった。 彼の頭脳がはじき出した自分たちの存在、そんな機械のような視線だった。 「(・・俺がそんなに地味なのか、はたまたカルノがわかりやす過ぎるのか。)」 勇吹はやれやれと溜息をついた。 本当は事無きを得たかったのだがカルノがそうさせてくれそうになかった。 真直ぐに青年を見る。声色を鋭くして後ろから声をかけた。 日本語が通じるようなので日本語で。 「・・どう人違いしたんですか?。」 「・・。」 自分の言葉は確信を孕み、青年は唇を一文字に結ぶ。 そして、視線から表情が無くなった。 「・・っ。・・。」 逃げられると思った。カルノがペンダントを投げつける。 そしてたて続けに念動力を放った。 「・・。」 青年はペンダントとそれを左の甲の2連打で弾いた。 勇吹は目を剥いた。 ・・効果を無効にする支点を、念動力まで突いた、絶妙な一撃だった。 洗練された拳法を見たような気がした。 とっさに勇吹は退路を塞ぐ結界を張った。 睨み返す。 さっきの額の目はまだあなどれた。 けど目の前にいるこの青年は・・。 「(違う。)・・・。うっ。」 結界の力が放出されている、眼前の指先辺りを、青年は右の甲で小突いてきた。 それは狙いを定めるためだった。次に放たれた左拳が結界の支点を殴りつける。 ばんっ、と激しい音をたて割れた。まるでガラスみたいに割れる。 「・・っ・・痛っ。」 破片から顔をかばった。半袖だった腕はもろにそれを受ける。 青年はそれを目くらましに、そこから走り出した。 「・・待てよっ。・・この四つ目野郎っ。」 カルノは言い捨てて、勇吹の傍に寄った。 「平気か。」 腕の切傷は赤みを帯びて血がにじみだす。 「大丈夫。俺は。生兵法は怪我の元だって言うけどその通りだな。」 傷口に触れながら溜息をついた。 「・・人違いって言ってたけど・・、ほんと誰と間違えたのかな。」 それを聞いてカルノが眉を寄せた。ぶちっと呟く。 「・・それ、別の奴がターゲットになってるってことじゃないのか。」 「あ・・そうか・・・・。」 それは、そうだよな、と勇吹は頭を掻いた。 「・・でも、危ない奴なのか正義の味方なのか確認するにしても、もうわかんないね。」 リュックからデニム地の黒いジャケットを出した。傷を隠すため羽織る 「・・・。」 カルノは落ちたペンダントを拾い上げた。 「・・・・わかるぜ。」 親指を行き先に向けて、促がした。踵を返してカルノは歩き出してしまう。 「額の目の方ならな。」 「・・・・。」 ・・・・そんなに遠くはないようだった。 気配が止まったのはあのビルの向こうだ。 路地に入り、辺りを見まわしながら、カルノは道を選んで行く。 「ナギさんとの待ち合わせに遅れちゃうね。」 「いーんだよ。俺達の場所、感知できるんだからよ。」 最初から向こうから来させりゃいーんだよとぶつぶつ呟いた。 「それによ、はっきり言ってナギの奴にでしゃばってもらった方がいいぜ。あの四つ目野郎相手に俺達二人じゃ手に余るぜ。」 「?。」 「・・あーいうの軍隊にいっぱいいるじゃん。」 「?。軍隊って?。」 「・・おまえって、ほんっとになんも知らねーのな。」 「軍隊が言葉通りなら、生で見たのは始めてだけど?。」 「・・。」 カルノは頭を抱えてしまう。 「日本って、軍、あっただろ。確か。」 「直接関わり合いはないけどね。」 一応軍ではないのだが、外国の人は、自衛隊が軍でない、とは思ってないだろう。 訂正するだけ不毛である。 「で、軍人って、そんなにすごいものなの?。」 「・・いーよな。平和で。」 「いいよ。平和は。」 茶化してないで答えてよと、勇吹がいい加減文句を言った。。 「・・あーもう。軍人は軍人でもいろいろいるけどよ。あいつは特殊部隊の部類。とり憑かれグセはあるみたいだけど、それ以外は普通の人間だよ。」 「・・・。」 勇吹は眉を寄せる。