蜜か、針か――。




 中国帰りで胃もたれを起こしている勇吹のために、ナギは夕飯に和食を用意してくれた。
 煮つけに鯵の塩焼き、味噌汁・・。
 カルノは多いに不満そうだったが、中国であれだけ油っけ多い肉を食べているのだから、勘弁してもらう。なんだかんだ言いつつ、ナギの食事はおいしいので残さず食べる。
 夕食を済ませたあと、レヴィはナギに呼ばれて自室に入った。
 ダイニングで中国で買ってきたジャスミンティーを煎れていたら、テーブルからカルノがぼやいてきた。
「マーケティングリサーチ〜?。」
 彼が読んでいるのは登記簿の写しだった。自分達が中国へ出かけている間にレヴィは手続きなど雑務をしていたようだった。
 勇吹はマグカップをカルノの前において、その登記を覗きこんだ。
 いくつかの企業の顧問プランナーとして、市場調査関連の独立事務所、と生業が書いてある。
「ずいぶん洒落た事務所だったんだな、ココ。」
「いいんじゃないの?。当らずしも遠からずで。」
「まーな。」
 カルノはジャスミンティーをすする。
 勇吹はマグカップと昨日の新聞を持ってダイニングを離れる。
「また、勉強か?。」
 後ろから声をかける。
「うん。」
 応じて勇吹は部屋の外に出た。
「・・。真面目な奴。」
 つまんなそうに呟いて、登記簿をテーブルに放った。
 協調性があるかに見えて、結構勇吹は自分の時間をちゃっかり持つ。
「・・。」
 ぱちんとテレビをつけてみる。
 何か特別面白いものがあるわけじゃない。
 部屋に戻っても読み終わった雑誌ばかりだし、さして疲れているわけでもないので眠くもなかった。
 カルノはテレビを消して、マグを取った。
 カタンと戸を開けてダイニングを出て、勇吹の部屋にノックもせず入る。
「・・。」
 勇吹は机で新聞を広げていた。振り返ってくる。
 その後ろを通って、適当に本棚から本を失敬し、ベットに上がった。
「・・。」
 時々ある。
 部屋に戻らず、なんでか自分の部屋に来る。
「・・。それ代数幾何の教科書だよ。」
「どのみち数学だろ。」
「日本語だし。」
「わからないでもねーよ。日本来て4ヶ月たってんだからよ。」
「・・ほお。」
 ・・そうなのだ。カルノは。
 意外と、頭が良いのだ。
 思わず感心していると、居心地よさげにカルノはベットに寝転がった。
 勇吹はジャスミンティーのマグを机に置いた。
 新聞の続きを読み始める。パラと、テレビ案内面から1ページ送る。
「・・。」
 社会面には隣町の市議会議員の汚職の話が載っていた。
 入札をめぐり金を積んだり積まなかったり。談合を無視した業者が結局出しぬいた挙句、議員を告発したらしい。
「(・・市倉代議士・・か。)」



 レヴィは半ば上機嫌だった。昨日、一昨日と一人にされてしまっていたので・・。
 キャビネットからグラスを取った。ナギは白ワインを開けてあげる。
「やっぱり、人数多いって良いよね。」
「じゃあ、私一人じゃ不満ということだな。」
「いじめないでよ、姫。」
 クスッとナギは笑って、レヴィからグラスを受け取り、その頬にキスした。
「・・。」
 柔らかい、その肩を寄せる。
 ワインを注いで、ナギはレヴィの指先にグラスを乗せた。
 二人はしゃがみこむ。
 ナギはレヴィの胸に背を預けた。
「そうだ。仙人の一部が、がっかりしてたぞ。」
「がっかりって、この組織についての通知をしただけだよ。」
 形式通り文書にして、正式な使者としてナギに持っていってもらったのだ。
「・・がっかりするようなこと書いたかなぁ。」
「勇吹だよ。」
「・・。」
「上層部は放っておけと言うが、内輪もめになってるな。あれは。」
 やおら真面目な表情になって、レヴィは溜息をついた。
 やっぱりか、と。
「勇吹が欲しかっただろうからな。連中。」
「うん。」
 グラスを傾ける。なめらかにワインが揺れた。
