マンハッタン







 冴え冴えとした夕空をマンハッタンの建物が射抜く。
 カルノは柱の影から出て往来に紛れた。
 ビルの一つに入り、ホールを通過する。
 確か15階だったとエレベーターの階を押した。
 場所に確信は無くても勇吹がどこにいるかぐらいわかった。
「・・・・・痛・・。」
 既に激しい痛みを伴い始めていた。
 圧倒的な魔力がこの身を蝕んでいる。
 ほっといたらまもなく死ぬだろう。・・・もしくは自我の無い魔物になりさがる。
 どちらにしても俺と言う存在は消える。すなわち死だった。
 そしてそれは聖人を捕食とすれば直る、且、更なる魔力を得ることが出来る。
「・・・・。」
 別に自分が何物でもかまわなかった。
 俺は、俺だってわかってる。
 エレベータが15階で止まった。
 ガラス張りの廊下を奥まで通り過ぎて行く。
 ともすれば部屋を間違えそうになるくらい似通ったドアを間違えずに開けた。
 荒々しい物音に所長が振り返る。
「おや。カルノ。」
「おう。」
 用はねえと言わんばかりに無愛想にそう言って所長の横を通りぬける。
 相変わらずだと所長は肩を竦めた。
 オーナー室に入った。
 いた。
 目を丸くして勇吹は振り返った。
「・・・・カルノ!。」
 いるのは勇吹だけだ。
「どうした?、なんかあった?。」
 書類を置いて心配げに尋ねる。
 2ヶ月ぶりだ。
 北ヨーロッパでミッション中のはずだった。
「・・・。」
 ぐいっと、カルノは勇吹の二の腕を掴んだ。
「・・・っ。」
 チェアに勇吹を押しつけた。
 勇吹は何がなんだかわからず目を見開いた。
 その襟を開いて首筋に唇を押し当てる。
「な・・っ。つ。」
 匂いがする。その匂いを嗅ぐと少し体が楽になった。肺いっぱいに吸い込む。
「なにすんだよっ。カルノってば、おいっ。」
 わけがわからない勇吹はじたばた暴れた。
「ばかっ。」
 散々悪態をつかれているのもなんなので、カルノは体を起こした。
 とたん蹴られそうになったので、一応受け流す。
「・・。」
 襟を封じて、ねめあげる。
 その視線を受けて、カルノは軽く溜息をついた。
 相変わらず、怒るんだなと思う。・・軽蔑ではなく。
「気づけ。ばか。」
 ばかと言い返して、額を指弾した。
「なんだよ・・もう。・・・え。」
 意識を凝らして、勇吹は息を飲んだ。
 魔の気。
 ここまで酷くなる前になんとかできなかったのか?。
 激しい痛みを伴っているはずだった。
 勇吹は眉を寄せてこめかみを指先で抑えた。
「・・・・えーと、とゆーことは・・。」
「そーゆーこと。」
 冗談ぽく言って、再び屈み込んで髪に触れ、その匂いを嗅ぐ。
 今度は勇吹は逃げなかった。
「・・・他、あたれよなぁ・・。」
「俺、素人に手、出さねーもん。」
「俺がそーなんだけど。」
 げんなりとした声で呟いた。
 勇吹はカルノの顎を押しのけて、ネクタイを押さえたまま椅子から立ち上がる。
 ドアを開けて、姿を見せる。
「ボス。」
 やり取りをブラインド越しから見ていた。 
「隣の部屋借りますよ。」
「かまわんよ。・・Have a good night」
「冗談でしょ。」






 勇吹は所長の冷やかしを払って、ドアを後手に閉める。
 カルノと相対する。
「隣?。」
 しゃくって促す。
 カルノがドアを開けると、ミニバー付きのワンルームだった。
 勇吹は佇むカルノの脇を通りぬけて、ブラインドを開けた。
 夕闇の夜景が広がっていた。
「これきりだ。」
 ネクタイを緩めた。
「ちゃんといかせろよ。男はもちろん女だって経験ないんだから。」
「・・・。」
「これきりだ。」
 少し、不遜な眼差しで。
「・・・・。」
 手を伸ばして額に触れ、親指で鼻筋に触れて、唇に触れる。
 何度か・・・この唇を奪ったことはある。させてくれるから。
 どうしてかは知ってる。
 甘えさせてくれているだけなのだ。
 その証拠に勇吹からしてくれたことは一度もない。
 今、Sexさせてくれるのも、甘えさせてくれているだけ。
 甘えているだけ、
 癒されているだけ、
 求めるものをもらうだけ。


 もう与えてもらうのはうんざりだった。
 だから欲しかったけれど、ずっとねだらずにいた。
 カルノは目を伏せた。
 与えたいのに・・。
 求めて・・・欲しいのに。
 けれどその思いすら勇吹は我が侭になるように、委ねることさえしまうから・・・・言わないけれど。


