Anno Domini




「・・・・。」
 勇吹はベットサイドの壁にもたれつつ座り、呆けて、しばらくそうしていた。
「・・・。」
 窓辺に、浅黄色のカーテンが揺れる。
 スッと上体を窓辺の方に移してみた。
 白い家並みの日差しの反射。
 空の青を移した海。
 冬の寒さの中でも、陽射だけは眩しい。
「(・・外に出てみたいな。)」
 カルノの『とりあえず端折る』性格のせいで、ここがどこすら知り得てない。
 それどころではなかったのもあるけれど。
 具合を見るように、勇吹は、ゆっくり腕を伸ばしてみる。肩や肘の間接にまだ痛みを覚えた。
 でも最初みたいに腫れて痛くて動かせないほどではなかった。
 そう、もう、あれから1ヶ月半が経とうとしている。
「(早いな。)」
 日本の病院には食事が取れるようになるまで、いた・・4週間。これから実家の家のドアとここのドアをつなげての通院が始まる。
 勇吹はベットから体を起こした。
 傍にあるクローゼットを覗き込み、カルノの服を取る。
 自分の物は、まだいろいろ後回しにしていた。
 トレーのペットボトルから水を汲んで飲み、勇吹は着替えた。
「・・・。」
 部屋を出るとカルノの気配は無かった。
 どこに行ってるのかな。
 勇吹は適当にカルノの靴を選んで外に出る。
 道は海へ、降りる道。
 勇吹は下っていった。
 途中、丘の十字路で、Catedral↑と右の道に刻まれていた。取りあえず、街中に出ようと思ってそのまま下っていった。
 風は柔らかく、野原を駆けていく。
 それを体に感じながら、海の青さ、街の白さのコントラストに溶けてしまいそうな気がした。



 勇吹が・・通りを歩いていく。
 カルノは、自分の領域を動く勇吹の姿を感じ取る。
 久しぶりの雑踏のはずだった。
「リージェス?。どうした?。」
 画材屋、兼、喫茶店『ラチェス』のマスターが尋ねてくる。
「なんでもねーよ。絵の具よろしく。」
 筒っぽを取り上げ、代金を払う。
「君の『恋人』によろしく。」
「・・・・。」
 カルノは通りを歩いて勇吹を追いかける。
 いた。
「勇吹。」
「カルノ。おかえり。どこ行ってたの?。」
「これ。届いたって連絡あったから。」
「ああ。紙か。」
「紙とは違うんだけどな。」
 布だし、とカルノは笑った。
 肩をすくめ、勇吹はちょっと付き合ってよと言った。
 銀行と本屋、だった。
 勇吹はお金をペセタに換えて、本屋でこの辺りの地図を買った。
「・・なんか、飲んでから、帰るか?。」
「うん。エレナさんか、カナは平気?。」
「昼は来てくれるとよ。」
「あ、そうか、スペインは、お昼がメインだったね。」
 それで、スーパーに行って、軽い食事の材料を買った。
 カルノはさっきの喫茶店に戻ることにした。
「おや?。」
「マスター、サングリア二つ。」
 言うだけ言って、マスターの眼前を通りすぎカルノは、窓辺に座った。
 勇吹は地図を広げてみた。
「あの家、カルノ、の家?。」
「ん?。ああ。昔壊れて、少し直したけどな。」
 カルノは地図を指してここはどこで、大きな街はマラガが近いことを教えた。
 マスターが、サングリアを2つ。手作りのラスクを添えてくれる。
「リージェス。紹介はなしか?。独り占めかい?。」
「そうだよ。」
 連れてくるだけ連れてきてやっただろ、とグラスを取って、つっけんどに言った。マスターはやれやれと苦笑いし席から離れる。止まっていたレコードをひっくり返し、仕掛け直した。
「・・・。」
 どうせ、今だけだから。
「ねぇ。リージェスって・・・誰?。」
 そんなふうな聞き方をしてくる。
 ・・・勇吹はすぐに馴染むだろう。そして彼らに自分から自分のことを話すだろう。
「俺だよ。でも、おまえはカルノ。」
「・・・・。うん。わかった。」
 アナログレコードの音がゆっくりと編まれていく。
 その手を取りたくなった。
 裂かれた自分達が繕われていく。
「・・・・・人前だよ。」
「いいの。公認だから。」
 まだ前の握力を取り戻していない指先を絡めとって、唇を寄せる。
「言いふらしてんの?。」
 勇吹はくすぐったそうにして笑った。