 ナギは手の上に、例の粉が入ったフィルムケースを呼び出した。
「・・関連があるかどうかわからないが。」
 蓋を開けレヴィに見せる。
「一応東海三山に成分を聞いたほうがいい。」
 ナギはレヴィから離れ、立ち上がる。
 コモードに飾ってあるアロマテラピー用の香炉に火をいれた。
 そこから勇吹からの又聞きの、中国で長身の男に絡まれた経緯を話す。
 四つ目の話、男は兵士らしいとのこと、落ちていた香炉のこと。
「少女の家は、香の店だった。自然身の穢れが少ない状態だった。狙われた理由はそんなとこだろう。」
「イブキと比べては?。」
「そりゃ勇吹さ。」
「で、人違い。と。」
 あきれた話だ。ナギは話し続ける
「私が来たときにはもう奴はいなかったが・・、バニラっぽい匂いが残っていたんだ。」
「香を焚いた匂い?。」
 ナギは首を横に振った。
 熱された香炉に少量のワインを注ぎ、粉を入れ、溶かす。
「・・。」
「直接火を入れても、同じだ。」
 何も香らない。
「・・。試験薬。」
「たぶんな。・・勇吹で試してみるか?。」
「・・。」
 姫がもってまわった言い方をしていた理由がわかった。
 彼女が聞きたいのは勇吹で試すか、と言うことなのだ。
 間違われた勇吹で。
「・・。いや。東海三山に聞けば済むことだよ。」
 レヴィは苦笑いした。
「健康な青少年に薬は良くないしね。・・・少女のほかに連れ去られた子がいるかも聞くよ。」
「そうだな。」
 安心してちょっこんとレヴィの隣りにナギは座った。
 レヴィがあれこれ動けばすむ話だった。
 それを不精して安易に実験するは、軽率な人間のすることだ。
「勇吹は・・、あれはわかってないな。」
「・・。自分の才能を?。」
「ああ。・・神仙なんてカテゴリでくくってほしくないな。」
 レヴィの温もりを確かめるように頬を肩に乗せる。
 ナギにとっても久しぶりだった。悠久の中の3日でも長い。
「報告終わり。・・ただいま。」
 グラスを合わせる。
「おかえりなさい。」



「Good Morninng.」
 先にレヴィがテーブルについていた。
 木曜日の新聞をラックから拾って、勇吹は並べられた朝食のテーブルに向かう。
「カルノは?。」
「人の布団で寝て、まだずうずうしく寝てます。」
「いっそのこと部屋を交換する?。」
「いや、元の木阿弥なんじゃないですか。」
「そうだろうなぁ・・。」
 カルノに布団取られて、勇吹はカルノのベットで寝ること数回。
 "人"の布団のど真ん中に寝転がって、そこからテコでも動かない猫と同じだ。
「・・。」
 目が覚めてきて、リビングを見渡すと、なにやら荷物が固められて置かれていた。
「・・どこか行かれるんですか?。」
「うん。中国に。今度は俺が、ね。」
「またですか?。」
「二度手間になっちゃうけど、昨日起きたことの確認にね。」
「昨日の四つ目って大事なんですか?。」
「小事だよ。事由が透けて見えるから大したことないさ。」
「事由って?。」
「君を獲得できなかったから、他をあたってるのさ。」
 ぶっと、勇吹は飲もうとした牛乳を吹きそうになる。
「なんで!?。」
「東海三山は本当に君が欲しかったんだよ。・・詳細はラフィさんが言っていたと思うけれど、その通りなんだよ。」
「・・気の真髄がどうのこうの?。」
「君は普通にしているだけなんだろうけどね。」
 ふふっと笑った。
「君の代わりになるような人は誰もいないだろうから、大事にしないように言うよ。」
「あきらめろって?。」
「そう。」
 ついでにデートも兼ねてるがな、とナギがサンドイッチを運んできた。
「じゃあ、夜は?。」
 マセた言い方で勇吹がレヴィに尋ねる。
 泊まりです、と大人しく答える。
「明日の昼に戻ってくるよ。」
「わかりました。」



 雨が降りそうだったので、勇吹は早めに洗濯物を取りこんだ。
 窓を閉めているときに、カルノが起きてきた。
「あれ、レヴィとナギは?。」
