アニバーサリー
4.Hymne a l'amour







  奴は03を選んだ。
  テロリストという最も卑怯な存在だったはずだ。
  だがその行動は妬ましいほどに正攻で。
  決着なら一対一の決闘で。剣なら剣で。システムならシステムで。
  言葉なら言葉で。
 「・・・・。」

  こんなこと、したことないのだが。

  彼は誰より誠実だった。







    弟はそこにいますか。



 翌日。
 聖ガブリエルで学園に招かれていた。客員教授なども揃い同窓会の態もあったが、リリーナが望んだパネルディスカッションだ。
 食事会は夕刻身内だけにして、特権階級限定の会はリリーナは最初から断っていた。そして竣工した羽田宇宙港のあり方について地域学生の意見を聞きたいとこの日に公開講座を開くことにしたのだ。
 前もって公にしていたため、住民の聴講者も多かった。マスコミを急遽地元メディアに限定し、住民の参加を優先させる。
 リリーナは講堂のかつての席に座る。聖ガブリエル学園のかつてのクラスメイト達もリリーナの周りに座った。
 さらにセキュリティが控える。
「・・・・。」
 教授や、有識者、有力政治家などが壇上に上っている。
 母のような出資者や地権者はモニターのある別室にいるようだった。
 今日の司会を務めている聖ガブリエル学園の学園長が壇上に上り今日の論旨が話される。
 聖ガブリエル学園はリリーナの出身校として羽田港の開発に参画しているが、羽田の宇宙空港化は現実にはどう思われているか。
 リリーナはメモを取る。
 音声も映像もあとで編集してもらうことになっているので、自分の意見が反映されるような編集をしてもらう為に要点を書き写していく。
 編集した後には、L1コロニーTOのロビン講師に渡すのだ。
 いろいろ思いを巡らせて、リリーナはメモを走らせる。


 別室のモニター室。
 ドーリアン夫人は前方のモニターを見ながら、ちらと後ろを見る。
 そこは招かれた教授達の待機席にもなっていた。
「・・・・。」
 自分が招いてはいない。羽田港推薦となっていた。
 実際、パネルディスカッションの参加者は学生達であり、リリーナ達と同世代が考える場とされていた。
 だからこその推挙だろう。
 過日届けられた手紙を思い出す。
 
  出来の良すぎる弟を。
  それを持った兄の心境だと理解していただけるとわかりやすいかもしれません。

 夫人は苦笑した。それはもう何度か目になるのだろうか。
 教授達が何人か立ち上がって、その中に混ざり出て行った。
「・・・・。」
 パーガンも言っていた。二人は違う関係を築きたいのだと。


 入ってくる教授達に自分たちくらいの青年が混ざる。
 背の高さ以外は・・変わっていない。
 まずそう思えた。
 ただただ瞠目する。周囲に座る学生達もだ。
 滔々と教授達の紹介を続ける初老の学園長は彼を知らない。戦争が終わってからの任だ。
 彼は何食わぬ顔で入ってきた。
 昨日の昼まで一緒にいたのに、正直、何も聞いていない。
「羽田港にお若い研究員がいらっしゃると伺い、今回のディスカッションに参加して頂きました。」
 教授達が並ぶとやたら細身に見える青年が壇上の中央に立つ。
 ジャケットは無く、黒のスラックスに黒のシャツ。シャツには左肩から幾何学模様の青の刺繍が施されていた。
 その上ノータイなのに、ラフには見えない。
「アレキサンドリア宇宙港にて開発にあたっていますが、羽田港によってアドバイザーとして招待されているそうです。」
 クラスメイト達は育ちがいいため騒いだりしてはいない。が表情は固い。
「インストラクターヒイロ。」
 青年はかつてと変わらず、顔を向ける。 
「今日、皆さんに宇宙開発の講義をお願いしました。」
 シンプルな紹介が続くのは進行の通りで、喧噪が起こらないのは本当に彼を知るのが一部だから。
「・・・・。」
 だが一部に限られながら、その一部には覚えられている。
 ひと月もいなかった彼を、覚えている。
「ヒイロ・ユイです。よろしく。」
 相変わらず、よろしくやろうという雰囲気は微塵にも無く。
 それが殊更、彼をあの時の彼だと思わせる物で。
 かすかに羽田で見たと呟く子がいる。
 学生かと思えばインストラクターだったかと。
「・・・リリーナ様。」
 隣のクラスメイトの声が驚きで震えていた。
 耐えきれず騒ぎが起きてしまうだろうか。
 その時、ヒイロがレポート用紙を翻したためその挙動に注目が行く。
「・・・・。」
 ヒイロは中身を見せる。
「白紙だ。」
「・・・。」
「宇宙開発はこれに近い。既存のシステムを使い、新規の物を作っていく。」
 ヒイロは薄く笑っている。
「地球ではあり得ない、無秩序な開発。」
 それはヒイロの感性だとリリーナは思った。
「これに異議があれば聞きたい。」
 ヒイロのディスカッションが始まった。


