EPISODE...



 カランと鈴が鳴って、客が入ってくる。最近アパートを借りた日本人だ。
「ジョージさん、いますか?。」
「親父ならいないよ。」
 無愛想に答える。事務所の応接に足を投げ出して雑誌を読んでいたところだった。
「えと・・・、アレンさんでしたっけ。」
 彼に自己紹介した覚えはなかった。奴に名前を言われて思わず顔を上げてしまう。
「え、ああ、親父から聞いた?。」
「いえ。マーガレットさんがあなたの事を呼び止めてるのを見かけたんです。」
 義理の母親の名前を聞いて、少し嫌な気持ちになる。
 昨日の話だ。夕飯時に出かけていく俺に、お金を渡してきた。
「初めまして。敷島勇吹と言います。こちらを渡して頂けますか?。」
「ん?。ああ、いいけど。」
 家賃の支払いに来たのか、と一人ごちながら、アレンは応接から立ち上がって集金関係のファイルをジョージのデスクから取る。
 確かに今日が払い込みになっていた。
 一切ジョージの仕事は手伝っていなかったが、集金の処理なら見ていればわかることだった。
 丁寧に封筒に入れられたお金を勇吹から受け取った。
 その時、ドタドタッと後ろで音がした。
「え・・。」
「僕が持ってるっ!。」
「あ・・と、テメ、マークっ。」
 封筒ごとひったくられた。
 マークは弟だ。父親と再婚相手の子で、5歳になる。
「僕知ってるよ。昨日、お金くすねてたの。」
 そう怒鳴って、向こうに行ってしまう。
 ・・・・・あのな、それじゃ俺は犯罪者じゃんかよ、と思う。
 やっぱり昨日のことをマークも見たのだろう。なじって、ほとんど奪うようにお金をあの女から取ったから。
「・・・わりぃな。うちあんまり家族仲、良くねーんだよ。」
 そう言って領収書だけ切った。
 勇吹はくすっと笑って肩をすくめた。
「あの小さい管理人さんに、503号室の敷島が家賃持ってきましたとお伝えしておいていただけますか?。」
「・・・・・。」
 ハッと、顔を上げてダブらせる。
「?。なんですか?。」
「・・・・別に。死んだ母親が言った言葉に似てたんだよ。」
 幼いとき母が自分に言った言葉、しっかりしてるからお店任せても平気ね、と。
 信用されたのがすごく嬉しかった。
「つりとかあった?。」
「いえ。ないです。」
「・・・・マーク、あれでも正義感だけはあるみたいだから、ちゃんと親父にお金行くから、心配しなくていいぜ。」
「ああ、はい。」
 領収書を勇吹は財布に収めた。
 アレンはなんとなく好感を覚えた。英語も上手いし、日本人によくあるあのおどおどした感じがなくていい。
「留学?。」
「いえ、観光です。」
 勇吹は首を横に振った。
「?。なのにアパート借りたのかよ。」
「ええ。」
 肩をすくめてどう説明しようとちょっと考えこむような仕草をして、また顔を上げた。
「・・・・人を、探しに来ているんですよ。だから、ビザを取得できなかったんです。」
「おまえ学生だろ。学生やりながらすりゃーいーじゃん。」
「俺そこまで頭良くないから。」
 はにかんで笑った。でもそれは謙遜だと思う。これだけ英語が達者なら上等だ。
 怪訝に思う。
「ふーん。・・・人探しって誰?。」
「両親と、弟です。」
「へ?。」
 てっきり友人とかそういう理由かと思ったのだが、いきなり肉親と来た。
「つい最近なんですけれど、いなくなってしまって。」
「それでここまで?。」
「はい。」
「でも、蒸発したからって、ここまでこねーだろ。」
「うーん。」
 勇吹が困ったような顔で笑った。
「蒸発したんじゃ、ないんですよー。」
「?。」
「神隠しにあったんです。」
 あんまり言いふらさないでください、というふうに唇に人差し指を当てて、にこっと笑う。
 その笑顔に不意を突かれた。
 グッバイと言い返す前に、彼は事務所から出ていってしまった。