「出かけたよ。昨日の四つ目のことで中国に行ったよ。」
「またかよ。」
「ついでにデートだから、外泊。」
「・・飯は?。」
「ブランチ?、おやつ?、それともディナーの話?。」
「・・。」
 只今は、午後3時。
「夜型なんだから、もう。」
「とかいって、おまえ、俺より遅くまで起きてたじゃないか。」
「2時までだよ。8時に起きれば、6時間寝れる。」
「・・。」
 むーっと、むくれて、そんなこと言われなくたってわかってる、という顔をした。
 とりあえずおやつと称して、ホットミルクとナギが焼いていってくれたスコーンを勇吹はテーブルに並べた。
 マーマレードをたっぷりつけて、カルノはスコーンを食べ始める。
 勇吹は本を片手にマグを持った。
 ページの向こうのカルノを眺める。
 ・・今は、これがいいのかもしれないな。
 魔法使いなんか嫌いだと言った君が、どんな環境にいたかちらほら耳にしてきた。
 もう、魔法の勉強なんてうんざりしてるよね。
 俺は始めたばかりで飽きてないのと同じように、君は普通のことが目新しいのだろうと思うし。
 ゆっくり眠るのも、今はそれがいいのかもしれない。
 ぽつぽつと雨が窓を打ちはじめる。
「雨かぁ。」
「夕飯どっか出掛けて食べる?。残り物で何か作っても良いけど。」
「ピザ取ろうぜ。ホテルの不味かったんだもんな。」
「いいね。じゃ、パスタでも作るよ。」
 久しぶりの二人きりだから、というと語弊があるけれど、羽根を伸ばす感は否めない。
 雨が心地いいけだるさをくれる夕方だった。
 パスタの下拵えをしているときに、カルノは受話器を取って、英語まじりの日本語で、ちゃっかりトマト系、照り焼き系、ホワイトソース系それぞれをLで頼んでいた。
 それで、バジルのパスタにしようと決めて、副菜にコールスロー、付合せにソーセージを茹でた。
 ビールが飲みたいかもと、言ったら、カルノが珍しく付き合ってくれた。
「乾杯っ。」
 リビングに広げて、ナギの料理からしたら、子供染みた夕食になったが、・・まあ彼らに比べて自分達はまだまだお子様なので、分相応だろう。
 夕飯を済ませ片付けて、勇吹はホットココアを作った。
「今年最後のホットになるかな。」
 もうだいぶ暖かくなってきていた。
 フロアに座り込んでいるカルノに1つ渡し、本を取ってソファに勇吹は腰を下ろした。
 カルノはグレムリン2の映画がテレビで放映されていたのでつけて見ていた。
「土曜、映画見に行こうぜ。レイトショーで。」
「・・・・いいけど、午後用事あるんだ。待ち合わせになるけど、いい?。」
「用事?。ナギかレヴィと?。」
「ううん。」
「また体育館か?。」
「うん。そう。」
 言葉を濁した節があった。どうも嘘臭い。
 じーっと睨むが、勇吹は笑うだけで、話すつもりはないようだった。
「・・どこで待ち合わせにしたらいい?。」
 言及せず、カルノは尋ねる。
「映画館でいいよ。そうだな夕方6時に。その辺りでご飯食べよう。」
「・・。」
 最近勇吹はこの辺をいろいろ散策しているようだった。
 図書館に、体育館に、プール・・トレーニングジム。
 この間はトレーニングルームの講習会とか行っていたけど、今度はなんだ?。
「(まあ、いいや。暇だし。)」
 あとでもつければわかる。
 勇吹の許可なく、そうすることに決めて勝手にすっきりする。
「あ、これ、読んだ本だ。」
「んあ?。」
 仰け反って勇吹の方を振り向いた。
 勇吹はソファを立った。
「洋書って、タイトル読みにくいな。なんで表紙と中表紙のタイトルが違うんだよ。」
「知るか。」
 つっけんどに答える。
「んな、御託ばっかの本、よく読むよな。」
「世界一の魔法使いの人なら、読む必要はないかもね。」
 今現在の、最大限の嫌味を御見舞いする。
「ならねーゆってるだろがっ。」
 がーっと吠えられた。はは、と勇吹は笑って、レヴィの部屋のノブを押した。
「あれ?。」
