6.
飲み物の中に薬が入れられていたみたいだ。
ハッと勇吹は起きあがった。
「・・・・・・。」
確か移動に一日かけてニューヨークについて・・・こちらの警察の担当刑事を紹介されて、事情聴取を受けて・・・・。
そのあとの記憶が無かった。
「(今、何時だよ!っ。)」
腕時計を見た。次の日の朝、7時を差していた。
ここは・・と辺りを伺う。
見た目は普通のアパートのようだった。階は窓の外の高さから察するに3階くらい。
が、どこの誰のかがわからない。
勇吹はベットから降りて、椅子に掛けられているブルージーンに着替えて、着ていた物をそこに掛け直した。
しゃがんでブーツを履く。
「・・・・。」
靴紐を結んでいるとき、ハタと気がついて、もう一度腕時計を見やった。
「(ない・・・・。・・・。)」
でも見つかってしまったのなら仕方ない。靴紐を結んでしまって立ち上がる。
「・・・・っ、う・・。」
薬の影響がまだ残っていたのかぐらりと宙が揺れる。
膝がもつれて派手に椅子を倒してしまった。
「・・・・・。」
・・背もたれをつかんだ手が震えていた。それを抑えこもうとしてぐっと拳を固める。
なんで寝てしまったんだろう。やっぱり警察なんか信用しなきゃよかった。
でも、これしかカルノを探し出せる方法が浮かばなかった・・・・だから寝ないようにしていたのに。
うずくまっている場合じゃないはずだった。
「(しっかりしろっ。・・・・泣くのも、死ぬのも全部あとだ。)」
震える拳を抑えながら、勇吹は立ち上がった。
その時、物音を立てたせいだろう、マックスが入ってきた。
「おはようございます。」
勇吹の冷めた声とそれとは裏腹の涙に驚いてマックスは少々戸惑った。
「良くは眠れなかったみたいだね。」
「ええ。おかげさまで。」
「・・・少量だよ。君は少し寝た方がよかった。だから入れさせてもらったのさ。ここは俺んち。」
彼は昨日のスーツのままだった。帰宅したばかりらしい。
「・・・・・カルノは今どこでどうしていますか?」
「・・・・うん。ちょっと待って。」
先にタオルを渡された。部屋を出てキッチンを差して、顔を洗いなさいと言われた。
「よう、お疲れ。早々に子守りか?。」
ジャンだった。Tシャツにトランクスと言ういでたちで今までソファで寝ていたらしい。
様は軟禁だ。
勇吹はジャンの反対側のソファに腰を降ろした。
「君はドラッグはやったことあるかい?。」
ジャンはいきなりそんなことを尋ねてくる。
「ないですよ。」
「悪魔とか見れるらしいぜ。」
「・・・・・・。」
「おまえらも可哀想だな。あのたれ込みしてきた医者ども、全員ハマッテたんだってよ。幻覚と重ねられちゃ、身がもたねーよな。」
「・・・・・・・・・そうですね。」
マックスが戻ってきて報告書を読んでくれた。同情を寄せてくれたのか彼には何かと世話になっていて、的確な情報を教えてくれた。
ジャンもこの時ばかりはやさぐれた態度を改めて真剣に聞いている。
カルノはこの町の郊外にいる。様々な輸送経路を通りカンパニーに搬送されたばかりだそうだ。
「そうですか。」
「・・・・強制捜査は10時からだ。」
逡巡のあと、マックスは呟いた。
・・・・勇吹は驚きで目を見開いた。
「え・・・だって・・・。え、それまでにカルノが生きていると言う保証はありますか?。」
驚愕を飲み込んで尋ねる。
「・・・。ない。」
「おい・・。」
焦ったようにジャンがマックスの衿をつかんだ。
「マックス、なんだそれは。良くわかんねぇぞ。」
「お・・・・俺にもわからないんですよ。ただ、上からそう。」
「・・・・カルノは危険だと、そう、あなた方は判断したんですね。」
「・・・・。」
二人は振り向いた。
上層部がそう判断する理由を彼は知っているのだ。
勇吹は立ちあがった。
それをあわててマックスが制した。
「君をここから出すなと言われている。・・・・っ痛てっ。」
ガツンッと後ろからジャンに殴られる。
「そーゆー上からっての気にくわねぇな。・・・おい、何がおまえの身に起こっているんだ?。」
「・・・・『X−ファイル』ですよ。」
このジャップはこんな時にでも冗談を言うのかよ、とジャンは鼻白んだ。言ったってわからないと言われたようなものだ。
「あいにくまだお蔵入りしちゃいないぜ。」
ジャンはマックスを退けて勇吹に道を譲らせた。
「・・・・・・マックス。例のあれ持って来い。」
「・・・・。」
マックスはアタッシュケースからビニールの小袋をジャンに手渡した。
勇吹が貴重品の入ったリュックを背負って部屋から戻ってきた。
「これ。おまえのだろう?。」
一粒の白い錠剤。
そう、腕時計の文字盤の中に入れておいた。カルノにも気付かれないように。
「・・・・・。」
「昨日君が眠ってから気付いたんだ。悪いけれど、分解させてもらったんだよ。」
君達の持ち物の中で一番怪しいのがこれなんだ、とマックスは言った。
・・・・・どうやら、郵便局の方の荷物のことは気付かれてないようだった。
「砒素系の薬だ。飲んだら即死だぜ。何でこんなものを持ち歩いていたんだ?。」
「人殺しのためじゃないですよ。」
「それはわかっている。こんな取り出しにくい所に普通入れないからな。文字盤を割るしかない。・・・・と言うことは自殺用だろう?。」
ええ、と勇吹が肯定する。
そして彼は傍の窓を開け放った。
「おい、勝手な真似は・・・・。」
マックスがあわてて駆け寄ろうとする。
・・・・・息を呑んだ。
「・・・・。」
朝の空気が揺らいでふわっとカーテンをゆする。
勇吹は、真っ白な羽根をその背から出した。
翼は彼の背丈の倍を越え、バサッと大きく開く。
薬は・・と勇吹は呟いた。
「俺が方向性を誤ったとき、つまり権力者になろうとしたときに、飲もうと思っています。」
「・・・・・。」
「それから、カルノが理不尽に殺されてしまった時、世界を破滅させた俺が飲むために。」
トンッ、と、
バルコニーのコンクリートを蹴り、柵を蹴って、外へ飛び出した。
「・・・・待てっ。」
ジャンは拳銃をつかみ、外に出る。
構えるが銃口が震えた。
終末伝説も救世主再臨も信じちゃいないが。
「・・チィッ。」
撃てるわけがないじゃないか!。
大きく舌を打って銃を投げ捨てた。
アイツ今、ナンテ言イヤガッタ?
茫然としていたマックスが徐に携帯で本部に連絡を入れた。
「カーソン警部・・。奴が逃げました。」
空を翔んで、と。
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