               ***


「・・・・・神隠しねぇ。」
 と、我ながら真面目だなと思う。とりあえず間に受けて、それに関する本を読みに図書館に来ていた。
 ついでにあいつの身に起きた日本での事件も調べた。
 行方不明なのは、父、義理の母、弟。祖父と兄は別の所に住んでいたから無事だった。
 証拠不十分で検挙されなかったが、容疑も掛けられたらしい。
「(そんな様子には見えなかったけどな。)」
 ポーカーフェイスなのかと思うとなんだか釈然としなかった。
 あんなふうに笑えるなら、心からであってほしい。
 ここは2階の閲覧室で、1階に勇吹がいる。
「・・・・あいつも母親いないのか。」
 と呟いて、違うと訂正する。母親はいるのだ。義理でもあいつには母親なのだろう。だから探そうとしている。
 前向きだ。
 自分は5年前に死んだ母親を引きずって・・・・そのあとすぐにマーガレットがマリアを連れてこの家に来て、ショックから立ち直れずにいるというのに。
 カタンと、アレンは席から立ち上がった。
 1階に降りる。
「よっ。」
 名簿を調べている勇吹の傍らに、フロッピーディスクを置く。
 勇吹が驚いて顔を上げた。
「おまえの両親と、弟の名前、教えてくれよ。検索してやるよ。それに、俺これでも弁護士の資格持ってっから、いろんな所に顔がきくからよ。」
 丸くしていた眼を、笑顔に変えて勇吹が笑ってくれた。


               ***


 図書館から帰る途中、近所のバーに誘った。
 勇吹はお酒が強いらしかった。
 実際そうで、ビールをジョッキで1杯引っ掛けて、ウィスキーをダブルでいって、今は日本酒を飲んでいた。
 いっこうに赤くなる気配がなかったし、ろれつが回りもしなかった。
 勇吹の飲みっぷりに感心しながら、アレンはウィスキーグラスを傾けていた。
「うーん。勇吹がこんなに上戸だとは思わなかったな。」
「えー?。初めて言われたな。」
 気がついたら酒飲みだってレッテル貼られてた、と言う。
 日本酒があったのにはずいぶん喜んでいた。
 ちょうどカウンターが空いていて、顔なじみの酒好きのマスターに日本酒を尋ねたら、私物のを特別に開けてくれたのだ。
「やっぱり、日本酒が好きってのは日本人だからか?。」
「人によりけりじゃないかな。ビールの方が好きな人が多い気がするし。」
「ふーん。でも、勇吹は日本酒が好きなんだ。」
「もちろん。」
「そのうち日本行くからよ。そん時はおいしい日本酒教えてくれよ。」
「それはもう、まかせてよ。」
 勇吹は指を折り酒の銘柄をあげ始める。
 ・・・・・・・・カランカランカランッッと、けたたましくドアが開く。徒党を組んだ男達が入ってきた。
 アレンは顔をしかめた。やな客が入ってきたと思う。この辺では名の通った不良達だ。
 因縁をつけられないうちに出ようと、アレンは勇吹に目を配せて合図した。マスターに料金を支払い、多めにチップを置いた。
 日本酒を出してくれたお礼だった。また、来ようと思う。
 不良の先頭を歩いていた奴とすれ違う。その際彼らは勇吹をまじまじとなめるように見た。
 取り巻きの一人がリーダーらしき男に耳打ちした。
「・・・ちょっと待て。」
 そう言って勇吹の腕を取った。
「おまえ。あの赤い髪と一緒に来た奴だよな。」
 カルノのことだ。
 ちょいちょいと男は自分の鼻の上のバンソウコウを指差す。
「これはそいつにな。やられちまってな。」
 その中指を突き立て勇吹の顔面に突き出した。
「せっかく可愛がってやろうとしたのによ。ツケ上がりやがって。」
 勇吹の視線が一気に氷点下に近い冷めた表情になる。しかも次の言葉にアレンは血の気が引いてしまった。
「あんたがフラれただけだろ。かっこわりぃ奴だな。」
 怖いもの知らずもいいとこだ。
 男が明らかに憤慨した。
「てめぇがかわりでも、いいんだぜっ。」
 完全に勇吹に目をつけた。アレンがやばいと思ったが遅かった。男は振りかぶる。
 拳が勇吹の頬の横をすり抜けた。頭を横に倒して避けたのだ。男の指にいくつか突けてある指輪の石が頬を掠めて赤い筋を作る。
 それでも勇吹は目を閉じなかった。キッと睨み返し、捕まれた腕を逆手にとって相手の衿をつかむ。
「いっせーの・・・せっ。」
 ダンッ・・、と背負い投げた。
「勇吹っ。・・・・うわ。」
 騒々しい音をたてて、テーブルや椅子を巻き添えにした。
 いっせいに客が騒ぎ出す。
「ごめんだねっ。」
 眼の端を吊り上げて叫んだ。
 ・・・・・こいつ、すっげー強気・・とアレンは思った。
 男はもろに背中を打ったらしくうめきながら起き上がれない。
 リーダーがあっという間に日本人の少年に投げられて、取り巻きどもも言葉を失っていた。
「・・・・。」
 勇吹の度胸の良さに感服してしまう。
 けれど勇吹にはここにいる連中全員を相手にするほど余裕があるわけではないようだった。
「走って、アレンっ。」
 興奮で息を荒げながら、勇吹が腕をつかんだ。
 ドアの鈴を勢いよく鳴らして自分達は飛び出した。


