アニバーサリー
1.羽田






 3月末。桜がこの地域に咲き誇る。
 日系コロニーL1にも咲く花だ。
 だがこの旧日本国は規模が違う。地面が続く限りの全土で必要以上にあちらこちらに植えられている。
 火星にこれだけの花を植えるとなるとどうなるのだろうとつらつらと考える。
 そんなふうにしか考えられない膨大な花量に、リリーナがいれば、素直に綺麗だと思うことが出来るのかもしれない。
 ヒイロはJPA航空管制塔から臨める山々の眺めをそう結論付けた。
 管制室から踵を返し、羽田港の見学を続けていく。
 アレキサンドリアに比べて規模はかなり小さい。
 海上の基地にどれだけの宇宙港を建設できるかも疑問だ。
 旧日本国は荒廃した土地が少ない。
 豊かな淡水を持ち、美しい森林資源がある。漁業資源も豊富で、土壌も再生能力が高い。これを破壊するような開発だけは裂けたい。
 ヒイロはどこにも目線をやらずセキュリティエリアを抜け、通路を歩いていく。
「(垂直の滑走路・・・)」
 具体的に物資を送るのはその方法にしてはどうだろう。
 かなり滑走路の範囲を狭められる。
 ヒイロはあれこれ考えを巡らす。
 アレキサンドリアの宇宙港建設のノウハウを知りたいと旧日本国羽田港から依頼があったのは先月。実務者会議のあと。
 ヒイロに白羽の矢が立ったのはつい一昨日のことだ。
 ヒイロにとってメインの開発はアレキサンドリアだ。着任期間を一ヶ月と定めてさせて、今日ここに来た。
 轟音を上げ滑走路を飛んでいく旅客機が、通路の窓から見えた。
 海上基地をつぶして滑走路を確保する予定だ。そしてそれ以上の埋め立ては必要ないだろう。この地域の人口密度を考えればちょうど需要と供給を満たせるはずだ。
 それにこれ以上のこの地域の人口増加はそのまま環境破壊にもつながってしまうだろう。
 そこもアレキサンドリアとは違う。
 大陸につながらないこの空港の需要は、もっぱらこの島国の住みやすさで暮らす富裕層だ。彼らが土地を占有している限り、それ以上の人口増加も伸び悩むだろう。
 ヒイロは後方からの担当者達に追いかけられるように歩いていた。
「インストラクター・・。そんな大急ぎで見られて、こちらとしてもどの程度理解されているか図りかねます。」
「・・・先にデータをもらっている。機内で見てきた。それで十分だ。」
「ですが。」
「もうこちらが提出したい考えはまとまった。明日までに用意させてもらう。会議室があるなら使わせてもらう。」
「講堂があります。」
「それでかまわない。」
 ヒイロは再び踵を返した。





 翌日は3月の最終日。
 ヒイロは会議の壇上に立った。
 アレキサンドリアと羽田との大きな違いを述べ、この空港にあるべきキャパシティを提示する。
 地方空港化してしまう懸念の残してしまう会議だ。
 実際宇宙空港としての存在価値はその程度になる。南の海に開けているからといって太平洋上のハブ空港にはならない。赤道近くならそこに宇宙港を作った方が打ち上げ時の上昇の負荷を減らせるからだ。
 地域として何を発信していくか。そのためにどのような空港が必要か。
「この地域で議論が前進し、有効なものがあればそれをすればいい。だが、土地の所有権や利権が絡むのなら、この案を採用するべきだ。」
 ヒイロはそう言いきって、壇上から降りた。


