※現代パラレル物です。それを了承する方、読んでくださいです。如月深雪拝※



A fortune-teller

〜二つの事件〜





 お茶を飲んでいる晴明のところに吉昌がやってきた。
「遅かったな。おまえも。」
「昌浩ほどじゃないですが?。」
「はは。・・もう昌浩は休んだのか?。」
「休みました。風呂の中で眠たそうにしていましたよ。」
 言外に、こき使うなと言っている。
 けれどそう言いつつも吉昌も安倍の人間なので、さっそく仕事の用件に入る。
「お父さん。例のリストです。」
 ひらりとFDを見せ、晴明に手渡した。
「うむ。」
 中身は『孤独の箱』を買った顧客のリストだ。


 つい先日、
 殺しを吹聴した事で世間に不安を与えた、という理由で占い師が一人、警察に逮捕された。
 事件日照りが続いているため、テレビで少し大きく取り上げられていて、ワイドショーでは次のように語られていた。


   占い師のもとに、「客」がくる。
   『孤独の箱』の噂を聞きつけて。
   「客」層は様々だ。強慾な人、人を恨んだ人、他人が妬ましい人。
   占い師は、『孤独の箱』を「客」に見せる。
   小箱には幼虫が9匹詰まっている。
   「客」はそれを500万円程で買って行く。


 さて、問題なのは、孤独は蠱毒のことなのだ。
 さらにややこしいことに、評判だけで、発動しないのだ。
 そりゃそうで素人が作った毛虫入りの箱に過ぎないからだ。
 そんなもので簡単に発動していたら桜が散ったあとの世の中蠱毒だらけで大変だ。
 けれど「客」にとっては話が違う!、金を返せとなる。
 残念ながら、その訴訟を引き受ける弁護士も受け付ける裁判所はあまりないだろう。
 勧められてではなく、自らの意思でその店に行って購入してるから契約内容次第ではクーリングオフできない。しかも9匹なのが絶妙な数字で、1日一匹ずつ減るという試算のもと、9という数字が意味ありげにする。何も起こらないことに気づくのが8日以降になってしまう事態も起こっていた。
 呪い殺すということも、科学的な根拠に欠け法律では処罰の対象にならない。
 殺してくれる約束なら、弁護士や裁判所はフリーハンドの原則を持って、関わらない。金銭の返却をもとめても、殺しを頼んだ人をかばう法は無いのだ。
 だから逮捕状は「世間に不安を与えたこと」が理由で取られた。


 とにかく問題なのは法的な事じゃない。
 呪術的に本当に作用していないか、陰陽師が気にするべき事項はまさにその一点だ。
 誰に売りさばいたか。または転売されたか。
 蠱毒が万が一発動すれば、毒牙まき散らす。


「その中に、裁判での資料に使われる顧客名簿と『孤独の箱』購入者リストが入っています。それから、告訴した面々の資料を私の方で作ったのでそれも。」
「ふむ。」
「あとで破棄をお願いしますよ。」
 無法な家業とはいえ、情報の横流しには違いない。
「告訴した面々は9日以上経っていて、何も起こっていないので省いてもよろしいかと思います。」
「そうじゃな。」
「告訴のメンバーに入らないで沈黙を守っているのが23人。500万もの大金をつぎ込んだことが社会的に知られたくない人、発動していて念願が叶っている状態の人、購入から9日未満の人・・これは1人だけです。」
「わかった・・・・・。勾陣。」
 晴明が呼ぶと、勾陣が顕現した。
「・・・・。」
 傍らで控えていて、聞いていた。
「聞いての通りだ。23人分蠱毒が発動していないか確認してくれ。」
 FDを勾陣に渡す。
 外から確認してわかるのもあるが、中に隠されている場合もある。そう言った時に顔を見せて怪しまれない、且つ、機転も頭も回るのが勾陣だった。
「わかった。」
 勾陣も勝手がわかっていて、これを白虎に頼んで顧客名簿と購入者リストを接合させて23人を紙に出力してもらう。もちろんパソコン上、プリンタドライバ上のデータ完全な削除までやってもらう。
 FDを口元に当てて晴明に尋ねる。
「騰蛇を借りてもいいか?。」
「昼ならかまわんよ。夕方は昌浩につける。」
「承知した。」
 嬉しそうに含み笑うので、晴明も吉昌も騰蛇がいてくれてよかったなぁと思ったりした。






