手を離したのは、
 離させたのは、



 どうして・・っ、・・と、
 突き飛ばされて、落ちていくとき思った。
 どうして、信じてくれなかった。
 俺はおまえを守れたんだ。
 あのあとの戦法だって考えてたんだ。これでも、おまえみたいにのほほんとしてきたわけじゃないんだ。
 どうして手を離したりなんかした。
「・・・どうして、だと?。」
 自分の驕りを嘲笑する。・・ながら、どくんと心臓が揺れた。
 信じてほしいなんていつ言った?。

 「  守るから、どうか、信じて。  」

  勇吹が俺にそんなものを強要したことは一度も無い。




 レヴィとナギはマンションに戻った。
 ソファにカルノを降ろして、レヴィは治癒の術をかける。
 20メートルの高さから落ちたそうだった。
 両足首のヒビと木立で擦った擦り傷、地に叩きつけられた時の打撲。
 それらを治していく。
「カルノ。寝ている場合じゃない。起きて。早く。」
 呼びかけ、呪を施し、半ば無理に意識を起こさせた。
 カルノは軽くうめいた。気絶していれば感じる必要のない痛みにだ。
「・・・・・・痛・・。」
「どこが痛む?。」
 首と右上腕を指す。
「・・わかった。」
 治癒を施されながら、カルノはかまわず起きあがった。
 治された足首や手首を押さえ、揉む。
「・・・もういい。」
「本当に、大丈夫?。」
「・・・治されたところが筋肉痛で痛むだけだ。」
 頭を軽く振った。
 それよりもここにいると言うことは、助けられたということで、
 勇吹がいないのは、まだ助けられていないと言うことだ。
「イブキは?。」
 勇吹は俺が怪我したなら、必ず傍にいてくれるから。
 焦燥に堪えながら尋ねる。
 ナギは答えた。
「四つ目につかまって、仙境に入った。」
「・・・・。」
 離された手を、ぎゅっと固くした。
 でも、あれこれ考えるのをやめていた。今はすべきことはそれじゃない。
 あらかた治してレヴィは手を離した。資料とってくると言って傍を立つ。
 ナギが話し続ける。
「奴らの目的は・・・。」
 レヴィには先ほど話したが、と、ナギは額を指差した。
「四つ目の額の目の思考を読んだ。奴ら勇吹を依代にして、仙女を降ろすつもりだ。それも、人数分。」
「手篭めにして、さっさと仙人になるためか。」
「そうだ。羽衣剥ぎ取ってな。」
 聞いた時、下賎な俗物とレヴィは答えた。
「んなことだろうと思ったぜ。」
 どうして四つ目に追いつけなかったのかとは、カルノは問わなかった。
 一緒に生活していて、ナギが不必要な力を振りまいていないことに気づいたからだ。
 あまり無茶をすると何かやっかいなことになるのだろう。
 この生活を続けて行くつもりなら、力を制約せざるを得ないのだ。
 何か、イライラした空気がこのマンションのフロアに満ちていた。
 ・・・それは、勇吹がいないせいだ。
 俺達三人は似ているのだ。何か欠けていて、補うものが無ければ落ち着かない。
 失うことを考えたら、怖くなった。
 あの笑顔を、気配を、
 何よりも、差し伸べてくれる手を。
 レヴィが戻ってきた。
 地図と設計図だ。それをソファのテーブルに広げた。
「・・・それ、作戦?。」
 それらを指差す。
「そう。」
 レヴィは真向かいのソファに座った。
「敵は四つ目一人だ。彼は表向きは優秀な兵士。裏向きは兵器。脳にね、たくさんの戦闘のための指令が詰まっている。ENTERを押せば即実行する。そういう兵器だ。」
 カルノは目を細めた。その実験をしている奴ならずいぶん知っている。
「それに、とり憑かれ安い体質が相成って、入れ替わり立ち代り道士たちが戦闘に加わっている。憑かれ続けるということはそれだけ体力を消耗するのだけれど、四つ目はそうはならない。」
 いつになくレヴィは回りくどい言い方をしなかった。
「(時間が無いのか・・。)」
 だから自分も黙って聞いていた。
「四つ目以外は雑魚と思っていい。けれどその雑魚どもが賢かったところが、四つ目を手に入れたところだ。」
 レヴィは屋敷の地図を指した。
「一番いいのが遭遇しないことだ。遭遇することは一番の遠回りになる。」
 殺すにしても相当の時間を要する。
「東海三山から、この回廊を教えてもらった。思ったとおり奴らは退路をいくつも用意している。そしてそれを四つ目は教えてもらっていないだろうと推測する。なぜなら彼はとり憑かれやすく敵の手に落ちた時、すぐにバレてしまうからだ。」
「・・・屋敷の構成から、地図にない余分な空白に気づいて、四つ目自身知ってるって可能性もあるぜ。」
「そうだね。でも、入らせないようにしているだろう。道士たちが。」
 まるで犬のようだ。それでは。
「・・・。罠とかは?。」
「逆に入る場合だから、多分あるね。」
「わかった。・・・。四つ目に会うか罠かだったら、罠の方がマシだ。」
「そう言ってもらえると助かるな。」
 地図を折ってカルノに手渡す。
 一人で行くことを彼は尋ねなかった。そのつもりでいるのだ。
 実際このメンバーだと、単独行になるしかない。
 レヴィは、胸からペンダグラムを取り出した。
「回廊を通って広間へ行って、道士達からイブキを助け、また回廊を戻れ。それまでには、四つ目の動きを俺が封じておくから。・・・。回廊の出口で落ち合おう。」
「・・・その顔は、まさか四つ目とか言うんじゃねーだろうな。」
 カルノの言葉にレヴィはにこりと笑って、だから殺そうとするなよと言った。
 ペンダントを返せと言わんばかりに差し出された手に、それを乗せる。
「てめぇ、四つ目を乗っ取る気かよ。」
「察しが良くて嬉しいよ。俺はこういうのが専門だ。」
 表層的な催眠術や暗示とはわけが違う。
 意識のある人間を、まして外部から別の意識の介入のある者を、意のままに操ろうなどと、テクニックがいるとかいう次元の話じゃない。
 一つ一つ相手の意識というデータをロックしていく、緻密で陰湿な作業。
 それをここから操作する。
 時間は2時間ほどかかるだろうとレヴィは、言ってのけた。



