占有者





 Operation "DIE"

 ディスプレイに、そう表示された刹那、
 大国の都市が一つが、自らの持つ水爆によって、消滅した。
 軍事基地のサブコンピュータの乗っ取られ、セキュリティの甘さを突かれたサイバーテロだった。
 大統領は休暇のため都市を離れていたため無事だったが、政府数名が被爆。
 その機能を失った。



 犯行声明は無く、捜査当局は混乱した。
 やがて、当局はパニックに陥り、他国からの非難や嘲笑をさけるため、責任を転嫁・・・でっち上げを行った。
 無作為の罪をを敷島勇吹に着せたのだ。
 それは何もしなかった罪という代物だ。
 大国は、日本に、彼の引渡しを要求した。
 そして、さもなくば、と、言った。



 いち早く事態を察したレヴィとナギは、勇吹の家族の元へ飛び、東海三山の結界内に連れ出した。
 勇吹は今、日本にはいないから、日本政府は、家族を変わりに差し出すだろうと思ったからだ。

 そして、大国政府が望むところは、家族を盾にして、勇吹に水爆で死んだ人達を全て生きかえらせるように、命じることだ。
 大国の誇りにかけて。


 ・・・・・・・・・・そう、既に敷島勇吹が人を生きかえらせることが出来る手段を持っていると、一般に知るところとなっていた。
 だが、確証はなく、それは勇吹が今だかつて誰も生きかえらせたことがないからだ。
 流言と思われていたが、ここまでの大惨事に、人々は理性を失いつつあり、敷島勇吹のその手段への期待が高まっていた。
 そして大国政府は自ら、プロパガンダによる敷島勇吹の効能について語り、群衆を煽動した。
 人々は煽られた。
 敷島勇吹という救いを、
 神に求めた。



 日本は敷島勇吹もその家族も差し出すことが出来なかった。
 手をこまねいているうちに、国内の基地から大国の兵が出動し、主要道路は閉鎖された。
 占領されていることに国民は気づく。











 物音もしない。
 明かりも無い。
 シェルターの中で、お互いの息遣いと温もりだけが自分を証明する。

 真の暗闇になってから、もっと激しくなった。
 飢えて、乾いていた。
 存在を確かめるように貪り合う。
 明かりを魔法で灯すことは簡単だけれど、
 どこからどこまでが自分の体かわからない状態でいたかった。
 指先を絡めて、くちづけをし合い、
 肌を合わせて、身を重ねて、
 結合した。
「・・・・。」
 カルノは勇吹の頬を両掌で包んだ。
 禁忌の魔法を行使するために。
 最大限の重なりをカルノは求めた。
「・・・・・。」
 額を合わせる。
「え・・あっ・・・。」
 勇吹の身が強張った。
 その魔法は、心を共有する魔法。
 されるがままになっていたから、かかる。
「あ・・。」
 瞼が開かれるのを頬で感じる。
 そして、胸を押された。
 勇吹が、嫌がるのがわかった。
「・・・ダ・・だっ。」
 制止は聞かない。知りたいから。
 片方のエゴで行われ、相手が嫌悪する魔法なのはわかっている。
 でも、暴いても暴いても、勇吹は受け入れて、底が無く。
「カルノっ。」
 勇吹は暴れようとしたが、既に術は効果を発揮して、勇吹の体を縛っている。
 心が勇吹の奥深くに沈んでいく。
 溶け合わせていく。
「ダメだっ。」
 こんな方法でも取らなければ俺はおまえを知ることが出来ない。
 知りたい、全てを。その思いを。
 こんなに委ねてくれるくせに、なお俺のものにならないというのは、どうしてだと。
「カルノっ。いけないっ。」
 心まで陵辱して。
 傷つくなら、二度と立ち上がれないくらい傷つけて、
 それで俺の傍に置く。
 誰かに傷つけられ殺されるくらいなら、
 俺の傍に置く。
 例え勇吹が俺を恨んでも、かまわない。
 生きているおまえを、俺の傍に置く。
「おまえが死んでしまうっ。」
 勇吹の叫びに、カルノは、そこではっとした。
 勇吹の言葉に齟齬を感じたからだ。
 その言い方は、心を暴かれるのが嫌だから、ということにならない。
 魔法は完了した。
 勇吹の心が脳裏に流れ込んでくる。



 愛してると、
 そして、生きていたいと、
 だけど――――。




「あああああああっ。」
 カルノは目を見開いた。

 弾かれたように勇吹から離れ、頭を抱えて、床をのたうった。



 災イダ



「カルノっ。」
 勇吹は重い体を起こして、カルノの額に手を伸ばす。
 その手をカルノは払いのけて叫んだ。
「・・・いつ・・からだっ。」
「・・・・。」
 意識を戻したばかりのカルノには、危険過ぎる魔法だった。
 勇吹は、神霊眼で蛍火を飛ばし、明かりを灯す。
 そして再びカルノに向けて手を翳し、その精神状態を探る。
 破壊は免れていた。勇吹は安堵した。
「いつからだっ。」
 カルノは言及する。
 カルノはすぐに気がついただろう。
 強い言霊。
 その正体に。
「・・・・・。」
 ・・不定期の囁き。



 オマエハ、自分以外ノ人間全テノ災難ダ



「・・・いつ・・からだっ。」
 何度も問われる。
「・・・・・さあ・・・。」
 勇吹は嘘の冷たい言葉を吐く。
「勇・・吹っ。」
「俺が覚えてるとしたら、同じようなことを言った奴の方。」
 勇吹は立ち上がって、カルノから体を引きずるようにして離れた。
 服を集めて着る。
「・・・。」
 そのあとすぐに、つかまってもやらないし死んでもやらないと大言を言ったのだ。
「聞こえていたなら、たぶん・・・その頃から。」
 俺は同じように思えない。
「カルノ。行くね。俺。」
 勇吹は、嘘で優しく笑った。
 そして背を向けて、扉に向かう。



 決別を喜ぶかのように、勇吹の身に別の気配が纏わりついた。
 穢れた体を癒して行く。
 神々しい燐光。



「渡さない。」

 誰が、神になど。





 ソノ身ヲ癒ソウ。



 不存在だと思っていた・・―――、
 凄絶な神が勇吹を呼ぶ声だった。










 太平洋湾岸に終結した艦隊に異変が起こった。
 関東沿岸に向けられた砲口が全て撤収し、引き上げを開始したのだ。


 それは敷島勇吹が投降したことに、他ならなかった。