「・・カルノ?。」
「・・好きだよ。勇吹。」
 彼の国の言葉で。
 この場で他意のない言葉を。
 勇吹が目を見開いたから・・・・その唇にキスした。
「・・。」
 後頭部をすくい上げて仰向かせ、カルノは瞼を落とした。


 言えば全てが許される言葉だったろうか・・・?
 勇吹が俺を受け入れた。








 その身をベットに横たえて、覆い被さった。
 ランプに手を伸ばして、その手の内にカプセルを魔法で一つ呼び出して、割る。
 微量の粉が散った。
「え・・・。」
 勇吹が目を瞠った。
 間もなく芳香が漂う。
「・・・この方がおまえの身体に負担かけないから。」
「麻薬で水銀だろ。」
「・・0.1グラムもないぞ。」
「・・・。」
「この匂いはほとんどおまえから来てるんだ。」
 カルノはその喉に唇を押し付けた。
「・・・っ。」
 喉が熱い。
「・・カ・・・ルノ。」
 自分を呼ぶたびに喉が動く。
 勇吹の体が熱を帯びる。染み出す陰の気が纏わりついた。
 甘い、・・勇吹の体は甘かった。
 シャツを肌蹴させて、右膝に勇吹の左足を乗せやった。
「や・・。」
 離そうとする。けど力が入らないはずだった。
 静止した体に伝っていく震え。
「あ。」
 カルノが、陰の気を食べているのがわかる。
 この体から放出されていくのもわかる。
 あの粉に身を委ねるとこうなるのがよくわかった。
 怖かった。
「・・・んっ。」
 襲われるのも、離れられるのも嫌で、動けない。
 アンダーを引き摺り下ろされる。
 全裸にされて、カルノの手が肌に直に触れていく。
 背に胸に、内腿に。
「っ・・。」
 弱いところを見つけて、覚醒させていく。
 勇吹の身体は本当に誰も触れていなかった。
 鼻筋で触れて、誰の匂いもしないことがわかる。
 唇で柔らかい肉をすする。
 歓喜に震えてカルノは勇吹の身体を貪った。
「・・・あ・・・っ。」
 膝を折り両足を分けて、奥に触れる。
 一撫で、二撫でして、勇吹が嫌がるのを楽しむ。
「やっ・・・カルノ。」
「・・・・。」
「・・・あっ。」
 勇吹が目を見開かせて背をしならせた。
 指先が刻む。
「あっ・・んん・・・っ。ああっ・・・。」
 首筋に唇を寄せた。
 指先で押し当てた奥が熱を帯びて緩む。
 かすれた声で、勇吹が喘いだ。
 全身を強張らせて、シーツを握り締める。
「・・・・あ・・・・・・ん・・ん。」
 勇吹がイッたのがわかった。
 カルノが計ったように指の動きを弱めていく。
「・・・。」
 緊張のあと嘘みたいに身体が弛緩して行く。
 カルノは中傷も何も言わない。
 ・・慣れてると、思った。
 カルノはまだ服も脱いでいなかった。