なんていうか・・よくそこまで、把握できる。 育ってきた環境の違いもあるだろうが、どうも・・やはり自分は鈍いのか。 さり気なく落ち込んでいる勇吹の胸の前にカルノは腕を伸ばし道を阻む。 そして次のコーナーの先へと視線を移した。 「・・いたぜ。」 目を細め・・探ってるのは気配だろうか。 「やべ・・、向こうにバレてんな。」 言って、カルノは飛び出した。勇吹も追いかける。 青年が追い詰めていたのは7歳くらいの女の子だった。袋小路の壁にぐったりとしていた。 その子に背を向け、彼はこちらを振り向いて迎え撃つ。 勇吹は絶句した。 「・・なんで俺とあの子を人違いにするんだよ。」 「・・。」 カルノが微かに息を呑んだ。 「・・カルノ?。」 呼びかけて、肩越しに表情を伺った。剣呑な目の端で見返す。 「・・。・・見かけじゃねーんだろ。」 その声は怒気を孕んでいた。 女の子が目覚めた。逃げようとして足元の香炉に躓く。 それが合図になった。 青年とカルノとが、地を蹴って飛び出す。 「・・!っ。」 バンッとカルノの腕と青年の膝がぶつかった。 「チッ。」 続けて青年は掌を左右交互に繰り出した。カルノは念動力も合わせて、防ぐ。 勇吹は、通り向こうへ、恐怖で立てない女の子の傍に走った。 「平気?。」 ふわっと一度抱え上げた。そして横抱きにして彼女の顔を見る。涙でぐしゃぐしゃだった。 笑顔を向けられて、女の子は抱きついてもっと泣き出してしまう。 お香のような煙が鼻についた。 あとから香ってくる匂いは少し甘い・・・、バニラエッセンスのような薫りだった。 「・・。」 カルノと青年がもみ合う音が消える・・・・、というより青年が動くのを止めた。 勇吹は身構えた。 青年は攻撃してこなかった。振り向き、ただ怪訝と勇吹を見る。 「・・っ。この四つ目野郎。」 ガッと蹴り上げる。それをスイッと青年は横にかわした。 「・・。 青年は今度は空を見上げた。何か感じたみたいだ。 額にまた目が浮かぶ。先ほどのつり目の神経質そうな目とは違って柔和な三日月目だった。 それが何かを命じていた。 「・・。了解。・・。」 目を侵され、口元だけ動く。 そして消えた。 「・・・・。」 ばさっとナギが降りてきた。 「ちっ。逃げられたか。・・大丈夫か?。」 「俺は平気です。でもこの子と、カルノが。」 「・・・・。」 彼女は傍に来ると、少し鼻を動かした。 ほのかと言っても、やっぱり匂うらしかった。 フッと何も香らなくなる。彼女が魔法か、何か掛けたのだろう。 「・・・・。見たところ、一番酷いのはおまえだぞ。」 ジャケットの上から腕をつかまれた。少し痛い。 勇吹は苦笑いする。 「あとで包帯巻いてください。」 「いいよ。」 クスッとナギが笑った。 女の子はナギの綺麗さにびっくりしているようだった。 「・・・・。」 3人を横目に見る。 一発右頬にもらってしまった。左の甲だった。 身を引き、念動力で勢いを殺しても、リーチを詰めてきた。 まともに当ったら、頬骨が砕けていたところだった。マジになってやりあう相手じゃない。 カルノはペッと血反吐を吐いた。 「・・カルノ?。」 「馬鹿らし。」 吐き捨てて、その場から踵を返した。 「・・え。」 どこへ、と思う。けど腕には先に守らなければならない子がいた。 ナギが促がした。 「・・勇吹。放っておけ。それよりその子を家か交番に連れて行こう。」 「はい・・。・・・・。」 カルノが行ってしまった方を振り向く。 もう、その姿はない。 女の子の家はすぐ近くだった。ナギの通訳もあって、上手い具合、親元に返すことが出来た。 その後、ホテルで腕の手当てと階下のレストランで夕食を済ませ、あてがわれた一室に戻ってきている。 「(・・あー、そう言えばまだ、なんで俺間違えられたのか聞いてないや。)」 見た目でないと言うから、なんとなく想像はつく。