 きょとんとした。
「カギ掛かってる。」
「鍵?。」
「なんでだろ。」
「・・。」
 カルノが立ち上がって、キッチンのナギの髪留め入れから適当にヘアピンを取ってきた。
「開けられるの?。」
「車を開けるよりは簡単なんじゃないか?。」
「・・あのね。」
 ものの30秒で、錠が外れる音がした。
「こんなことばっかりうまいんだから、もう。・・でもサンキュ。」
 ぱちんと明かりをつけて、勇吹は、中に入った。
「・・。(でも、なんで鍵掛かってんだ?。)」
 思いながらも、映画はちょうど面白い所だったので、気を取られる。
 ギズモに水が被ってグロテスクに増えるシーンだった。
 カルノはココアを手にとって、ソファに腰を下ろした。
「・・。」



 カタン・・。
 何かが倒れる音がする。
「?。」
 続いて匂い。
 甘い、・・ココアよりも甘い―――、
 ガツンッとカルノはテーブルにマグを置いた。ソファを飛び越え、レヴィの部屋に向かう。
 ――これは・・。
「(あのガキの匂いじゃなかったのかよっ・・。)・・イブキっ。・・っ。」
 2冊の洋書とが落ちていた。勇吹はその向こうに、本棚にもたれてしゃがみこんで、息苦しそうに胸を抑えていた。
「カルノ・・。なにこの匂い。」
「・・。」
 これと示すものを勇吹に言われるまでもなく、探す。
 あれを焚いたはずだ。レヴィとナギは。
 その香炉を見つけ、傍に置かれたフィルムケースの蓋を開けた。
「・・やっぱりか。」
「・・。」
「四つ目が持っていた粉だ。」
 匂いを嗅いでみる。
「・・え。」
「覚醒剤に似ているけど・・。」
 ただの、じゃない。
 その効能に乗せて、勇吹の体に変化を起こさせていた。
「・・。」
 身をかい潜って燻る、薫り。
 重い体を起こして・・立眩みを勇吹は起こした。
「・・。・・っ。」
 支えて、後悔する。
 ほとんど突き飛ばすように、立たせた。
「っ・・。」
「・・シャワー、浴びてこいよ。気持ち悪いのはシンナーと同じだろうから、たぶんすぐ薄れる。」
 カルノは勇吹を見ないようにして促がした。
「うん・・。そうさせてもらう。」
「・・。そんで、レヴィ達が帰ってくるまで、絶対にこの家から外に出るな。」
「・・うん。」
 見送って、カルノは目尻を吊り上げて、窓の外を睨みつけた。
「・・。」
 ほら、もう・・声がする。
 勇吹の体臭を嗅ぎつけて、窓に貼りつく。
「・・。」
 そして、自身も。
 カルノは武者震いで震える身を抱き締めた。
 悪魔食いの能力を発揮するまでもなく、その気がまとわりつき馴染んで行く。
 ・・やばい。
 一番、自分が。
「・・・・。」
 ベランダに出る。
 カルノは首に掛けていたペンダグラムを勇吹の部屋の窓にくくった。
 魔除けのまじないをかけて。
「(・・性質悪ィ。)」
 息をするのもままならない。
 早く、外に出なければ。
「・・。」
 甘く滴り落ちるように匂いの、
 蜜を味を、
 確かめようと思わぬうちに。
「・・。」
 勇吹は、ざっと冷水を浴びた。シャワールームから出る。
「・・・・。カルノ?。」
 ドウゥ・・パタン、と玄関が閉じる音がした。
 そちらの方に視線をやるともうダイニングには誰もいなかった。
 自室を開け、ベットに転がり込む。
 悪いのは自分だから責めようがない。
「(・・・・。でも。)」



 翌日。
 目が覚めると、ナギの顔が映った。
「大丈夫か?。」
「ナギさん・・。」
 時計を見やると、もう11時半。昼だった。
 二人が帰ってきたのだ。
 具合は・・悪くなかった。普通に眠いというくらいだ。匂いも消えている。
「・・鍵かけてあったのに、まったく。」
「掛けてたら開けたくなりますよ。」
「・・そういう小技を持っているのは、カルノだろうがな。」
 ピンっと額を弾かれる。
「おまえが吸ったのは、四つ目が持っていた仙薬だ。」
「・・。」