 明日には帰れと言われるだろう。
 利権が絡むことだ。ヒイロは余所者で、しかもコロニーの余所者だ。
 ヒイロは自動扉を抜けてエントランスを歩く。
「・・・・・・。」
 軽く目を見張る。
 エントランス向こう、ロータリーにドーリアン夫人が立っていたからだ。
「・・・・。」
 自分の白い車の横に立っていた。珍しく髪を下ろしている。
 ヒイロは目を細め、そのまま近づいていく。
「連絡は、あった方がいいかしら。」
「明日には戻ることになるので。」
「そうですか?。すばらしかったですよ。」
「・・。」
 ドーリアン夫人を推し量る。
 あの場に列席してはいなかった。ただ外部モニターがあるのは知っている。
 何人いるかはわからないが、クライアントがいるのだろうと思われた。
 彼女もその一人か。
「・・・一方的に話しただけです。」
「ご謙遜を。明日にはお声がかかりますよ。」
「・・・・。」
 ヒイロは返答に窮する。
 アレキサンドリアに戻る気でこちらはあの会議をしたのだ。それが受け入れられるというのはヒイロには理解しがたい。
 特に苦言を飲む体質がこのエリアには無いと思っている。
 だからあとはここでの個人的用事を済ませて戻る気でいた。
「・・。」
 ヒイロは目を伏せた。夫人の横を通り過ぎる。
 個人的用事には目の前の夫人も含まれている。
「車は?。」
「私が。少しですが運転できます。国にいた頃は特に乗る必要があったので。」
「・・・。」
 ヒイロは助手席側を開ける。
「送らせてもらいます。」
「ありがとう。」
 ドーリアン夫人はシートに納まる。
 ヒイロは運転席に座り、ギアを軽やかに操作する。
 キレのある操作に加えて、スピードも出ている。それなのに安定している。
「お上手ですね。」
 なびかせる髪を押さえてドーリアン夫人は海を眺める。
「リリーナに怒られてしまいますわね。」
 車が進んでいって、くすくすと夫人は笑った。
「リリーナは、自分が運転すると。」
「あら贅沢ね。」
「・・・・。」
 ヒイロは複雑な気持ちでいる。
 ドーリアン夫人はおそらく出資者だ。
 その出資者が、この車を持ってきたということはおそらく明日から自分は企画立案に借り出される。
 戻るつもりが、予想外だ。
「・・・・・・私の意見が通ると?。」
「通るでしょうね。」
 静かな大言壮語だった。
「この土地の人達には宇宙は必要無いのです。必要な産業がありませんから。ただ憧れだけはあるのですよ。」
 戦争が忘れさせた、その憧れを思い出させた。
「その憧れのための宇宙港。あなたの意見が最も現実的なのでしょう。」
 それをきっとあの会議の参加者達も感じている。
「・・。ヒイロさん。」
「・・。」
「だからどうぞ敬語は控えてられて。」
 依頼主と言われる前にドーリアン夫人はヒイロに呟いた。
 上を上としない会議だった。
 依頼主相手ならおそらく相応で臨む彼だろう。
 それでかまわない。不遜さは臨むところだ。
 ただ依頼主だから対等であろうとされるより、もう少し身近なはずなのだ。彼は。
 ヒイロは溜息をついた。
 こちらが様々な布石を撒いているのに対し、彼女は包囲網を敷こうとしている。
「わたくし達の家では。どうか。」
 屋敷の主が言う。
「・・・・・・・・・。」
 話し方がリリーナそっくりだと思った。
 ヒイロは沈黙で返しながら、車は山側の進路を取る。
「・・。」
 表ではなく裏の門から入るためか。
 が。
 そうしているうちに車は桜木の多い地域を通過する。
「・・・・・。」
 満開に咲き誇る並木。迫るような花房は夢に描いたようだ。
 さあっっ、花びらが降る。
 それを手に受けて、彼の横顔を伺う。そこには驚きもなく。
 知ってて山側の進路をとったのだ。
 彼はこちらをちらと伺った。
「・・。」
 自分の顔色を読んだのか、クラッチを切る音がした。
 ヒイロは車をサイドに横付けして、止めた。
 ドーリアン夫人は苦笑した。
「・・・本当に、リリーナに怒られてしまうわ。」
 シートに背を預けて空を見る。
 ヒイロは胸のポケットをさぐる。
 夫人は目をしばたたかせた。
 一通の手紙を夫人の胸の前に突き出す。
「俺は読んでいない。気を悪くするような事が書いてなければいいが。」
「・・・。」
 ドーリアン夫人は封筒を受け取る。
 宛名も差出人も無いのは封筒は彼が入れたものに過ぎないからだろう。
 封切って開ける。一枚の紙が入っていた。
「・・。」
 息を飲む。手紙は手書きの写しだった。字から差出人がわかる。
 夫人は読み進める。
 読みながら口元が緩む。
 してはならないと思いながらどうしても可笑しくて。
「本当にそうですね・・。」
 笑いながら首を傾いだ。
 字に触れながら、呟く。
 自分を慮る文だった。
 そして今しがた進言したものにも同じものがあって。
 本当に。皆がそう思えたらいい。
「?。」
 笑うような内容など想像もつかない。
 何が書いてあったのだろうと思った。
「・・。」
 ただ、その前に、リリーナの笑い方だと思った。







