SIDE STORY.
エンジェル・・・そしてデビル。
カイはリーデリックから渡された、資料をめくる。リーデリックがハッキングや盗聴、またはネット仲間を介しデータ収集に当たった結果である。
そこには報道や事象から照らし合わせ考察した警察の見解と、勇吹は日本の神道内、カルノは一時期所属した団体からの彼らに関する確かな略歴が記されていた。
「(・・・関わるべきか関わらないべきか。)」
警察の意見は確かに自分の意見と同じだ。
「(・・・けど、もう・・・乗り気な誰かさんのせいって言うか自分が悪いって言うか。あーあ。)」
・・・・・・・彼らに助けてもらったのはもう2週間も前。
ニューヨークマンハッタンに戻ってきていた。自分ちはけっこうお金持ちで50階建てのビルの30階フロアには自分の自室があったりする。
窓の向こうには真向かいのビルが見え、空を飛ぶテレビ中継のヘリを映していた。
ロサンゼルス市警をハッキングして事態に気付いて、このオフィスに移動したのは昨日。
そのあとからずっとビルの景色の手前のデスクでリーデリックはあわただしくキーボードを叩いていた。
「・・。ヴヴ、泣きそう・・・。」
そう言って、リーデリックはいきなり頭を抱えて突っ伏して唸った。
「どうした?。」
「・・・・カイ、悪い。例のソフトウェア返して。」
キーボードにうつ伏せたまま、一連の動作を見ていたカイに向かって手を突き出す。
「え。リック、あれまた使うのか?。」
「しょーがねーだろー。向こうがそれと同じメーカーの鍵使ってんだからよ。急がないとカルノが殺されちまう。」
言われた通りカイは、昔リックが作り出したプログラムのシリーズの入った金庫を本棚の隠し扉から取り出した。
「何番?。」
「18x222xxx。」
自分がなうてのハッカーだということをその手の業界に知らしめた侵入プログラム。
「メーカーも知らないんだろうな。」
「知られたら消されちまうよ。」
リーデリックに指定されたCD−ROMをディスクドライブに入れ、インストールを開始する。
コンコンとドアがノックされた。
「よう、遅くなってワリィな。来てやったぜ。」
「げ。」
露骨にリーデリックが顔を歪ませ、虫を噛んだような声を出した。
「シータ。」
呼ばれてシータ・ジョージアが入ってくる。背丈は中の上くらい、少し頬のこけたのも気になるが全体的にやせ体質がわかる。ほっそりとして、パッとみパッとしない青年だ。
「やっぱ呼んだのかよー。でぇっ。」
デスクにしぼむリーデリックの頭を拳でぐりぐりやる。
「いい加減しつこいぞ。おまえ。」
「うるせぇ。テメェに利用されたの一生ーっ忘れてやんっねーっ。」
去年のことだ。シータの親が総元締めのマフィアをリーデリックがつぶしたのは。
「こーゆーことでもねーと、おまえ、宝の持ち腐れだぜ。」
「ネット犯罪なんだよっ。あーもー今だってすっげー法律に触れてるよ。」
俺、すげー真面目な奴なのにーと喚いている。
そうも言っているうちにインストールが終わったらしい。リーデリックは手を休めずに操作を開始した。
かちゃっと、アンはコーヒーのおかわりの入ったポットを持って入ってきた。
「オタクの辛い所だね。」
いきなりふうとため息をつかれた。どうやらドアの向こうまでリーデリックの声が聞こえたらしい。入ってみればパソコンに向かうことをやめてない辺りを揶揄ったのだ。
ヒャッヒャッとシータがおかしそうに笑った。
「言い出しっぺはあなたじゃない。」
「彼らを探そうって言ったのおまえじゃん。」
兄妹そろってリーデリックをたたき上げてしまう。
「ヴ・・・。名前調べるつもり・・・・・・だけだったのにーっ。調べれば調べるほど・・・これが楽しくてさ〜。」
「はまっちゃったね。」
「そーなんだよー。」
ソフトを注入していって、シャロムカンパニーの中央制御室に侵入していく。
リックはそこでファイルを自在に見れるように自分の認識番号を作り登録した。
「これでよし・・・っと。ロック解けたぜ。」
リックはエンターキーを押した。カンパニーが社内で使うような操作がこの端末でも出来るようになった。
