「無茶を・・。」 カルノの行動に、レヴィは溜息をついた。薪能の控え室へと廊下を足早に歩く。 廊下には例の彼女がいた。そしてその弟に、大人達。 混乱の原因の・・・・匂い。 「義・・。」 和沙は口元を押さえた。彼は連れて行かれてしまった。 どうして・・と困惑と不安で、涙がこぼれる。 「姉貴。・・・・何があったんだよ。」 あの義経の・・匂いだ。和樹は思いながら、和沙に駆け寄った。 和沙は首を横に振った。 「・・・・・。急に、あの男がいて。」 「・・・。」 「取りあえず、警察に届けます。貴方達は控え室に戻りなさい。」 携帯を持って、秘書竹内がそう言って促した時だった。 和樹がはっとした。 「それはダメだ。」 「それは、しないでください。」 「あ・・。」 声が重なって驚いて・・秘書の向こうの金髪の外国人を見上げた。 携帯をつかんだ手を離して、レヴィは穏やかに笑った。 「事情にくわしいみたいだね。」 ゆっくりとした日本語でレヴィは聞いた。 「・・はい、あの・・。」 「どなたですか?。」 レヴィと和樹の間の空気などかまいもせずに、秘書が続ける。 場の喧騒が酷くなった。 知らない匂いに不安も骨頂だろうし、見かけない外国人に警戒が顕わにもなる。 だろうが・・。 「(・・・くそ。これじゃ、満足に事情も聞けやしない。)」 和樹は歯噛みする。 「・・・。」 溜息をついてレヴィは落ちていたペンダントを拾い上げた。 「(いっそ、記憶を操作するかな・・・。)」 その時だった。 ダンッ・・と、強く廊下が唸った。 その場の皆が振りかえった。 和沙を。 地を踏んだ和沙はゆっくりとした能の仕草で手を水平に上げた。 喧騒を制すためであり、控え室に皆を促すためでもあった。 低くそれも小さな落とした声で、呟く。それは沈黙を持続させるための効果だ。 「・・・和樹と、竹内さんに任せしましょう。・・・皆は、私と一緒に部屋に戻るの。いいわね。」 けれど、匂いがと、呟く者がいた。 「匂い?、害、無いわよ。それは和父さまが彦父さま経由でおっしゃってたわ。」 この場では絶対的な存在の名前を上げ、踵を返した。 「和樹。あとお願い。・・私、駄目だから・・・。」 好きな人が目の前でさらわれて泣き出したいのを、でも今この場でするべきことじゃないから精一杯押さえて、いた。 「うん・・。わかった。・・サンキュ。」 和樹は頷いた。 レヴィはその傍らに寄って肩に触れる。 「あとでイブキに言い訳させに、いかせるね。」 はっとして、和沙は会釈した。 その言い方は、彼を助けてくれるということだから。 「・・・。」 和樹は和沙達を見送り、竹内を傍らに制させて、レヴィに向き直った。 手を差し出し、英語で言った。 「敷島君とはしばらくの間、親しくさせていただきました。」 「・・本当に事情通のようだね。」 「彼は日本人ですから。ある程度のことは調べられます。父に習って僕も交友関係ははっきりしてなければならない立場なので。」 我ながら冷たい言い草だ。 赤毛から聞いた、イブキ・・という名前から、敷島の苗字に行きつくのには、さほど時間はかからなかった。 そう本当のところ、交友関係には入れてはならない奴だった。 病院の大量殺人疑惑に、行方不明の家族・・それだけでも不信に値し、・・・・極めつけは神道関係者がそろいも揃って彼を勧誘していると言う事実だ。 神社関係は革新派政治家にとって大敵だ。 「(・・・でも。)」 一緒にいたい奴だったんだ。 「・・・彼の能力がどうとかそう言うことは問いません。僕達には係わり合いの無い世界の話ですから。僕が聞きたいのは、この薬にまつわる一連の事件のせいで、これから和沙にかかる危害についてです。」 和樹は昼間のパウチを胸から出した。 「・・丹砂のアマルガムです。主成分は覚醒剤ですが。」 こちら側の事情を察してもらうために話しつづけた。 「・・・。市議がこの間捕まった話はご存知でしょうか。あれを告発したのは僕の父の後援の企業です。それがらみで先月くらいから俺に送りつけられていたのですが、さっき連絡があって、本当は和沙に渡されるはずものだったということを暴力団関係者が吐いたそうです。」 「関係する中国側の指示系統が日本側まで及んでないせいだよ。」 「そんなとこだろうとこちらの見解も落ち着いてます。逆恨み、というのはこの世界ではよくあります。だから、俺も、和沙も注意していたところでした。・・・・人相手なら何とか出来ます。けれど正直ああいった手合いにはどうにもしようがないのです。」 「うん。だから俺達がいる。」 レヴィは理解を示す。。 「もう、和沙さんに危害が及ぶことはない。それは断言しよう。」 「理由は?。」 「連れて行かれたのが、『イブキ』、だから。黒幕が何より求める最高の人材なんだ。」 「・・・。」 その言葉を受けて、和樹はポツリと呟いた。 今までの建て前でなく。 「・・・あいつは、そんな偉い奴じゃない。」 言えば言うほど切なくなってくる言葉たちを。 「俺達の傍にいたっていい奴なんだ。貴方達の世界じゃなくて。」 本当の気持ち。 痛いくらいわかって、それが勇吹の気持ちを代弁しているのもわかって、レヴィは目を細めた。 でも、と和樹は続けた。 「あいつは分相応に自分を守れないから。・・・・俺達じゃ無理だから。」 想いを不安を拳に固め、握り締める。 「だからお願いだ、敷島勇吹を助けて。」 「レヴィ・・。」 声がして振りかえった。 ナギだった。 腕を肩に、傷だらけのカルノを支えていた。 「っ・・・カルノ。」 「まだ気絶してる。」 「四つ目が?。」 「・・・勇吹だよ。」 まるで明日はわが身と言うようないい方でナギは続けた。 「勇吹が手を離すとこうなる。」 |