真意





 愛シテイル。
 神様の声がうるさかった。
 何をされても穢れない体。
 それはつまり、ずっと神様の陵辱を受けていることの他ならない。

 既に、この身は見つけられ、支配されていた。
 自分が声に応えてしまった。
 今にして思えば些細な抵抗だった。
 レディ・アンヌを巻き込んで、応えさえしなければ、まだ見た目は普通でいられた。
 時折聞こえてくる声も、空耳だと思えば、トラウマにもならなかった。
 応えずに一生を過ごすつもりだった。
 そうすれば、彼の隣りに佇むことぐらいは出来たのに。

 この心は自由にさせてくれるようだった。
 神様とは常なる物を好まず、常に悪趣味で得がたいものを好む。
 確かに、この心は得がたいモノになっていた。



 勇吹は神の声にされるがまま身を委ねた。









 神聖騎士団に内々に質問状が寄せられていた。
 聖堂に呼ばれたアンヌは、委任状を開き、視線落とす。
「・・・。」
 そして視線を横目に走らせて、大国の使者を見た。
 大使は何度も問う。
 あれは神の子か、と。
 他にも何人かの各団体の代表者が訪れていて、アンヌに尋ねた。


 あれは神の子か、と。


 仄かに笑う、
 あの同能力者の不遜な眼差しを思い出す。
 笑って私の手を取らなかった。
 媚びないあの笑みは悪くない。


 アンヌは囁いた。
 神の子かと問われれば、否、と答えましょう。
 彼は、人の子であり、彼自身もそうだと言っています。


 アンヌは人間が欲しい答えを与えた。


 大使達は安堵した。
 神の子を殺すのではなく、人を殺すだけというお墨付きだった。
 今、敷島勇吹を見せしめに殺さねば、民衆の怒りが政府に向くのは必至だった。
 すぐに大使は、使者をつかわし、本国へ伝令させに走らせた。
 その様子を尻目に、アンヌは微笑んで尋ねた。

 後悔されませんか?

「後悔など。」
 しない。
 それがその時の人間の答えだった。
「・・・そうですか。」
 アンヌはただ微笑んだ。

 後悔しないなら彼は人間です。




 アンヌは踵を返して、聖堂から出た。
 おそらく敷島勇吹は処刑台送りになるだろう。
 かつての聖者達がそうだったように。
 アンヌは人間の愚かさを口元で微笑した。

 神の子を殺してしまったかもしれないという後悔を、感じたなら。
 ジャンヌダルクはそうやって神に選ばれた子になった。

 世論に乗って、処刑を止められない過ちを、人間が犯したなら。
 後悔が、敷島勇吹を神の子にするだろう。


 アンヌの囁きは意味はなおざりにされて、表面上の言葉だけ強調された。
 待望の救世主ではない。





 信じた者は裏切られたと思った。
 政治家はこれで政局を抑えられると思った。
 軍のトップは聖者を殺してしまったことに対して愚民の意見が分かれ戦争が起きればいいと思った。
 経済論者もこれから起こる戦争への期待感から皮算用を始めた。



 勇吹の身柄はホテルから、軍の拘置所に移送された。
 同じく尋問を受ける。
 もう神の子かもしれないという配慮はなかった。
 あの隕石を砕けるような能力はあるのだと軍の情報部は、その一点について勇吹を言及した。

 しだいに、エスカレートして行くのは目に見えていた。

 ある者は信者で、信仰が冒涜されたとののしり、
 ある者は被爆した家族を持ち個人的な恨みをぶつけ、
 ある者は抵抗しない勇吹を面白がった。

 そしてそれらは暴力を伴った。

 勇吹は助けに来る者を、拒んだ。
 親しい人間達は手をこまねいていた。
 相手は、最高級の担い手な上、神の援助を受けている。



 ただ、誘われて死を迎えることは、容易い。
 けれど同じ死ならば、優しくしてくれた人々にとって、最上の死を。

 愚かな人々が沈黙するように、
 崇高な死を。




 かどわかした罪を着せての、処刑が決まった。
 大国のお膝もとのUNの人道的配慮など、無いに等しかった。