「・・・・。」
 インテリ階級や知識層を取り入る。
 静かに、だが事実上、生きているヒイロ・ユイが表舞台に現れたことになる。
 その周到なパフォーマンスをパーガンも講堂の出口で見届ける。
「・・・。」

  弟は、そこにいますか?。

  いるのだろうと察せられます。
  彼は万事において、私より秀でているでしょう。
  だから私は火星にいるのです。
 
 地球圏では不必要で。
 そしてその弟よりも先を歩く。
 兄の勇ましさを、弟と呼ばれた彼は誰より理解しているのだろう。
 パーガンは苦笑する。
 弟などと呼ばれたくはないだろうからドーリアン夫人とともにこれは心のうちにとどめておく事にした。
 だが弟という物は実はそういうものでもある。
「・・・・・。」
 彼を見つめて、ただただ感嘆する。
 プリンセスとの鈍重なスキャンダルなどではなく、単独でその名を公にした。
 地球から火星へとつなぐものを、彼はその聡さで構築しようとしている。

 

 2時にはディスカッションが終了した。
 リリーナはほうと息をついた。目の前のレポートはずいぶんな枚数になっていた。
「・・・・。」
 ヒイロはとっくに壇上を降りて講堂を離れている。
 夕刻にはドーリアンの家で身内のみのパーティが開かれる。そこに来てくれることになっている。だが、そうとわかっていても気がそぞろになる。
「・・・・。」
 このディスカッションに講師として参加するということは相当露出を上げることになる。
 わざわざ面識のあるこの学園に、しかも講師として。
 騒ぎは困ると言いながら、ずいぶんとやり方が派手派手しい。
「リリーナ様。」
 女生徒に呼ばれてリリーナは手元のレポートを集めた。
 3時に少しだけ聖ガブリエル学園の同窓会に顔を出す事になっている。
「はい。参ります。」
 リリーナは微笑んで立ち上がった。
 同窓会会場ホールは講堂の斜向かいにある。
 女生徒数人と並んで、講堂をあとにする。
「・・・。」
 通路に出て向こうエントランス周辺が騒がしかった。
 金色の長い髪が見える。
 白いスーツを着て、手に持つ艶やかな真紅のバラが映える。
 あいかわらず共もつけずに、つかつかと歩いてくる。
「ごきげんようリリーナ様。ご気分はいかがかしら。」
 ドロシーは怜悧な微笑をした。聖ガブリエル学園の女生徒は威圧されて、少し後ろに下がった。
 微動だにせずリリーナはドロシーと相対し、首を心持ち傾げ微笑んだ。
「とてもと言いたいところだけれど、今は驚いているわ。」
「でしょうね。」
 ドロシーは肩を竦めた。あれはリリーナの為とは思えなかった。もっと利己的なパフォーマンス。
 そして、花束を抱えて、リリーナに必要以上に近づく。
 耳元で囁く。
「きっと復讐よ。」
「・・・。」
 誰のと思った。彼は己が受けた物を憎しみとしない。
 目を見開いて見返すもドロシーは微笑むだけ。
「・・・。」
 感のいい彼女だ。それが正しいのかもしれない。
 ただその誰かどころか、私はヒイロの何も知らない。 
 ぱさりと花束が腕に乗せられる。
 ドロシーはリリーナから離れ、膝を落とし一礼した。
「カトル・ラバーバ・ウィナーからあなたに。」
「・・・・。」
 そう言った。
 ドロシーは氷のような美しい微笑を残し、では・・と呟いて踵を返した。










 身内だけとはいえ、夕刻の食事会は夜会の様相を呈していた。
 ホールからバルコニーにかけてテーブルが置かれ、装飾とグラスは賓客を待つだけとなっている。
 入ってきたヒイロユイに気がついて、テーブルセッティングを指示している一人が彼に近づいていく。
「早いじゃないか。」
「会には出席しない。」
 カードを渡してきた一人に、ヒイロユイは特に愛想もなく答える。
「律儀だな。」
 料理長は肩を竦めて笑う。
 無造作にグラスを二つテーブルに並べ、シャンパンの瓶を取る。
 軽快な音を立てて、コルクが弾け飛んだ。