 4月が始まり、ヒイロは羽田エリアをまわらなくてはならなくなった。
 測量、設計、ディスカッション、講義、地域への説明会。
 空港管理社長室の隣に部屋を設けられて、それをターミナルに近い1Fの部屋にも変えてもらった。
 それで、そこに山積みされた案件書類。
 自分に関するものだけピックアップして他は捨て置く。
「全部出来ない。」
 それだけ簡潔に言い捨てて、部屋には戻らない。
 運営していくのは自分ではない。
「・・・。」
 三日後に再び部屋に戻ると、7名の社員がデスクを並べて事務に当たっていた。
 それでいい。
「インストラクターヒイロ。手紙が来てますよ。」
 一通の通信文。
 わざわざ手書きだ。

 君がいない間にアレクサンドリアと交渉させてもらうよ。

「・・。」
 インストラクターのまとう気が絶対零度迄まで下がる。
「どうかされましたか?。」
 静かに怒っているのがありありとわかったので社員が慮る。
「アレクサンドリアに不必要な投資をしようとする奴がいるだけだ。」
 ヒイロはペラッと返した。
 受け取ってしまった側は宛名もなにもないことに首を傾げる。
 だがヒイロには誰からなのかは一目瞭然だった。
「たれこみですか?。」
「本人からだ。」
「・・それってなんなんですか?。」
「富裕層がしてくるだろう暇つぶしをやってみせているんだ。」
「暇つぶし?。」
 ヒイロはデスクに積みあがった書類を横にずらす。
「ここもビジョンもなく出資者に媚びてばかりいるとそういう奴らに乗っ取られる。」
 言い方が穏やかじゃない。
「では、アレクサンドリアが?。」
「インストラクター・・戻られるんですか?。」
 尋ねられる。ある者は心配げに。
「・・・・・。」
 あてにするなと言いたくなる。がこらえる。
 五飛は実に我慢しているのだろうと思えた。
 ヒイロは首を横に振る。
「方向性を最初に作った。そう簡単には覆らない。」
 期限どおり一ヶ月は羽田にいると暗に言う。
 室内に安堵のような溜息をついた。そして更に尋ねられる。
「それはインストラクターが?。」
「俺は仕向けただけだ。構想するのはこの空港の利用者達だ。」
 無愛想に答えておいて、ヒイロは初めて席に着く。
「俺は単なる設計者だ。」
 端末を開き、カトルには好きにしろと返信をする。そしてアレクサンドリアには警告を。
 当然阻止させてもらう。
 今がその時ではない事をわかった上での、挑発だ。
「これ以外でも、空港需要を狙う資本家は多い。もう一度言う、方向性だけは用意しろ。」
 人を使うのは苦手だ。
 だからやるべき事を周りに押し付ける。押し付けられれば人は嫌気がさすものである。
 押し付けられた立場を人は嫌がるものである。
「・・。」
 それなのに、人が減らない。
 むしろかかわり合いになる人間が増えている・・・・・気がする。
 端末にはカトル以外からもメールが来ていた。コロニーの大学の同期からである。こちらでの講義をしろと言ってきているのだ。
 講義に関しては先日高校の連中からもある。
 再び事務所内から声が上がる。
「インストラクター。ディベートしたい学生がいますが、って、・・・あれインストラクターって、18・・。まだ高校生じゃないですか。」
 未だ学生に見えるらしい。
「・・・・・・・学位は取った。」
 ヒイロは履歴どおりに応えるだけだった。









 大統領の自分は今年、ドーリアンの家で誕生日を迎えることが正式に決まった。
 特別な場所を選んでのパーティを大統領はしないほうがいいという理由からだ。
「・・・・・。」
 サンクキングダムが強く要請してきたのが先月。
 あの時は少しドキリとした。
 自分はあの国で誕生日を過ごしたことが無い。それでもと行えば政治的意味が強くなる。
 なりすぎる。
 リリーナはそっと苦笑した。
 ブリュッセルの執務室のデスク上。テディベアをそっと手に取る。
 来てくれた彼。
 それだけで私は守られた。
 どれだけ安堵したか分からない。
「・・・・。」
 彼は何もしていないというだろう。 
 事実そのとおりなのだが。
 クマの額にリリーナは自分の額をつける。
 温かかった肩。