 目を開くと、カルノの赤い髪が見えた。
 顔を上げて紫の眼差しで射抜かれる。

 唇を重ねられて、捕らえられる。
 その視線に。
 その温もりに。

 勇吹は手を伸ばして、ジャージーのファスナを引く。
「・・・男の身体なんか見てもしょうがないぜ。」
 その手を止めさせられる。
「おまえが言うなよな。」
「おまえだけ、別。」
「今日だけだろ。」
「本当にそう思ってるなら、これからもさせてよ。」
「・・・・・。ダメだよ。」
 ファスナを降ろしきった。
「ちゃんと抱いてよ。」
 ベルトを緩め、ジーパンのファスナも降ろす。
 どの言葉が勇吹の本当の気持ちかわからなかった。
「・・・・ん。」
 今は勇吹の言葉に従う。
 服をを脱ぎ捨てて、床に放る。
 下肢の肌を合わせて温もりを奪う。
「・・・・あ。」
 腰を浮かされて奥に指が再び触れる。
 ぐっと押し込まれて行く。
「あ・・ん。」
 奥に触れられても痛くなかった。
「っ・・ん。」
 芳香にまみれた体が、求めてる。
 潤いきった奥が簡単に指を受け入れる。
 足りないのがわかるほど。
 指を増やしていく。中指と人差し指・・薬指。
 下肢が震えを背筋へと伝えて行く。
 勇吹はカルノの胸に触れる。
 指先が強張って行く。
「・・・・。」
「えっ。」
 右足を持ち上げてその股を開かせた。
 その奥に沈む。
 舌を押し込んだ。
 勇吹は目を剥いた。
「カルノ・・っ。やめ・・ろよっ。ああっ。ああ・・やだっ。」
 奥が熱を帯びて行く。それ以上の熱さをもって舐められる。
「やあああっ。」
 達して、勇吹は再びベッドに沈んだ。
「・・・・う・・・。」
 さすがに視覚的にえぐかった。
 カルノは内腿を食んで、胸に・・首筋へとキスを落とす。
「・・・。」
 弛緩し切った勇吹の腰をすくい上げた。
「・・・痛かったら言えよ。」
「・・・・え。」
 うつぶせにされて、腰元をずり上げられる。
 潤み切った奥に指先で触れて、その指先を濡らす。
 カルノは自身に絡めて濡らして・・・・、
 そして容赦無く勇吹の体を貫いた。
「あっ・・あ・・・。」
 覚悟していたけれど・・・・組み敷かれることも、羞恥も、えぐさも。
 その固まりが奥へと入っていく。
 勇吹はうつむいて、堪える。
 ・・・痛くは無かった。
「・・・・。」
 ずるっと引かせる。
 勇吹はぎくりとした。背が・・身体が震える。
 自分の意志の無いところで。
 ・・・カルノに促されているのがわかった。
 カルノが前後に揺すり出す。
 緩慢に、そしてやがて激しくしていく。
「あ・・・。」
 勇吹は目を見開いた。
 下肢に力が入る。
 仰向けにさせられた
 羞恥心で顔を背けた勇吹の唇を奪う。
「・・・あっ・・ああっ。」
 その膝を折り、揺すり上げた。




 黒々とした霧がマンハッタンの空を流れて漂う。
 空に天に・・・。
 カルノの黒い翼だった。
 所々に、髑髏や動植物、異形がねっとりと浮き上がり、あらぬ方向へ伸びて・・多重の翼に変わって行く。
 勇吹を得て、覚醒して行く。



 勇吹は両腕を伸ばした。
 黒い翼に掌で触れる。その翼をカルノが収めやすいサイズにしてしまう。
 そしてその背を抱き締めた。
「・・・・・。」
 その腕はまるで絡みついているようで。
「・・・好きだよ。勇吹。」
 耳元で囁くと、応えるように腕が背をきつく抱いてくれた。
 カルノは勇吹の身体に熱を放つ。
「ああっ・・・・・・。」
 最奥に流れ込んだ熱に切ない声を上げる。
「・・・・。」

 カルノは口元で笑った。
 勇吹がさせないと、小さなナギは言った。
 その通りだ。
 衝動が止んで・・・・身体を起こして勇吹の顔を覗き込んだ。
「・・・・。」
 俺を見上げた目は、傷ついた色をいていた。
 見開かれて、涙が堰を切る。
 その涙は、歓喜か、悲嘆か・・・それとも神霊眼か。
 カルノは髪を梳き、頬を両掌で包んで、その涙を吸い上げる。
 勇吹が、湿った声で乾いた言葉を呟いた。
「清々した・・ろ?。」
 そう言って俺を突き放す。
 両掌の角度を変えて、仰向かせる。
 口づけた。
 深く・・、甘く。
 薄く笑っているから、嘲りに見えたのだろう。
「後悔しただろ。」
「・・・後悔するに決まってる。」
 言葉を紡いで行く。
 気づかせる。
「・・っ。」
「こんなふうに触れて欲しくて、・・抱くんじゃなかったって、覚えなければ良かったって。」
 屈み込んで囁く。
「・・・・時々させてよ。」
「・・・・ダメだよ・・・。」
 カルノは奥まで押し込んだ。瞳が目蓋のうちに隠れる。
「こんなに感じてるのに?。」
 しなる背を抱き締めた。
「感じようとしてくれてるのに?。」
「・・・・ダメだよ。」
「・・・・。・・ん。」
 受け入れて、その言葉を吸い上げるように口づけた。
「まだおまえの方が強いから。そうする。」
「・・・・。」
 カルノは、勇吹の左側の鎖骨にくちづけた。
「・・・っ。」
 青い冴え冴えとした光を放って、勇吹の皮膚が焦げる。
 痛みに動かないように羽交い締めた。
「痛っ。」
 魔方陣と名前を青い光はつづった。
 所有の刻印だった。
「・・・・え。」
 勇吹は瞠目した。
 痛みが消えて行く。カルノに繋がれる感覚も無かった。
 頭を倒して左肩を見た。
 穿たれたはずの刻印が痛みとともに消えていく。
 自分の清らかさの方が上だということだった。
「カルノ。」
 カルノは傷つかず、ほくそえんだ。
「でも、絶対に、おまえを手に入れてやる。」
 必ず。