※現代パラレル物です。それを了承する方、読んでくださいです。如月深雪拝※



Lost City −16−







 少しだけ夢を見ていた。


 彰子はベットから体を起こす。カードキーを持った掌で目を押さえた。
 少しだけ、夢を見ていたのだ。
 浅い眠りで見る夢はいつも色つきで。
 今日、昌浩が一度だけ見せたあの眼差しの、理由。
「・・・。」
 目元をこすりながら彰子はベットから降りた。そっと窓のカーテンをめくる。
 見えるかどうかわからないけれど隣の部屋を覗き込む。

 まだ帰っていない。

 昌浩の部屋にはカーテンがかかっていなかった。それが視界の端に見えた。
 彰子はベッドサイドの時計を見る。デジタルのLEDの明かりがAM1:54を指していた。
 まだ終わらないのだ。。
 危ないことになっていなければいい、彰子は目を細めた。
 恐ろしいことを想像しそうになって、頭を振る。
「(昌浩が帰ってくるかどうかの賭けじゃない。)」
 謀を胸に潜めて、再びベッドサイドに戻った。白いカーディガンを取る。
 明日の服はまだ着ない。
 袖を通した。
「・・・。」
 今しがた見た夢は、少し切ない。

 その存在が歪みだと言われた少年と。
 その体を妖に穢された少女。
 それでも二人いることの、まるで掌の上のような幸せを感じていた。

 私達は、彼らのように歪みと穢れに犯されてはいない。

 だが、彼らのように綺麗でなくて、謀略をし、強者を演じたりする。
 そう、彼らほど綺麗なものはなかった。


 彰子は昌浩のジャケットを取り、手にしたカードキーを振りかざした。
「・・・・。」
 一度目の賭けには勝った。
 望む方に有利な賭けをした。
 もう一度賭けをする。
 私はどちらでもかまわない。
 あとは昌浩しだい。











 寺院を出て、昌浩は一度振り返った。
 門の結界は壊れてはいなかった。
「これなら今日中に終わるね。」
 日付上は翌日だが・・・明け方までに全ての霊の昇天が済むだろう。
 息をつけばこの場の皆に心配をかけるので、つかない。
 太裳が昌浩に言葉を掛ける。
「昌浩様。私達は残存がいないかこの辺りをもう一度確認して参ります。貴方は帰って必ず休んでください。」
「・・・ありがとう。」
 了解ではなく感謝だ。
 太裳は目を細める。
 いつからか、昌浩はこんな物言いをするようになっていた。
 その場に青龍とともに残り、歩き出した次期主の背を眺めた。
 重なるのはそれまでの主達の背。さらにははるか昔。最初の主の背。
 そして次の主の背。
「・・・・切ないですね。」
 太裳の言葉に、黙したまま。ただ青龍は否定しなかった。
 夜景の影に彼の姿が見えなくなるまで見送った。



 駐車場に戻るとまだたくさんのカップルがいた。
 そして、ほぼカップルだ。
「あんまりこの時間帯にうろうろできないな。」
「場違いって感じだね。」
 はやばや退散しようと車に戻る。
 すると、運転手が出てきた。初老の男性だ。
「ご苦労様です。」
「すいません。こんな時間まで。」
 昌浩は丁重に謝罪する。
「いえ。いいんですよ。無事に済んで何よりです。」
 運転手は朗らかだ。
 そしてやたらおいしそうなにおいがした。
「比古さん。」
「何?。」
「はい。どうぞ。」
 運転手はダッシュボードに手を伸ばし、その上の紙袋を比古に手渡す。
「あ。」
 比古と昌浩は同時に呟く。
「うわー。」
 そして二人して歓喜する。
 今一番欲しいものかもしれない。
 紙袋には肉まんだ。しかも10個くらい入ってそうだ。
「食べていいの。」
 比古が尋ねる。歩き食いをしない、夜中に食べない、とか諸々まだまだ言われている。
「いいですよ。ただし内緒でね。今日はお疲れ様でした。」
 運転手はにこやかだ。
 昌浩は一つ取った。
「ありがとうございます。いっただきまーす。」
 はふっと食べる。
 ジーンとその味を噛み締める。
 瞬く間に食べてしまう。
 比古は紙袋の中を見ながらぼやく。
「健司さん、大人買いしてるなぁ。」
 中には肉まんだけでなく、ビザまん、あんまん、カレーまん。はやりすたりの新商品。
「一度やってみたいものでしょう、これは。・・・せっかくだから、あちらで夜景でも見てらっしゃい。」
 運転手は陽気に応えたのだった。
 促されて、それもそうだと昌浩達は袋を持って展望台の際まで行く。
 六合は来るつもりが無いようだ。本性のまま隠形して車に寄りかかっている。
「六合の方がこーゆーとこ来ることに慣れてそうだよな。」
 食べながらこそっと比古が呟いた。
「あー、比古知ってるんだ。」
「そりゃ同じ出雲だもんよ。」
「ふーん。・・・六合はともかく彼女さんこういうとこ好きかなぁ。」
「おまえの場合はそのまま藤原彰子になりそうだけど。」
「・・・・・・・。」
 彼女さんのことなんかどうでもよく、実はリサーチしたいのはそこだった。
 比古は涼しい顔だ。
「本人に聞くように。」
 昌浩は図星を指され、ぐうの音も出ないでいるが、回りからすればそんなものだろうとわかるような顔をしている。
 その時だ。隣のカップルの着メロが鳴った。
「・・・・。」