 彼の国の王権は既に地球に無い。

 強くて揺るがなくて、いつまでも聞いていたい声だった。
「・・・。」
 テディベアの向こう、秘書のデスクでセツが訝しげにしていた。彼女にしては珍しく手が止まり、モニターに釘付けになっている。
「どうかされましたか?。」
「・・・・・・。今、羽田の人員を全て確認していたのですが。」
 セツは立ち上がって、大統領席まで来る。
 耳打ちした。
「チーフは、羽田に来ているのですか?。」
「・・。」
 これ以上無いくらい目を見開かせる。
「いいえ。」
「・・・・三末に来たようです。一ヶ月は滞在のようですよ。」
 セツがモニターに同じ画面を呼び出してくれる。
 期間とその職種について書かれている。
「・・。」
「スタンドプレイかと思いましたが、彼の滞在は羽田の強い要請のようです。」
 ざっと眺めても、リリーナにもセツと同じ事が思われた。
「詳しく聞いてみましょうか?」
「・・。いいえ。明後日行ってみればわかることですから。・・羽田なら、私も顔見知りがいますし。」
「宇宙訓練施設なら、来ているかもしれませんね。」
 セツはわかりましたとそれ以上は聞かない。
 ただそうもいいながら大統領はいそいそと手紙を発掘して読み返している。
 どこかに書いてあっただろうか。
 彼が関わると彼女が一気に年相応になるのでセツは苦笑した。









 羽田には宇宙訓練施設がある。
 リリーナの要求で宇宙航空用機材を彼女に提供したのが発端だ。そして先月正式に研修施設として完成した。
 一般の講義が出来るようになったのだ。
 プールによる訓練、擬似宇宙空間、講義。シャトル操縦の訓練も行うことが出来る。
 シャトル格納庫での十数人の教習を眺めて、ヒイロはふいっと踵を返した。
 その後姿を認め、金髪の髪のかかる首を傾げる。
 見覚えがあった。
「ヒイロ君?。」
 聖ガブリエル高等部の学生はややあって思い出した名前を口にした。
「リリーナ様。お着きになるそうよ。」
「え。」
 学友に振り返る。
「この格納庫に来るんですって。」
「まあ・・。」
「しかもお会いできるそうよ。」
「それでは3年ぶりだわ。いつも映像桟敷ですもの。」
「ええ。本当に。」
 そこに轟音を上げ、滑走路に下りてくるシャトルがあった。


 4月7日。この日はコロニー指導者ヒイロ・ユイが暗殺された日だと、ニュースで報じられている。報じるようにリリーナとコロニー側が地球に要請した。
 そしてオペレーションメテオを含む検証番組はテレビ局の自主性に任せられることになっている。
 この事実は地球には加害者であることを思い出させるものだ。
 ただ私達は本当を知ることで、理解しあい成長していける、沈黙の先に成長は無い、と、リリーナは昨日の会見で伝えた。
 着陸してモニターが消えた。
 リリーナは立ち上がる。濃紺のスーツはこの日のためのあつらえで浮ついているように見せないためだ。
「・・・・・。」
 羽田港は宇宙研修センターがとうとう作られた。
 聖ガブリエル学園の友人達が助力してくれた結果だ。
 シャトルから降りると華やかな集団が待っていた。
「おかえりなさい。リリーナ様。」
 相変わらずの熱心さでリリーナの周りには聖ガブリエル学園の女生徒達が集まった。
「皆様、ありがとう。」
 リリーナは微笑んだ。
 研修センターには聖ガブリエル学園の同期が大勢いる。
 おしみなく協力してくれた友人達は自分のことを好きでいてくれたのだ。
 揺ぎ無い学園一のお金持ちとして媚びられ特別扱いされているのだと思った。
 だから感謝とともに謝罪の気持ちがある
「いいえ。リリーナ様の夢に及ばずながら協力出来ることは、私達にとってこの上ない喜びです。」
 本心から言っているのだろう。でなければ、自分のスキルより上の課程にまで行くはずがない。
 彼女達のスキルは研修センター設立時に彼女達から報告してもらった。
「一週間よろしくお願いします。」
 リリーナは殊勝に一礼した。
「はい。リリーナ様。」
 たおやかな笑顔が咲きそろう。


