God's in his heaven グィノーの書室の床は、すでに散らかっていた。 カルノは魔法呪文を調べては、その本を放り投げる。 書庫番が恐ろしげに、出入口から覗いていた。 「・・・・。」 俺は、今でも、この中で認められていないんだなと思ったりもした。 鬱陶しいので、脚立の上から、カーッ、とひと睨みして威嚇した。 書庫番は逃げていった。 「・・・。」 あとで勇吹にフォローさせようと思った。ページに戻る。 詰め込まれていたが、使い方があやふやなのもあった。 思い出しては、押さえていく。 行動は慎重に。 アンヌの聖痕に寄れば、 常に神には地上を滅ぼす意思があるということだった。 そして、地上は神の下位ではない。 天の国、中つ国、地の国。 全ての調和があってこそだと、ラフィは呟いた。 神と対等に立ち、沈黙させなければならない。 だが・・・、不可能ではないが、それはやはり難しいのだ。 人はあまりにも五感を閉ざし狭い世界に生きて、神に対抗する能力を失ってきた。 だから、何人かの聖者達が神の子になった。 地上の幾つかの年月を維持する生贄。 でも所詮有限で、地上を保ち続ける根本的な解決にはならない。 その間ずっと神の気まぐれを怖れなければならない。 勇吹は神の気を反らすには都合の良い贄には違いなかった。 だけど、勇吹が生贄になる必要なんか無かった。 結局無駄死になのだ。 有限なのだから。 ラフィは、中つ国の力を高める呪いを魔法使い達に教えた。 「俺は、まどろこっしいから、直接、立ち切る。」 その運命を、神との縁を。 神に対抗する書は案外あるものだった。 読書は大っ嫌いだがこの際仕方ない。 「・・・・・。」 膨大なエーテルを蓄え、どんな魔術にも耐えられるこの魔物の肉体を、 制御するのは心。 使うのは頭脳。 勇吹も、そう。 対極だけど似ている。 身は穢れなく、湛えている純粋な聖なる力。 おそらく、あの身は神の化身。 けれど、心は人なのだ。 魔は魔のあるべきところに。 神は神のあるべきところに。 神とは、何か。 唯一神をあげる者あり。 八百万を唱えるものあり。 あるいは、神など存在しないと主張する者あり。 かつての人王は、キメラを作ろうとして、神とした。 では今生の人王は、何を差して『神』と言っていたか。 「・・・・・。」 そう・・。 勇吹は、一度として神の存在を否定したことは無かった。 日本人という国民性もあるだろう。宗教に感心が薄く、そのくせ神の存在を信じているという。 でも、勇吹は能力者で、信じるという範疇は当然越えていて、その存在を断言できる力を持っていた。 勇吹のいう神とはなんだったか。 「「神様。」」 と、笑いながら呟いて、 勇吹の傍に、なんとなく神はいた。 捨てる神あれば、 拾う神あり。 形として存在して無いものもあったり、それって実は精霊で神様なのかって思うものまで、神様だったりした。 そして日本の神の定義は、基本的に乱暴で、厄災をもたらしたりとゆーとんでもないものばかりだ。 神は理不尽に怒るもので、何故は問わない。神は怒るもの。 怒ってくれるな、荒れてくれるな、で、そうしてひたすら拝んでいることによって、神様が何もしないから、得られる平穏。 なにげなく、あたりまえに、日常に溶け込んで、意識しないところに、勇吹の言う神は存在する。 勇吹は能力者だ。 「・・・・。」 神の恐ろしさは、理不尽なもの。 西洋の言うところの慈愛の神なんていう生易しいものではないと、知っている・・・。 God's in his heaven 神は、神の座に。 神は神のいるべき場所にいるから、地上は平穏だった 座から離れ、地上に手を伸ばして、欲する。 神の乱交は、 日本では、勇吹の中では、悪魔のせいでもなく邪霊のせいでもなく、間違いなく神の仕業なのだ。 カルノはめぼしい大きな一冊を手に持って脚立から降りた。 石の机に置こうと思って、懐かしい風景が見えて、一瞬、目を細めた。 グィノー家の書棚には、かつて読まされたものもあったけれど、ほとんどが初めてだった。 「・・・・。」 あいつは全部読んだんだろうな・・と思った。 膨大な時を費やして。 いてくれたら、・・と、『もし』を考えて、 カルノは眦を寄せて、すぐにへっと薄く笑う。 「あいつがそんなに親切か。」 バンッと本を置いた。ほこりが舞う。 言いながら、それでも畏敬の念はあった。 あの大魔女と大兄が、今、この時にいないことが、悔やまれる。 大魔法使いになればなるほど・・・あれが大魔女だということを思い知らされる。 バラバラと本をめくって、要所のページを探し出して、指でなぞる。 そして、カルノは、本はそのままにした。 書室からアンダルシアのアトリエに転移する。 スケッチブックでこちらの床も散らかっていた。 たくさんのデッサン。 中には、女の肉体もある。 「・・・・。」 まだレヴィの所にいた時に、筆が滑って画いた油絵がある。 この家に帰って来ようと思った絵だ。 その時は自分の感性が行くとこまで行ったなと思って。 予感めいたものだったのかもしれない。 女の顔は勇吹で。 神の身に、男女は無い。 人王だとか、 神だとか、 もう、うんざりだった。 誉れでもなんでも無い。 あいつから日常を取り上げる弊害でしかない。 カルノは、クローゼットから、グィノーのローブを出した。ある程度の呪いを弾くことが出来るからだ。 ローブを羽織り、フードを被る。 「(・・・・地風火水。)」 その中で最も強いのが、風。 「・・・ローゼリット。」 その名はこの風の魔力を強くする呪い。 |