 翌日の放課後。
 昇降口に彰子が待っていた。
「あれ。」
「あ、うん。ごめんなさい。仕事があるって聞いてたんだけれど。」
「?。なんかあった?。」
「気のせいかもしれないけれど。」
「彰子の場合、気のせいじゃないことの方が多いよ。」
 そう言い切る昌浩に苦笑して、彰子は話した。
「最近つけられてる気がするの。だから出来れば安倍のおうちか家まで送ってほしいの。」
「あ、うん。いいよ。」
「つけられてるって言うのお父さんには内緒ね。忙しいのに心配かけたくないの。」
「・・・・自信ないかも。」
 軽口で言うから彰子がじとっと見つめてくる。
「昌浩。」
「冗談半分、マジ半分かな。言った方がいいよ。言わないなら俺が言う。」
「・・・・うん。」
「今日はさ、家に帰って、準備して附属大に行くんだけれど。おじさんと会うことになっているから、一緒に来る?。」
 彰子は顔を上げた。
「・・・。行く。」
「終わったら一緒に帰ったらいいし。」
「うん。」
 昌浩の提案に嬉しそうに頷いた。
 靴を出して、昇降口を出る。
 彰子は、一つ下の学年の下駄箱を回って戻ってきた。
「寒いねぇ。」
「もっくんがいたらよかったね。」
「うん。」
 物の怪が聞いたらたいそうご立腹すること請け合いだが、それがおもしろくてついついやってしまう。
 昌浩は手袋をつけた。
 マフラーはもう巻いてある。彰子はこっそり嬉しくなった。
「ねえ。彰子のクラスはもう『大地讃頌』、歌ってる?。」
「あ、うん。始まった。」
 歩き出す。
 日が延びてきていて、外はまだまだ明るい。
「難しくて、まだパートごとだけど。」
 『大地讃頌』は四部合唱だ。ソプラノ、アルト、テナー、バス。それぞれ歌い聞かせる場面のある合唱してこその歌だった。
 思いに掛かる事があって、彰子はそこで顔をしかめた。
「?。彰子はソプラノだったっけ?。」
「ううん。アルト。」
「・・あれ?ソプラノじゃなかったけ、前の学期の歌。」
「学期ごとに替えるの。ソプラノやりたい人多くて、そういうことになっちゃった。」
 ずるいという意見が出たのだ。前回のアルト側から。
 ソプラノとアルトでは主旋律と副旋律の違いが出る。
 この違いは大きい。
 ソプラノは聞きなれた旋律をそのまま歌えるし、それだけでも歌として歌える。
 が、アルトは独自のメロディを口ずさまなければならないし下手をすればソプラノにつられてしまうのに、しかも単独で歌にならない。
 彰子は肩を竦めた。
「アルトつられちゃうから難しい。昌浩はどうしてるの?。」
 男子はそもそも主旋律にならない。
「あー・・俺、つられる以前の問題なんだよね。音程がなんとかとれればで。」
 昌浩は苦笑する。
「低い音が出ないから、位置的にはテナーでいいのかもしれないけどさ。」
「昌浩。声変わりしないね。」
「うーん・・。なかなかしないねぇ。」
 早く男っぽい声が出せるようになれたらいいのになーと心の中で思ったりした。
「巣立ちの歌の時は、音が出たからつられそうになった。」
 あれは、二部合唱だ。
「えーと・・”花の・・”」
 色・・、とそこだけ低く昌浩が口ずさむ。
「あ、結構練習したからまだ歌える。」
 昌浩がそう言うので、面白くなって彰子も口ずさむ。
「・・・”花の・・”」
 昌浩は声を重ねる。
「「”色”」」

 花の色、雲の影
 なつかしい、あの思い出
 過ぎし日の、窓に残して
 巣立ちゆく、今日の別れ
 いざさらば、さらば先生、いざさらば、さらば友よ
 美しい、明日の日のため

「はもるね。」
「うん。」
 面白くて笑う。





 けたけた笑いながら校門は既に通り過ぎて、
 しばらく歌っていて・・・・・彰子がはっとした。
「今、門にいた人。」
「え?。」
「最近うちの前にくる人かも。・・・たぶん。」
「・・いたっけ?。」
 気にもとめず楽しげに通りすぎていった二人を見て何を思っただろう。