 着替えを済ませ、飲料や銃、ナイフ、スリングショットなど用意する。
 地図は覚えた。
「・・・・。」
 戦闘に駆られる心に、あの夜のことを思い出す。
「(・・・あの時も。)・・・・。」
 得た者に無限の力を約束する眼のせいで勇吹は連れて行かれた。
 ペンダグラムの鳳凰の足に埋めこまれた翡翠に触れる。
 勇吹はこれと同じだ。
 意思などどうでもいい、ただ一粒の奪い合われる玉。
 皮のジャケットを取り、靴のつま先をかつっと突いた。
 装備を整えて、リビングに戻る。
 魔方陣が描かれ、転移の準備はもう済んでいる。
「カルノ。剣は扱える?。」
 ナギが両刃の剣を一振り見せる。
 一瞬眉をしかめる。嫌な顔を思い出したからだ。
「使えねぇことねぇけど。」
 つっけんどに答える。
「だな、グィノーの戦士。」
 ナギは剣をシャラッと鞘に戻して、差し出した。
「・・・。」
 受け取ってレヴィの魔方陣に入った。
「君にイブキの傍にいるかどうかの覚悟は求めない。君はイブキを守ることが出来るからね。けど、イブキには求めたよ。」
「・・・。」
「イブキは君の手を取った。でも、取ることが出来るということは、離すことも出来るということだ。」
 君のために君の傍にいることをやめることができる。
「・・・イブキに信用されてねーだけだろ。」
 カルノは険のある眼差しでをレヴィを見た。
「・・・次は離されない様にね。でないと、死ぬよ。」
「・・。」
 言うだけ言って、レヴィは転移の魔法を実行させた。
「・・・・っ。」
 眠り無しの転移だ。少し反動が残る。
 地が再び足について、膝を屈させた。目を開ける。少ない木立の中に眼下遠く川が見えた。
「・・・げ。」
 目を剥いた。
 立っている場所は、斜面中腹、幅50センチの道だった。
 思わず剣を地に突いた。転べばすぐに200メートル下の川まで滑落だ。
 死ぬよ・・・。
「(死ぬだろうな。)」
 さっきは落ちた。
 今度は侵入ときてる。
 死ぬんだよ・・勇吹。
 空を切る掌を、くっと握り締めた。
「・・・。」
 だから手を離したって、同じこと。