 予定外の来客数にリリーナはやおら溜息をつく。
 自分の立場を考えると家人達が押さえらる限度なのだろう。
 ただこれでは来てはもらえないかもしれない。
 そう思った時だった。
 取り次ぎをしていた髪結いの侍女が戻ってきた。
「彼、来られたようですよ。」
 侍女が耳打つ。
 はっと、リリーナは顔を上げた。
「今、料理長が案内してくれているそうです。」
「そう・・ですか。」
 安堵で胸を撫で下ろす。
 侍女はレースを編み込んでサイド緩くカーブさせた髪を仕上げて、襟を整えた。
「参ります。」
 リリーナは立ち上がって、すらりとドレスの裾を持ち上げ足早に行く。侍女はクスリと一つ笑う。
 薄ピンクの生地に白いレース仕立てのドレスは、メイド達が選んだ物で、髪は好きにさせてもらった。
 今日は家人が祝う日。少し幼い仕立てになるのは許容するべきところだろう。
 衣装部屋を出て、居室に入るも立ち止まる。ドレスの裾がふわりと落ちた。
 いつの間に来ていた。
 黒い詰め襟の服が彼のシルエットを強調する。
「ヒイロ。」
 呼ばれた相手は、スッと隙のない動作で手を差し出した。
「・・・。」
 リリーナは近づいて、その手に掌を重ねる。
「ホールまで送る。」
 暗にそれ以上は行かないという。
 身内のパーティだ。
「・・・はい。」
 夜会が想像以上に大きな会になってしまった自責の念をないまぜにして、それでもこの手を取りにきてくれた事が嬉しかった。
 ヒイロに誘われて通路を往く。ホールと奥とを行き来する侍従侍女達は立ち止まり、二人を見送る。
 ドレスの裾がさらさらと音を立てた。
 会場に通じる最後のドアの前で止まる。
 手を離したくない。このまま部屋に戻りたい。
 だが既に習慣か体は扉の向こうの公の場にふさわしい物を求めている。
 かろうじてヒイロを振り返る。
 ヒイロは何も言わない。
「・・・。」
 そうして・・・リリーナは目を伏せた。
 額に触れ、鼻筋に気配が通る。
 何も言わないけれど、口づけてくれる。
 そっと離れ、スカートを持ち上げて、膝を落とした。
 扉を開ければ、楽団の弦楽器の演奏が流れた。





 祝福を受ける。
 家人達から賓客から友人から。
 社交会よりはもう少し身内なので、会話も食事も何もかもが楽しい。
 ダンスもほとんどの人と踊った。
 ただ・・・・ラストダンスの前には、下がった。


























 帰る人たちを控えの部屋の窓から見送る。
 22時。
 リリーナはセキュリティを下げ、父の部屋に向かう。
「・・・。」
 もう遅い時間だ。
 ヒイロはいるだろうか。
 少し疲れて、きごちなく戸に触れる。
「・・・。」
 喧噪が振動で掌に伝わってくる。
 リリーナは瞠目し、呆然と戸を引いた。
 目の前のテーブルサイドにはグラスを持って立つヒイロ。
 その反対側に料理長。
 部屋の中に知らないレコード音楽が鳴っていた。
「え・・。」
「さ、お入りなさい。」
 ドアの横には母がいた。背中を押してくれる。
「お母様まで。」
 リリーナは自分ばかり驚いていることを不満げに母親に訴える。
 ドーリアン夫人は涼しい顔だ。
 レコードが終わり、アンティークのからくりで収納され、別の一枚が引き抜かれるとレコードプレーヤーに再び仕掛けられる。
「・・・・。」
 料理長はワインの瓶を持って立ち上がる。
 そして、いつものように良い夜をと呟いて、リリーナと入れ違いに出て行く。
 侍従侍女達も一礼して出て行く。
「料理長がお引き止めしてくれたのですよ。」
 ドーリアン夫人はそっと言い、彼女も部屋を出る。
「・・・。」
 リリーナは目を伏せヒイロの人となりを思う。
 彼は年齢を重ね経験を重ねた人は一目おくのだ。
 リリーナは再びヒイロを見つめて、彼に向かって歩く。
 今日一日、彼ばかりが素敵で、困る。
 手を差し出した。
「踊りましょう。ヒイロ」
「・・・。」
 ヒイロは、すましてグラスを置く。
 何を飲んでいたのかしらと思う。
 人にはアルコールを飲むなというのに。
 彼はこちらまで来て、この手を取る。
「何を?。」
 ヒイロに尋ねられる。
「何でも。」
 ワルツでも、タンゴでも、ポルカでも。
 半ば投げやりに思う。
「・・・。」
「・・・っ。」
 ぐっと引き寄せられ腕のうちに入れられる。
 はっと顔を上げて見上げればヒイロが静かに笑っていた。
 胸が熱くなる。
「・・・・。」
 うつむき、頬を胸元に寄せて、その背に腕を回した。
 レコードのシャンソンは4拍子で、左右に振れるだけ。

