戦争前夜 でも、勇吹は・・・応えてしまったのだ。 「・・・・・。」 アンヌは瞼を伏せて、テーブルサイドの椅子から立ち上がった。 体が疼く。 淡い笑みを乗せて、アンヌは、側女に沐浴をお願いする。 冷泉を引いた水辺に立って、彼女はするりと衣を脱いだ。 刻まれていく聖痕が背中を鮮血で染める。 「アンヌ様っ。」 側女は目を見開いて、そしてあわてて膝まづいて、うつむいた。 「読んでくださいませ。」 「私ごとき、そのような神のお言葉を口にするのも恐れ多く・・。」 「あなたは神聖文字が読めたはず。読みあげて。」 「・・・・・はい。」 そして顔を上げて、震える声で読み上げる。 汝は地上には過ぎた生き物。 だがそれゆえに、我の愛しき物。 永遠の喜びと快楽を、約束しよう。 我は汝の好きなものを与えよう。 愛している。 読み上げて、側女は頬を赤くして、再びうつむいてしまった。 「今までは手首や首を撫でるだけでしたのに、ずいぶんと熱烈ですね。」 アンヌは、笑みをたたえたまま、そう呟いた。 「おさがりなさい。」 側女はうつむいたまま頷いて、そっと下がった。 アンヌは冷泉にその身を浸すと、天を斜に見やる。 口元で仄かに笑った。 「それで、得られるかしら?。」 それで心を得られるものだろうか。 国家間で戦争が起ころうとしていた。 その理由は、正義のためで、 本当は経済的・思想的侵略のため。 そのおこがましい思想は巨大な化け物だ。 正義の戦争なんて存在しない。 ただ、悪だ。 勇吹は、ケガを負った仲間たちから離れて、表だっての活動を始めた。 各団体を通して、一個人の自由を主張したのだ。 何も援助しないし、何の象徴にもならない。 理解は民間で奨められ広まっていった。 甲斐あってか宝石への執着の熱は収まって行った。 だが、政府首脳・外相相手で、なかなか納得がいく見解を得られなかった。 大国の外相を相手に、話す。 「 大統領に認められて何が不満なの。 」 光栄という勲章で個人の自由を侵そうとする。 「 応えて 」 「 彼はあなたを求めてる。 」 「・・・・・。」 沈黙は、勇吹の独白で。 あの時の悪魔と同じように、向かいの外相はそれを勇吹の猶予ととらえた。 物々しい足音とともに、 数人の男達に囲まれる。 「・・・・。」 最初からそれが目的だったのだ。 最初から勇吹の言葉など聞くつもりはなかったのだ。 応じなければ拘束する。それだけ。 あの時の悪魔と同じ。 「・・・・。」 罠だとは思わなかった。 もうあの時とは違う。 逃れることは容易い。 ただ同じ言葉を持たないことを残念に思う。 人の痛みを自分の痛みにすることが出来ない種類のモノ達の言葉。 前回の議事堂のようには暴走はしなかった。 頭は冷静に今後のことを予測する。 この国は、自分がこの国を選んだと各国に伝えるだろう。 そして戦争が起きる。それはこの国が望むことでもあるが、勇吹に話させて収束させて、戦争責任を他国に押し付けて地球上の権力を一手に握るつもりなのだ。 戦争は起きる。 けれど自分がこの国に落ちれば、まだ、影響を残すことが出来るだろう。 その時だった。 カメラがパンと割れる。 そして、照明も全て、割れた。 明かりが消える。 予備電灯が灯った時には、敷島勇吹の姿は無かった。 カルノは勇吹の腕を強引に取って引っ張って階段をどんどん降りて行く。 「カルノっ。」 「・・・・・。」 無言のまま勇吹をつれていく。 地下シェルターだ。 レバーを引いて5層の扉を開けて、そして閉じて行く。 「ここ、なんだよ。」 そんなことも知らない奴だった。 カルノは最後のドアを開けて、中に勇吹を放り込む。 中は幅も奥行きも20mほどのドームで、半分は物資が積まれていた。 後ろ手にロックをかける。 「カルノっ、何しに来たんだよ。」 「・・・・・おまえが、俺以外の誰かのものになろうとしたから、邪魔しに来た。」 さっきの会談の内容だった。 「・・・・・別にそう言うわけじゃない。ただ、俺が起こしたような争いだから、関わろうと思っただけだ。」 「国益を主張した奴らの戦争だ。おまえは関係無い。」 「関係無くない。俺がいなかったら起こらなかった争いだ。」 「・・・・おまえがいなかったら、地球ごと無くなってる。」 「なら、俺が関われば収まるかもしれないだろ。」 「収まんねぇよ。」 カルノは呟いた。 「・・・・てめぇら日本人にはわからねーだろうけどな、甘く見るんじゃねぇ。あいつらに比べたら隕石なんざ対したことねぇ。2000年も続いてまだ決着がつかなかったこと、おまえにどうこうできるわけがない。」 「・・・・。」 「そして、最後には死だ。」 「・・・・。」 その可能性を知っているのか、勇吹は視線を反らした。 「俺がどこにどう関わろうとカルノには、関係ないだろ。」 冷たい言葉は、カルノにはそれは冷たく響かない。 嘘だって知っているから。 「・・・おまえが誰のものになるかなんて、おまえが決めればいいけど。」 勇吹の前に立って、うつむいたその頬に手を添える。 「・・・・俺は、おまえのためになるならなんでもする。」 「・・・・。」 「何が為になるか、それは俺が決める。」 呟いた言葉に、勇吹は瞠目する。 「人の生死なんか本当はどうでもいいはずだ。おまえはそこまで利他的な奴じゃない」 「・・・・。」 「本当は怖いのも嫌だし、死にたくないのもわかってるし、俺の傍にいたいのもわかってる。」 「・・・カルノっ。・・黙って。・・それ以上聞きたくない。」 「・・・・。いいよ。」 苦し紛れの台詞に、カルノは呟いた。 あっさり応えた真意を問おうとして、勇吹が顔を上げた。 「・・・っ。」 勇吹は後づさる。 切れ長の瞼の奥に紫の目が閃いていた。 「・・・。」 カルノは距離を狭める。 視線を反らせないように。 「カル・・・っ。」 背中に物資の壁があたってしまう。 追いついて、手を伸ばす。 カルノの指先が勇吹の首に結ばれているタイを解いた シャツのボタンが外されていく。 「・・・・なにするの。」 ようやくそれだけ口にすることが出来た。 でも抵抗できない。 襟をはだけられていく。 「これきりだって言っただろ。」 言葉が震える。 「たくさんの人が死ぬかもしれないのに、セックスなんてしてる場合じゃないだろっ。」 勇吹は呟いて、でも、カルノに冷たく笑われて息と言葉を飲んだ。 カルノの邪眼が一層強まる。 「そう・・。 たくさんの人が死ぬのは俺のせいだ。」 彼は魔で、美しい娼婦で。 その体で狂喜を与えることができる。 視線で殺すことができる。 「おまえは俺にレイプされていた。」 「カルノっ。」 「世界を敵に、回したっていい。誰が死のうと俺のせいだって言われようとかまわない。」 呟きながら、唇を近づけて行く。 「おまえを死なせはしない。」 |