5.





 荷物を郵便局預けてすっかり今日は日が暮れてしまった。
 ジョージの別荘から出て、明後日の朝にはニューヨークに発てるように片付けていたのだが、部屋の掃除までが終わるには明日までかかりそうだ。
「(ま、午前中には終わるかな?。)」
 勇吹はキッチンから見える雪のちらつく景色から視線を外した。夕食で使った皿を食器棚に戻す。
 山間の夜はずいぶん早く訪れ、そして長い。
「カルノ、雪がまた降ってきたから・・・。」
 ストーブを出そうかと尋ねようとして振り向くと・・・、彼がソファの傍らで眠り込んでいるのが見えた。
 このロッジの銃のコレクションの手入れをしていてそのまま寝入ってしまったらしい。
「・・・。」
 カルノはこのところ浅い眠りをしていた。
 シャロムカンパニーの、いつどんな敵が来ても言いように、神経を研ぎ澄ましていた。
「・・・・(疲れたのかな?。)」
 二人分の命を守っているせいで。・・・口には出さないが、そうに決まっていた。
「(あーあ。守られててどうすんだよ。)」
 勇吹は前髪をかき上げて、額を抑えた。
 でも自分の能力は対悪魔で、人間と対した時にはなんの役にも立たないのだ。どうしても念動力が使えるカルノが戦う羽目になる。役割分担からすると、自分は後方支援だろうか。その程度しか出来ない。
 シャロムカンパニーとやりあった時もそうだった。
 勇吹はため息をつく。
 ・・・・あれから2週間。
 ラジオで聞く限りだと、ニュースの話題はとっくに毎日の事件の中の一つにされて、ほとぼりもだいぶ冷めつつある。
 カルノもその辺りを感じ取って安心したのかもしれなかった。
 キッチンの横にある勝手口を開けて、勇吹は発電機を止めた。
 フッとロッジの中の明かりが消える。
 けれど部屋に戻るとわかるが、外からの雪の反射と暖炉の火が中を灯していて、もう寝るだけの夜ならそれほど不自由しない。
 水道管が凍らないように栓を閉め、暖炉の火からヤカンを下ろし、就寝のための準備を済ましていく。
 勇吹は暖炉の火を弱めるため大きな薪を選り分け、カルノがかぶっていた毛布を集めてたたんだ。
 すーっと寝息が聞こえる。
 唯一このロッジの夜を賑やかにする発電機を止めてしまったからだ。
 彼を起こすべく、勇吹はそっとその肩をゆすった。


               ***


 トゥルルル・・・
 トゥルル・・
 鳴り出した備え付けの電話にカルノと勇吹はベットから跳ね起きた。
「カルノ・・。」
 二人は顔を見合わせた。今まで鳴ることの無かった電話が今鳴っている。
「考えられるとすれば、ジョージか・・警察か、嗅ぎ付けた連中か。」
「どっちにしろよくねぇには違いねーな。」
 借りにジョージだったとしても、内容は決まってるはずだった。
 ここから出ろ、と。
 勇吹はベットから降り、着替えた。もう整っていたサブザックを肩にかける。
 夜明け前だった。山の向こうでは選るが開け始めているのか稜線の空が白々と薄くなりつつあった。
 苛立つ電話を切ってやってカルノは寝室を出てダイニングの窓の外をうかがった。そして勇吹を手招きした。
「・・・っきしょ。詰めてやがんな。」
 このロッジから距離を。
 ゴトゴトッと勇吹が電話を引っ張ってきた。
「なにやってんだよ。」
 カルノは勇吹の袖を引っ張りしゃがみこんだ。
「警察にでも電話入れる気かよ。」
「いや、ジョージに、家あけるからって連絡しようと思ってさ。空き巣に入られたら悪いだろ。」
 このあと、きっと戦闘になる。銃の打ち合いになって鍵を壊されるかもしれない。
「あっちの電話に着信だけ知らせるだけだよ。すぐ終わる。」
 そう言って、短縮を押した。
「そうゆうおまえの気の使いかた好きだぜ。けっこう。」
「すいませんね。的外れで。」
 ゴトッと受話器を床において外しっぱなしにした。
 レシーバーの奥から受話器を上げる音がした。
「・・・・・。」
 アレンの声だった。話したい衝動に駆られる。
 けれど、できない。
 雪を踏む音が外でしたからだ。
「・・・・・。」
 カルノは勇吹の頭を左手で自分の胸へと引き寄せた。
 そして背中の服をめくってズボンに刺してあったオートマチック銃をつかんだ。
 ガチャンと手首をゆすって弾を装填させる。
 詰めていた息を吐いた。