          ***


 コーラ片手になにか上機嫌な様子で歩いてくる。
「勇吹ー。なにしてんの?。」
 すっかり辺りは暗くなっていたが、彼の赤い髪と皮ジャンを着こなした姿はよく目立った。安全な公園にまでたどり着いて、座り込んでいたアレンと勇吹を見つけていけしゃあしゃあと言う。
「おまえこそなにしてたんだよ。」
「俺?。えーと、皮ジャン買いに行って、映画見て・・・、ああ、あとケンカ。ホテルに付き合えってしつけーから片っ端からぼこぼこにしてやった。」
 それだ・・・と思う。
 ホテルに誘われた・、・・なるほど彼は確かに、芸能人の多いこの界隈じゃモテそうだ。彼の面立ちはかっこいいというより、美しいの方が当てはまる。
「なに、とばっちりそっちいった?。」
「来たよ。」
「ふーん。でも無事回避できたんだろ。結果オーライじゃん。」
「ま・・・、そーだけどね。」
 やれやれとため息をついて勇吹はお手上げをする。表情からして詫びをしてもらうことはあきらめているようだった。
 そ・・・と、カルノは勇吹の頬に指先を触れさせて、指輪で突いた切り傷の血を拭った。
 それを舐める。仕草が、普通じゃなかった。
 彼はその美貌も合わさっていっそう微笑む
 勇吹がそれを嫌がりもしなかった。
「ええと。アレンだっけ。こいつ家まで送ってってくれる?。俺はもうちょっと遊ぶからさ。」
 そう言って返事も待たずに踵を返してさっさと行ってしまう。
「勝手な奴だなぁ。いーのかよ、あれ。」
 彼の雰囲気に飲まれてしまい、思わずぼやいてしまう。
「どーしよ。わかんないです。」
 カルノが行ってしまった方を眺めて、勇吹は困ったように笑った。
 そんな彼でも信頼してるんかなと思えた。
「そーだよな。わかんないよな。」
 ズボンについた砂をはらって立ち上がった。
「ああ、そうだ。ああいう場合、相手を逆撫でするようなこと言うもんじゃないからな。肝が冷えたぞ。」
「だって頭にくるから。」
「・・・・おまえ、相当負けず嫌いだろ。」
 あきれたように呟く。あの程度の中傷で相手を睨み返すあたりまだまだお子様だ。
「見かけによらねー分、まわりに誰かいても不意突かれて誰も止められねーだろうから今のうちに自主規制させておく。」
 なんだか兄貴みたいな言い方になってしまった。
 勇吹には確か兄がいたはずだった。こんな感じなのだろうか。
 はっとするように勇吹がこちらを眺めた。
 ぽんと勇吹の頭を叩いて、帰ろうと促した。