 大統領を混ぜ、研修センタービルに向かう一団が去っていく。
 後に残ったマスコミがぼやいていた。
「女性率高いなぁ。」
「高嶺の花だろ。あそこだけ異空間。」
 男性陣がぼやけば、女性陣が異を唱える。
「華やかでいいじゃない。」
「話してみたら、話し方なだけで結構普通よ。」
「そっかー。」
「研修自体は本当に基本だから、結構楽しいらしいけどな。」
「学生来るかな。」
「女性率は高いでしょうね。」
「歓迎するところか?。」
 マスコミは口々に言っている。
 本当は欲しい情報はそういうことではないが、あまりがめついことしても、リリーナの周りは女性率が高いのは拭えない。
「明後日のパーティは公開なのか?。」
「学生内のディベートよ。」
「公開性高すぎてクリーン過ぎるわ。」
 そして最後はこう落ち着くのだ。
「ミスプレジデントだな」
 溜息とともに。
「・・。」
 研修センター自体は事前連絡があればオープンである。
 だが今日はセキュリティの都合上、マスメディアは入れないようにしてある。
 未成年学生のプライベートを侵害するからである。
「そう思うと大統領が17歳の未成年なんだなって思うんだよな。」
 羽田滑走路整備の担当者に呼ばれてエプロン来たヒイロだ。
「おまえもだけどな。」
「・・・新しいシャトルも飛ばせるようにするのか?。」
 ヒイロは本題しか話さない。
「ん?。ああ。むしろそれ希望だな。小さすぎる滑走路だ。だからそんなシャトルが出来るなら空港管理社で買わせてもらう。」
「・・。」
「あとは素材か?。研究している時間はあるのか?。」
「研究するつもりは無い。時間がかかりすぎる。」
「まさか物質の開拓かよ。」
「宇宙では盛んに行なわれている。掘る専門の奴らもいる。」
「堅気じゃ無さそうだな。」
「国の特許の専売に比べればまともだ。」
「・・会話が18歳じゃねーんだよ。おまえは。」
 ほとほとあきれ、しょうがないなと苦笑した。






「ヒイロがいました。」
 セキュリティのセツに呟いた。
 格納庫より少し外にいた。見つけられた。
「空港を本当に作っているようですね。」
 セツの声が背後からする。
「・・。不思議ね。」
 リリーナはそっと苦笑した。
 この日にまさか。
 セツは首を傾げた。
「アレクサンドリアの延長だと思いますが。」
「はい・・。」
 やはり苦笑で返す。
 ジョーが来た。
「リリーナ様。午後の操縦学課講習受けられますか?。」
「はい。」
 リリーナは微笑んだ。
 その時だ、ビルの窓から向かいのターミナルビルが見えた。その2階。
 目の端にヒイロの姿を再び見つけられた。
 一瞬目を輝かせるも、すぐさま剣呑に強張った。
 女の人に呼び止められて答えていたからだ。事務だろうが。
 びたっとガラスに掌を貼り付ける。
「・・。」
 ジョーが相変わらずだと思う。
「リリーナ様。それわかりやすすぎますよ」
 羽田内は本当に狭い。
 ヒイロは頼られる人だ。自分以外の人もきっと好きになる。
 私はその中の一人に過ぎない。
 ただそれをそうと享受するほど寛容な心は持っていない。
「・・・・・。」
 やがて今日午後研修を受けているだけでヒイロは見つけられた。
 見る事が出来た。
 羽田内は本当に狭い。
 
 かなり不貞腐れた自分がいる。

「歩いて帰ってもいいかしら。」
「腐るためなら許しませんよ。」
 今日の、ついて歩いての感想だ。
 リリーナは今日の午後を心であらためて蒸し返して、柳眉を動かしたが答える。
「それも理由の一つですが、今日この日に行きたい場所があるのです。」
 このあとは大統領の休日。
「では、私がガードについてよければ。セツに車に乗ってもらいましょう。」
 セツに目配せをする。慣れた頷きがいつもの通り返ってきた。
 








 退出時間と重なった。
 滑走路傍の護岸などマスコミも誰も来ない。
 そして彼女だからおそらく来るだろう。
 ここにいる理由は、それだけである。
 ヒイロは、傾いた陽を眺めた。
「・・・・。」
 回想するものはなくはない。
 あの時の自分は、と思う。
 変わったものは、と思う。
 ただあの時と変わらずにこの手には何も無い。
 空港需要など、自分にしてみれば過程だ。
 自分は未来を演算しているだけ。打算のうちだ。
「・・・・・。」
 計算すれば計算するほど、自らが秀でるのは簡単だった。
 この地上に名を馳せることの容易さ。
 だがそこに何の感動も無い自分。

