9.




 カルノはホテルのドアをぶっ壊した。
「オウッ。」
 ドアの向こうに構えていた警官をドアごと壁に叩きつける。
 何人かを転ばせて、廊下に二人は飛び出した。
 遭遇した後方援護の警官に向かって撃ち、その手から銃を叩き落とす。
 そして廊下の絨毯を念動力でめくり上げて彼らを巻き込んだ。
「・・・・。」
 これしか切りぬける方法が浮かばないとは言え、明日の新聞のゴシップが簡単に想像がつく。
 超能力・・・誰もが使いたいと思っているからこそ映画にもなる。けれど現実だと掌を返したように驚異の対象になはずだった。
「映画のヒーローってのはなるもんじゃねぇな。」
 へっと笑って廊下を突っ走り、階段のところまでたどり着く。カートリッジを取り替えて空箱を階下へと放り捨てた。
 カッシャンと落ちた瞬間には階段の上の壁に大量の弾丸を撃ちこまれる。
「へー・・マシンガンかよ。」
 こんな狭い廊下でよくも弾数の多い機関銃を使うものだと思う。
 カルノはそのあさましさに薄く笑った。
 跳弾を弾くため念動力を張る。そして踊り場の警察が装甲板で跳弾を避けているうちに、階段を駆け降りる。
 カルノは装甲板をなぎ払い、ベレッタを使い、機関銃を撃ち抜かせ爆破させた。そして床の絨毯を切り裂き、同様に巻きこみ、階段の絨毯も巻き上げ、階上への壁を作り上げる。
「・・・・よし。」
 援護のない事を確かめ、カルノは2階へと降りた。通路の影へと身を潜める。
 勇吹の腕を引いた・・・必ず背後にして守っていた。
「勇吹。・・ほら眼、開けてろよ。俺だけ見て走ってろ。それでいいから。」
 マガジンを入れ替えながら勇吹の頬をピシャピシャと叩いた。
「・・・・・。」
 身体が萎縮して声も出なかった。辛うじて頷く。
「好きだよ。勇吹。だから、俺が必ず守る。」
 笑って、頭を引き寄せる。
「カルノ・・・。」
 勇吹はそのセリフに不安を覚えた。自分を守って死んでしまう言い方だ。
 カルノは前を見据える。表情を一変させた。
 第二番目の突入が開始されたようだった。カルノはオートマチックの銃を両手に握らせた。
「行くぜっ。」
 踊り場にその姿を見せた警官から片っ端に撃ち抜いてフッ飛ばす。
 銃声に続く銃声。急所だけはガードするように念動力の幕を張る。だが、身を守るものはそれだけだった。
 念動力の幕を突き、カルノの左手の銃を弾く。それを勇吹は拾う。
「・・・っくしょ。」
 エクササイズに倣って勇吹は撃った。間違いなく当たらない、そして足止めさせるために床に向かって。
 相手は防弾チョッキを着ていて、頭さえ狙わなければ、死にはしない。それは突破しようとしているこちら側としては、不利以外の何物でもないのだが、やはり人を殺すのはためらわれた。
 警察は勇吹がいることに気付いたらしかった。威嚇射撃が多くなる。恐らく勇吹が日本人であることがあとで面倒を呼ぶかもしれないからだ。
 伝令に何人か下がった。
 最後の踊り場の彫刻の影で弾を避ける。
「あと、少しだ。」
 撃って出て、階下まで一気に駆け下りる。
 通路に誰もいなかった。
 カルノは嫌な予感がして、全ての通路の入口を振り返る。
 火気系の弾を篭められるグレネードランチャーの砲口がこちらを向いていた。
 こんな通路、一瞬で火の海になる。
 勇吹もそのランチャーに気付いてそれはなにかと確かめた。
「勇吹っ。」
 カルノの手が胸元の服をつかんだ。
「っ!。」
 銃など捨て、彼を両手のうちに引き寄せる。
 カルノは結界の中、翼を開いた。
 
 ――――――・・・っっ、砲弾の爆発と魔法力と結界がスパークを起こす。
 カルノは痛みで悲鳴を上げた。結界の呪いである雷撃が全身を打つ。
「カルノッ。」
 翼が千切れていく。
 床が陥没した。