          ***


「ねー、これ教えてってば。」
「あとでじゃダメ?。」
「ダーメーなーのー。今日見たいテレビあるから。」
 マリアが自宅から事務所にやってきていてマーガレットに駄々をこねていた。けれどマーガレットはジョージとともに大事な客との面会のために忙しくしていた。
「アレン。」
 マーガレットが呼んだ。が、速攻でお断りする。
「やだ。この前教えてたら、わかんねーってよ。」
 アレンは事務所の事務の席でワープロの打ち方を勇吹に教えていた。観光できていることになっているので働くことの出来ない勇吹に、仕事があるかとアレンは父親のジョージに尋ねた所事務の仕事を紹介してくれたのだ。
「まあ。」
 マーガレットは困ってしまう。
 見かねて勇吹が呟いた。
「教科なに?。」
 勇吹が味方だと思ったのか、とことこっとマリアがこっちに来る。
 彼女の目線の高さを合わせるように勇吹は椅子から降りて膝をついた。ワークブックを覗きこむ。
 算数だった。
「これならわかるよ。俺じゃダメ?。」
「お願いっ。」
 嬉しそうにマリアが勇吹の手を取った。彼はこちらに苦笑いを向けた。
「アレン、ごめん。いいかな。」
「事務の仕事は今日中ならいつでもいいけどよ。こいつ、すっげーバカ・・・イテッ。」
 マリアがアレンの足を蹴った。
 そして勇吹の腕を引いて彼を家へと案内しようとする。
 そそ、っとマークが寄ってきた。
「僕のも。」
「いいよ。」
 字の教材だった。
 勇吹は嫌な顔一つせずに、すごく優しい掌を伸ばしてマークの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「お兄ちゃん。テレビの調子悪いの直しといてよっ。」
 マリアが怒鳴った。
「あいよ。テレビの方がおまえより何倍も素直だろうからな。」
 ・・・・マークが不思議そうな顔をしてアレンを振り返る。
「なんだよ。」
「やだって言わないんだ。」
 そう呟いて、マークは勇吹の後につく。
「まー確かにな。」
 ぽりっと頬を掻いた。
「アレン。ここにいる?。」
 勇吹に尋ねられる。どちらかと言えばそれを頼むような言い方だった。
「ん?。ああ。」
「もしさ、カルノ見かけたら、電話入れてくれないか?。」
「なに、あいつ帰ってねーの?。」
 勇吹は苦笑った。
「うん。あのあとから。・・・・カルノのことだから心配したってしょうがないんだけど。」
 しょうがないって、その顔はメチャクチャ心配してるっていう顔だぞ。
「・・・・。とりあえず。わかった。」