 安倍の家まで帰りついた。
 紅蓮がバイクを止めていた。勾陣が後ろから降りる。ヘルメットを外した。
 昌浩と彰子は様になるなぁ、と思った。
「出かけてたんだ。」
 勾陣に尋ねる。
「例の毛虫の件で蠱毒の法が使われていたから、それが発動していないか調査しているんだ。」
「あ、そうなんだ。」
 とすれば、なるほど紅蓮は足として引っ張りまわされたのだろう。
 バイクをガレージに片付けて、紅蓮もヘルメットを外した。
「ついでに大学の状況もな。晴明は忙しいから勾陣に頼んで・・まあ、中に入ろう。」
 出掛けるが、まだ3時半だ。一息入れてからでも充分間に合う。
 安倍の家の茶の間に向かった。
 勾陣は天后に頼んで、ホットココアを作ってもらう。
 紅蓮は図面を二枚広げた。
 それは大学の敷地の図面だった。一つは昨日霊の位置を昌浩が書き込んだ今年の地図。一つは3年前の建築図面。
 ココアを天后が持ってきて、彰子は手伝って昌浩と紅蓮に渡す。
「・・・さてどうして、大学に霊が散らばったか。」
 紅蓮は昌浩に説明する。
 3年前の図面のとある一点を差した。
 図書館だった。
「ここに図書館があったんだが3年前に老朽化を理由に取り壊されていた。」
「今は広場になってるよね。」
「ああ。校舎に近い場所に土地を買えたから、今の図書館をそこに再建したそうだ。・・・で、この中に創建当時から祠があったそうだ。」
「・・・・建物の中に?、外に?。」
「中に。」
「・・・・へー。」
「この土地には元々霊の道があって、霊が横切るような土地では平穏を守れないとして祠を祭ったのが最初で、旧図書館を作ったときにも移築したそうだ。祠で霊を祭り、祠にささげられた祝詞で風を起こし霊が天に登る。」
 だんだんオチがわかってきた昌浩はココアを持ったままうすら笑う。
「時代を経て、ありがたみを持たず、壊したんだ。」
「・・・そういうことだ。」
 フィルターが無くなったのだ。
「旧図書館は今と違って全面的に閉架でな。中を知っているのが図書館員だけという状態で、その図書館員も薄気味悪い祠としか思ってなく、無害化する鎮魂を行って壊したそうだ。」
「ちなみに無害化する鎮魂ってのも実は形式だけの話だ。」
 昌浩は昨日霊の位置を書き込んだ地図を見た。
 旧図書館があった場所から眺めると、まるで扇状地の土砂のように霊が散らばっていた。
「霊がこんな風な散らばり方をしているのは、祠が壊されて、溜まっていた霊が水風船みたい割れたせいだ。祝詞の効力が薄れて、天に上がれなかった霊が図書館の中に閉じ込められていたんだろう。」
 滝壷のようにぐるぐると。
「わかった。」
 感想は述べず昌浩は、地図を折りたたんだ。
「・・・じゃあ祓うというよりは地鎮だね。今日は昨日の残りの調査をして、あとは、じい様に。」
「・・・・あ、・・そのことなんだけれど、昌浩。」
 カップを傾けていた昌浩に天后が呟いて立ち上がった。部屋を出て、しばらくして戻ってくる。
「昌浩の机の上にあったんだけど・・これ。」
 天后は一枚の一筆箋を昌浩に手渡す。
 ひくっと昌浩の頬が強張った。
 そこには達筆で、

  週末に休みはないぞ。大学の平穏のため、ちゃちゃっと行って祀ってくるように。

 ばーい晴明とまで書いてあるから、なおのこと。
「・・・・・・・。」
 押しつけようと思ったのだが先手を打たれていた。
「くっそーっ、あの、たーぬーきーっ。」
 昌浩はぐしゃぐしゃと便箋を握りつぶした。









 午後の大学講師棟の一室。
 一人の女性が、パソコンで書類を作っている。



 傍らの白い木箱は仄かに、灯っていた。
 青白く、優しく。

 霊はふらふらと引き寄せられて、その光に触れた。


 ――――。
 光は一瞬にしてゼリー状に変わった。
 ――――っ。
 そして霊をがぶりと飲み込んだ。



 女はそんなことは見えないらしく、キーボードをせわしなく叩きつづけていた。
 やがて終わったのか立ち上がり書類を片付け、白い木箱を取って、講師室を出る。
 地下駐車場に行き、車に乗り込む。
 車の助手席にはニセサンゴヘビがとぐろを巻いていて、軽くひとなでした。