「仙薬と言っても、いろいろあるが、その中でこれは試験薬に分類される。東洋思想には陰陽の考えがあるだろう。そのうち陰の気をどれほど持つかを試す薬だ。」
「リトマス紙みたいなものですか。」
「そいうこと。そして覚醒剤が主成分だから慣れてなきゃ、今のおまえみたいに気持ち悪くなる。」
「レヴィさんも、カルノも大丈夫ってことですね。」
「あいつらはいろんな香の中で生活してきたからな。ケシだってその辺に生えているしな。」
「・・。ならなんで、昨日傍にいてくれなかったのかな。」
「・・いてほしかった?。」
「・・そりゃ。・・別にいいですけど。」
「おまえは家族が多かったからな。」
「・・。」
 そっと額を撫でる。
 勇吹は思ったことをそのまま口にすることもある。
 陰湿なほど、わかりやすく正直に伝える。
「・・試験薬の結果として、俺には何が言えるんですか?。」
「能力の性質が陰性を帯びている、ということだよ。たいていは若い女が持っている性質だがな。」
 言われて余計落ちこんだようだった。
「陽を養うのには、陰の気がいる。陰無くして陽はない。おまえは、おまえの能力の性質として内包する陰を、男の身体で陽にしてるのさ。力のサイクルはバランスよく、衰えない。」
「・・理屈はわかっても、どんなものかよくわかりません。」
「まあ、今は、それでいいさ。」
 ナギは立ち上がり、机に置いておいた水差しを手に取った。
「・・・四つ目は、何を探しているんですか?。」
「昨日の朝、言っただろう。おまえの代わりをだ。」
「・・。」
「それで、昨日、レヴィが集めてきた情報によると、・・・あちらこちらで女が狩られている。」
「え・・。・・っ。」
 勇吹は声をなくした。はっとナギを見つめる目に戸惑いが含む。
「黒幕は何かを養っているのだろうと、レヴィは推察したが、東海三山は自身で片を付けると言ってきた・・・身内の問題だけに内々に済ませたいのだろう。」
 君の代わりに・・・あの言葉にそんな意図があるなんて思ってもみなかった。
 そして、いつだって自分は。
「・・・・彼女達は助かるんですか?。」
「大概は見殺しだ。」
「それと身内の問題とかを一緒にするんですかっ。」
「・・・そうだ。」
 くいっと指先で顎を取って、顔を上げさせた。
「いいか。おまえのせいじゃない。・・代わりなんて思うな。おまえがそれに耐えられるとも思えない。そしたらまた代わりを欲しがる。そういう世界なんだ。」
 勇吹は黙り込んだ。
「おまえは、思い知るしかない。」
 この手が何もしなくても、誰かを傷つけることができる。
「・・・カルノは?。」
「どっか行ったままだ。」
「レヴィさんは?。」
「なんとかしようとしているよ。」
 そっと勇吹の髪をナギは梳いた。



 眠れなかった。久しぶりに。
 昨日寝てしまった分、として随分勉強は捗ったが。
 カルノは、まだ戻らない。
「・・。」
 気持ちが冴えないまま、着替える。
 勇吹はナップサックを肩に掛け、ダイニングに顔を出す。
 レヴィがナギに朝のコーヒーを入れてもらっていた。
 テーブルにいくつかの書類が置かれていた。
「ちょっと出掛けてきますね。」
「?。どこへ?。」
 カップを手に持ってレヴィが尋ねた。
「カルノと映画の待ち合わせしてるんです。来るかわからないけど。」
「・・・・。待ち合わせって、どっか別に行くところがあるのか?。」
 ナギが見透かしたように呟いた。
「・・。」
 この二人に隠し事は出来ないだろうなと思ったから、話す。
「隣町の北野台高校で、地鎮を頼まれたんですよ。神社の範囲なんで、やってきます。」
 言ってダイニングを後にし、玄関に向かう。
「・・北野台?。」
 レヴィは眉を寄せる。書類を手に取った。『神女対象者』
 先ほど目を通したばかりだったが・・。
 一人、いるのだ。北野台高校に通っている。
 //南守和沙//
「・・どうしようか。姫。」
 レヴィは天井を仰いだ。