「(・・胸騒ぎ・・?。)」
 え・・、いつから、してた?。
 さっきから。
「しまった・・。」
 カルノは我に返った。
 理性と建前、想い、欲求との狭間、警鐘は鳴りつづけていた。
 カルノは踵を返し、駆け出した。
 一時でも離れた自分を、責める自分が、いる。
「イブキっ。くそっ。」
 勇吹の気配はもう体育館にはなかった。神社の方にある。
 人込みを押し分け、階段を駆け上がった。
 予感を信じていいなら、ローゼリットやレヴィが言うように、俺がそれを聞ける奴だとしたら、
 近づいている、―――四つ目が。




 カルノを追いやった感は拭えないがちょっと野暮だろう。
 勇吹は楽屋の戸を叩いた。
 しばらくして戸が押し開いた。マネージャーらしき人が出てきた。
 花束などを贈るコーナーは他に作られていた。なので冷たくあしらわれる。
「こちらは関係者以外入ることはできません。」
 だったら、ここまでの廊下にガードマンくらいつけろよとか思ったりした。
「お引取りくだ・・。」
 が、最後まで言わせてもらえなかった。
「待ちなさい、そうやっていつも人を返すんじゃないのっ。」
 和沙の鋭い声が飛んできた。
「義経っ。」
 冠だけはずした和沙がこっちに走ってくる。
 秘書を押しのけて、和沙は、嬉しそうにはにかんだ。
「義経。ちゃんと見た?。」
「見ましたよ。」
 勇吹は笑顔を返す。
「ボーイフレンドですか?。先生達に報告させてもらいますよ。」
「言葉通りにねっ。」
 べっと和沙は秘書にあかんべをする。
 なにやら自分は珍しいことをしているようだった。
 そんなに和沙に男っ気がなかったのだろうか。
 部屋の野次馬を隠すため、和沙はドアを後ろ手に閉じた。
「・・え。」
 勇吹から笑顔が消えた。
 ぬっ・・と―――戸を閉じた右傍ら、長身の男が現われたから。
 和沙も人の気配のする左手を見た。
 そして、眉を吊り上げ怒鳴った。
「・・っ。誰っ。」
 四つ目だ。和沙の問いに心の中で思う。
 勇吹は勇む和沙の腕を掴んで背後に追いやった。
 花束をその胸元に押し付ける。
「和沙っ、逃げろっ。・・関わるなっ。」
 ペンダントを外して、和沙の足元に落とした。
 その瞬間だった、人一人守れる結界が発動する。
「義経っ。」
 控え室のドアが開く。
 秘書や、中にいた数人が外に出て騒ぎになった。
「・・・。」
 ・・ピンッ、四つ目は、無造作にカプセルを投げた。
 勇吹の胸元でそれが弾け、中の液体が散った。
「・・っ。」
 一気にそれは拡散する。
 ・・・甘い、甘く咽かえるほどの匂い。
 液体はすぐに気化し、勇吹は眩暈を起こした。口元を押さえて膝をつく。
「女はもういい。敷島勇吹を拉致しろ、ロンライ。」
 男は脇を締め、拳を撃った・・無抵抗で勇吹は倒れる。
 長距離の転移の術が完成した。
 カルノが廊下を曲がってきた。
「・・・っ。」
 愕然とした。レヴィの結界は勇吹に発動していなかった。
 この機会を四つ目が逃すはずがなかった。
「イブキっ。」
 転移の術に滑り込んだ。
 和樹が廊下を走ってきた。カルノが全速力で走っていくのが見えたから追ってきた。
「っ・・、嘘だろ。」
 消えた。この場から三人も。




 結ばれていたのは、荒野の台地だった。
 そこに戦闘の場を移した。
 カルノは翼を開き、四つ目を念動でふっ飛ばした。中空で勇吹を腕を掴み、ベルトを引っつかんで抱きとめる。
 四つ目は台地に叩きつけられる前に体をひねり、手をついて後方転回した。
 額に大きな目が浮かぶ。そしてそれが彼の体を宙に浮かび上がらせた。
「くそっ。妖術かよ。」
 カルノは着地し、そして飛んでと高度を次々に変えて、台地を飛んだ。四つ目は追ってくる。
 転移の呪文を唱える余裕を与えてくれそうになかった。
 レヴィの見せてくれた地図を思い出す。もう少しで台地を削る川があって、樹木がある。
 少しでいい、身を潜められる場所があればいい。
「・・・・っ。」
 四つ目に、間合いを詰められた。
 カルノは、肩を殴りつけられ、1mくらいの高さから台地に叩きつけられる。
 勇吹を庇って反転して、翼がガリガリと地を削る。
「うっ・・。」
 勇吹が衝撃で気がついた。
 四つ目が間髪いれず、飛びこんでくる。
 跳ねて避けた、再び飛ぶ。
 崖の上空に出た。
「・・カルノっ。」
 徒手空拳の応戦になった。
 奴に、分がありすぎる。
「くそっ。え・・。」
 その時だった、勇吹が自分の胸を突き飛ばした。
 がくんと体が傾いた。
「え・・っ。」
 ぎくりと振り向いた瞬間、エーテルの翼が消える。
 両手を突き出して、その中空に涙が散っていた。
 神霊眼・・・っ。
「イブキっ。」
 その体を四つ目が捕まえ奪う。
 カルノは浮力を失って、崖下へ落下した。
 四つ目は追ってこなかった。来ないのじゃなかった。勇吹がその腕にしがみついて来させないようにしていた。
 俺をあきらめて最初の目的を果たすかのように勇吹を抱きかかえ、四つ目は再び転移して消えた。
 森に、突っ込む。
 激しく葉ズレの音を立てて、地面まで落ちた。
 視界が暗転した。