おそらく気配だとか、綺麗な気がどうとか。 「(幼児レベルとか、しゃれになんないなぁ。ありがたくない。)」 性分上無理だとしても、ある程度穢れていたいものだ。男の甲斐性として。 部屋の明かりを消す。スタンドの明かりが反射して窓にガウン姿の自分が映った。 「・・・・。」 まだ・・カルノは戻らない。 何をそんなに怒ったのだろう。 「(まだ・・、本当に何も知らないな。)」 知ろうとも思わない。けど淋しさは胸に残る。仕方ない。 勇吹は気を取り直して、電話代に乗せておいた白い小さな紙包みを手に取った。 紙包みからでも何か小さく輝いている。 翡翠。 ジェードグリーンというらしいが、青緑というところか。 翡翠は魔除けのお守りになる。小指の爪より少し小さく、丸く加工されている。 すごく綺麗で一つ所望した。 カルノがいっぱい持っているアクセサリーのどれかに填めこめられると思ったのだ。 ドレッサーに乗せておいたペンダントの方も手に取る。カルノが落としていった物だ。拾っておいた。 鳳凰の足に丸い透かしがある。 「これ、ホント調度良さそうだ。」 勇吹は、クスッと笑いながらベットに座り込んだ。 勝手な所業だが、拾って行かない奴が悪いし、何も言ってくれないことへの意地悪と解釈してもらおう。 石を袋から取り出した。 スタンドの黄色い照明に照らされて一層綺麗である。 左手にペンダグラムを乗せていじる。 ちょっと爪が硬かったが、石の方が硬いようだった。 かちんっと上手く填めこめた。 五芒星と翡翠は魔除けであり、鳳凰は天を、ムカデは地を、そしてS字は尽きることのない力を示す。 「でーきたっ。」 喜ぶにしても怒るにしてもカルノのリアクションが楽しみだった。 嫌なものを見た。暴走して巻き込んで、自分を含め全部無しにしてしまおうかとさえ思った。 あれで暴走しなかったのは、 「・・・・。」 勇吹が笑うから・・、彼女を抱き上げて、すぐ。 あんなふうにされたら、違うってわかって、ちゃんと守らなきゃって思う。 浦東のホテル、最上階。廊下突き当たりの窓辺から夜景が見える。東方明珠の明かりが仄かに廊下を照らしていた。 ほっつき歩くには暑くて、それに最後に勇吹を見て見せた青年の表情が気になって戻ってきた。でも泣きはらした顔を見せたくなかったから、こんなところで油売ってる。 「・・馬鹿見てー。」 ホントに馬鹿みたいだ。勇吹は何も知らないのにあてこすってしまった。 「(・・今回は聞いてくるかな。)」 聞いてこないな。 ・・・・あいつには本当に何も教えてない。 「(・・・・・。でも、他の奴らのことだって知ろうとしてないな。あいつは。)」 自分だけにかぎらず、人の事情にとかく介入してこない。 クソ真面目に今とこれからに重きを置くのだ。 「(・・イブキのことはだいぶわかってきたかな。どうかな)」 勇吹はよく話してくれる。自分の考えや、好き嫌い、家族の自慢。 彼の話し方は明解だ。塞ぎこんだときは要領を得なかったがそれは特別な事態だっただけで、とても饒舌だ。 座っていた長椅子に寝転がる。 「・・・・フェアじゃねーよな。俺。」 話さないのは・・、でも、まだ話したくないから・・・・。 「・・・・。」 溜息を一つつく。 その時、階下の勇吹の部屋でボカンッとなにか爆発した。 「へっ?。」 びっくりして、占領していたソファから飛び起きた。 ここで警戒していたけれど、誰も侵入者はなかったはずだ。第一ナギが隣の部屋にいる。 訝しんでカルノは廊下を走って、階段を駆け下りた。3階分。 エレベータホールから左突き当たり。 「(結界が、爆発した感じだけど・・。)・・イブキっ。」 ドンッと戸を叩いた。 次にドアを壊そうと考える。が、その前にあっさりドアが開いた。 「カルノ。おかえり。あのさあ、夜なんだから戸叩くの止めてよ。せっかくインターフォンついてるんだし。」 