 時刻はもう深夜に当たるのに、
 夜がにぎやかで、25時と言うのが存在する。
 テレビ欄などを見ると実感する。
 今日と言う日が中々終わらない。

 着信のメロディーはなかなかロマンチックだった。



    走ろう もうすぐ君の眠る街
    いつかは消えていくもので溢れてるから
    今は 少しでも真っ直ぐに君を愛したい

    遠い遠いはるか昔もまた
    僕らは近くにいた気がするんだ
    幾千の夜を越えめぐり逢う
    どんな時代も僕らは







 太裳は青龍を伴い、地主神社の方に降りていった。
 既に閉門されていて夕方の混雑が嘘のようにがらんどうだ。
 だが、目を見張った。
 たくさんの矢が打ち込まれていたためだ。
 そして、真鉄がいた。清水の舞台の上に、彼らを待っていたというような風情で。
「・・・・・これは。」
「冥官の仕業かな。鬼が生じる前に始末したようだ。」
 真鉄は肩を竦めた。
「・・・・あなたは、ここで何を?。」
「傍観かな。それとも監視と言うべきか。」
 何をか。
 それは、陰陽師がこの九流の血を冒涜するような行為をするかどうかだ。
「安心しろ。俺達は昌浩の敵にはならない。」
「・・・生憎ですが。」
 太裳は目を細め真鉄を射抜く。
「こちらはそうとは言えません。」
「・・・・。」
「冥官にしろ、貴方にしろ、昌浩を利用するならば、即刻。」
 陰陽師を嫌う者は多い。
 邪妖なら調伏され、
 謀略なら見破られ、
 邪悪な意思を貫こうとすれば、挫かせ洗脳することもできる。
 その何物にも通じる力は、操作されたくない側からすれば、陰陽師は煙たいだけだろう。
 太裳の言葉は穏やかだけに青龍の眼光のそれよりも鋭さを帯びていた。
 それだけ神将達の気持ちが本気だということだった。
「・・わかった。その言葉、留めておこう。」
 真鉄は踵を返した。
 従兄弟が帰ってくる前に、戻らねばならない。
 彼らの友情は見守るものではなくてはならないからだ。










 パタンと扉が閉まる音が聞こえた。
 彰子は音の方を振り返る。
 昌浩が帰ってきたと思った。
 彰子は窓にもたれるようにしていて外を眺めていた。
 夜明け前の一番暗い時間。

 目を戻せば、
 ひっそりとした街が眼下に広がっていた。




 ベンツでホテルまで送ってもらった。
 別れ際、今度は東京行くからな、と、またな。
 短い言葉を交わして別れた。
 比古にはこっそりとだが、六合に彼らを送らせた。
 鬼に遭遇する事態だったので重く見た。


 部屋の明かりをつけた。
 はっと息を呑んだ。
「彰子。」
 声に出し目を見開いて驚く。
 どうして彼女がここにいるのだろう。しかも着替えていない。
「おかえりなさい、昌浩。」
「ただいま・・・寝てなよ、こんな時間。」
「昌浩と違って、すぐに休みました。」
「・・・・。」
「これを返すね。」
 ジャケットとカードキーだ。傍らのベットにある。
「・・・。」
 しくじったのは自分だった。
 今の今まで忘れていた。
 昌浩が額を押さえ傾いだので彰子は肩を竦めた。
「少し目が冴えただけ。これを頂きながらくつろがせてもらってました。」
 手にしていたのは備え付けのティーカウンターのカップ。
「・・・・いいけど。」
 降参と諸手を上げた。
 見渡せば綺麗に片付けられていた。
 こまごまといろいろしておいてくれたようだ。
 これなら着替えて寝るだけだ。
 昌浩は兄から借りたカフスボタンを外す。ハンカチの上に乗せた。

 彰子は窓に映る昌浩を追う。
 その横差しはどうしても目を引くものが有る。
 こっちを向きそうになったので窓の外を見た。
「消すよー。」
「あ、うん。」
 ぱちんと明かりが消えた。

 彰子の面差しを外の夜景と覗く。

 額をつけるようにしてみていた夜景を見ていて気づくのが遅れた。
 目を見張る。
 背中から昌浩の片腕が伸びる。
 カップを奪い取り窓辺に置く。カタンとカップとソーサの擦り音が彰子の潜めた呼吸に重なった。
 『初めて』
 を、意識して躊躇するにはここまでの今日の夜が長すぎた。考える気にならない。
「・・・。」
 振り仰ぎ見れば優しい眼差しで昌浩は彰子を見る。
 だが両腕で引かれた。
 強くこの身を抱き寄せる。
 指先で唇をなぞった。
 目覚めてずいぶん経っているのかそれは冷たかった。
 昌浩は項に唇を押し当てる。
 削られていく霊力の最良の糧。
 熱に彰子が震えた。
「・・・今日は、眠れないね。」
 26時という時間が存在するならば。






[08/7/27]

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−Comment−

新刊読んだ後にまた次話更新します。

挿入した詞は
『HANA』作詞作曲唄/暮部拓哉
三月ごろ「みんなのうた」でやっていたんです。聴いた瞬間ずずずいっとこっそり引き込まれていました。




ザビ・天命を覆す>
なんつーか、晴明がえろく自堕落だ。
(そーゆー感想をまず持つのか・・私。)
数え切れないって、
口にするのもはばかれるって。
水と酒だけ入れていればだって、
・・・・若晴明のあの顔でかぁ・・そりゃうつくしかろ。
だがしかし、その台詞は昌浩じゃ出てこない。

榎との組み合わせがまたよくて、これもまた昌浩にはまだ無いもの。