 ガス系統にも誘発して、大爆発を起こす。



 ・・・スプリンクラーが回っていた。
 瓦礫の下から最後の力を振り絞って、念動力で這い出る。
 ぱらぱらとまだ破片が崩れていた。
「うっ・・・・。」
 勇吹は目を開ける。爆発の際の音のせいか耳が若干おかしくなっていた。
 起き上がる。辺りは暗く、ここがどこだかわからなかった。
 ウェストバックから懐中電灯を出してつける。線路があった。
 地下鉄だ。
「・・うっ。」
 自分の掌が真っ赤だった。
 ここまで血が出るような怪我を勇吹はしていなかった。
「・・・カ・・ルノ。」
 ライトを当てて茫然とした。
 右腕が失くなっていた。額からも腹部からも血が止まらないでいる。
 勇吹は今、術が使えない。結界のために。
 ただでさえカンパニーでの手術で彼は貧血を起こしていた。
 右腕だけでも止血しなければ死んでしまう。勇吹はポケットからハンカチを取り出して、右上腕を固くきつく絞め上げた。
 おびただしい血に、目眩が起きそうになる。気丈になろうとして、涙があふれた。
「イ・・・ブ・・キ。」
「しゃべるなっ、カルノっ。」
「・・・俺を、・・置いていけ。」
「言うなって言っただろっ。」
「もう、場所・・・が割れ・・・・てんだよ。おまえを死なせたくねぇから・・・早く行け。」
 ひゅーひゅーいう呼吸を押さえ、勇吹を促す。
「・・・嫌だ。」
 勇吹は首を横に振った。
「嫌だ・・・いやだっ。・・バカヤロウっ。」
 生きて、俺のために。
「っ!。」
「好きだよ。俺だって、だから俺はおまえのそばにいる。」
 勇吹は銃を拾う。
 カルノの左腕を肩にかけた。



 時折遠くで銃声が響いた。人の声と足音。
 勇吹はドアのへこみに身を一度隠す。
 手が震えていた。銃撃の恐怖とカルノがこのまま死んでしまうのではないかという思いが、心を締め付ける。
 震えを止めようと勇吹は、しがみつくようにカルノを抱き締めた。
「勇・・・吹・・・・・・。」
 声がかすれていた。
「っ、カルノっ。」
 カルノの指先は、勇吹の頬に血の跡をつけて落ちた。
「・・・・っ。」
 時間が無いことを確実に伝えた。
 意識を失ったカルノの首元にふれて脈を確かめ、息を確かめる。
「(まだ・・・・息はある。)」
 まだ、・・・まだ大丈夫なんだと自分に言い聞かせる。
 ・・・カツンッ
「っ!。」
 勇吹は音のする方を振り向いた。
 カツン、カツンと、足音が近づいてくる。
「くそっ。」
 勇吹はカルノを抱え込み、懐から銃を取り出した。
 どうしてこんな逃げ方をしなければならないのか。・・俺達が何をした。
「(カルノをこんな目に会わせて。)」
 これ以上、自分達に仇なすのなら、
「(仇なすなら・・・・、殺してやる。)」
 懐中電灯が光る方にゆっくりと銃を向けた。
「・・・・・。っ!、見つけたっ、イブキッ。」
 えっ・・勇吹は顔を上げた。
「こっちっ。・・・早く。絶対巻けるから、走ってっ。」
 ギィッと重い鉄の扉を開けて、カイは彼らを招く。銃口を上げた。
 彼は・・・、この間助けた少年だ。
 なんで彼がこんな所にいるのかわからなかった。
 そして、敵か、救いか、も。
「早くっ。」
「・・・・わかった。」
 逡巡はわずかだった。
 この際どこへ行ったって同じだった。カルノを肩に担ぎ上げて、もう一度走り出す。彼の後を追った。
「銃は一応、手に持っててください。」
「・・・ああ。」
 勇吹はドアの内側に入りこんだ。
 外から街灯の明かりが差しこむ階段があった。カイはそこを駆けあがっていく。あまり外には出たくなかったが、四の五言ってられなかった。
 地上に出るとすぐにベンツがつけてあった。
 後部座席に転がり込む。ドアを閉めるのさえ待たずに即、車が発進した。