 J'irais jusqu'au bout du monde,

 優しく手を握りかえされた。
 彼ばかり素敵すぎて本当に困る。
  






 今夜も父のこの部屋で休むことにしていた。
 着替えて部屋に戻れば、完全にくつろいでると言ったふうのヒイロに遭遇した。
 詰め襟を脱いで白シャツで、左手には本を右手は頬肘をついて、ベッドには本を積み上げて。
 ヒイロがベッドに積んだ5冊の本をサイドテーブルに退けて、リリーナは彼の隣を確保した。
「・・・部屋を片付けたらどうだ?。」
 本を読みながらヒイロが呟いた。
「目録は確認したからいいのです。」
「・・・。」
 目録など、本当にどこの時代の話だと思う。
「明日はご挨拶ばかりになるから、今日はヒイロといるの。」
 一昨日は自分が先に寝てしまったのでヒイロに寝かしつけられてしまったから。
 ころんと寝返りを打って、ヒイロの腰のあたりに引っ付く。
 もう夜着でいるのでこのまま寝るつもりだ。うつぶせて目を閉じる。
「あなたの話で持ち切りだったわ。」
 3時の聖ガブリエル学園の同窓会は彼の噂ばかりで、夜会でも少し聞いた。
 どうしてこの席に呼ばなかったのか、とか。
 ヒイロは取り澄ました顔で隣にいて、本のページをめくる。
「行かなくて正解だな。」
「呼ばれていたの?。」
「学園長からゲストとして。」
 学園長はヒイロがこの学園にいた事を知らない。
 当然だ。ヒイロの滞在はひと月ほど。更に学校の履歴はデリートしている。
「・・・・。」
 本当に何が目的なのだろう。ヒイロユイが再び現れて航空需要に携わっているという噂を流した、というのはわかる。
 そして噂というのは尾ひれがついて広まる。
「・・・・。」
 その尾ひれが目的だろうか。
 この場合悪いようには広まらない。
 だとしたら相当な周到さではないだろうか。
「・・・・。」
 私とのスキャンダルなどではなく、ヒイロ一人で認められることになる。
「・・・・。」
 悶々と憶測を巡らしては堂々巡りで。
 正直スキャンダルの方が先だと思っていた。
 だがしかし、ヒイロは抜け目なく。
 ドロシーの声がする。
 ・・・きっと復讐よ。
「・・・・。」
 自分の考えの浅さにリリーナは深いため息をついて、ベッドのシーツに顔を埋めつつ、こんなにヒイロの事ばかり考えていて、今日は私の誕生日よと心の中で叫ぶ。
「・・・・。」
 戻ってきてから大人しい。
 それは今日のディスカッションのためだろう。
 今回引き受けたのは自前の航空需要の宣伝に都合が良かったからだ。
 それも、そもそも羽田に残るつもりはなかったのだから、成り行き上、そうなっただけで。
 だが、予想外に拗ねているらしい。驚くならまだしも。
 何故だろうと思うが、よくわからない。黙っていたせいだろうが、あんなもの別に言うほどのことでもない。
 ぱたんと本を閉じる。
「・・・・。」
 寝るのかしらと思う。
 横髪を分けられるも顔を上げなかった。
 だから、見えなかった。
 右耳に何かくっつけられる。
 リリーナは目を開け、あわてて起き上がる。
 おかまいなしに右手の中の物も左耳にもつけられる。
「ヒイロ。」
 それは・・つまり。
 あの再生機はまた別ということで。
 ヒイロの微笑が降ってくる。
「HappyBirthday。」
 正真正銘の今回のプレゼントだ。
「・・・・・・・ありがとう。ヒイロ。」
 狭量な感情はゆるゆると溶けて、笑顔になって呟いた。
 触ってみる。小さなイヤリングだ。
「・・・。」
 クリップ部分が無い。
 でもピアスでもない。
 リリーナは首を傾ける。
「磁気?。」
「ああ。」
 ヒイロは取り澄ましている。
 リリーナはイヤリングをスライドさせて外そうとする。が、びくともしない。
「・・・・取れないわ。」
「温めたら取れる。」
「・・・。」
 指先で温めてみる。
 でも待てど暮らせどはずれない。
 ヒイロがその手に触れる。
「指先が冷たいな。」
