10.
思ったより自分の方が消耗が激しかったようだった。カルノとの元もとの体力の差もあるんだろう。回復が遅い。
途中、息苦しくて目が覚めかけたけれど昼だったか夜だったか覚えてない。
覚えているのは、その気配と温もりと匂い。
ただそれだけ。
朝・・だろう。夜の冷気を残し、空が赤く染まるのは。
目覚めたら白々と明るくなっている、窓の外の空が見えた。
それと点滴の管と吊り下げられた薬品。
・・腕には針のあとをガーゼで押さえてあった。
今、少し気分がいいのは治ってきているからなのか薬のせいなのかよくわからなかった。
シャッとカルノはカーテンを閉めた。
自分を起こさないようにするための配慮だろう。
「カルノ。いい。開けといていいよ。」
「・・・勇吹?。」
驚いたように振り返った。
カルノがベットサイドに戻ってくる。勇吹は身体を起こした。
「今、起きたのか?。」
「ん。少し寒かったからかな。」
隣の奴の温もりの分。
「・・・・暖房、入ってるぜ。」
そっと額に手を当てられた。ひんやりした掌の温度が伝わってくる。
「下がったな。」
「ん。」
カルノは枕元に腰を下ろした。
「・・・。なんか食うか?。それとももう、少し寝るか?。他の奴らまだ起きてねぇし。」
「・・・もう少し寝るよ。せっかくだから彼らと食事したい。」
「わかった。」
もう冷たくなくなった氷枕を外す。湿っぽくなった髪にカルノは乾いたタオルを手渡してくれた。
そっと肩を押された。促がされるままに寝転がる。カルノが使っていた隣の枕を引き寄せた。
自分の腕時計がベットの棚に置いてあった。仰ぎ見やると時間よりそのデジタルの日付に驚いた。既に3日も過ぎていた。
「え・・・。俺、こんなに寝てた?。」
「・・・ああ。」
「・・・・。」
勇吹は力を抜いた。目を閉じて眼を開く。
カイの部屋はあいかわらず清浄な気で満ちていた。ベットも真新しいシーツで心地よい。
これだけの日数をやり過ごせた。
「そっか。・・・ここは安全・・なんだ。」
勇吹の呟きにカルノが目を細めた。
「・・・もっと安全な場所。おまえにはあるはずだぜ。」
屈み、頬に指先が触れた。
「・・・あるかもしれないね。」
どこかにある安全な場所。確かに本当にあるだろう。
「・・・・。でも、そばにいてくれるんだろ。」
その背を沈ませ耳元で囁いた。
勇吹は両手を伸ばしてその身を抱きとめる。
「ん。いるよ。」
それはもちろん言葉通りでの意味で、誓い。
たまらなくなる。守ってるつもりでも、守りきれてなくて、失ってしまいそうで。
そしてこうもふてぶてしいまでに自分は頑丈なのかと思う。
直してくれた腕も皮膚の状態も全て問題無かった。勇吹の仕事はいつだって丁寧だった。
「・・・・。」
勇吹の傷は酷かった。肩を9針、甲も4、5針縫った。傷口から熱が出て薬を与えようにも、意識が混濁していたため投薬も栄養補給も全て点滴で行った。
自己治癒能力で治る範囲なら勇吹は、神霊眼を使うことをしない。
それは自分が怪我を負ったときも同じことだ。
だけど、治りの違いが明らかに違う。
「・・・・。でも、そばにいてくれるんだろ。」
「ん。いるよ。」
熱っぽいかすれ声だけれど、確かにそう言ってくれる。
抱き締めてくれる両腕が優しかった。
「・・・・・。」
そっと額にキスをする。
勇吹がかすかに身をすくめた。
「ちゃんと、休めよ。この後のこととか、おまえ考えなくていいからな。ちゃんと俺が話し合ってるからさ。」
不向きだが、今の勇吹に余計な画策はさせたくなかった。
「うん、任せるよ。」
「後で、10時ごろ起こす。」