 こんなものが欲しかったのか。

 俺は、いらない。
 命は今もなお、いらないものだ。
 あの時と変わらずこの手にはまだ何も無い。


 ヒイロはかすかに眉を動かした。
 人の気配がする。
 知っている。
 その気配だ。
「・・・。」
 退出時間が重なっただけ、
 それからおそらく、来るだろう
 が、
「ヒイロっ。」
 いきなり怒鳴られた。
 降ってきた声にヒイロは思いっきり眉をひそめる。
「明後日は、私の誕生日ですのよっ。」
「・・・。」

 なんだそれは?。





 見通しの良い海岸線だ。淡いクリーム色のカットソーとフレアのスカートに着替えたリリーナとその他のものもよく見ることが出来る。
 ジョーは幾分離れる。
 だが何を言い出すかと思えば、海に向かって、リリーナが怒鳴った。
「ヒイロっ、明後日は・・・っ。」
 両手を広げて訴える。
「私の誕生日ですのよっ。」
 ただその訴えに返事は無いのだ。
 わかってる。
 が、
 数秒の沈黙のあとだが。
「知ってるが。」
 ぼそりとした返し。
「っ。」
 無いと思っていた声がした。
 既視感かと思った。けれどそんなもの嬉しくない。
「ヒイロ。」
 口の中で彼の名を呼んで、リリーナは衝かれたようにフェンスに駆け寄る。かしゃんと針金が揺れた。格子をつかみ下を見た。
 ヒイロが海側を見て護岸にもたれ腕を組んでいた。
 いつもどおりの素っ気無く。
 スーツに黒いブルゾン姿で先程の仕事の格好のままだ。
 それだけであの時とは違うのだと思えた。
「・・・・。」
 ヒイロは顔を上げると驚いた彼女がいて、表情を見れば、今のは自分がいることを既知で叫んだものではないとわかる。
 リリーナが驚いて動けないでいるので、ヒイロは軽やかに登ってくる。
「それは、どういう言い分だ。」
 かけられた言葉は心なしかあきれた風情だ。
 リリーナは我に返って軽くにらみ、そのあと胸をつんとそらせた。
 答える。
「ヒイロが忙しそうだったので言えなかったから、ここで言っていたのです。」
 聞いてヒイロは本当にあきれ再度腕を組む。
「こうして来ているだろうが。」
 どれだけ早く来ればいいのだろうと思うが、リリーナの答えは決まっているので尋ねる事はしない。
 いつも傍にいて欲しいのだから。
 ジョーがヒイロに目配せをして、あとは任せたという体で踵を返していった。
「ええ。」
 リリーナは肩を竦めた。両手を背中で組んで答える。
 後ろの浜辺を背中に感じ、思い出し、
 あの時、その前に。
 宇宙から帰ってきて、父と別れて、そのあと。
「だから本当は、いない父に向かって言った言葉です。」
「・・・・。」
「ヒイロ、今日、忙しいから、同じにも見えたの。」
「それでぐれていたのか?。」
「・・・ぐれてません。」
 軽口に、そう言い返す。
 ヒイロは溜息を一つついて、その強がる肩に触れる。
 右手はそのまま肩を引き寄せ、眦にキスをする。
 解けた背の彼女の手を取って引いた。そのまま歩き出す。
 目の端に映る砂浜はリリーナが自分を見つけた場所。
「ヒイロ。あの時、こうも考えていたの。」
「・・・。」
 「も」・・とは、誕生日云々の言葉は自分と遭遇した時のいないドーリアンに向けられた言葉のようだ。
「『戦争が無ければ、もっと早く宇宙港が出来たのに。』」
 ヒイロが肩越し振り返る。目が合った。
 リリーナが嬉しそうに微笑んだ。
「・・・・・不思議ね。今、ヒイロが作ってる。」
「ああ。」
 ヒイロは同意しながら再び前を向いて歩き出す。リリーナの手を引く。
 握り返せば、握り返してくる手があった。
 ここにくればいやおうもなく死ぬことを考えていた自分に会う。
「・・・。」
 不思議だという。
 その通りだった。
 彼女の温もりは、今だ死ぬことを考える心を包み込む。



 あの時と変わらずこの手にはまだ何も無い。

 ただ欲しいものは、ある。
 それだけはあの時と違っていた。







[11/1/30]
■更新遅くなりました。
いろいろ、押し込むことが多く。そして押し込まれたものにいろいろノークレームで。まだ押し込みたい感想文が山積中な。

宇宙港ぐらい簡単に作れそうで作れない言葉。
結構好きです。立ちはだかる困難の部類の言葉。



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