「女の子は大概冷たいわ。どのぐらいなら外れるの?」
「1分くらいか。だがこれだと3分くらいかかるかもしれない。」
 そしてじっと触っていても中々外れない。
「・・早く外したかったら、手を温めてから外せ。」
「シャワーは?。」
「外れない。表面温度じゃなく中のプレートの温度を上げなければ外れない。それに水の中は逆に磁極が強くなるからはずれにくい。」
「わかったわ。」
 リリーナはお手上げする。そして手を伸ばしサイドテーブルのポシェットを取って手帳を出しそれを開く。
 鏡が入っていた。
 耳を映す。
 青緑色の透明な石だ。ピアスのように小さい。翡翠より濃く、エメラルドより淡い。
「・・・・・。」
 既視感。
 大事な色だ。
 ヒイロを見る。
「・・・・・。」
 ヒイロにも、自分にも。きっと。
「あ。」
 リリーナは心臓がことりと揺れた。
 軽く息を呑む。
「ヒイロの・・ガンダムの。」
 思い出すのは聖ガブリエル学園での戦闘で、聳え立つガンダム。
 互いを見据えて、両者は立ち竦んだ。
 あのガンダムで最も目に止まる部分だ。
 青緑の綺麗な、水晶体。
 この宇宙で最も強く破滅的な輝き。
 イヤリングのクリスタルはカットのためか、破壊のためか、あのガンダムの状態に比べて乱反射している。
「ああ。その欠片だ。」
 ヒイロも耳に触れる。
「俺のガンダムのパーツだ。」
 その言葉がずしりと胸に響く。
 私はあのガンダムには守られた記憶しかない。
 破壊された時を見ていない。
 ただ聞いてはいる。
 ヒイロが自爆したこと。ルクセンブルクの戦闘で壊れたこと。リーブラの主砲に巻き込まれたこと。
「・・・どこにあったの?。」
「MOII。今もあれだけ置き去りのままだ。民間には知られていない。レディアンが放置を決定した。」
「そう。」
 リリーナはヒイロの手に触れる。
「嬉しい・・。」
 私には守られた記憶しかないガンダム。
 聖ガブリエル学園の戦闘で、
 南極で。
 サンクキングダムで。
「俺は試料として手元に一部を持っていた。ただ本当に俺が持っていると試料にしかならないから・・・作ってみた。」
 ヒイロが肩を竦めて仄かに笑う。
 リリーナはきょとんとした。
 大統領選の時にリリーナに言われた。
「ドクターJよりマシな工作だろう。」
 彼女はそのことを覚えているだろう。 
 リリーナは苦笑しようとしたが、それどころか思い切り吹いてしまう。
 口元に手を当てて、笑いをかみ殺すも出来ない。
「ええ。もちろん。」
 ひとしきり笑うと、リリーナは大いに頷いた。
 肩を竦めたヒイロが再び耳に触れる。
 すぐにほろっと外れた。
 見せてもらおうとして手を差し出すも、すぐに耳にくっつけられてしまう。
 もうっとむくれてヒイロの胸に飛び乗る。
 ヒイロは意地悪だ。今日のディスカッションのことも正真正銘のプレゼントの事も黙っていたし、噂には尾ひれをつけて、イヤリングもつけっぱなしで外れない。
 ベッドが弾むもヒイロは平然と受け止める。
 リリーナはヒイロの胸の上で手の甲に顎を乗せて、微笑む。
「もういいわ。ヒイロしか外せないということがわかったわ。」
 女には外せないのだ。どうしても手の温度が足りない。
 だとしたら男に外してもらえばいいのだ。
 が、あいにく、この耳に触れてもいいのは二人しかいない。一人は火星で一人は目の前の彼だ。
 リリーナの手を取り引き寄せて、ヒイロは起き上がる。
「ああ。・・そうだ。」
 頬を固定して、耳に近いその側頭部にキスをした。




 変わらずこの手にはまだ何も無い。
 ただ欲しいものは、ある。








[11/6/10]
■ドロシーに、キスするほど近くに寄れと思っている如月。
 

 愛の言葉補充・・
 エディットピアフの愛の讃歌、バラ色の人生。
 映画ゴーストのUnchained Melody
 倍賞千恵子のさよならはダンスの後に。
 ・・、愛だ。これらは愛だーっと思う。


小説目次に戻る