「シータ。検問にかかん無い所行って。」
 カイは運転手に向かって叫んだ。
「任せときなって。」
 車は何通りもある道を選び迅速に狭い路地を抜けていく。
 カイは後部座席を二人に譲り、助手席に座りなおしてぐったりとシートにもたれた。
「・・・術は使わないほうがいいと、言わなかったか?。」
「・・・・。」
 霊捜査をしたため、周囲にはどんどん悪魔や浮かばれない霊達が助けを求めて集まってくる。
「はい。・・でも使いたいから使いました。それに、この車と、俺の正体を警察も知っているだろうから、カモフラージュになるんです。平気です。コントロールします。」
「この車はどこへ?。」
「俺の家です。あなた達をかくまいきれる。結界も届かないようになってる。」
「・・・・・。どうして俺達を助ける。公務執行妨害で、下手すると共犯扱いだぞ。」
「俺は仕事をしてるだけさ。タクシードライバーなもんでね。あとは、まだ訴えられる年齢に達してないお子様達に聞いてくれ。」
 捕まらないことに相当自信があるようだった。
 カイがいい加減しゃべれなくなってきていて、目で合図され、代わりにシータはそのまましゃべり続ける。
「恩返しなんだってよ。前、こいつらがロサンゼルスにいた時助けたんだって?。」
 あれは俺んちだったんだけどと付け足す。
「カイん家はアメリカじゃ有数の企業の一つでね。彼の傘下に入ってる企業も多いし、政治家のバックアップもしているから国もそう簡単に手は出して来れない。そんで、俺達に手が出せる頃には、裁判が終わってるだろうさ。」
「裁判?。」
「・・・ああ、おまえの弁護士の友人さん。弁護に立ってくれるってよ。」
「・・・・・アレンが?。」
「そ。状況証拠がこれだけそろってるのに、これだけの反応を示すのに疑問を感じて、シャロムカンパニーの完全な逮捕と、警察のおまえらへの攻撃の停止。もしくはそれが出来ないなら、情報の公開をすることを求めて裁判沙汰にしたぜ。・・・・・さて、着いたぜ。」
 車は厳重な門をくぐり、地下車庫へ入っていく。
 そしてゆっくりと止まった。



「カイっ。彼らはっ?・・・・。」
 部屋に行くとリーデリックとアンがいた。出迎えてくれる。
「連れて来れたよ。勇吹入って。」
 促されて入る。勇吹は部屋を見渡した。
 何てことない普通の部屋だった。金持ちらしい調度品と、ここは子供達で遊ぶ場所なのであろう事が一目でわかった。
 ただ、カイのためなのであろう、部屋をぐるっと囲むループの彫刻から護符の力を感じた。清らかな気が集められ清浄な場になっている。あまりの密度に、呪いが水をかぶったように洗い流された。そしてその滝のような勢いで清らかさが壁を作りその呪いをシャットアウトする。
「・・・・・。」
 勇吹は膝をついた。そしてカルノをフローリングに降ろし、コートを剥ぐ。
 ぼろぼろになったこうもりのような黒い翼が顕になった。
 4人は息を飲む。それを一瞥して、勇吹は額を光らせた。
「怖いなら、さっさと追い出せばいい。」
 呟いた言葉にカイは少しどきりとする。自分を助けてくれた時はあんなに優しい声を出してくれたのに。
 ふわっといつもは取り巻いているだけの清浄な気は勇吹の力で初めて揺いだ。そして彼が呼吸するたびに、その身から神気が溢れる。
「・・・・。」
 カイのそばに纏わりついていた『救われない霊達』が勇吹の光を見つけ彼のそばに寄り添う。
 ツゥ―――・・と勇吹の瞳から涙が落ちていく。
 背が光った。
 翼だ。・・・真っ白な。
「エンジェル・・。」
 霊達が浄化していく。誰もかも慰め心地よくさせることが出来る光。
「カルノ。」
 包帯も解けて掛かっている両掌を伸ばして、カルノの腕に触れた。
 神霊眼の力を発動させる。