 ―――ガンッ

 鍵をやられ勝手口が蹴り上げられた。受話器から叫び声が聞こえる。
 カルノが応戦した。2発。
 それが入ってきた相手の胸と脚に当たった。
「・・・・。」
 周囲の戸棚を巻き添えにして侵入者が仰向けに倒れる。
「・・・一気に巻くぞ。勇・・・。」
 立ち上がろうとしてがくんと膝を崩した。
「カルノ?。」
 手から銃が落ちる。
「やべぇ。結界・・だ。」
 彼がそう、呟いた瞬間だった。パーンッと・・銃声が山間を縫うようにこだました。
「っ。」
 勝手口をすり抜け、弾丸がカルノの肩を連れていく。
「カルノッ。」
 彼の背を受け止めたせいで勇吹も一緒にフローリングに倒れ込む。
 右肩に刺さる麻酔針に気付いて急いでそれを抜いた。血が散った。
「はっ・・・ぐ・・う。」
 麻酔はそれでも全身に流れて立つことが出来ない。
 冷や汗が浮かんだのは誰かがここに近づいてくることへと恐怖からだ。
「(イ・・ブキを守・・。)・・・・・。」
 ハッとして勇吹は顔を上げた。足音と、かかるエンジン音。新雪を踏みながらこちらに向かってくる。
「・・・カルノッ。」
 突き出される腕から彼を守る方法が浮かばなかった。
 飛ぶことは・・・まだできない。自分の翼では誰かを支えることが出来ない。
「くそっ。」
 ただ・・離れたら終わりだと思った。
 男達は二人を抱え上げてジープの後部座席に押し込んだ。
 急いで警察も動いたそうよ、と呟いて乗り込んできた女性がいた。
「サリエル女史。警察来ました。」
「巻ける?。」
「任せてください。」
 サリエルと言葉を交わし、運転手は車を発進させた。確かに前方から警察と思しきセダンが入ってきていた。
 しかしこちらは四駆のジープだ。
 運転手は新雪をものともせず、セダンの横を走り抜けていく。
 ぐったりとシートにもたれているカルノの肩越しから、勇吹は彼女の様子を探った。
「・・・・ニューヨークよ。行き先は。」
 上手くいったことに高揚としているのかサリエルは唇の端で笑っていた。
「大丈夫よ。あなたは殺さない。日本人だし、力も神聖な方だわ。いろいろ面倒なのよあなたは。」
 頬に彼女の掌が触れた。その手は冷たく恐怖を煽られて勇吹はその手を弾いた。
 けれど彼女と視線があう。勇吹は目を見開いた。
「痛っ・・。は・・っく・・。」
 頬が強張る。ビクンと肩が揺れて引きつる。
 彼女の視線から送ってくる信号のようなものが体内に入りこんで静電気を皮膚に起こしていく。
 金縛りだ。
「・・それがおまえの・・能力なのか?。」
「そうよ。」
 結界が車を囲い込むように出来あがっていく。
 もう一度サリエルは微笑んだ。彼が自分の手に落ちたと思った。
 ―――――・・・・・が、その表情が驚愕に変わる。

 ミシッ・・

「勇吹・・。・・逃げろ。」
 ミシミシミシッとドアが軋む。
 カルノが一度だけ目を開けた。
 背後のドアをフッ飛ばす。そして残り少ない力を念動力に変えて
 ・・―――勇吹を突き飛ばした。
「カルノっ。」
 どうしてっ・・。
 3メートルくらい飛んで念動力の拘束が解けた。新雪の斜面を転がり落ちる。
「う・・・。」
 10メートルほど滑ってガクンッと大木の幹で止まった。
 起き上がろうとしたが、サリエルの術の効果が立ちくらみを起こさせて、再度雪の中に勇吹は倒れてしまう。
 そうこうしているうちにエンジン音はどんどん遠くなっていく。カルノが逃れてこない。見上げて愕然とした。
 明らかに意識の無い形で彼の腕が下がるのが見えた。
 雪を叩いて叫ぶ。
「カルノっ・・・なんでだよっ。」
 どうして、俺だけ。
 心細さ、非力さを考えて堪らなくなる。彼がどうなってしまうのか考えて怖くなる。
 道路の方から声がした。
 いくつかの銃声が響いたが、サリエル達は巻けたらしかった。雪をドリフトしていく音が聞こえ、それも遠のいていく。
 勇吹は袖で涙を拭った。斜面を登り始める。
 雪の上についたいくつかの靴跡と荒々しいタイヤの跡。不安で胸が押しつぶされそうになった。
 手首の腕時計にそっと触れた。
「・・・・・。」
 時間は6時になろうとしていた。空が青くなってくる。
 そして、後ろに迫る、警察手帳を見せてくる3人の男達を勇吹は振り返った。