「・・・・・。」
 一ヶ月前に購入した『孤独の箱』の毛虫は、今はゼリー状のものを身体に巻きつけてのたうっていた。
 ・・・・9日過ぎても何も起こらず、毛虫は死にかけていた。
 偽物を売りつけられたと消沈し大学の自室に放置していた。
 そして一週間前、突然がたっと10cm四方の箱が独りでに棚から落ちたのだ。
 あわてて拾い上げて中を見てみると、毛虫は真っ黒なゼリー状になって蠢いていたのだ。
 偽物ではなかったのだと、歓喜に震えた。
 占い師が今週逮捕されてしまったが、証拠として取り上げられてたまるかと事情聴取にきた警察にはシラを切った。
 家に持ちかえり、その蠢動を眺めたくて大学に持っていきずっと傍らに置いた。
「・・・・。」
 大学院から戻ってきた姉が、毛虫入りの箱をあけて、えさを与えていた。
 隣りには、くらげの水槽、アロワナの水槽、タランチュラの虫篭。
 更に、部屋にはエリマキトカゲと、ニセサンゴヘビが放たれていた。
 弟は大学から戻って、気色の悪いこの部屋に入る。
「今までのと違って、せこいもの買ってきたよな。」
「・・・・そうでもないわ。」
 地を這うようなおどろどろしい声で自信ありげに言うから、その理由を尋ねる。
 毒牙を持つそうよ、と言った。
 そして、殺したい人が出来たらそれを使うの、と。
 いくらしたんだよと聞くと、500万と応えた。
「・・・・・。」
 姉は、父親が理事であるというコネクションで入った会社の研究所や大学院の中でそれなりの地位を占めていた。
 同期の手柄の横取りや、排除するための上役の告発、資料改ざんや破棄なども平気で出来るからだった。
 姉は成績は良かったが、頭は悪かった。
 とうとうと姉は語る。
 呪殺は証拠が残らないない。思想良心の自由から、呪うこと事体罪にならない。
 もっと言えば、問題にされない。
 例えば・・・、
 ダイレクトメールや、通販雑誌の中に毛虫一匹混じってようと、それは小さなクレームで片付けられてしまうだろう。
 一昔前、そうだ、江戸ぐらいまでさかのぼれば、本の中に毛虫一匹入っていることで吉凶を感じる者もいただろうが、この現代においてそんなものを意識し、あまつ、防ごうとする輩など、この現代において存在しないだろう。
 対抗集団を信じてないくせに、ただの毛虫が毒牙を持つなんてことを信じる姉をどうかと思った。
 だが、弟は、肩を竦めた。
 うまくすればこの気味悪い姉を排除することが出来るだろうし、と姉が居間で長電話しているうちに箱を開けた。
 毒々しい色に背筋が凍った。薄ら寒い
 見てるだけで嫌悪感が胸の中に流れ込んでくる。
 うすら弟は笑った。
「・・・これはいい。」
 彼女へのお仕置きにはちょうどいい。
 心の中で囁く声があった。
 用意しておいたゴム手袋をして、弟は一匹くすねた。
 長さ3cm、太さ1cm弱の毛虫は案外ずしりと重かった。
 底に何か書かれたお札が貼ってあった。そこには、『あまねく霊を封じる呪』と説明が横書きされていた。
 自室に戻る。
 ぽとりと、指輪の箱の中敷の下にしのばせる。
 半分は愛しい想いを、もう半分は自分を無視した口惜しさを込めて。
 憂鬱そうな横顔で佇む大学の廊下。父親に呼ばれたようだった。とても大人びていて・・・・調べて中学一年生だとわかって、驚いた。
 自分には将来的な地位もある。金もある。見てくれもそれなりだ。
 自慢しようと思っていた矢先だった。
 今日、知らないガキと一緒に歩いていた。
 呑気に歌っていて、彼女は酷く幼く見えた。
 そんなふうにさせてしまう奴と一緒に歩いているのが許せなかったし、自分に向けられていたハッとした眼差しどころか彼女が全く気づかなかったのも許せなかった。
 許せない、許せない、許すな。
 何度も心の中で呟く。
 封筒を閉じて、外に出て夕刻の繁華街を抜けて、その子の家に向かう。
 郵便物に溢れた藤原の家のポストに投函した。
 毛虫がもし万が一見つかって騒ぎになっても、けだもの好き姉が勝手に入れたと言えばいい。
 疑われやすい奴が疑われる。真実を言い当てられる名探偵など現実にはいないのだから。
 弟も頭が悪かった。
 ほくそえむ。
 悪鬼のごとく歪んだ笑みだった。




 白い木箱が、再びかたりと揺れる。
 そして、倒れて蓋が開いた。
 虫篭のタランチュラは怯えて、籠をカリカリと掻き、角に縮こまった。
 けれどそれも虚しく、木箱から伸びたゼリー状のものに、がぶりと魂が飲まれる。
 ・・・・タランチュラの体はそれきり動かない。







[05/3/23]

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−Comment−

 バイクから降りる勾陣が書きたかったのたりのたり。


 中学校は歌の推進校でした。(小学校は体育の推進校。)
 たくさん歌いましたが、ずっとアルトでした。音域が狭くて、問答無用でアルトでした。
 おかげで今だにアルトのパートしか歌えません。(元から歌が下手なのに、ソプラノを覚えてしまうとつられてしまうので、受けつけないようにしてました(^-^);
 アルトを知っていると面白いです。大学の登山サークルメンバーに大地讃頌を知っている人が私を含めて4人いて、それぞれのパートがいました。
 アカペラで、山の中で歌いました。
 四部合唱でハモるんです、これが。