「ん。」
勇吹はベットに意識を預けるように目を瞑った。
「・・・・・。」
氷枕をカルノは抱えて、ベットを離れる。
もう一度凍らせるため冷凍庫にしまった。
「・・・・。」
冷蔵庫を開けて、オレンジジュースの缶を手に取った。眠気覚ましに飲もうと思う。
閉めかけた窓のカーテンから夜明けの光がこぼれていた。
「(ハリウッドに寄れっかな。)」
昨日、シータから提案された、自分たちの居場所のことだ。
アンとカイの生まれ故郷だそうだ。
ロッキー山脈の亜高山地帯にあるその町は、様々な磁場のせいで精霊やその他雑多なものが寄り付きやすい環境らしい。
自分たちの通常モードならそう簡単に見つかるはずないとカイのお墨付きだ。
というのもカイは過剰なまでに霊力のアレルギー反応を起こして町を出ざるを得なかったらしい。それほどまでに混沌としているのだ。
そんなところに町が出来てるなんて、よっぽどタフな連中の集まりなんだろうな、と言ってやると酪農やってるのんびりした土地柄のせいか神経質な人がいないんだろうとのことだった。
霊的なものが見えない感じない、寄りついても来ないシータとアンも一緒に移り住んでくれるとのことであんまり目立たずにすむはずだそうだ。
―――――アメリカ中しらみつぶしにそういう町を探されてもって1年。まぁ、考える時間くらいにはなるだろ。
シータは言った。
ロサンゼルスを経由するなら、勇吹をあの家族に会わせたいと思う。
自分も・・・・照れくさいけれど、やっぱり、ありがとうを言いたかった。
訴訟はこちらに優勢な展開で進んでいて、裁判にならずに済むかもしれない。
自分たちが撃った弾は人を殺してないことも証明されたし、正当防衛をわかってもらえたらしい。
「(そしたら、勇吹の奴、もう少し元気になるかな。)」
カルノは隣のベットから枕を取った。
オレンジジュースを棚に置いて、枕とともに勇吹の隣に足を滑り込ませる。
自分のことが気になっていたのか勇吹は起きていて、少し端によって場所を空けてくれる。
カルノは棚に寄り掛かった。
「眠れないなら、この後のことダイジェスト版で話すけど聞くか?。」
「ノーカットの方がいいかな。」
「・・・・。」
調子のいい返事にまだ開いてない缶を勇吹の頬にぴたっとくっつけてやる。
冷蔵庫から出したばかりでまだ冷たいはずだった。
勇吹は冷たいよと笑うとやおら真面目な顔になって自分を見上げた。
「・・・サリエルは?。」
「・・・・。」
「死んだんだろ。」
「・・・ああ。」
リーデリックが見つけてきたゴシップのホームページには拘置所の中でサリエルが死んでいくところが映像でだされていた。
それは酷い有様で、契約した別の悪魔に生気を吸われ、髪は白に、皮膚はメリメリと乾燥し、最後に心臓を食われていた。
映画ではない生のホラー。
そんなスクープ記事であった。
「呪詛の効果は一切消滅してるぜ。外に出れる。」
あんな奴のこと気にすんじゃねぇよ、とカルノは呟いた。
「悪魔に都合よくとり憑かれて、勇吹がせっかく助けてくれたものを仇で返して勝手に死んだ奴のことなんかな。」
「・・・そうだね。」
呟いて苦笑いする。
「でも、俺も同じことするかも。」
好きな奴が殺されたら、きっと。
「・・・・すんじゃねーぞ。バーカ。」
本当にしそうだからやめろと言う。そしたら勇吹はやらない。
そっと勇吹の前髪を梳いた。
「・・・明後日、セスナでロスに移動する。途中、グランドキャニオン見れるらしいぜ。」
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