マスター・オブ・ザ・ジュエル マスター・オブ・ザ・ジュエル。 ぬし 宝石の主。 勇吹の存在は、そう囁かれた。 万物を操るその眼を、その体を、玉体と称したのだ。 異端の社会においてだけ知られていた名、IBUKI SHIKISHIMA、も、 白日の元、さらされた。 隕石を消滅させたあとの一ヶ月は、勇吹を傷つけるだけの時間だった。 たくさんの称賛と畏敬・・・だがそれと引き換えに、勇吹はたくさんの犠牲を強いられた。 カルノの精神が破壊されたことに始まり、 経済研究所の所長の息子が勇吹の処遇を明らかにしてしまい、研究所も学校もやめた。 日本における社会的地位とともに兄や祖父が衆人環視に再びさらされた。 人々は勇吹の気持ちを慮らなかった。 勇吹が望む生き方より、人々が望む生き方を勇吹に強いた。 彼をなんとか引きずり出し、祭り上げ、称え、その言葉を聞きたがった。 勇吹はカルノをひたすら抱き締めていた。 隕石を消滅させ、人類は滅ばずにすんだけれど、 いっそ滅んだ方が良かったと思うほど、勇吹は人々を憎んだ。 だけど、この世界を真っ直ぐに生き抜いている人がいるから。 ただそれだけで、勇吹は世界を滅ぼさなかった。 一ヶ月の間、表にも裏にも勇吹は姿を現さなかった。 兄弟と祖父に入れた一本の電話と、経済研究所の所長からかかってきた電話に応じただけだ。 沈黙は事態の沈静化と情報収集を待つためでもあったが、 最たる理由はカルノを目覚めさせるための術を行使しつづけていたからだった。 勇吹は『カルノ』を維持するために蓄積させていたノウハウを全てを行使させた。 その額に手を当てて、人々の感情で混濁した膨大な精神の中に入り込み、カルノのものだけを呪文で集めていく作業だ。 甲斐あって、カルノが微弱な意識生成をした。 一ヶ月もの間、カルノと同調しつづけた精神力をレヴィとナギは支えつづけた。 そんな時に、メデゥーサ病は発生した。 場所は、南米大西洋沿岸。 着水寸前の隕石の痕跡を調べるため向かった研究団が全員、死んだのだ。 ガスによるものだと推定されたため、その病は北上を続けてしまった。 隕石に付着した外因と勇吹の神霊眼によるエーテルの変成によるものであることが、神聖騎士団の調査によってわかった。 勇吹は自らの血を騎士団の調査団に提供。アメリカの医師の元に持ち込まれ、初期実験の末、血清を作り出せる可能性をみいだした。 弟と法律関係で同期ということもあって、友人となったK博士と勇吹は共同研究を開始する。 今まで避けていた遺伝子による研究が中心となった。 「・・・・。」 設備の傍ら研究成果のレポートを読んでいる勇吹を、博士はちらりと見やる。 わかったことの一つ。 「遺伝子からしたら・・・・女なんだな?。」 「ああ・・、らしいですね。」 こともなげに勇吹は肯定した。 それはあの貴婦人にずいぶん前に教えてもらっていた。 神聖騎士団でも、敷島勇吹の遺伝子の研究が持ち上がっていた。 サンプルなら既に持っていたからである。 クローンまで作ることが議論された。 だが、アンヌが、たしなめた。 「そのように命を簡単に生成してはなりません。」 アンヌの一声は、騎士団においてのその議論を終結させることになった。 聞いていたレヴィは軽く目を見張り、それに気づいて、 「時間の無駄だからよ。」 と、冷ややかに言い捨てた。二人の他は誰もいなくなった講堂の窓辺に佇む。 「クローンは敷島勇吹にはならない。ただの女が出来るだけよ。」 「・・・。勇吹は男だ。」 「そうよ。男。・・・身体も、心も。」 フードを外し、髪を後ろに流す。 レヴィの眦がつり上がった。 「手を差し伸べただけ。」 髪を流した掌をレヴィに差し出して見せた。 その手は真っ赤に染まっていた。戯れの痕が裂けたか。 含んだように笑い、アンヌは呟いた。 「敷島勇吹は誰の手も取らない。」 