           ***


 アパートの事務所の真向かいに自宅がある。その隣は祖父が経営する工場があった。
「おい、じーさん。工具貸してくんねーか?。」
 テレビのアンテナが壊れてしまっていたのだ。マリアがうるさいので直すための道具を借りに来た。
 工場はバイクを中心に修理している。経営者は、カロン=マックス。アレンの実の祖父にあたる。
 あいかわらずごちゃっとしたところだ。けれど、こと工具に関しては多種多様な収集ぶりだ。
「アレンか。・・・・適当に探せ。」
「あいよ。」
「・・・・なんかおまえ変わったな。」
「そーかもな。」
「・・・・・・。」
 その時カタンと音がする。ガレージに誰か入ってくる。客かなと振り返った。
 ドキンとした。
「・・・・おま・・。どこ行ってたんだよ。」
 カルノだった。
「野暮。」
 野暮にしたって、と、アレンはカルノの姿を足元から天辺まで見る。
 どう見ても、ケンカしてきたようにしか見えなかった。顔には泥がついていたし、服が破けて、ナイフで出来た切り傷もいくつかあった。
 カルノはカロンの前に立つ。
「よう。なー、これ改造できる?。」
 手を突き出して見せたのは拳銃だった。
「ついでに弾が売ってるところも知りてーんだけど。」
 ずいぶん物騒なことをいとも簡単に言う。
 あんな普通な勇吹が、なんでこんな奴と一緒にいるのだろう。アレンは怪訝に眉を寄せた。
 カロンは黙ってカルノを見上げる。おもむろに拳銃を受け取り、眺めやりながら呟いた。
「・・・・なぜ、俺に聞く。」
「この辺で出来そうなの、ここだけだから。」
 確かにこの辺りで修理屋を営んでいるのは自分だけだ。
「出来んの?。」
 諾否を尋ねられる。
「おまえな、ここはただの修理屋だぜ。」
「・・・・どんなふうにするんだ?。」
「・・・・・・なんでそんなの出来んだよ・・・あんたも。」
 承諾するカロンにあきれる。けれどそのアレンを振り向きもしない。こうなったら自分の言うことなど聞きもしない。
「勇吹が撃てるように、射程距離50メートルの所を30メートルに出来ねーか?。」
「弱めるのか?。」
「強くすんのは出来るけど、バランスよく弱めるの俺は出来ねーんだ。下手すっと狙い定まらなくなるから。かといって効力の弱いのモノ持たすと相手に舐められるしよ。」
「・・・・おい。」
 アレンがうめいた。とばっちり食わしておいて勇吹をこれ以上なにに巻き込むつもりなのかと思う。
 カロンとカルノの間に割り込んだ。
「ちょっと待てよ。勇吹に銃を持たせんのかよ。」
「ああ。」
「おまえな。いい加減にしろよ。・・・・迷惑かけてんのわかってんのか?。」
 カルノの衿をつかむ。一度だけガクッと揺らした。
「・・・・勇吹にそう言われたらそうするよ。」
「・・・・。」
「あいつがいらないって言うなら、俺もいらねぇ。別に。」
 余裕じゃねーかと思う。
「それにここ、アメリカだろ。銃の一つくらいカッコ付けでも持たねーとつまんねーじゃん。」
 衿の手を外して肩をすくめてにやっと笑った。アレンは絶句してしまう。
 そんな二人のやり取りを眺めながら、カロンはゆっくり無愛想に呟く。
「・・・この銃をどこでくすねてきたんだ?。」
「あ?。ああ、ヒルズのオカマ野郎どもから。」
 そう聞いてアレンはハッとして、もう一度カルノを見た。 
 まさか、
「まさか、テメ・・・更に逆襲したんじゃ。」
「落とし前つけてもらったんだよ。あいつに二度と手出しできねぇよ−にしてきた。」
「してきたって・・・。」
 あのあと、俺達を帰らせてから、ケンカふっかけに行って来たのかよ。
 勇吹のために?。
「さっき、俺の昔のダチが、赤い髪の奴が暴れてるって言ってきてな。」
「じーさん。知ってたのかよ。」
 振り返って自分の祖父がさっきから言う言葉一々衝撃的であきれる。けれどそれは戸惑いに近かった。
「この辺は俺の庭だからな。・・・アレン、おまえがあの日本人と一緒にからまれたって言うから、ちょっと気になってな。」
 やり返しに一人で行く奴は珍しいと、カロンはカルノを見上げてにやりと笑う。
 アレンはカロンが笑うのを始めて見た。
 ・・・・知らなかった。カロンと言えば、このガレージで背中を丸めて部品を仕上げている姿しか思い浮かばない。たまに出ていって酒を飲んで帰ってくるだけの。
「・・・・・他に仕事があってな。銃は一ヶ月はかかるからな。」
「そのくらいならいいよ。いそいでねーし。」
 交渉が成立してカルノはガレージを出ようとする。その首根っこをアレンはつかんだ。
「勇吹。かなり心配してたぞ。」
「・・・・・・。」
「じーさん。こいつにシャワー貸してやってくんねーか?。・・・カルノ、せめてそのナリだけでもなんとかしてけ。勇吹にもっと余計な心配かけさせたくねーなら。」
 アレンの言葉にちょっとカルノは驚いていた。人に嫌われるようなことをしている分、あまり理解されようと思ってないのだろう。
 だから、たぶん好意を受けると逆に驚いたりするのだろうと思った。
 大人しくなった。
「・・・・どこ?。」
「奥。」
 アレンは親指を突きたてて、風呂のある方をを指した。
「ついでに手当てもしてやるから。」
 イケ好かないし癪に触りまくる奴だが、どうやら悪意はないらしい。
 バスルームへとカルノを案内した後、アレンは電話の受話器を取った。自宅の番号を押す。
 コールが2回ほど鳴った。
「<Hallo.>」
 ぎくっとした。思わず受話器を置きそうになる。
 電話に出たのはマーガレットだった。
「あ・・・。」
 てっきり事務所にいると思ってたのだが、戻ってきていたようだった。
 いつもこうやって困る。彼女をどうやって呼んでいいのかわからない。歳が近いので、義母さんなんて言えるわけがなかった。
「アレン?。」
 彼女が確かめるように聞いてきた。
 観念して尋ねる。
「・・・・ああ。・・勇吹いる?。」
「・・・あ、うん。いるわよ。2階でマリアとマークの勉強教えてくれてるけど。」
 じゃあさ、伝えてもらえる?。隣の工場に来てくれって。カルノが戻ってきたからって。」
「わかったわ。」
「・・・・マーガレット。」
「え・・・。」
 彼女の名前を呼んだのは実は初めてだ。
「・・・・・・なあ、今日の飯もう買出ししちまった?。」
「え、ううん。このあとお客様に会うから、そのあとって考えてるわ?。」
「じゃ、今日俺もそっちで食うから。俺の分もよろしく。」
「っ!・・・。うん、わかった。用意するね。」
 会話を終わらせて切った。ごとっと受話器を置く。
 こんなところだろうか。
 今まで突っぱねてきた分、恥ずかしさでどっと疲れたが、心に嫌なもやは残らなかった。
 バタンッと隣の自宅の扉が閉まる音が聞こえた。勇吹がガレージに駆け込んでくる。
 彼の視線がカルノを探す。
「(こりゃ、当分、いらねぇなんて言わねぇな。)」
 なんとなく、カルノに対して嫉妬する。
 こんないい奴に頼られるあの小悪魔を罰当たりだと思う。
 けれど・・・、我が家に平穏を運んできた神様の使いの居場所はどうやらそこのようだ。