 明るい照明の下で見ると一段と傷が酷いことに気付いた。カルノも、自分も。
 炭化した黒い翼がまず彼の背からボロッと落ちた。
 被弾こそしていないけれど、最後のランチャーによるやけどと呪いによる裂傷が酷かった。
「・・・・・・。」
 ハラハラと勇吹の翼から羽根が抜け落ちていく。
 無くなっていた右腕のために自分の翼のエーテルを使う。
「(イブキ・・・。)」
 どきっとした。
 悪魔に寄り添うことで降格されていくように見えた。
 嘆きの天使。
 ・・・・・こしっと勇吹は目尻の涙を拭った。
「・・・・カルノ。」
 ちゃんと直したはずだった。
「・・・・カルノ、目、覚ませよ。」
 何度も呼びかける。早く返事が欲しかった。
「・・・・。う・・。」
 作ったばかりの右手の指先がぴくっと動く。
「カルノ。」
 勇吹はカルノの顔を覗きこんだ。彼は貧血で痛む頭を押さえるように額に右手を当てた。目をうっすらと開ける。
「勇吹・・・?。」
 気を失ったことを思い出す。
「ああ、そっか・・。」
 間に合った。
 本当の涙の方が溢れる。脱力感が襲ってきて、勇吹は膝を崩した。
「カ・・・・ルノ。」
 自分達はなにもしていないのに、出来るだけなにも起こさないようにしているのに、世間がわかってくれないのが悔しかった。
「どうして・・・なんでこんな目にあわなきゃいけないんだよ、俺達。――――人間じゃないから?。」
 あんな銃撃をされて、最後はランチャーまで使って、それでいて俺達を捕まえる気でいやがった。
 当たったら、こっちは死ぬのに。
「・・・人間が俺達を人間と認めないなら、こんなに仇なすなら、よっぽど、人間らしく生きないでやろうかって。」
「勇吹。」
 そっと手を伸ばす。・・・右手を頬に触れさせる。
「俺が、おまえは人間だって認めてやるから・・・。」
 そんなふうに言う彼の本心は違うと言うことを知っていたから。
「・・・・。・・カルノは優しすぎるんだよっ。」
 ガツンッとフローリングに拳を叩きつけた。
「俺・・・、いったい何回カルノの手足を作ればいいんだよっ。」
「・・。」
 カルノは、ぐっと勇吹の腕を引っ張って抱き締める。
 震えを止めようと髪を撫でた。
 悪魔の表情が信じられないくらい優しくなる。
「怖かったよな。」
「・・・。」
 勇吹は俯いた。コクンと頷く。もうなにも言えなかった。
 本音を叫んでいたはずだった。けれど、出来もしないくせにと思ってしまう。
 本当の願いや思いはそんな所にあるのではなかったから。
「・・・・。」
 カルノはそのまま、目の前にいる4人に目を配らせた。
 カイが呟いた。
「部屋にあるもの適当に使っていいので、ゆっくり休んでください。」
「ここはもって何時間だ?。」
「一週間。そのあとセスナ貸します。」
「へぇ。好待遇じゃん。裏あんの?。」
 相手が自分達くらいなので、ないとは思うが、一応尋ねる。
「ないよ。カイを助けてくれた礼は高くつくんだよ。」
 リーデリックが肩をすくめた。
「詳しい話は、もう少し落ち着いてからにしようぜ。聞きたくなったら、呼んでよ。そこの内線の1番押してくれりゃ、俺とカイの部屋につながるから。」
「わかった。」
「・・・・俺達は、これで。・・・・ゆっくり休んでください。」
 おやすみなさいと、カイはうつむいたままの勇吹に声をかけて、他の3人を廊下へと促しドアを閉めた。 
「・・・・・。」
 そっと勇吹の腕を引いてベットの上に座らせた。
 テーブルの上においてあった救急箱を取って、カルノはベットサイドに戻る。
 傍らに座りこみ勇吹の掌を取った。
「血で汚れてるってこういう事を言うのかな。」
「・・・・・決まってんだろ。」
 そう、言い返してカルノは血と、ほこりにまみれてしまった包帯を解いた。