「どうする、カイ、なにから見る?。」
ディスプレイから顔を上げた。
「シャロムカンパニーのナンバー2のサリエルの動向を調べてもらえる?。カルノを封じるために彼女は間違いなく傍にいるはずだから。」
「じゃ、名簿から入るか。」
「そうだね。」
軽くキーを叩いて、管理画面を出し、主要人物のリストを出す。
サリエル・カーター
「出張中、だとよ。帰宅は明日の9時だ。ご用の有る方は秘書まで、だってさ。」
「・・・・・・。9時・・・。・・・・・リーデリック。車やっぱり輸送に使ってるよ。飛行機だったらもうついてるはずだから。」
「警察・・・空港チェックしてたよな。」
「陽動じゃねえの?。空港の方。」
こともなげにシータが呟いた。
「オッケー。その線で追いかけよう。サリエルは業界きっての催眠術の使い手だ。検問も料金所も素通りだろう。リック、おまえはこのままカンパニーのネットに侵入したまま、こまめに警察に報告してくれないか。もちろん匿名でな。それから、彼らに関する情報の消去。」
「タイミングを見計らって警察の方もやっとくよ。」
ゲーム感覚に近いが妙に実用的な考え方をするこの歳の離れた連中にシータは肩をすくめた。
「んで、俺は何をすればいいんだ?。」
「タクシードラーバー。」
カイが答える前にリーデリックがつっけんどに呟く。
「そりゃま、俺はロサンゼルスじゃその仕事についてますけど。」
「ニューヨークじゃ無理。ああ、そう、いいよ、帰ってバイバイ、なんのおもてなしも出来ませんで。」
「うーん。まあ、お手並みを見せてやるよ。」
リーデリックの悪態に悪意は無い。わかってるから軽くいなす。
「シータ。運転よろしく、彼らの郵便物をカモフラージュしにいくから。」
「あいよ。・・・・・それから一つ言いたいんだが警察がその悪魔を助けるとはかぎんねーぜ。」
「・・・・わかってるよ。勇吹にその情報が伝わればいいんだ。アン、おまえはここに残っていつものようにリックの手伝い。」
「はーい。」
***
陽動は上手く働いているらしかった。警察の検問も催眠術でかわす。
「・・・・・・少し休むわね。何かあったらすぐに起こして。良いわね、すぐよ。」
自分と歳相応の運転手兼ボディーガードにサリエルは呟いた。
全ての追っ手をかわせたななんて思ってはいないがそれでも今は少し余裕があって休息に当てられそうだった。
ロードスターは悠然と、夜の高速を走り抜けていく。
サリエルはシートに深くもたれて目を閉じた。
そわそわする気持ちを落ち着けるように。
「・・・・・。」
敷島勇吹が斜面を転げ落ちていく。それをカルノは見送り、こちらを振り向いた。挑むように睨んだ。
この先は行かせない・・、そう。
そんな言葉が手に取るように聞こえた。
「悪魔のくせにっ」
と叫んだと思う。そして何も言わせないまま、自分に使えるありったけの力をこめて術を強めた。
彼はがくんと身体を強張らせ一瞬で気絶した。彼にはほんの少しも抵抗する力は残っていなかったのだ。
すぐ気絶したのは幸いだった。少しでも抵抗すれば発狂したかもしれない。
勢い余って殺してしまう所だった。
「(悪魔が人を助けるなんて。)」
敷島勇吹を餌として虜にしているわけではないのだ。
かといって敷島勇吹はカルノの同類ではない。それは調べでもそうだったし、実際会ってそれが間違いないことがわかった。
同類だから助けたと言うことも絶対ありえない。
「(悪魔のくせに。)」
あの視線から放たれた思いが自分を困惑させる。
そこにあるものを確かに感じ取った。
自分にもかつてそれがあったからわかる。
この悪魔は失えないものを身をとして守っている。
「(・・・・でも。)」
そっとシャロムの透き通った腕が自分の首に絡みつく。隣の男には見えないものだ。
サリエルは身をすくませた。彼を失って冷えた身体を憎しみだけがこの身を温めてくれる。
シャロムの声は聞こえなかったが、あやすように頭を撫でてくれた。
夜の光が流れていく景色の中のただ唯一の安らぎだった。
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