                    ***


 ふもとの村より近かったロッジに引き返して、勇吹は3人の刑事をリビングに案内した。
 上司の方から、カーソン、ジャン、マックス。カーソンはセブンのサマセットを思わせた。彼が一番ベテランだろう。
 カーソンはコートを脱いだ。部屋の中が十分に温かいからだ。
「奥を見ていいかね?。」
「かまいませんよ。」
 勇吹はキッチンに向かいカセットコンロにヤカンをかけた。
 3人の中では中堅どころらしいジャンのこめかみがぴくっと動いた。
「なにも出てこないと言う言い草だな。」
「出てくるんじゃないですか?。」
 俺達怪しい奴だしと、勇吹はその刑事に向かって肩をすくめた。
「このジャップが。」
 そう言った瞬間咄嗟にマックスが二人の間に入った。
「先輩、今一番辛いのは彼なんですから。」
「うるさい。引っ込んでろ。」
 ジャンが怒鳴ったとき、先に椅子に腰を下ろしたカーソンがテーブルを叩いた。
 カーソンはジャンに部屋の中を捜すように指示し、マックスに例のものを出すように伝えた。
「・・・・。」
 勇吹はティーパックで紅茶を煎れ、砂糖とミルクをテーブルに置いた。
「わざわざすまないね。」
 外は寒いから、勇吹が気をきかしてくれたのがよくわかった。部屋の中は、雑然としているのでもなく、かといって神経質に綺麗でもなく、程よく心地いいくらいに片付けられていた。
 部屋はそこに暮らす人となりを教えてくれる。
 カーソンはそこで勇吹を『ずいぶん油断させてくれる少年』だと思った。
「こうして警察が来るということはどうしてだかわかっているかね。」
 勇吹は静かに首を横に振った。
「君達はロサンゼルスで誘拐されそうになっている。それで抵抗して人一人が行方不明になっている。」
「・・・・・。」
 人ではなく魔物だが。
「・・・追われているのに警察にどうして来なかったのかね。」
「逃げるのに精一杯でそれどころじゃなかったから。・・・なにも連絡が入らないから行動に出られなかったんです。」
 ・・・・なるほど、とカーソンは頷いた。彼の言い分はもっともだった。
 ただ彼に関して言えば、日本でも同じような事件に巻き込まれて、上手く警察をかわした節があった。
 本当に油断ならないなとカーソンは、ため息をあらためてついた。
「マックス。」
 マックスは持ってきたノートパソコンをテーブルの上で開いてセッティングを済ませ映像を再生させる。
 ディスプレイには勇吹とカルノ、そしてシャロムが映っていた。ロサンゼルスのあのホテルでの映像だった。
 ある一地点から撮られていて、それで防犯カメラだということに気付く。
 シーンはカルノが窓から飛びこんできて、勇吹の背でシャロムの腹が吹っ飛んで、最後、シャロムが消えるところまで、映っていた。
 一切の霊現象抜きに。・・カルノの翼も勇吹の翼も映っていなかった。
「血が無い。」
 カーソンは肩をすくめてお手上げをした。
「消したとしか思えない。・・・昨日、シャロムカンパニーのロス支店の科学者どもが自首してきて、カルノの解剖をするところだったと言ってきた。――――・・『悪魔』の研究をするために。」
 バカバカしいセリフには違いなかった。まぁ試しに言ってみる。勇吹の表情をカーソンは見抜こうとしてみた。
 何かを知ってはいるようだった。黙っているのは黙秘ではなく、言ってもわからないとこちらをくくっているからだろうと思えた。
「が、とりあえず、そういうオカルトな話しは置いておこう。カルノが何らかの方法で病院の壁を壊し、ホテルの窓を壊した。
「・・・・。」
「そして、シャロムの腹を火薬か何かで吹き飛ばした。君はずっとあのホテルに拘束されていたから、やはりこれもカルノだろうとこちらでは見ている。」
 カルノを逮捕すると告げた。
 勇吹は視線を外し、口元に親指を当てて考えるような仕草をした。普通なら、友人が逮捕されると言う事実を前にして、それはすごく妙だった。
 彼がまっすぐこちらを見た。
「彼が連れていかれた先はわかりますか?」
 カーソンはマックスに目をくばせてパソコンの画面をカーナビゲーションのモノに変えた。
「さっき撃った中に探知機を含ませた。彼らもプロじゃないらしい。他の署に協力を要請して尾行してもらっている。・・・・が、君が思うようにおそらく行き先はニューヨークの本社だ。・・・彼は助けよう。その代わり、彼のことに協力してもらおう。」
「・・・・わかりました。」
 その言葉に様々な思惑を隠して、勇吹は承諾した。