遺伝子研究所からレヴィとナギの事務所に勇吹は戻って、カルノの部屋に入る。 ベッドには昏睡状態のカルノがいた。 アミィがその傍らで丸くなっていた。意識は戻ったとはいえまだ魔力は回復しておらず絶対安静の状態だった。 勇吹は自分のせいだと思う悲痛な感情を胸に押し隠し、平静を装った。 自分は彼を元に戻すことが出来るように努力してきた。 そのためのノウハウも出来る限り蓄積してきたと言い聞かせる。 「・・・カルノ。」 カルノの意識を呼び起こすのだ。 そのバラけた精神の中に入って、何度も呼び掛ける。 感じなければならないのは、今現在のカルノの感情のカケラ。 それを拾い集めて行く。 感情を集めて自分がカルノだと認識すれば、自動的に全てを思い出す。 勇吹はカルノの頭に掌を置いて時間のある限り、カルノの傍にいた。 ソロモンの名を冠する指輪。それを継承する存在。 そして彼はその後継で、 けれど、その『王』たる地位を拒んだという。 無欲と、微笑。 彼の偶像が作り上げられていく。 マスター・オブ・ザ・ジュエル。 宝石は二つの顔を持ち始めた。 ジャーナリズムが切り取る一瞬のニヒリズム。 ・・・・本当は18才の疲弊。 成果を1ヶ月で上げてメデューサ病の特効薬を発見した。 だが研究成果を先進国が独占する。 そして、大量生産に踏み切る法手続きの間に、アフリカ大西洋沿岸で変異。 K博士とアフリカに赴くも、・・・・変異型メデゥーサ病によって博士は突然死した。 敷島勇吹は、全ての研究成果をネットを通じて全世界に公表した。 弱者に歓迎され、人々は敷島勇吹を様々な呼称で呼んだ。 だが、 研究成果の独占を促した先進国の反感を買った。自らの正当性を主張できなかった先進国は敷島勇吹の行動をカリスマと称し、共産主義を勢いづかせてしまうことになりかね、資本主義への冒涜だと言い始めた。 共産側の国家は更にそれを非難した。 日本政府は先進国に加担。事実上、敷島勇吹を見放した。 彼はその眼で、世界に無限の力を約束する。 マスター・オブ・ザ・ジュエル。 宝石の主。 主の宝石。 待望の主の神子。 各国は敷島勇吹を手中に収めたいと思った。 日本も外交のカードになると考えて、保護という名の拘束を計ろうとした。 国内に家族がいることで、勇吹を脅迫し、懐柔されることを強く迫った。 憎悪が、押さえきれなくなる。 涙なのか、神霊眼なのか、もう区別がつかない。 勇吹は暴走した。 議事堂の部屋一つ吹き飛ぶ。 一生懸命自制しようとするけれど、押さえが効かなかった。 ――――――災難だ。 勇吹は聞こえてきた声に合わせて呟いた。 人々の歓喜も、元を正せば自分のせいだ。カルノが傷ついたのも全部自分のせいだ。 勇吹は全ての憎悪を自分に向けた。 割れたガラス片を掴み取り、その切っ先を喉に向けた。 刹那、カルノが目を覚ます。勇吹の危機に呼応し、その危機を取り除かんため、最大限、手を伸ばした。 血が飛んだ。 瞬時に移動し、ガラス片をつかみ止めた、カルノの血だった。 エーテルの坩堝に、カルノは突っ込んだ。 無事では済まないけれど、 勇吹を精一杯の力でつかむ。 ガラスで切った痛みも、感覚を保つためには有効だった。 「・・・・ルノ。」 勇吹が目をいっぱいに見開いて、微かに呟いた。 爆風が一瞬だけ凪ぐ。 「レヴィっ。」 カルノが叫んだ。いるのがわかったから。他にもナギ、ハイマン、ヒューバートがいる。 「今だっ。」 その声に応じて、レヴィとナギが結界を貼った。 勇吹の力の爆発を封じ込める。 攻撃に近い反動で勇吹は意識を失った。 カルノは全身をずたずたにして、レヴィ達の前に姿を現した。 顔は笑っていた。 腕の中で勇吹はまだ息をしている。 守れたなら、 それでいい。 レヴィとナギは傷ついたカルノと勇吹を抱き締めた。 彼らも相当のダメージを負っていたが、カルノと同様だった。 |