勇吹が何事もなくひょっこり顔を出す。 「・・。」 「・・。なに、まだ怒ってるの?。」 「怒ってねぇ・・けど怒ってる。」 思いっきり損した気持ちになった。 「どっちなんだよ、それ。」 勇吹の目が半眼になる。それを無視して、カルノは中に入った。 ペンダントが無造作にベットに放られていた。 「・・。これか。」 「えー、なに?。あーいじってみました。綺麗だろ。」 「お・ま・え・なっ。」 「なんだよ。さっきから怒ってばっかりでさあ。」 勇吹が文句を言った。負けずと言い返す。 「石に思いっきり結界がついてんだよ。それにペンダグラムは元々そういう性質だろっ。衝突して爆発してんじゃねぇかよ。」 「え、ホント?。」 あわてて拾って見てみる。素手で触るのでカルノが、げ、と呟いた。 「?。」 なんともないように見える。 「あのさ・・・・どのへんが?。」 「・・あのなぁ。」 そっか、見えないのか、とカルノはがっくり肩を落とした。 「・・なら仕方ないけどよ。」 カルノはグローブ越しに取り上げて見てみる。まだ少しくすぶっていたが、石の結界が上手い具合ペンダグラム結界に馴染んできていた。 「なんつーかこういうアイテムをくっつけるときは手順踏むもんじゃないのか?。」 彼女が言ってたことをそのまま口にしたような気がした。勇吹は勇吹で。 「なんか君の言い草じゃないなぁ、それ。」 可笑しそうに苦笑しながら、言う。 「俺は懲りてんの。」 自分を棚上げにして、先輩風吹かした。 グローブを脱いで素手で触って見る。まだ少し熱い。でも触れないほどじゃなかった。 「(・・あー、ほんとに何やってんだ俺。)」 ベットにひっくり返った。 「これ、いいな。」 ペンダントを光に透かし、緑色の石をかざす。 カルノがそうやるので、もう石に別状はないのだとわかる。勇吹もベットに上がり、一緒に眺めやる。 「魔除けって聞いたけれど。良さそう?。」 「うん。いいぜ。こんなの見たことない。いくらだったんだ?。」 「360元。」 「へぇっ。安すぎだぜ。」 カルノは口笛をヒュウっと吹く。 翡翠に内包する光がゆらめいていた。 「・・・・。・・。」 シャワーを浴びる、と起き上がって、勇吹にペンダントを渡した。 差し出された腕に、包帯が巻かれているのに気づく。 「・・ナギに頼めば?。治してくれそうじゃん。」 「包帯は巻いてもらったよ。でも治らない傷じゃないだろ。」 勇吹は言って肩を竦めた。 「・・。」 すぐに怪我や病気を治せる、と言うことを知っても、もっと大事なことは、そんなことじゃない。 そしてそれを当然として勇吹は口にもしない。 「おまえのそういうところ、根性決まってて悪くないぜ。」 バサッと、ソファにYシャツを脱ぎ捨てた。 誉められたのだろうと、勇吹は苦笑いする。 「何かジュース買ってこようか?。」 「ルームサービスとろうぜ。俺、ピザ食べたい。」 「ここ上海だよ。あるかなぁ。」 勇吹はぱちんと部屋の明かりをつけて、ホテル利用案内を手に取った。 中のルームサービスメニューに目を通す。 「・・あるみたいだ。頼んどくよ。」 「飲みもんコーラな。冷えたの。」 言うだけ言ってカルノはバスルームに入っていった。 勇吹は内線の受話器を起こす。首と肩に挟みながらカウンターにコールした。 「(・・・・泣いてたのかな。)」 帰ってきたとき少し、目が赤かった。 「(本当、俺。君のこと知らないね。)」 ぷつっとコールが途切れた。 ナギはまだ燃えてない、それ自体は無臭の粉末をフィルムケースに入れた。 サンプルにはこのくらいでいいだろう。 香炉を拾い上げる。中を嗅いで見ても、もう焦げ臭い以外、何も匂いはしなかった。 火を入れて焚いて見る。 「・・。」 紫色の炎が、路地を灯すだけだ。匂いはやはりしなかった。 「・・レヴィが出張ることになるな。」 ナギは一人呟いた。 |