春に舞う雪−東風−






 卯月に入った。
 昌浩は出雲に来て一ヶ月経ったんだなと思った。
 冴えた空を仰ぐ。空高くから雲雀の声が響き渡る。
 同行しているのは太陰。隠形しているので見えないが、いるはずだった。 
 物の怪は勾陣と話していてあとから追いかけてくる。
「(少し風が冷たいかな。)」
 出雲は少しだけ京より季節の移り変わりが遅い。


「・・・・。」
 ひらりと、舞い落ちる。
 手に受けて、それが雪だとわかる。
「?。」
 出雲の里へ続く丘。辺りはイヌフグリが咲き、野原は春の陽射しを浴びて鮮やかに萌えていた。
 空は青天・・なのに、どうしてと首を傾げる。
 昌浩は振り返った。
 丘陵の道から、見える郷の、
 その向こうの山々を振り返る。
 厳かな白雲が山に降りていた。
「・・・・。」
 ざあっと東風が吹いて、昌浩は一度目を瞑った。
 冷たい感触が頬に当たる。
 風が止んで目を開けると、
 山から吹き降りてきた雪が、辺り一面に降り注いでいた。





「・・・・・。」
 昌浩は、
 両掌を差し出して、

 青天を振り仰いで、その雪を受ける。


 その様は、白い花びらのように、美しく、
 けれど、これを喜んでくれる彰子は、遠く遥か、京にいる。
「・・・・・。」
 傍らに、たたずんで、空を嬉しそうに見上げる姿が浮かぶ。


 そう、
 振り向けば、そこに、
 彼女が、いる。
 いるような気がして、


 綺麗だね、

 真っ白で綺麗だね、
 まるで誰かさんみたいだね、と、
 こっそり笑い合ったりして、



 昌浩は目を伏せ、左掌に受けた雪を握り締めた。
 帰るから――、

 置いて逝くつもりだった、
 優先もしなかった、
 忘れさせるつもりだった、
 帰れるはずなかった、――君の元へ。

 身勝手で、・・おこがましいと、思う。
 けれど、それでも、帰る。


 君を守りたいのに、偽りは無いから。






 雪は音も無く、白くキラキラと舞い落ちていく。
 昌浩はしばらく眺めていた。
「・・・・?。」
 握り締めた手の中に、なにか残るものがある。
 首を傾げて、掌を開いた。
 そこには白い花びらが一枚、収まっていた。
 とけてなくなってしまう雪をつかんだのではなく、東風に乗ってどこからか飛ばされてきた花びらをつかんでいた。
「・・・・・。」
 とけて消えたりはしないのだと、
 まだ想いは残っているのだと、


「・・・・彰子。」
 ていたらくに沈んだら、そっと降りてきてくれる。
 まるで彼女のよう。



 昌浩は瞠目ののち、その花びらを包み込むように掌を閉じた。
 目を閉じて彼女を思う。
 花びらは伝えた。




 君が祈ってくれる。
 それが間違いないと言える。
 俺の自惚れ、俺の強み。







 彼女が待っている。








[04/9/8]

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−Comment−
東風は、こち、と読んでいただけると、古文の勉強になります(なるか?)
春風の異称です。

青空の中の雪。ゲレンデとかで見たことある人もいるかな。
私は火打・妙高の登山中に見ました。